第16話 森の奥にいるもの

三人で楽しく昼食を過ごした後、リナニエラは潰れた午後の授業の時間、図書館で過ごす事にした。おそらく、屋敷に今回のゴタゴタの連絡は行っているだろうが、屋敷の人間に手間を掛けさせるのも申し訳ない。

 図書館に入れば、他の課は午後の授業をしているせいか、図書館の中には人がまばらだった。それを良い事に、リナニエラは本棚の本を物色する。


「あ、あった」


 そこにあるのは、この国にある聖獣の話だ。幼い頃から寝物語などで聞かされる話がそこには記されていた。


 大きな森の中には、この国を守る聖獣が住んでいる。その聖獣はとても臆病ではあるが、とても寂しがりでもある。心の綺麗な人間に心を開き、力を貸す事で知られている。その姿はとてもかわいらしいとも美しいとも言われている。

 

 立った数行しかない、聖獣の記録。記憶の中にあるゲーム内容では、その聖獣がヒロインに心を開き力を貸していた。それで、『ゲーム』のヒロインだったアリッサは光魔法と聖魔法を手に入れたのだ。


『いわゆる、召喚獣を介して力を借りているってことよね』


 文章を読みながら、リナニエラはそう考えた。聖獣の居場所はそれこそ完全に秘匿されていて誰も知る事が無い。大昔の王家はそれを知っていたと聞いているけれども、今の王家はどうなのだろうか。ふと考えながら、リナニエラは腕組みをした。


『物語とかではぼかされているけど、聖獣がいるのはあの森の中なのよね。そして、今回の魔物暴走のきっかけでもあって、暴走を止める鍵にもなる』

 

 ゲーム展開を思い出しながら、リナニエラはそんな事を考えた。


『それをあの子がきっかけになるのよねぇぇぇぇぇ』


 今日の出来事を思い出しながら、リナニエラは頭を抱え込んだ。正直、今自分が目にしているアリッサは、ゲームに見ていた彼女とは似ても似つかない。模造品ともいえないくらいにひどいものだ。

 ゲームの彼女の幼い正義感は、まっすぐで微笑ましいものだった。少なくともゲームの中のリナニエラ(自分とは違うけれども)にも眩しく映っていたに違いない。

 だが、今のアリッサは王子の身分を盾に自分の主張を押し通すというはっきり言ってしまえば、『性格の悪い痛い人』に成り下がっている。そんな状態の彼女で聖獣が力を貸してくれるとは思えない。いや、逆に貸したらびっくりする。


『でも、森の奥にいる聖獣ってどんな姿なのかしら?』


 ふと、先ほど読んだ文面が思い出されてリナニエラははたと動きを止める。

文献には『かわいいとも美しいとも』という文面があった。という事は、猛禽類や、前世で言う所の猛獣の類では無いはずだ。


『いや、熊という選択肢はあるけど』


 正直、聖獣という名前を聞くと、美しい白鳥(これならありか)や、虎やライオンという物を想像していたのだが、文面の最初に『かわいい』が出ているから想像した大半の動物が違うと言えるだろう。折角演習で森の中に入るのだったら、人目でいいから聖獣の姿をみて見たいと思うのは、自分の性だろうか。


『ゲームのリナニエラじゃ絶対会えないからねえ』


 ふと生ぬるい目をした後、リナニエラは腕組みをする。そして外を見た。午後の速い時間からこの場所にいたのだが、随分と自分はまだ見ぬ聖獣の姿に想いを馳せていたらしい。窓の外は夕焼けが始まっていた。


「いけない」


 折角午後の授業がなかったのに、これではいつもと同じくらいの帰りになってしまう。そう考えるとリナニエラは鞄を持つと、手に持っていた本を貸出ししてもらう為にカウンターへと向かった。


それから、いつもの場所で、馬車に乗りリナニエラは屋敷へと戻った。やはり学園からは連絡が行っていたのだろう。玄関先には、母と姉そして、弟の姿があった。

 皆心配そうな顔をしていて、リナニエラが馬車から下りれば三人は慌てた様子で駆け寄って来た。


「学園から連絡を受けたけど、大丈夫だった?」


 母親であるナディアにぎゅっと抱きしめられて、リナニエラは苦笑する。


「大丈夫ですわ。お母さま」

 

 そう言って震える母の肩を抱き締めれば、後ろから姉のミルシェが話しかけてきた。その顔も心配そうに歪んでいる。


「学園から、あの王子が貴方のマロとトープを自分のものにしようとしてトラブルになったって連絡が来たからびっくりしたわよ。あの二匹は無事?」


 ミルシェの問いに、リナニエラはうなずくと後れて馬車の中から出てきた二匹に目をやった。


「この子たちなら大丈夫ですよ。ちゃんと王子達に抗議をしてくれました」


 魔法を使って王子の手から逃れたトープの姿を思い出して、リナニエラは笑いながら話す。あの時の彼の間抜けな声はひどく面白かった。普段、彼には婚約者という立場で苛立たされる事が多かった為(決して恋愛的な意味では無く)ちょっといい気味だと思ったのは内緒だ。


「お父様もクリストファーも早くに帰って来る言っていたから、詳しい話は夕飯の後にでも聞かせてちょうだい」


 ナディアの言葉に、リナニエラは頷いた。そうすれば、ナディアの抱き締める腕が強くなる。その感触と自分の鼻腔をくすぐる母親の甘い匂いにリナニエラはほっと息を吐きだしたのだった。

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