第26話 なんでもないという人の言葉は信じちゃいけない

『他のメンバーと連絡がついた。土の日の二の鐘が鳴る時間に、ギルドにて集合』


 シンプルで用件のみのカインからの文章にリナニエラは眉を寄せる。文章というのは、人に分かってもらう為に書くものだと思うのだ。一瞬ラブレター? と勘違いしたアルマもこの文面を見て『コレジャナイ』と思ったのだろう。生ぬるい目でリナニエラを見つめてきた。


「アルマさん、御手数をおかけしました。そして、土の日はお世話になります」

 

そう言って頭を下げればアルマも真面目な顔をになって頭を下げた。


「今は、演習前だからか学生さんがよく依頼を受けています。冒険者の方にも学生が受けやすい依頼は残すように言っていますので、良いのがあれば優先的にお渡ししますね」

「ありがとうございます」


 アルマの言葉に、もう一度リナニエラは頭を下げた。


「後、リナさん学校もお忙しいとは思いますが、依頼の方も受けて下さいね」

「あはは」

 

 思い出したようにアルマから続いた言葉に、リナニエラは苦笑いをすると彼女にもう一度会釈をして、ギルドを出た。


 外に出れば街の中心にある教会の四の鐘が大きく鳴り響いていた。四の鐘は前世で言うところの17時に相当する時間だ。随分遅くなってしまった。外に出れば既に日差しは弱々しくなっていて、街の壁をオレンジ色の光が照らしているのが分かった。


「急がなくちゃ」


 一人で呟いた後、リナニエラはそのまま貴族の屋敷が立ち並ぶ方向へと歩き始めた。途中、仕事が終わったのだろう。笑いながら酒場へ歩いていく人を横目にリナニエラは歩く足を速める。少し強化魔法を使って歩く足を速めても罰は当たらないだろう。そんな事を考える。


「土曜日の十時ね」


 先ほど見たカインからの目もを思い出して、リナニエラは確認するように呟く。その言葉は前世での曜日と時間だ。

 王都の街では、街の中心にある教会が5回の鐘を鳴らす。一の鐘が朝の7時、二の鐘が10時、三の鐘が昼の12時、そして、先ほど聞いた鐘が四の鐘で夕方の5時、そして、最後の五の鐘が夜の九時に鳴らされるのだ。リナニエラ的には、一の鐘が『起きろ』二の鐘が『休憩しろ』三の鐘が『お昼』四の鐘が『仕事終わり』五の鐘が『さっさと寝ろ』という意味合いが込められていると勝手に思っている。

そして、基本的に、この世界の一日の時間、そして、季節の月、曜日などは前世と呼び名は違うものの同じだ。更にありがたかったのは、曜日の呼び名も月曜日が月の日、火曜日が火の日というような呼び名だった事だ。これで、朝露の濡れる日とか妙な名前だったら呼ぶ事自体を躊躇いそうだ。


「こういう所は、ザ・ゲーム設定さまさまって所なのかしら?」

 

 皮肉めいた言葉を口にしながらも、リナニエラは貴族街と一般市街地を隔てる門がある場所までやって来る。基本的に、一般市民は貴族街に立ち入る為には貴族が発行した許可証が必要だ。そして、貴族の人間ならばその家の人間であると証明する物が必要となる。

 勿論、貴族の家紋入りの馬車などに乗っていれば、特に問われる事も無く門は通過できる。普段、リナニエラもオースティン家の馬車に乗って学園に通っているから、余り門を意識した事は無かった。だが、今のリナニエラは徒歩な上、格好も冒険者仕様だ。そのせいだろう。門の前にいた衛兵が近づいて来る自分を見て眉を寄せた。

 その様子を見て、リナニエラは収納魔法でしまってある自分が貴族であることを証明する印を出そうとした。これは、貴族の人間には必ず持たされているもので、それを見ればどこの家の人間か分かるようになっているのだ。いわゆる、かつて江戸時代に武士が持っていた印籠のような物だとリナニエラは思っている。それを手にして、リナニエラは更に衛兵がいる方向へと近づいていく。

 更に近づくリナニエラを不審者とでも思ったのだろう。呼び止めようと、外に出ていた衛兵とは別に、詰所の中からも衛兵が出てこようとする。それを見て、リナニエラは先ほど収納魔法で取り出した印を出そうとした。


