第25話 ラブレターなどという甘いものでは断じてない

 演習の日が近くなるにつれ、学園の中には普段とは違う熱のような物が感じられるようになった。特にリナニエラがいる教室が魔法科という事もあるのだろうか。教室のあちこちで演習の話題が聞こえるようになってくる。それを聞きながら、リナニエラは苦い顔をした。

 班の編成の忖度の度合いがとにかくひどいのが問題だ。何故、ヒロインに攻略対象者複数名が同じ班なのだろう。

 一応、カインや、貴族科の女子生徒もいるのが救いではあるが、これがもし、ヒロイン+攻略者+自分なんて編成だったら、次の日から学園を休んでいた所だ。


『いや、侯爵家の権力を使って絶対に班編成を変えてやるわ』


 逆の意味で悪役令嬢のような事を考えながら、リナニエラは帰り支度を整えた。今日は、学園の帰りにギルドに寄っていくつもりであったから、家からの馬車は呼んでいないのだ。これは、家令であるトーマスも納得している事だ。貴族の子女が街中を歩く事には良い顔をしなかったのだが、貴族の馬車でギルドへ向かって注目を浴びる事の恥ずかしさを考えたら、こちらの方が随分マシだ。

 学園からの許可もあるので、リナニエラはあらかじめ収納魔法で中に入れていたギルドに向かう為の服装に着替えた後、学園を出た。平民とまではいかないが、貴族が身に着けるよりも簡素な服、それに冒険者とわかるいで立ちに着替えてリナニエラは慣れた様子で街を歩く。その隣を学園から出てきた貴族の馬車がリナニエラを抜いて行った。それを目で追った後リナニエラはそのままギルドに向かって歩く。だが、まっすぐ歩く訳では無く、リナニエラはギルド近くにある冒険者用の道具が色々とそろえられている通りへと足を向けた。

 そこには、薬草や回復薬といった薬を扱っている道具屋や、武器、防具を扱う店、そして魔石を扱う店など多くの店が軒を連ねていた。そこに目をやりながらリナニエラは自分の頭の中にある、道具の在庫を考える。

 薬草が少し減ってきているから、購入した方が良いかもしれない。そんな事を考えながら歩いていれば、ふと武器屋にあった剣が目に留まった。白い刀身のそれを見てリナニエラは足を止める。


「ふぅん」

 

 研がれた刀身ではあるが柄に華美な宝飾が施されている。恐らく貴族をターゲットにしている剣だろう。だが、装飾が多すぎるような気がする。そんな事を考えながら、リナニエラは店の奥にある剣にも目をやる。だが、見る限りリナニエラのお眼鏡にかなうような剣はこの店には無いように見えた。


『剣が壊れたから、また買い足さなくちゃいけないんだけどなあ。怒られるけれど、やはりお父様に頼んだ方が良いかしら?』


 先日の依頼の際に壊れた剣の事を思い出して、リナニエラは渋い顔をする。基本、こういう事もあるから、リナニエラは数本の件を持って依頼は受けている。だが、やはり使い勝手という意味では順位が付いてしまって、気が付けば同じ剣を使用する事になってしまうのだ。本当なら、クセが付くから、避けたい所なのだが、仕方が無いだろう。


「さてと……」


 呟くとリナニエラは、再びギルドに向かって歩き始めた。平日だというのに、リナニエラがギルドに行くのには訳がある。実は、学園に入る時にリナニエラは職員室に呼び出されて、ギルドから呼び出しを受けた事を知ったのだ。

 そのため、リナニエラは制服から冒険者としてのいでたちに着替えて向かっている訳だが……


『一体何だろう? 私が学園の生徒であることはギルドは知っているから、平日に連絡なんてしてこない筈なんだけど――。ましてや、家じゃなくて、学園にだなんて嫌な予感しかなない』


 頭に過る嫌な予感を振り払いながら、リナニエラは見えてきた大きな建物に目をやった。そして、大きくため息をついた後、意を決したようにドアに手を置くと勢いよく閉じられていたドアを開いた。


「こんにちはー」

 

