第27話 前世なのか遺伝なのか・・・

「おかえりなさいませ」


 馬車から下りれば、家令であるトーマスと数人のメイドがクリストファーを出迎える為に玄関の前に立っていた。リナニエラも一緒に返ってきた事には一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに元の表情に戻り、見事な礼で二人を出迎えてくれた。


「ただいま」

「ただいま戻りました」


 クリストファーと一緒に返事をすれば、部屋の奥からパタパタと足音が聞こえた。


「坊ちゃま!」

「お兄様、お姉さま、お帰りなさい!」

 

 二人で目をやれば、ハシバミ色の髪をした自分の弟が元気よく駆け寄って来た。そして、クリストファーの足に勢いよくだきついた。


「おっと」


 鍛えているとはいえ、弟の全力疾走からの抱き着きに、クリストファーの口から声が上がる。嬉しそうに兄の顔を見上げる弟の様子に、リナニエラの顔も緩む。


「本当眼福……」

「え?」

「いいえ」


 世間的に見れば、『イケメン』の部類に入る兄と、見た目は天使な弟の戯れを間近に見たリナニエラの口から思わず本音が漏れた。聞き慣れない言葉だったからだろう。すかさずクリストファーが聞き返してくるが、リナニエラ聞き流す事にした。


「おかえりなさい。クリストファー。リナニエラも一緒なの?」


 カミルの後を追いかけてきたのか、ナディアが奥から姿を現した。そして、クリストファーと一緒にいるリナニエラを見て目を丸くした。


「お母さま、ただいま帰りました」


 リナニエラが挨拶をすれば、彼女はリナニエラの格好を見た後、何かを思い出したような顔をした。


「そういえば、帰りにギルドに寄るって話をトーマスから聞いたわね。暗くなってきていたから、クリストファーと一緒に帰ってきてよかったわ」


 そう言って笑うナディアがリナニエラの髪の毛を撫でた。そして、冒険者姿の自分を見て、にっこりと笑う。


「冒険者の恰好似合っているわ。私も結婚前に冒険者として出たかったのだけども、お父様が許してくれなかったのよね」


 少し羨ましそうに続いた言葉に、リナニエラは言葉に困った。母であるナディアは隣国の公爵家の娘だ。父であるエドムントが隣国に赴任した際にナディアを見初めて、母の両親を口説き落としたのだという話は、リナニエラ達子供も知っている。

 そんな母がまさか冒険者になりたかったなんて言葉を始めて聞いてリナニエラが目を見開けば、ナディアはおっとりと笑った後、首を傾げる。


「一応、家系的にも魔力量は多いし、魔法も得意だったから、使ってみたかったのよ。ほら、合法的に魔法使い放題なのって冒険者とか宮廷魔術師とかじゃない?」

「母さん……」


 母親の言葉に、クリストファーが自分の額に手を当てる。


「母さん、仮にも隣国の王家の血が入っていて継承権だってあった母さんにそんな無茶させられないだろう?」

「ええー? けど、出来る物は使わないと勿体無いじゃない」


 宥めるように話すクリストファーの言葉に、ナディアがすねたような顔をする。だが、出てきた言葉がこれだ。どう返事をすればよいのか分からずに、リナニエラは苦笑するしかない。そして、隣に立っていたクリストファーも同じようだ。


「リナニエラの魔法好きはきっと母さんのせいだね。魔力量も多いし、そう言う所は母さんの血なんだね」


 一人で納得した顔をするクリストファーを見て、リナニエラは少し微妙な顔をしながら頷いた。確かに自分は魔法が好きだ(もちろんもふもふも)。だが、それは、前世の自分の影響だけだと思っていたのだが、もしかすると母からの影響も少なからずあるかもしれない。そんな事を考えていれば、クリストファーの足にしがみついていたカミルがクリストファーに向かって腕を伸ばした。


「お兄様だっこ!」


 おそらく、自分達の話が退屈だったのだろう。次の誕生日には七歳になるというのに末っ子のせいか甘えん坊だ。抱っこをせがむ弟に、クリスファーは苦笑すると、ひょいと彼の身体を抱き上げた。


