YUGO~魔術学院の編入生~

@Daichanmansan

プロローグ

コンコンと、ドアをノックする音が学院長室に響いた。


部屋は豪華な装いの本棚に囲まれており、真ん中に座り心地のよさそうなソファ、透き通るようなガラスで作られたテーブルが置かれている。天井から吊るされたシャンデリアも、一目で高級品だとわかよるものだ。そんな美しい部屋の窓際にある椅子に座り、難しい顔で机の上にうず高く積まれた書類に一枚一枚目を通しているのは、部屋の美しさにも負けない煌びやか金髪をなびかせる女性だ。机の隣には、腕に書類を抱え、メイドのような服装で、黒髪短髪のいかにも真面目そうな女性が立っていた。金髪の女性をサポート…否、監視しているような目線を向けている。


「な、なぁ。ちょっと休憩にしないか?ホラ、あたし…トイレ!トイレに行きたいからさ!」

「駄目です。ただでさえ業務スケジュールは遅れています。もう少し危機感を持って取り組んでください。因みに、先ほどのトイレ休憩からまだ15分しか経っていません。そして急かすようで申し訳ございませんが、あと20分でこの新入生リストに目を通して下さい。その後、学院の定例会議に出席。終了後すぐに入学式の祝辞を頭に入れ、式に出席。10分の昼食を挟んで午後からは…」

「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!無理に決まってんだろそんなの!!!なんでこんな詰め込んでんだよ!マヤ!お前あたしの秘書なら、もっとこう、余裕を持ったスケジュールを計画するべきだったろ!毎日コツコツやってれば、こんな事態にはなってなかっただろうに。この新入生の書類なんて、一か月くらい前から用意できたろ。だったらその時からー」

「申し上げておりました」


両手を上げて子供のように叫ぶ学院長を横目に、ピシャリと学院長の秘書を務めるマヤが言い放った。


「え…。え~っと??」

「新入生のリストは40日前から用意できておりました。学院長の祝辞も一週間前には原稿が上がってきておりました。定例会議は仕方ないとしても、他の業務は前々からやって頂くようお願いしておりましたが」

「………」

「学院長。口は閉じて頂いて結構ですが、手を止めてもらっては困ります」

「………」


コンコン。


学院長がぶつぶつ言いながらも作業を再開した時、再び音が部屋に響く。2人はようやく、ドアをノックする音に気が付いた。


はい、とマヤが入口まで走り、ドアを開けた。そこに立っていた人物の姿を見て、マヤは一歩下がり無言で深々と頭を下げる。その様子を見ていた学院長は、部屋にゆっくりと入ってきた、少し腰の曲がった老婆の顔を見ると、作業の手を止めた。


「…手伝いにでも来てくれたんですか?つっちーセンセ」

「たまたま近くまできたから、誇らしくもこの魔術学院の学院長を務めている愛する教え子の顔をわざわざ老体に鞭打って見に来たってのに、あんまり歓迎されてないみたいねぇ」

「先生は相変わらずで何より。そんなに元気があり余ってるなら、相談役なんて適当な役職に収まってないで、昔みたいに後世の育成に心血注いでみてはどーです?何なら今日付けで私の補佐役なんてどうよ?」

「結構。非常勤講師のオファーなら少しは考えたかもしれないけど、アナタの世話係は遠慮させてもらうわ。ホラ、また手が止まってるよ」

「いや、センセが突然来るからだろ。…ってかマジで何しに来たの?まさか本当にアタシの顔見に来ただけ?」


つっちーセンセと呼ばれた老婆は、教え子との会話を楽しみながらゆっくり歩みを進め、ソファに腰を下ろす。アナタの顔が見たかったのは本当よ、と言い、マヤが運んできたお茶をすすった。


「今日でしょう。が来るのは」

「やっぱそっちか」


学院長は机の上に散らばった書類から、ホッチキスで止められた一つの書類を探し出し、ソファに座る老婆へ放り投げる。書類はゆっくりと宙を舞い、老婆の両手に収まった。恐らく本人直筆であろう、少し汚い字で書かれた佐藤ユーゴという名前の下には、個人情報が書かれている。2枚目からは、どうやら彼の魔法使いとしての能力が記されているようだ。


「先日の会議、かなり荒れたって聞いたけど」

「手続きは全部済ませてる。この前のは、頭の固いジジイ共が吠えてただけだ」


老婆は胸ポケットから老眼鏡を取り出し受け取った5ページの書類を一枚一枚眺めた。時折関心したような声を出しながら、細かい部分にまで目を通している。


「15歳でこの運動能力と魔力量。流石だね。あっちゃんといい勝負なんじゃないかい?」

「流石にそれは言い過ぎ。淳子あつしは中等部終了時点でだったんだろ?あんなのはもう出てこねぇよ」


一通り目を通し終えたのか、老婆はめっくた紙を戻し、一枚目に大きく載っている少年の写真をみつめた。表情がこわばっている上に、少し右に傾いている証明写真を見て、彼女は思わず笑みをこぼす。


「大きく、なったわねぇ」

「ああ」

「これからどんなカリキュラムを組むのか、考えはあるのかい」

「ねぇよ。同じ学年の奴らに混ざって、同じ講義、同じテストを受けてもらう。評価基準も同じにする。本人からも了承済みだ。アイツはまだ子供だが、ガキじゃねぇ。自分の意志を言葉に出来るし、目標に向かって自力で進む力も持ってる。最初は苦労するかもしれんが、アタシも全力でサポートする。ま、何より淳子の息子だからな!むしろ期待して…、何だよ。ニヤニヤしやがって」


ソファに座った老婆は学院長の話を満面の笑みで聞いていた。その様子を見て、部屋の隅に控えていたマヤも口元を手で押さえる。


「本当に凜華ちゃん、大きくなったわねぇ。まるで学校の先生みたい」

「学校の先生なんだよ現在進行形で!」


マヤが我慢しきれずにふっと吹き出すと、部屋中に笑い声が響いた。




ビーッ!ビーッ!突然校内に無機質な警報音が鳴り響いた。不安を煽る大きな音だが、学院長は冷静な表情で対処する。


「マヤ」

「かしこまりました」


スカートをなびかせ、マヤは颯爽と部屋を後にする。この音は学院の敷地内に、学院の認可を受けていない何者かが侵入した音だ。マヤが部屋を出て間もなく、今度はドォンと低い音が部屋に響いた。爆発音と共に、窓ガラスがカタカタと音を立てる。何やら生徒たちの騒めき声も聞こえる。学院の敷地を囲むように張られている結界は、比較的大型の野生動物にも反応するため、ブザーが鳴っただけではそれほど緊張感のある空気にはならない。だが今回は、何やらただ事ではなさそうな雰囲気だ。


「おいおい本当に不法侵入者だったら何年振りー」


窓から様子を伺おうとしたその瞬間、学院長は動きを止めた。そこから数秒、ピクリとも動かない。体が石になったという題名のパントマイムなら100点満点。その様子をソファに座ったまま見ていた老婆は最初こそ心配そうに眺めていたが、愛する教え子の背中から、何かを感じ取ったようだ。低い声でこう告げた。


「凜華ちゃん。知ってることがあるなら、早めに話した方がいいと思うけどねぇ」


その言葉にビクッと体を揺らす学院長。その冷や汗にまみれた表情は、口など比較にならないレベルでモノを言うようだ。顔に書いてあるとも表現できるだろう。学院長本人に隠すつもりがあるのかどうかはさておき、そのの表情を察して、老婆は深いため息をつくのだった。

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