第22話 ご飯はおいしく食べたいです

「お父様、お話があります」


 夕飯の席についてすぐ、リナニエラは上座に座るエドムントに声をかけた。家族団らんとは違う自分の雰囲気に、父は何かを察したのだろう。こちらに視線を向けてきた。


「何かあったのか?」

 

尋ねてくる父の言葉に、リナニエラはどうやって返事をしようか考えながら頭を巡らせた。


「えぇと」


 言葉を探しあぐねて少し口ごもった後、リナニエラは『演習の班が……』と言葉を紡いだ。


「あら、もうそんな季節なの?」


 同じ学園の卒業生でもあるナディアがリナニエラの言葉に反応する。やはり、卒業生から見ても、演習は印象のある行事のようだ。


「あれ、班分けでかなり良い思い出になるか、嫌な思い出になるかが変わるのよね」


 しみじみとした顔をして母が口にした言葉に、リナニエラは唇を引き結んだ。今自分が言いたかった事を母がまさに代弁してくれている。


『私の場合は間違いなく嫌な思い出ですけど!』


 心の中で叫びながら、リナニエラは両親の顔を見た。渋い顔をしたまま、こちらを見た事で、両親は自分の言いたい事に気が付いたのだろう。


「もしかして、班分けが余り良くない組み合わせになったの?」


 母の言葉に、リナニエラは無言で頷いた。途端、その場に流れる微妙な空気に、リナニエラは気持ちが重くなってくるのが分かった。


「……殿下と件の彼女と同じ班でした」


 絞り出すような声で、報告をすれば食堂にいた父と母の顔が『ああ』と同上するような視線に変わった。本当なら、婚約者と同じ班で喜ぶ事はあっても、嫌がる事なんてほとんどない筈なのに——。


 微妙な空気の中、食事が並べられていく。他の家族は自分に何を話せば良いのか悩んでいるのだろう。誰も言葉を発しない。弟ですら、心配そうに自分を見つめているのが分かって、リナニエラは肩を落とした。


「と、とりあえず食べましょう?」

 

 場を取り繕うように、ナディアが口にする言葉にうなずいた後、リナニエラは手を合わせた。


「いただきます」

 

 そう言った後、目の前にあるスープを飲んだ。だが、口にしたスープは味は分かるものの、どこか味が薄く感じる。他の料理を食べても同じ感じだった。

 一日の最後の食事位美味しく食べたいのに、何故こんな事になっているのだろう。


『はぁ……』

 

 結局ほとんど食事を摂れずに、リナニエラは席を立つ。肉料理など本当に美味しそうなのに、胃が受け付けないのだ。何でこんな思いをしなければいけないのだろう。


「ごちそうさまでした。後、サロンのピアノお借りしても良いですか?」


 普段なら食事をしている家族と会話をするところなのだが、今日はショックが大きすぎてそんな気持ちにもならない。でもこんなもやもやした気分のままでいるのもなんだか癪だ。とりあえず自分の中にある感情を吐き出したくて、リナニエラは手っ取り早いピアノを弾くという手段を選んだ。

  サロンにあるピアノは、母であるナディアが輿入れの時に持って来た物だ。良いものとは聞いていて、定期的に調律だってしている。だから、常に良い音が出るのだ。


「え、ええ。いいわよ」


 ナディアの方もなんとなく自分が落ち込んでいる事が分かるのだろう。特にこちらに尋ねてくる事もなく了承をしてくれた。それに礼を言うと、リナニエラは席を立つ。給仕についていてる家の者が心配そうな顔をしているのを見て、リナニエラは苦笑した。いつも食事の時に世話をしてくれている面々だ。自分の食べる量が少ない事にも気が付いているのだろう。申し訳ないと思いながらも、リナニエラはそのまま食堂を出た。


「あーもう!」


 サロンに入ってドアを閉めた所で、リナニエラは声を上げる。ここは防音がされているから、こんな乱暴な口調で話をした所で誰も聞いてはいない。


『主、言葉が乱暴すぎる』

『そうだ、そうだー!』


 自分と一緒に食堂を出ていたマロと、トープの言葉にリナニエラはじろりと二匹を見つめる。


「仕方ないじゃない。そうでもなけりゃやっていけないわよ!」

 

 ついつい、いつものお嬢様言葉ではない口調になってしまう。


『王子って、前にボクたちをくれって言ってきた金髪男だよね?』

「金髪男って……」


 マロの散々な言いぐさに、リナニエラは思わず吹き出してしまう。女子生徒からはキャーキャー言われている王子も、自分の召喚獣にかかれば、単なる『金髪男』でしかないのだと思えれば、少し気分が晴れる気がした。そのまま、リナニエラはピアノのカバーを開ける。まずは試しに白鍵の上に指を奥。ポーンという小気味の良い音がサロンの中に響いた。


