第32話 色々分かって来ると面倒になってくるやつ

『さてと、何が書かれているのやら――』


 少しばかりの緊張と、期待が入り混じった気持ちでリナニエラは自分の手の中にあるステータースカードに目を落とした。単色では無く、カードの内容は色とりどりとなっている。


「えーっとなになに?」


 カードに目をやるそうすればまずあったのは、魔力総数の文字だった。だが、そこには具体的な数値が書かれているのではなく、黒から金へとグラデーションに彩られている箇所に星マークが入っている。しかもそれは一つでは無い。他にも二つの星があった。最初に目がつく星は、背景とはっきりとわかるコントラストで描かれているけれども、残りの二つはどこかぼんやりとした印象を受ける。

 描かれた星の一つは金と銀の間位、他の二つは赤や青といった場所にあった。


「これ……は?」


 魔力総量だと言われても、これが一体何を表しているのか分からずにリナニエラは首を傾げる。とりあえず、金や銀というゴージャスな色彩の場所に目立つ星があるのだから、おそらく魔力量は少なくないのは分かる。いや、これで少ないと言われたらちょっと悲しくなる。とりあえず、魔力総量の辺りは置いておいて次に見たのは、表の一覧のようなものだ。そこには魔法の属性らしいのピクトグラムのような物が描かれていて隣に、先ほどの星マークと同じように星マークが描かれているのが分かった。


『あ、これは分かる。多分、私が持っている属性ね』


 頭の中で予測をつけて、リナニエラはカードに書かれているピクトグラムと星マークを確認した。ピクトグラムは一目で火や、水、土とわかるようなものになっているため、さっきのどこか曖昧なグラデーションの魔力総量よりは分かりやすい。そして、隣に星マークがあるという事はその属性は持っていると判断するのが妥当だろう。

 とりあえず、リナニエラが認識している自分が持っている魔法の要素は火、水、土、風の四大元素に、二元素を得る事で使う事が出来る雷や氷などそして、重力、空間魔法にも星マークが入っていた。自分自身は使える魔法である程度どんな魔法が使えるのかはわかっているが、このカードで客観的に何が使えるか見られるというのは、リナニエラには新鮮に感じられる。


『後は、闇魔法と……、光魔法は無くて』


 星マークを確認しつつ、リナニエラは自分の自覚がある魔法と確認をしていく。

 それにしても、魔力操作を始めて随分経つが、ここまで魔法が使えるようになるとは正直思っていなかった。ゲーム内のリナニエラが使えたのは水魔法の中級程度の力だったのだ。それが今となっては、これだけの数の属性の魔法が使えるのだ。ずらりと並ぶ星の数に自分自身がびっくりしている。そして、最後の闇や、光、聖魔法といった特殊魔法のピクトグラムを見た時、リナニエラは首を傾げた。


「……あれ?」

「どうかしたのか?」


 リナニエラの言葉を聞いていたのか、エドムントが声をかけてきた。どうやら、彼も自分の魔力測定結果には興味を持っていたようだ。興味深そうな顔をして、自分が手にしているカードに視線をやっている。とりあえず、この測定をしようと言い出したのは父だ。自分よりもうまくこのカードを読み取る事が出来るかもしれないと、リナニエラはエドムントに、手にしていたカードを見せた。そうすれば、カードを受け取ったエドムントは、母であるナディアと共に、カードの内容を読み解き始めた。


「んまあ」

 

 カードに目を落としてすぐ、ナディアの声が上がる。その声に思わず目をしばたかせれば、彼女は『ごめんなさい』と小さく謝罪の言葉を口にした後再び食い入るようにカードを見つめる。


「あの、お母さまはここに書かれている内容が分かるのですか?」


 父よりもむしろ熱心にカードの内容を見つめている母の姿に、リナニエラが尋ねれば彼女は、『あ』といった顔をした後取り繕うような笑顔を見せた。そしてその後、ちらりとエドムントの方へと視線をやる。そんな様子を見て、父であるエドムントはため息をついた後、口を開いた。


「リナニエラ、ナディアの出自を忘れたか?」

「あ……、ソウデシタ――」


 リナニエラは、母であるナディアの出自を思い出す。すっかり忘れてしまっていたが、彼女は、隣国の王族の血を継ぐ公爵家の出なのだ。その為なのか、彼女の魔力は高い。


『そういえば、冒険者になりたかったとか言っていたわね』


 先日のやり取りを思い出して、リナニエラが遠い目をすれば、隣に立っていた母が怪訝挿な顔をした。それに、何でもないと首を振った後、リナニエラはカードを見つめているナディアに目をやった。