 小さく言いながらドアを開くと、リナニエラは周囲を見回す。この時間、ギルドの中にいる冒険者の数は少なかった。まだ、時間が早いせいだろう。一仕事終えて戻って来る彼らでごった返すのはもう少し後の時間だ。おかしな輩に絡まれなくてよかったと思いながら、リナニエラがカウンターの方へと歩いていくと、受付の椅子に腰かけていた女性が、気が付いたように手を上げた。


「あ! リナさん」

 

 ひらひらと手を振られた後、こちらに来るように促されて、リナニエラはカウンターの向こうに座っている女性に頭を下げた。


「お久しぶりです。アルマさん」


 挨拶をしながら、近づけばアルマはこちらに向かうと笑顔を向けた。


「お久しぶりです。学園はどうですか?」

「まあ、ぼちぼちですね」


 尋ねてくるアルマの言葉に返事をすれば、彼女は満足そうにうなずいた。


「学園では色々と大変とは思いますけど……」


 声を潜めながら話しかけてくるアルマに、リナニエラは薄い笑みを浮かべた。ギルドはリナニエラが侯爵家の令嬢だという事は知っている。依頼を受ける際にも色々と便宜を図ってもらっているのがありがたい。そんなギルドからの連絡だ。一体何だろう。


「今日は一体どうしたんですか?」


 本題を切り出すようにリナニエラが尋ねれば、アルマは『ああ』といった顔をして、受付の机の引き出しから一枚の封筒を出した。


「これは?」


 いきなり渡された封書。ご丁寧に封蝋までされているそれに、リナニエラは眉を寄せた。目の前を見れば、これを渡したアルマがにやにやとした顔をして自分を見つめているのが分かった。


「実は、冒険者のカインさんがリナさんにって渡して来たんです」

「え?」


 アルマの目がにっこりと三日月に変わるのを目にしてリナニエラの顔が引きつる。これは完全に、アルマはカインとの関係を疑っている顔だ。だが、自分達はそんな甘い関係では無い。


「カインさんって、リナさんと同じ学園ですよね?」

 

 確認するように尋ねられて、リナニエラは曖昧にうなずいた。アルマはそのままわくわくしている顔を隠そうとせずにこちらを見つめている。それを少し鬱陶しく思いながらもリナニエラは封蝋を見た。


『家等の情報はなし……か』

 

 封蝋には、家の家紋を入れたり自分で決めたマークを作っている物を使っている事が多い。学園でも名前のみで通しているカインの態度に、いささか不自然な物を覚えていたので、この封蝋で何か手掛かりが得られると思っていたのだが、どうやらそれは無駄だったようだ。彼の封蝋にはカインのKの文字が記された背後に狼がいるだけだ。恐らくジータの姿なのだろう。そう想像がつく。

 アルマ借りたペーパーナイフで封を切ると、リナニエラは便せんに書かれた文章の内容を見た。そして、目を見開く。


「で、何が書いてあったんですか?」

 

 興味津々といった顔をするアルマの顔を見て、リナニエラは一つ息を吐いた後、彼女に便せんを見せた。アルマの方は、自分が便せんを手渡して来た事に少し驚いた顔をしていたものの、素直にそれを受け取ると、興味津々といった顔をして中身を見た。そして、暫く視線を動かした後、ひどくがっかりとした顔で封筒を返して来た。


「実は、彼と学園の演習で一緒の班になったんですよ。以前、演習の班で一度依頼を受けてみないかという話になったんですよ。その連絡ですね」


 さらりとそう言えば、アルマは不満そうな顔をしながら口を開いた。便せんに書かれていたのは、次の日曜に班の一部の面々と一緒にギルドの依頼を受けようという話だった。どうやら、以前魔法科までやってきて話をした事を彼は実行に移したらしい。そこには休みの日の待ち合わせの時刻が入っていた。それにしても、以前は教室まで来た彼が何でわざわざギルドを通して連絡してきたのだろう。はなはだ疑問だ。


「けど、あんな意味深な封筒出来たら期待するじゃないですか!」

 

『紛らわしい!』と言う彼女の言葉に、リナニエラは苦笑する。確かに、アルマの言う通りだ。


『ていうか、教室に伝言しにきなさいよ』


 気を使っているのか気を使っていないのか分からない彼の対応にリナニエラは今度の依頼を受ける際にちゃんと文句を言ってやろうそう心に決めて息を吐きだしたのだった。




 

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