第33話 これからの事をかんがえよう

「ナンデコウナッタ……」


いきなりの魔法測定からの、驚きの事実。部屋に戻ったリナニエラは頭を抱えた。傍らではマロとトープが心配そうな顔をして、こちらをのぞきこんでいるのが分かった。


『リナ……?』


 訳が分かっていないらしいマロは首をこてりと横にする。上目遣いでこちらを見つめるその顔は、まだ成獣と呼ぶには幼い。じっと見つめてくる瞳に吸い寄せられるように、リナニエラはマロの白くふさふさの毛へ顔を埋めた。そして、大きく息を吸い込む。マロの身体からはお日様の匂いがして、良い匂いだ。肌を通し手伝わって来る身体の温もりや、呼吸の音がリナニエラのささくれ立った気持ちを癒してくれる。


「くぅ」


何度も深呼吸をするリナニエラの様子に、マロは普段と違う雰囲気を感じているのだろう。戸惑った空気が伝わって来るけれどもあえてリナニエラは無視をした。そして、マロの毛を何度も撫でる。毎日トリミングの後、魔法でクリアをかけて、週に一回はお風呂に入れているマロの毛並みは本当に良い。ずっと撫でていたい。


『ちょ、ちょっと!』


流石に長い時間撫で過ぎたからなのだろうか、マロがじたばたと暴れ始めた。背中に顔を埋めているリナニエラを振り払おうと、マロはブルブルと大きく身体を震わせる。水を振り払う時にもよくやる動きで、リナニエラの顔はマロの毛並みからは離れてしまった。折角の癒しを本獣から拒否されて、リナニエラは不満そうな顔をした。


「マロが冷たい……」


 ふてくされながらそう言えば、マロはショックを受けたように目を見開いた後、困った顔をすると、ぴすぴすと鼻を鳴らして来た。自分に怒られたと思ったのだろう。さっきまでは小刻みに横に降っていた尾もぱたりとおちてしょんぼりとした顔をする。さすがにそんな顔をしたマロを見るのが忍びなくて、リナニエラはマロの額をゆっくりと手で撫でた。そうすれば、窺うように見つめてくるマロの瞳。その視線はまっすぐだ。


『オレなにかした?』


ぴすぴすと鼻を鳴らしながら尋ねてくるマロの言葉に、リナニエラは天井を仰いだ。身体が大きいからついつい成獣のように扱ってしまうけれども、マロはまだ子供だ。最初に出会った時よりも随分身体は大きくなっているけれども、まだまだ心は子供のようだ。太い前足を見つめながらリナニエラはそんな事を考えた。


「何にもしていないよ。ごめん、私がちょっといらいらしてたの」


そう謝罪の言葉を口にして、耳を解すように撫でてやれば、マロが嬉しそうにはっはっと息を吐いた。しょんぼりしていた時はぱたりと落ちていた尻尾が再びパタパタと横に振られているのが分かる。どうやら、機嫌は浮上したらしい。さっきまでの顔をから一転して、きらきらとした目をリナニエラへと向けてきた。その頬にリナニエラは手を伸ばした。大きさは、ピレニアン・マウンテンドッグと同じくらいなのに、見た目は日本犬(いや、狼か?)だ。そのせいなのか、黒のぽつんとした眉がポイントになっていて、鋭い雰囲気を随分やわらげてくれている。


「かわいいなあ」


じっと見つめるマロの頬に手をやって、リナニエラは横へと伸ばす。みょーんと伸びる頬の皮は柔らかい。そのまま柔らかい頬を堪能していれば、ばさりと羽が動き音がした。その直後リナニエラの頭の上に重みがかかる。どうやら、マロばかりを相手にしていたからか、傍らに控えていたトープの機嫌を損ねたようだ。


「あいたたたた!」


八つ当たりとばかりに、トープが頭の上で足を動かす。そのせいだろうか、リナニエラの髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまう。


「こら! トープ」


 咎める声をかけても、トープはやめる様子は無い。随分、本ドラゴンの怒りを買ってしまったようだ。なかなか怒りの行動は収まるようは無い。

完全に拗ねているトープの様子に、リナニエラは何とかトープを頭から降ろそうとする。手を伸ばしても、ロープはうまい事手をかいくぐってなかなかつかまりそうもない。その間にも髪の毛の絡まりがひどくなっていくのが分かる。