「お母さま、改めてですが、このカードの内容は……?」


 恐る恐る尋ねれば、ナディアは『ああ』といった顔をして、笑うと、リナニエラに部屋の中の近くにあったソファに腰掛けるように促した。そのまま、近くに控えていたメイドに目配せをした後、彼女は、自分達のやりとりを見つめていたエドムントにも笑って見せる。どうやら、彼にも、ソファに座れと促しているようだ。素直に、座る父の姿になんとなく微笑ましい物を見るような気持ちになりながら、リナニエラは母親と向かい合う。


「えーっとまずね、このカードは測定器を通した人物の魔法の傾向が書かれているの。だから、魔法師団の配置の際に使われるのね」


 カードをエドムントから受け取った後、ソファの前にあるローテブルへそれを置いて、ナディアは説明を始める。


「まずはここの、グラデーションになっている所、ここは測定した人の魔力の総量を見ているの。魔力の量が少ない黒から、最も多い金までそのどのあたりに入っているかを星で記しているの。この薄く見える星は過去、あなたが魔力測定をした結果になっているわ」


 さらりと説明された内容の中に、重要な情報が混じっている気がして、リナニエラはエドムントの顔を見た。今のナディアの言葉から想像すれば、最初に魔力を教会で測定した時、そして、学園で入学時に測定したデータは全て今のデータとリンクしているという事になる。


『と、いう事は、魔力測定の結果の全ては国……、この場合は魔法師団が握っているってこと?』


 思いついた考えにリナニエラは思わず真顔になってしまう。ゲームプレイ中も不思議だったのだ。貴族社会は爵位が優先される。学園は一応『自由』という謳い文句はあるが、不文律として、家の爵位はやんわりとであるが考慮されている。それなのに、アリッサが王族のジェラルドに粉をかけていたのに、学園側は何も言わなかった。少なくとも男爵家の女子生徒が婚約者のいる第三王子に粉をかけているのに、うるさく言う教師はいなかった。むしろ、教師がアリッサを優遇する場面がいくつもあって、リナニエラが苛立ちを覚える所があったのだ。さすがにあの場面はゲームをしていた自分もゲームとはいえ理不尽だと思う所があったのだが、アリッサがこの国で貴重とされている光魔法の使い手だと国が知っているのだったら、あの理不尽な優遇も頷ける。


『確かに、国が情報を掴んでいるというのであれば学園側がアリッサを甘やかすのも納得だわ――。婚約者だった私が不満を持って抗議をしても学園側は無視だったものね』


 ゲームの内容を思い出しながら、リナニエラは難しい顔をした。今の自分は『私』というゲームの中にいたリナニエラとは姿は同じ(いや、同じか?)ではあるけれども、考え方が根本に違う。貴族の子女なら今までのリナニエラの考えは間違えでは無いだろう。だが、今の自分にとって、大事なのはモフモフと魔法そして、平穏な生活だ。恋は二の次、三の次。とりあえずは、今の最大の目標はジェラルドとの婚約解消だ。


「どうしたの? 急に難しい顔をして」


 ナディアに駆けられた言葉に、リナニエラは我に返った。見れば、彼女は不思議そうな顔をして自分を見つめていた。


「なんでもありませんわ。それより、このグラフの見方を教えて下さりますか? お母さま」


 自分の頭の中に浮かんだ可能性に目をつぶりながら、リナニエラはナディアへと笑顔を見せる。


「グ、グラフ?」


 耳慣れない言葉を聞いて、ナディアが不思議そうな顔をするのをリナニエラはごまかすような笑みを浮かべると、話を逸らした。


「この表の事ですわ。で、この黒から金までの表が魔力の量なのですね?」


 わかりやすい話のそらし方だとは思ったが、ナディアはそこまで違和感は覚えていなかったようだ。『ああ』と気が付いた顔をするとカードのグラデーションを指さした。


「ええ、そうよ。黒は平民の魔力の少ない人が多いわね。色は黒から青紫、青、薄青、緑 黄緑、黄色、オレンジ、赤、赤紫、白、銀、金の順で魔力が多くなるわ。貴族は大体真ん中の黄緑位かしら。魔法師団の人は大体赤より上になるわね」