「いい感じだわ」


 音のずれも無いし、これなら気晴らしに思いきり弾けそうだ。


「何を弾こうかしら」

 

 そんな事を言いながら、リナニエラは弾く曲を考える。この世界の曲は基本的に長調の曲が多い。前世でメヌエットと呼ばれているような四分の三拍子のゆったりとした曲が多い。おそらく、ダンスをする時に優雅に見えるようにと作られたのが主だからなのだろう。だが、リナニエラ自身が好きなのはもっと抒情的な曲の方が好きだ。

 この世界でも、リナニエラが好きな曲調の者もあるにはあるのだが、数が少ない上に、演奏者が少ないからか、曲の仕上がりも余り良いものでは無かった。なので、必然的に前世の曲を弾く事が増えるのだが……


「そうだなあ」

 

 そう言いながらリナニエラはとりあえずとピアノに指を置いた。頭に浮かんだのは、鐘という名前が付いた曲だ。確か、この曲は技巧曲として知られている曲だが、指を動かせばピアノはその曲を奏でだす。サロンに響く曲を聞きながら、リナニエラは自分がひくピアノの曲に没頭した。


『それにしてもこの身体のスペック高いよね』


 曲を弾きながらリナニエラはそんな事を考える。記憶にある曲を耳でコピーして再現する事すら簡単にやってのけるのだ。ゲームの中のリナニエラが学業や魔法であれだけぱっとしなかったのに、こんな潜在能力を隠し持っているだなんて。本当にゲームを作った運営会社の悪意しか感じない。確かに、ゲームのリナニエラは努力をする事は余りしていなかったように思うが、それにしたって勿体ない。

 そのままリナニエラは前世で好きだったRPGのラスボスの曲を聞き出す。シリーズになっているゲームの中でも人気が高かった。違うシリーズでは幻想的な空を飛ぶシーンでも使われた曲だ。これが、まさか戦闘の曲になるとは正直思っていなかったから、ゲームをプレイした時は興奮したものだ。

 

『ゲームしたいなあ』

 

 ぼんやりとそんな事を考えながらリナニエラは、ピアノを弾き続ける。激しいパートから、静かなパートへと流れていく曲を弾き続ける。そして、弾き終えた後、リナニエラは息を吐いた。まだ、気持ちはすっきりしないが、激しい曲に感情を乗せて引く事で随分気持ちが紛れた気がした。


「はぁ」


 一つ息を吐きだして、更に違う曲を弾こうとした所で、コンコンとサロンのドアをノックする音が聞こえた。この場所に自分がいる事は家族は知っている。一体誰だろうと、リナニエラが思いながら返事をすれば、控え目にドアが開かれた。


「マーサ? それにカミル?」


 開いたドアから姿が見えたのは、弟のカミルと自分の世話をしてくれているマーサだ。一体どうしたのだろうと思いながら、リナニエラが近づいていくと、カミルが何故か難しい顔をしながら自分を見上げている。その手には、盆にのせられたパンに今日の肉料理と野菜が挟まれたサンドウィッチがあった。


「これは?」

 

 カミルに視線を合わせて尋ねれば、カミルは少し迷った顔をした後、リナニエラを見つめる。


「お姉さま、ちゃんとご飯を食べて無かったから……」


 そう言って盆を渡される。それを受け取れば、背後のマーサがグラスに入ったジュースを持っている。


「カミルおぼっちゃまが、お嬢様の様子がおかしかったからと心配をされて」


 そう説明されて、リナニエラは苦笑する。どうやら、この幼い弟に自分は随分心配をかけてしまっていたようだ。それに、曲を弾いた事で少し気が晴れたのか、さっきまであんなに胃が詰まったような感覚だったのが薄れて今は空腹を覚えている。


「ありがとう。二人共」


 リナニエラはそう言いながら笑うと、カミルから渡されたサンドウィッチを持ってサロンにあるソファに腰掛けると、自分の顔をじっと見つめたままのカミルを呼び寄せた。ぴょんとソファに飛び乗る弟を見て目を細めながら、リナニエラは彼から渡されたサンドウィッチを食べる。


「おいしい」


 さっきまではあんなに味が分からなかったのに、今はちゃんと味が分かる。それに少しほっとしながら、リナニエラが再びドアの方向に目をやれば、マーサの背後に見えるのは、先ほどまで自分と一緒に食事をしていた家族の姿だった。どうやら、随分と心配をかけてしまったようだ。


『けど、現実問題あの二人をどうにかしないとこの状況は続くのよねえ』


 そんな事を考えながらも、リナニエラはドアの元に立ってる家族に笑いかけた後、彼らを招き寄せるように手を上げた。

 

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