第28話 漫画の主人公のようにはなかなかいかない

 コリコリ、ポリポロとマロとトープがおやつを食べている音が部屋の中に響く。マロはクッキー、トープはコーヒー豆と食べる物が違うのだが、似たような音が響くのが面白い。そんな事を考えながら、リナニエラは鞄を自分の机の上に置いた後、制服から、簡単なワンピースに着替え始める。

 本来なら貴族の子女であれば、制服を着替えもメイドの手を借りるのだろうが、前世の記憶が戻ってからのリナニエラは余りメイドの手を借りて着替える事に抵抗があった。

 もちろん、外出の時や今後あるだろう夜会の時などドレスや、改まった服装をする時は、もちろんメイドの手を借りるが、日常で自分が出来る事は自分でやっておきたい。

 正直なところ言えば、前世で言う所のジャージやスウェットのような楽な格好になりたいところなのだが、そうはいかない。とりあえずは動きやすいワンピースに着替えた後、リナニエラはベッド近くにしいたラグの前で靴を脱いだ。本来ならはしたないとされる事なのだが、前世では家の中では靴を脱いで生活していたせいか、部屋の中では裸足(正確には靴下を履いているが・・・)の方がしっくりする。

 ラグの上にのって暫く足をマッサージした後、リナニエラはラグの傍らに置いてあるルームシューズをはく。布で出来たそれは、リナニエラが職人に作らせた物で、足の裏には滑らない素材がついていているものだ。一日、ブーツを履いていた圧迫から解放されたからか、ルームシューズ履いた足が軽い。


「あー、落ち着くー」


 ラグの上でそんな言葉を漏らした後、リナニエラはまだおやつを食べている自分の召喚獣達へ目をやった後、一つ息を吐くと肩幅程度に足を開いた。


「さてと……やりますか」


 そう言いながら大きく息を吸い込んだ後、リナニエラは目を閉じる。そして自分の内側、前世で言う所の丹田辺りに意識を集中をする。自分の魔力を感じながら薄く自分の皮膚に沿わせるように魔力でバリアを張るように意識をした。そのまま、皮膚の上の魔力を手へと集中させて行った後、それを再び足へと動かす。イメージは気功のような感覚だろうか。魔力を動かしながらリナニエラは身体を動かす。腕を動かしながら、肩から指先へと魔力を動かした。ゆっくりと動く魔力の動きが段々と速くなっていくのが分かる。腕を前に出すのと同時に、魔力を手のひらへと移動させる。そのまま、手を引くのと同時に、魔力を足へと移動させる。そうやって、身体と身体を動かす。

 魔力が移動していくのと同時に、段々と身体が暖かくなっていく。前世の世界であった太極拳のような動きだなと思いながら、魔力を練りながら手のひらを前へ手を出した。


『そういえば、少年漫画のバトルシーンでこんな技あったなぁ。あの技は手のひらから、気を発していたっけ』


 王道の少年漫画の主人公が得意としていた技を思い出しながら、リナニエラはてのひらに魔力を移動させる。『はっ!』と声を上げて気合を入れたそんな時、リナニエラの部屋のドアがノックされた後、ガチャリと開かれた。


「リナニエラ、ちょっと話があるんだ」

 部屋の中に入って来たのは、兄であるクリストファーだ。彼はドアを開くと、丁度両手を突き出す格好をしたリナニエラを見た。そしてその視線は靴を脱いでルームシューズを履いている足元に向かい、そして、自分の顔へと視線を戻してくる。


「……、魔力操作の練習?」

「——、そうですわ」


 おそるおそる尋ねて来る兄の視線は何か残念な物を見るような顔をしているが、敢えてリナニエラは弁解もせずに体勢を元に戻した後、済ました表情をした。


「何かご用ですか? お兄様」


 取り繕うように、リナニエラが尋ねる言葉にクリストファーが我に返った顔をすると、口を開いた。


「リナニエラが今日、渡された封筒借りても良いかな? 父上に話を通しておきたいんだ」

「え? ええ」


 クリストファーに言われて、リナニエラは戸惑いながらも頷くと机の上に置いた鞄の方向へと歩き始めた。そして、中に入っている封筒を手にした。


「どうぞ」

「ありがとう」

 

 入口に立っているクリストファーに封筒を渡せば、彼は柔らかく目を細めた後、封蝋へと目をやる。


「そういえば、この封蝋について何か知ってる?」

「え?」


 思いもよらない事を聞かれて、リナニエラは目を丸くした。


「何かって? どういう事ですか?」

 

 兄に言われた言葉の意味が分からずに、リナニエラが尋ねればクリストファーは少し首を傾げたままこちらを見つめてきた。その視線に含まれる感情が分からずに、リナニエラは何度か目をしばたかせる。


「じゃあ、この封蝋についてどう思った?」


 さっきの質問と余り変わりがないではないかと思いながらも、クリストファーの言葉に、リナニエラは腕組みをした。


「そう……ですわね。ご自身を表す封蝋だなと思いました。彼の名前と、彼の召喚獣である狼がデザ……、意匠になっているなんて、彼の感性は素晴らしいなと」

「——そうなんだ」


 兄の返事が何だか含みがあるように思えて、リナニエラが彼に問いかけようとするけれども、兄はそれを避けるように笑みを深めた。


「おにいさま?」


 元々、人が良さそうな顔をしているけれども、さすがに侯爵家の嫡男という事なのだろうか。彼の笑顔からは何の感情も読み取れなかった。普段はのんびりとしている癖に、こういう所は本当にわが兄ながら喰えない。そんな事を頭の中で毒づいていれば、更ににっこりと兄の笑みが深くなった。


