第21話 デートのお誘い……じゃなかった

「オースティン嬢、来客ですよ」


 授業が終って漸く一息ついた所で、同じ魔法科の男子学生が声をかけてきた。

 朝見た班割りのショックと、昼間のチェーリア達の言葉で知った事実への衝撃で正直、午後の授業はうわの空だったリナニエラは男子生徒に声を掛けられて我に返った。


「は、はいっ!」


 返事をして振り返れば、そこに立っていたのは、オースティン家の自領と近い子爵家令息が声をかけていた。少し気弱そうな彼はリナニエラが返事をした事にほっとした顔をすると、ちらりと視線を教室の出口に向けた。基本、リナニエラの交友関係は魔法科の人間に限られている筈だ。それなのに、何故来客が来るのか。疑問に思っていれば、丁度出入り口に立っている一人がリナニエラに向かって手を上げる。


「げっ」

 

 思わずリナニエラの貴族令嬢らしからぬ声が漏れた。自分の顔がしかめられるのが分かる。教室の出入り口に立っているのは、朝、入口で顔を合わせた騎士課の学生カインだったからだ。


「よぉ」


 カインはリナニエラの顔を見つめた後にっこりと笑う。その顔は全く悪びれた様子は無い。


「ちょっと、どういうつもりですか?」


 騎士課の彼が魔法科の教室にまで来た訳が分からない。それ以上に、同じクラスの面々の興味津々の視線が痛い。慌てて彼の元に駆け寄って、咎めるように尋ねるがカインは全く気にした様子は無い。リナニエラが近づいてきた事で笑みを深めた。


「いや、他の課に来るのって緊張するな?」


 呑気にそんな事を言われて、リナニエラは小さく苛立った。だが、こんな場所で怒鳴りつける訳にはいかない。周囲を見回した後カインに顔を寄せると、口を開く。


「一体、魔法科まで何の用ですの?」


 声を潜めて文句を言えば、カインは『ああ』と苦笑いをした後、頭を掻いた。


「実は、演習の件で話がある」

「は?」


 彼の言葉に、思わず間抜けな声が漏れた。


「で、演習の話というのは?」


 魔法科の建物の中にあるカフェ。その中にリナニエラとカインはいた。もちろん周囲には他の魔法科の生徒達の姿もある。皆、演習の事が気になるのだろう。妙に自分達の席に腰掛ける生徒が多い。チェーリアとステラなどに至っては隣の席を陣取っている。


「聞きたいんだが、オースティン嬢はギルドに登録をしているのか?」


 自分達の注文した物が運ばれてきた後、意を決したようにカインはリナニエラにそんな事を尋ねてきた。


「え? ギルドですか?」


 いきなり言われた言葉をおうむ返しの様にリナニエラは口にしてしまう。確かにリナニエラは冒険者として学園に入る前から登録はしていた。そして、時間の合間にギルドで依頼も受けている状態だ。それが一体何だというのだろう。


「ああ。魔法科や騎士科の生徒は登録している生徒が多いと聞いているから」


 言葉を濁しながら話してくるカインの言葉を聞きながら、リナニエラは先ほど運ばれてきた紅茶に口をつけた。


「確かに、私も冒険者登録はしておりますが、それが一体?」


 疑問を口にすれば、カインはちらりと周囲の生徒達に目を向けた後、意を決したように口を開く。


「いや、もしよかったらなんだが、一度演習までにメンバーの顔合わせとか、陣形とか確認しておかないか? ギルドに登録があるなら、クエスト受ける事も出来るし」

 

 そう言われた言葉に、リナニエラは思わず納得してしまう。カインの言う通り、初対面のメンバーといきなり演習をするよりは、前もって人となりや得意な魔法などを知っていれば、演習を進めるのが楽だ。

  まだ、詳しい演習の内容は聞いていないけれども、今回は聖と全体で班の能力は平均化されていると聞いているから、去年までと演習の内容も違うだろう。


「確かに、それはありかもしれませんわね」


 そう呟いた後、リナニエラの顔は盛大にゆがめらられた。確かにカインの言っている言葉は正しい。だが、自分の班のメンバーは王子に、アリッサそして、ゲーム攻略対象者がほとんどなのだ。元々、ジェラルドはリナニエラに対して良い印象が無い。しかも、先日の件で更に印象を落としているだろう。そこで合同でクエストなど、一体何の罰ゲームだ。