「もう! 今度新しいコーヒー豆を買ってあげようと思ったのに!」


崩れた髪の毛を戻しながらリナニエラが毒づけば、頭の上を陣取っていたトープの動きがぴたりと止まる。どうやら『コーヒー豆』という単語に反応したらしい


「ギュ!(え?!)」


慌てたような声を上げて、トープはリナニエラの頭から飛びのいた。トープにとって、コーヒー豆という嗜好品はかなりのウエイトを占めているようだ。あわあわと飛び立つと、取り繕うようにリナニエラの机の上に飛び降りる。そして、機嫌を窺うように上目で小首をかしげてくる。恐らく先ほどマロがやっていた仕草を真似ているのだと思うのだが、自分にとっては正直目の毒だ。


「ぎゅ?」

「く……っ……」


様子を窺うトープの顔を見ながら、リナニエラは胸を押さえる。何度も深呼吸をしていれば、二匹の召喚獣が心配そうに顔を見つめてくる。


「けしからん……」


リナニエラの口から令嬢とは思えない言葉が漏れる。とりあえず、気を取り直すようにけほんと咳をした後、じっとこちらを見ているマロとトープへ手を伸ばした。


「私は大丈夫だよ。心配をかけたね」


そう言ってやれば、二匹が身体をこすりつけてくる。だが、マロの身体が大きいせいか、身体をこすりつけられるたびに身体がふらつく。本当なら、足に身体強化をして、重心を下にすれば良いのだろうと思うのだが、魔力が不安定な今、いつもと同じ様に魔法が発動するのかどうかも分からない。強化をして重心を下にした瞬間、床を踏み抜いたなんて事になったら笑えない。それでも、擦り付けてくる首に抱き着いて、トープも抱き締めてやれば、彼らから嬉しそうな空気が伝わって来た。


「さて……、これからどうしましょうかね?」


ひとしきり、召喚獣と戯れた後改めてリナニエラは自分を落ち着かせるように、腕組みをしてソファに腰掛けた。

父であるエドムントは自分のステータスカードから、得た情報と、測定器を持って王城へと帰って行った。父から言われたのは、昨日言われた通り、今日から三日間の学園の欠席だった。そして、魔法も基本的な魔力循環を中心にする事。それだけは言い渡されている。ぐったりとした顔でそれを言い渡したエドムントの顔を思い出しながらリナニエラは遠い目をした。


「お父様にも申し訳ない事したわねえ」


殆ど他人事のように呟けば、少し冷たい視線が召喚獣達から返って来る。そういえば、この子たちは自分が魔法測定をする時、両親の傍に控えていた。全く、自分の召喚獣なのに、冷たい。前は何が何でもリナニエラを『大好き』だった二匹だったのに、最近は家族にも慣れてきたせいか、自分に対して態度が雑だ。全くどうしてくれよう。そんな事を考えて居れば、不穏な空気を感じ取ったのだろうか、トープが肩へとやって来るとすりと頭をリナニエラの頬へと摺り寄せてきた。その頭を撫でてやった後、リナニエラは客観的に自分の事を考える。

元々魔力の多かった人物の急激な魔力の増加、しかもコントロールが微妙な上、光魔法まで持ってしまった。それが、自分の娘なんてなったら、自分なら頭を抱えかねない。これを父はおそらく王城へ報告に行くのだから、胃が痛いなんて物では無いだろう。


「後で、トーマスに良い薬師に胃薬を用意してもらった方が良いかしら」


真顔で考えてれば、コンコンと自室のドアをドアをノックすル音の後、『お嬢様』と自分の名前を呼ぶ、メイドのマーサの声が聞こえた。


「どうぞ」


 そう返事をすれば、ドアから顔をのぞかせるようにした後心配そうな顔をしたマーサが部屋の中に入って来た。その手にはリナニエラの昼食とトープとマロのおやつが乗っていた。どうやら、母のナディアが気を効かせて持ってきてくれたのだろう。それに感謝しながら、リナニエラはソファ前にあるローテブルに置かれた昼食とおやつに目をやった。そのまま、持って来たティーポットでお茶の準備をしてくれるマーサに視線を動かした後、おやつに気が付いて、いそいそと近づいて来る召喚獣達にクッキーとコーヒー豆を食べさせる。

コリコリと音を立てる音を聞きながら、リナニエラも自らの昼食へと手を伸ばした。

部屋で食べる事を考えてくれたのだろう。メニューはサラダとサンドウィッチそして、コンソメスープだった。手拭きで手を拭いた後、リナニエラはサンドウィッチを口に運ぶ。そして、サラダを食んだ。