「わぁ!」

 

 視線が高くなったからか、嬉しそうな声を上げるカミルに三人が笑みを浮かべる。いろいろと世知辛い事があるけれども、カミルの無邪気な笑顔は、ある意味癒しだ。


「カミル、お兄様は着替えなくちゃいけないから――。二人とも着替えてらっしゃい」


 クリストファーが抱き上げたカミルをナディアが受け取ろうとするが、さすがに幼い弟も気が引けたのだろう。兄に下ろしてもらう様に頼んだ後、そのままナディアの元へと歩みよった。


「あ、そうだわ。マロちゃんとトープちゃんのおやつを部屋に届けてあるからね」


 ふと、思い出したようにナディアに言われてリナニエラは頷いた。ギルドに行くから、学園から出る前に、二人には控えてもらっていたのだ。すっかり忘れていた。

 今日はなんとなく疲れたから、彼らに癒してもらいたい。


「ありがとうございます。お母さま」


 ナディアに礼を言えば、『夕飯前だから、少ないわよ』と返してくる。いつの間にか、彼らが家族と夕飯を食べる事は当たり前になってしまっている。こう考えると、彼らもすっかりこの家に馴染んだのだなとリナニエラは感じずにはいられなかった。


「ありがとうございます」

 

 そう言うと、リナニエラは二階にある自室に向かう為に階段を上り始めた。


「マロ、トープ。おいで」


 部屋に戻って服を着替えた後、リナニエラは控えていたマロとトープを呼び出した。名前を呼べば、何もない空間からポンと飛び出すようにマロとトープが飛び出してくる。


「わっ」

 

 床に着地するのと同時に、マロがリナニエラに飛びついて来る。今のマロの大きさは最初の大型犬の子犬位の大きさから、既にグレートピレネーズ位の大きさになっていた。そんなマロが勢いよくぶつかって来た勢いで、リナニエラの身体がぐらつく。それでも足に身体強化魔法をつけてなんとか踏ん張った後、そのままマロの身体を抱きしめる。ふかふかの毛に顔を埋めれば石鹸とおひさまの匂いがした。


「わふっ」(りなー)


 ご機嫌の様子でぐりぐりと顔を押し付けてくるマロの身体をわしゃわしゃとリナニエラは撫でる。


「ただいまー!マロー。疲れたよー!」

 

 そう言えば、マロがぐりぐりと頭を顔へ寄せてきた。マロなりの自分への慰めのつもりなのだろう。それに笑いながら、リナニエラはマロの身体に回した手に力を込めた。


「あー癒されるー」


 少し気持ちがささくれ立っていたのだろうか、温かくて柔らかいマロ身体を抱きしめて堪能した後、ホバリングするような様子で自分達の様子をうかがうトープへと手を伸ばした。


「ただいまートープ」


 そう言って手を差し出せば、トープは少し遠慮するようにしながらも、リナニエラの肩へととまった。そのまま顔を摺り寄せてくるのにほおずりすれば、爬虫類とは違い温もりが伝わって来るのが分かる。


「ああもう、かわいすぎるー」


 思わず声を上げればマロとトープの目がリナニエラの部屋にあるテーブルへと向く。さっきまでの愛想のよさはどこへやら、といった様子で彼からの関心は机の上に向いている。


「おやつ食べる?」


 そう言えば、マロとトープの目が輝いた。マロの尻尾がぶんぶんと振り回されて肩にとまったトープの爪が肩に食い込んだ。


「あいたた!」

 

 思わず声を上げれば『ギュイ』(すまない)とトープの声が聞こえる。それに、大丈夫だと頭を撫でてやればもう一度トープが頭を摺り寄せてきた。


「じゃあ食べようか?」


 しゅんとしたトープの様子がかわいそうになって、改めてリナニエラは机の上にあるクッキーとコーヒー豆の袋を見せた。



 

 



 

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