「あー」


 一緒にクエスストをした所を想像してしまって、リナニエラの口からうめき声が漏れた。まず間違いなくジェラルドは人の言う事を聞かない。アリッサもそうだ。攻略対象は腰ぎんちゃくのように彼らに対してイエスマンを貫くだろう。そんな茶番を繰り広げられる中、クエストだなんて、絶対成功するとは思えない。

 地を這うような彼女の言葉に、目の前に座るカインや、他の生徒もぎょっとした顔を作る。


「確かに有効です……が……」


 絞り出すように口にする言葉。正直こんな言葉は言いたくない。苦虫をかみつぶした顔でそう言えば、カインは口元を弾くつかせながら、『そうか、なら一度メンバーに連絡を取ってみる』と話を続ける。自分に連絡をしろと言わないのは、おそらくリナニエラの気持ちもある程度汲んでくれているからだろう。


『ああ、嫌だ……』


 自分の目から光が消えるのが分かる。おそらく今の自分の目にはハイライトは存在しないに違いない。本当に、今からでもよい。ちょっとくらいレベルが低い生徒でも良いからあのメンバーを変えて欲しい。神がいるなら、この今のリナニエラの望みをかなえてくれないだろうか。そんな事を考えて居れば、カインが思い出したように、リナニエラの顔を見た。


「そういえば、オースティン嬢の冒険者のレベルはどの程度なんだ? 確か、ある程度上のレベルなら、学園側からも連絡が来ているだろ?」


カインはそう言うと、リナニエラの前に自分のギルドカードを出す。カードの色はレベルによって違っている。彼の色は鋼の色だ。という事は彼のレベルはDクラスだ。

 冒険者のレベルは、F,E,D,C,B,A,S SSと上がっていく。Cクラスからは、Cの上級、下級と二段階に分けられる。

 そして、持つカードの色も変わっていくのだ。

Fが初心者を表す緑色。そして、Eが白だ。そして、カインが持っているDが鋼色、

Cが赤銅色、Bが銀、Aが金色となるそして、Sからはプラチナ色となるのだ。


「俺のランクはDだ。学園から有事の時は前線でのサポートも言われている。オースティン嬢もそうじゃないのか?」


 そう言う彼はリナニエラの顔をじっと見てきた。おそらく、彼はリナニエラ自身もギルドではそれなりの地位だと踏んでいるのだろう。


「はぁ……」(面倒くさい)


 そんな事を考えながら、リナニエラは自分の制服の内ポケットにあるギルドカードを出す。本来なら出すべきではないのかもしれないが、カインがカードを自分に見せているのだ。自分だけが見せない訳にはいかない。


「こちらです」


 そう言ってリナニエラが出したカードは赤銅色。Cランクだ。カインよりも上になる。しかも、リナニエラのカードにはランクの上位を示すラインもついているから、カインの目は大きく見開かれた。


「アンタ……ランクがCってえ?」


 自分のランクを知って驚いているカインにリナニエラはため息をつく。そして、机の上に出したカードを再び自分の内ポケットに入れると、まだぽかんとしている顔をしているカインを放置する形で席から立ち上がった。


「お話はそれだけですか? それでは私は失礼します。クエストの件。また、詳細が決まれば、ご連絡をいただけますか?」


 本当なら、こんな面倒ごとは辞退したいところだが、当日の面倒ごとを避ける為には方法はない。


「お手数をお掛けして申し訳ないですが……」

「い、いや」


 そう言いながら頭を下げれば、カインが慌てた様に返事をしてくる。このやりとりだけでも、本当にぐったりだ。

 今日は、演習の班決めに自分のメンタルに響く嫌な事が多い。全く何でこんなに厄介事ばかりが自分に降りかかって来るのだろうか。


『もしかして、私が悪役令嬢だから?!』


 ふと、浮かんだ考えにリナニエラはぐったりとした顔をした。本当にそうだったら悲しすぎる。


『とりあえず、お父様にはお話しておかないとね』

 

 現実逃避をするように、リナニエラは考えると、まだ何か言いたそうなカインを置いてそのままカフェの外に出る為に歩き始めた。


 

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