「へえ……」


 ナディアの説明を聞きながら、リナニエラは改めてカードの中のグラフに目をやる。リナニエラの表にある暗い星はまず黄色にあった。もう一つは一般的な貴族の魔力量の場所に星がある。そして、もう一つは赤紫の位置にあった。これは多分、学園に入学した時の魔力量だ。恐らく、黄色から赤紫になったのは前世の記憶が戻ってからの自分のレベリングのお陰だろう。

 そして、一番明確な星は銀と金の境界位にある。恐らくそれがリナニエラの今の魔力量……だと推察できた。


「あの……、お母さま? この金色の魔力量は一体どのくらいの魔力量なのですか?」


 自分の魔力量の事も気になるが、魔力量が多いとされている金色の域のレベルの方が気になってリナニエラは恐る恐るナディアに尋ねる。そうすれば、ナディアはちらりとこちらを見た後口を開いた。少し真面目な顔をした彼女の顔にリナニエラは息を飲む。そんな娘の様子に、ナディアは小さく笑うと、リナニエラのカードを指さしながら話を始める。


「このレベルまでくると、聖女や勇者と言われる人達の魔力になってくるわね。伝説宮という事よ。でも、勇者たちですらそうそうこのレベルまでの魔力を持っている人はいないわ――」


 考えながら話をするナディアの言葉に、リナニエラは真面目な顔をする。やはりこの金色の域というのは伝説レベルの魔力のようだ。では自分のこの魔力はどのレベルなのだろうか。ちらりとグラデーションに記された星の位置を見ていれば、ナディアがちらりとこちらを見つめる。


「そして、あなたの魔力量これも随分高い物だわ。魔法師団にもここまでの魔力を持っている者は一人いるか、いないかよ?」


 真顔で話すナディアの言葉に、リナニエラは神妙な顔で頷いた。だが、この結果が国に流れればどうなるのだろう。背筋にうっすらと寒い物が流れるのを感じながらリナニエラがナディアの顔を見つめれば、自分の緊張が分かったのだろう。彼女は笑みを浮かべるとパンと手を叩いた。


「じゃあ、今度はこっちの記号の説明をするわね。これは今あなたが使える属性の魔法ね」


 そう言って、先ほどリナニエラが見つめていたピクトグラムをナディアは指さす。どうやら、リナニエラが考えていた通り、この記号の横にマークがある物がリナニエラが取得している魔法というものなのだろう。


「最初は水魔法だけだったのにねえ。随分頑張ったのね」


 しみじみとした口調で話をするナディアの言葉に、リナニエラは苦笑いをする。


「いや、器用貧乏という言葉もありますし――」

「き、きようびんぼ……う?」


 前世で謙遜する言葉を口にするが、ナディアは不思議そうな顔をして、首を傾げた。だが、その言葉は彼女には通じなかったようだ。不思議そうに尋ねるナディアの言葉に、リナニエラはごまかすような笑みを浮かべた。曖昧な笑みに首を傾げつつも、ナディアはカードを手に取ると、リナニエラが今使える属性魔法を読み上げて行く。


「えーっと、リナニエラが使える魔法は……、四大魔法に、空間魔法、上位魔法と闇魔法と、光魔法」


 淡々と読み上げていくナディアの言葉。それは、先ほど自分で見た時の物と同じようだ。自分が使える魔法の属性ともあっている。

 やはり、先ほどカードを見た時に覚えた違和感は気のせいだったのだと、思い返そうとした時、続いて耳に入って来た属性名にリナニエラは目を丸くした。


「……、え? 光魔法?」

「ええ。光魔法。本当に数が増えたわねえ」


 思わずリナニエラが聞き返せば、彼女は自分の動揺など全く気が付かない様子でにこにこと笑みを浮かべて言葉を続けた。


『え?! 光魔法なんて今まで使えなかったじゃない!』


 頭の中で、そんな叫び声をあげながらリナニエラは目の前の両親の顔を見つめる。父であるエドムントは、自分と同じように驚いた顔をしているし、母のナディアは自分の娘が使える属性の多さに満足している様子だ。その二人の顔を見ながらリナニエラは自分の頭を抱え込みたくなる。

 確かに自分は悪役令嬢で、色々なスペックは高い。それは自覚していた。

 だが、ある意味当て馬キャラに光属性が入って来るだなんて一体何の冗談だろうか。


「ああ、もうなんでこう……」


 ハイスペックな自分を呪えば良いのか、それとも調子にのってレベリングや魔法を鍛え続けた自分を呪えば良いのか分からないまま、リナニエラは頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てる事しかできなかった。

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