「あれ? リナニエラどうした?」


 詰所から出てきた衛兵が声をかける直前、近づいて来る馬車の音の後、リナニエラの背中に聞き覚えのある声がかけられた。『え?』と思いながら振り返れば、そこには見覚えのあるオースティン家の馬車と、窓から顔を出している兄のクリストファーの姿があった。


「え? お兄様?」


 何故兄がと思った所で、今の時間を思い出してリナニエラは納得する。どうやら、兄は仕事を終えて馬車で帰って来た所なのだろう。想像ができて、リナニエラは馬車の扉が開いて兄が近づいてきたのをぼんやりと見つめた。


「どうしたんだ? 今日はまだ平日だろ? なんで冒険者の恰好を?」

「ちょっと、ギルドから呼び出しがあったの」


 クリストファーはリナニエラの前までやって来ると身に着けている服装を見て、不思議そうな顔をした。それに、理由を口にすれば、彼は納得した顔をする。


「確かに、制服ではギルドは行きづらいからね」


 そう言うと、彼はそのままリナニエラに手を差し伸べた。


「乗っていくだろ? 歩いていくと遅くなる」

 

 そう言って、リナニエラをエスコートするようにして馬車に誘うクリストファーの言葉に、リナニエラは安心した顔をすると、そのまま馬車の階段を上がった。


「えっと、あの……」


 目の前で起こっている出来事についていけないのか、衛兵がおろおろとしているのを見て、クリストファーはにっこりと笑う。


「街に用事があってこんな格好をしているが、この子は私の妹。オースティン家の人間だよ」


 そう言って笑みを深めれば、衛兵の顔色が悪くなっていく。


「ここを通っていいよね?」

「は、はい!」


 ほとんど有無を言わさぬ兄の言葉に、衛兵が背筋を正して敬礼をする。それに彼も敬礼を返した後、馬車の窓を閉めた。そして、馬車の正面に座るリナニエラの顔を見て、にっこりと笑う。


「で、わが妹殿は一体どんな用事でギルドに?」

「えーっと……」

 

 先ほどの衛兵に見せた態度と同じような様子でクリストファーがリナニエラへと尋ねてくる。その様子に、リナニエラは少し困った顔をした後、自分の鞄の中に入れた封筒をクリストファーに差し出した。


「これは?」

「今度の演習の前に同じ班の人たちと一度ギルドで依頼を受けて感覚を掴んでおこうかと。その予定の連絡です」


 渡された封筒の説明を求められてリナニエラは説明するように口を開いた。そうすれば、クリストファーは封筒の中身を見た後、目を細めた。


「へぇ、演習か。懐かしいな。で、なんでギルドに?」

「……さあ?」


 更に続いた質問に今度こそリナニエラは首を傾げた。正直自分も何故カインが学校では無く、ギルドを通して連絡をしてきたのか訳が分からないのだ。素直にそれを言えば、クリストファーは便せんを封筒に戻した後、封筒にされた封蝋を見て『へー、ふーん、ほーう』と何やら不穏な言葉を口にしている。それが怖くて、リナニエラが

『お兄様?』と声を掛ければ、彼はにっこりといい笑顔を見せてリナニエラに封筒を返して来た。


「ありがとう。教えてくれて。けど、遅くなるなら、リナニエラは魔法があるのだから、家に連絡を頼みなさい。遅くなってからだと酔っ払いだって出るんだから」

「はい」


 尤もな指摘をされて、リナニエラも小さくなりながら返事をした。そうすれば、クリストファーは腕組みをした後、何故だか考えるような顔をしている。


「所で、この封筒を渡して来た人物はどんな人?」


 尋ねられた言葉の内容にリナニエラは少し引っ掛かりは覚えたものの、言葉を続けた。


「彼は、騎士科の学生で名前はカインとおっしゃるそうですわ。授業で少し被っているのでお話した事があります」

「カイン? 家名は?」

「さあ?」


 名前だけしか言わなかった自分に、クリストファーは眉を寄せたがこれ以上の情報はリナニエラも知らないのだから仕方が無い。

 曖昧な言葉で口ごもればクリストファーは何故だか黙り込んだ。


「お兄様?」

「いや、大丈夫だよ。お前は心配しなくていいよ」

「はぁ……」


 にっこりと笑みを浮かべてこれ以上は聞いてくれるなという顔をする兄の様子を見て、リナニエラは首を傾げる他なかった。

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