「どうかしたかい?」

「いいえ……」


 これ以上は『詮索するな』といわんばかりの兄の表情にリナニエラは、言葉を濁した。その様子を見て、クリストファーはリナニエラの頭を宥めるように撫でると、手にした封筒をひらりと振った。


「父上に話をしたら、またちゃんと返すから。少し借りるよ」

「ええ」


 飄々とした口調でそういうと、クリストファーはそのまま部屋を出て行く。バタンと扉が閉まった所で、リナニエラは大きく息を吐いた。


「こわかった……」


 一瞬見せた兄の表情。それは、普段自分達に見せる柔らかい表情とは全く違う物だった。深く何かを考えて居るのだろうけれども、それを問いかけるのを許さない強い意志。そんな物が感じられた。リナニエラ自身、第三王子の婚約者(一応)ではあるものの、まだデビュタントまでもあるから、貴族特有の裏工作や、どろどろとした裏話からは遠い場所にいる。だが、あの兄は既にそいういう物も見たり、聞いたりしているのだろう。


「あの兄さまがねえ」


 リナニエラの印象は、屋敷に入る時のどこか飄々として、兄弟に優しい兄の印象しかない。だから、ああいう、貴族の嫡男という物が前面に出る兄を見てしまうと少し戸惑ってしまう。これは、きっと前世の自分に身についている感覚も手伝っているからなのだろう。きっと、記憶を取り戻す前のリナニエラなら、兄のあんな態度だって、さらりと躱してしまうのかもしれない。

 ふと、浮かんだ考えがグルグルと頭を回ってしまうのを感じて、リナニエラは首を左右に振った。そして、気を取り直すように、何度か肩を上げ下げした後、手を天井に向かってあげる。


「とりゃー!」

 

 気の抜けた声を出しながら、指先に魔力を集中させれば不意に指先から魔力の塊が飛び出した。そして、それはそのまま天井の方向へと飛んでいくと、そのまま天井にぶつかると『バン!』と大きな音を立てた。


「うわっ!」


 まさか、指先から自分の魔力が形になって出るとは思わずに、リナニエラは目を丸くして、自分の指先を見た。普通、魔法というのは、魔力に対して属性や、何だかの方向性を持たせて発動するのが一般的だ。だから、純粋に魔力の塊だけを放出するような事は無い。それなのに、リナニエラの指先からは魔力が固まりとなって出てしまった。これは、一体どういう事なのだろう。


「え? え?」

 

 困惑しながら、自分の手のひらを見つめると、リナニエラは再び魔力を手のひらに集中させた。そして、先ほど指先から出た魔力の感覚を思い出しながら、手のひらの上にそれを出現させようとする。


「おお……」


 じっと、見つめて意識を集中させれば、先ほどの指先から出た魔力よりも少し大きな魔力玉がリナニエラの手のひらの上に現れた。それは、白い光を放ちながら手のひらの上でまるで放電するような音を発している。だが、初めて魔力を固まりとして、手のひらの上に出したからか、それは不安定に何度も形を変えている。それを整えるように、魔力を調整しながらリナニエラはごくりと息を飲んだ。そして、自分の手の平の上で不安定に揺れている魔力の塊を見ながら口を開く。


「こ、これが打てるようになれば私、少年漫画で読んだあんな技とか、こんな技とかできるんじゃない?」


 ふと、浮かんだのは某少年漫画で見た、主人公たちが繰り出す技だ。某南の国の大王のような名前の技や、分身を使って、エネルギーを調整して放っていた技、いくつもの技が頭の中に浮かんでは消える。それが自分の手で出来るのかもしれないという思いは嫌でもリナニエラの気持ちを浮き立たせた。


「やった!」

 

 湧き上がる感情のまま、思わず声を上げる。だが、その直後リナニエラの視界がぐらりと揺らいだ。


「あ……れ?」


 急激に視界が狭まる感覚と同時に、目の前が暗くなっていく。まるで貧血を起こした時のような感覚がして思考力が急に落ちていくのが分かった。この感覚は身に覚えがある。記憶が戻った当初、魔力の底上げをする為に何度も魔力を使いすぎて枯渇状態にした時と全く同じ感覚だ。


『え? 何で?』


 幼い頃なら露知らず、魔力の操作方法もうまくなったリナニエラは魔力枯渇を最近は起こした事が無い。戸惑いながら、自分の手のひらの上にある魔力の玉を見つめる。


「もしかして……これ……が原因?」


 とぎれとぎれに呟いてリナニエラは、手のひらにある魔力玉を見つめた。一見単なる魔力の塊に見えるのだが、どうやら、これを維持するには相当の魔力量が必要のようだ。じっと見つめていれば、魔力が底を尽きかけているのか、手のひらにある球体んは不安定に揺れた後、『プスン』と白い煙になって、ガス欠のような音をさせた。

白い煙をとなって消えてしまった魔力玉が消えたのと同時に、リナニエラの身体が鉛のように重くなる。手や足先から体温が奪われていくのが分かった。


「あ……、まずい――」

 

 そう口にするのと同時に、リナニエラの目の前は暗くなり、意識はブラックアウトした。

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