「お嬢様、体調はどうですか?」


自分の前に紅茶を出してくれながら、マーサは心配そうに尋ねてくる。その言葉に、リナニエラは顔を上げた。見れば彼女はひどく心配そうな顔をして、自分を見つめている。それにリナニエラは笑顔を見せた。


「大丈夫よ。魔力が増えたのをコントロールできていないだけだから」


そう言えば、マーサは戸惑った顔をする。それはそうだろう。魔力コントロールができなくて苦労するのは、急激に魔力が増える時期である幼児の時位しかないのだから。リナニエラの時期にこんな事になるだなんて一体誰が想像するだろうか。

(いやいない)

自分で自分に突っ込みながらリナニエラは自分の手を見つめた。そして、魔力を小さく動かす。


『うーん……、なんていうのかな? 魔力を動かした後、魔力が実際に動かすまでのタイムラグが前よりも短くなっているというのか……』


 手を握ったり広げたりしながら自分の魔力の動きを確認する。恐らく、自分の意識と実際の魔力の動きの齟齬が、今の破壊行動になっているのだろう。それは想像ができる。だが、具体的に何をすれば、身体と魔力を馴染ませる事が出来るのだろう。


「結局のところ、今の自分の状態って、大きくなった魔力を持て余しているってことなんだよね」


ボソリと呟けば、紅茶を入れたマーサが苦笑する。


「相変わらずですね。お嬢様は。何か気になる事があるとすぐに集中してしまう」

「あ、ごめんなさい……。つい――」


今までにも何度かあった出来事を持ち出して指摘されて、リナニエラは身体を小さくした。そうなのだ。前世でもそうだったのだが、リナニエラは一つの事に集中してしまうとそれ以外の事を気にしなくなってしまうのだ。今は、周囲の気配にも気をつけているから、以前よりはマシになったのだが、やはり元来の癖というのは出てしまうらしい。マーサに謝罪の言葉を口にした後、リナニエラはまず目の前の食事を片付ける事に集中する事にした。


「さて……と」

 

食事を終えて、マーサが部屋から出て行った後、改めてリナニエラはソファに座ったまま腕組みをした。

とりあえず、今の現状はなんとなく分析をできた。次にするのは、今の『破壊魔』としての現状を打開するための方法を考える事だ。


「まず、物を破壊する原因は、自分の意識と魔力の動きの齟齬が問題っと……」


 そう言うと、リナニエラは再び手のひらへ魔力を集中させようと意識する。直後、自分が流そうと思っていた魔力の二割ほど多い量が手の平に集中する。今までなら

『魔力を集中しようと意識する、半拍程度の間(魔力が流れる感覚)、自分が想定している魔力が貯まるという流れだったのだが、今は意識する=想像よりも多い魔力が貯まるという状態になっている。物を壊すのは無意識に身体が覚えている間のせいで、予想以上に早く魔力が発動する事に自分が慣れていないからだろう。


「んー」


首を傾げて、リナニエラは唸り声をあげた。力はある、だがそれを使える器が無い。なら、どうすれば……

頭の中を巡らせていればふと前世で見たとある漫画の光景が頭に浮かんできた。

その漫画の中で主人公は、師匠と呼ばれる老師に見せられた技を習得するために、重りを背負って毎日体力づくりをしていた。そして、技を習得していた。


「あ、そっか!」


魔力に自分の器が合わないのなら、器を強化すれば良いじゃないか! 単純だが、真理とも思える図式が頭に浮かんでリナニエラは顔を明るくする。そうと決まれば、あとは実行するのみだ。


「お父様の話だと『家』から出なければ良いのよね」


そう言うと、リナニエラは動きやすい服に着替える為に、クローゼットへと向かう。無題に広いそこには、学園の制服、外出用のワンピース類、改まった場所に出る時のドレス、そして、冒険者として活動する時の服があった。その中で迷わずリナニエラは最後の冒険者として活動する時の服を選ぶ。幸いこの家の敷地は広い。体力をつける運動をするには丁度良いだろう。


「マロ、トープ、おいで。召喚してから、まだあまり連携して何かをした事ってなかったよね」


そう言えば、おやつをもらってくつろいでいた二匹が顔を上げる。リナニエラの言葉の意味が分かっているのだろう。二匹の目は輝いていた。それを見て、リナニエラは笑みを浮かべると手早く服を着替えると、二匹と共に部屋を出た。





□ □

基本、前世の記憶も相まってかリナニエラの思考回路は斜め上に走りやすい傾向です

一応貴族の子女としてのマナーなどはちゃんとしているんです・・・よ?(横目)

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