第15話 蓼食う虫も好き好きとはいうけれど
それから15分後リナニエラ達は学園長室を後にして、先ほどまでいた魔法科の召喚獣を預けておく広場の前までやってくると、リナニエラは息を一つ吐いた。
召喚獣を放す場所には、放してある自分の分身を観察するためなのか、ところどころにベンチが設置されているのだ。そして、その場所は魔法科の生徒が自分や同じ科の召喚獣を見つめる為によく利用されていた。そして、見るだけなら、他の生徒にもこの場所は解放されていたのだ。その為、学園内でもこの場所はそこそこ人気があっる場所だったのだ。だが、ジェラルド達の行動でこの場所は、魔法科の面々しか来られなくなってしまったのだけれども――。
その中のベンチの一つに、リナニエラ達は腰を下ろした。お互いに会話は無い。
暫くの沈黙の後、まず出たのはため息だった。
「はー、疲れた」
さっきまでの自分達と教師のやり取りを思い出して、ため息まじりにリナニエラがボソリと本音を口にすれば、チェーリアが苦笑する。
「確かに。疲れたわね。午後の授業が中止になってくれてよかった」
笑いながら同意する言葉にうなずいた後、リナニエラは大きく伸びをする。おおよそ貴族の少女としては似合わない動作だったが、今はこうしたい気分だ。まあ最も、魔法薬学が潰れた事だけが許せないのだけれども。
「ああーお腹空いたぁ」
空を眺めてリナニエラが呟いた。その言葉に、先ほどジェラルド相手に頑張ってくれた、リナレス子爵令嬢も一緒が頷く。
「本当ですね」
そう言うと、彼女はベンチから立ち上がろうとした。どうやら、彼女は高位貴族である自分達と同じ場所に座る事に戸惑いを覚えているらしい。そんな彼女の腕を掴んで引き留めた後、リナニエラは彼女を再びベンチへ腰かけさせる。
「あ、あの……」
戸惑った声を上げる彼女。リナニエラとチェーリアを見て挙動不審になっている。落ち着きなく動く視線を見ながらもリナニエラは彼女の顔を見つめる。
自分からすれば、彼女は学園長室での攻防を乗り越えた同士のつもりなのに、こんなに恐縮しているのを見るとなんだか切ない。
「お疲れ様。そしてリナレス子爵令嬢もお疲れ様でした」
チェ―リアがそう言うのに、リナニエラはリナレス子爵令嬢と顔を見合わせて苦笑する。本当にあの後は大変だった。
「でもジェラルド王子が自宅謹慎なんてねぇ……」
しみじみといった口調でチェーリアは呟いた後、クスクスと笑い出した。普段、彼が傍若無人な態度をしているせいで生徒の評判はあまりよくない。王子の立場に便乗して好き勝手をしていたアリッサも同じようなものだろう。案外、この自宅謹慎を喜んでいる生徒は多いかもしれない。でも、王子が自宅謹慎とは間抜けすぎる。
『あーダメダメ。一応、王子は私の婚約者……。一応ね』
流石に、王子のトラブルを喜ぶのは不謹慎だろうと、リナニエラはにやけそうになる自分の顔を真顔に戻そうと努力する。
「けど、貴族課の主任が動いてくれたのは意外だったわ」
さらい続いたチェーリアの言葉に、リナニエラは思わずうなずいた。普段、貴族課の生徒が起こした問題を黙認する事が多い。
上位貴族の生徒が多いという事でトラブルを回避する事もあったのだろうが、今回についてはトラブルになったのが王子の婚約者でもあるリナニエラであったことや、自分が侯爵令嬢である事も功を奏したらしい。そこに、今までの積み重なった貴族課への苦情が重なった結果なのだろう。まあ、あの二人が大人しくしているとは到底思えないのだけれども。ふと浮かんだ考えに生ぬるい顔をする。
「けど、謹慎明けがうるさそうよね」
チェ―リアが苦い顔をして、話をするのにリナニエラ達は無言で頷いた。ぶっちゃけて言えば、『自分』が良ければ他はどうでもよいという考え方の二人だ。きっと、今回の謹慎も不当な謹慎だとかなんだとか貴族課で触れ回るのだろう。
『でも、今回の出来事は貴族課でも通達が出るらしいから、あの人達が言う話は通じるのかしら』
貴族課で被害者面をして話をする二人を思い浮かべて、リナニエラは首を傾げた。
国王はそれほど愚かな人間では無いと理解しているが、ジェラルドを支持する貴族が何かとうるさいに違いない。学園は不可侵という暗黙の了解を侵してくる危険性もあった。他人事ながら今後の心配になる。学園長や、教師陣にリナニエラは同情を禁じえない。
「オースティン侯爵令嬢様、どうかされましたか?」
一人で難しい顔をしていたのだろう。自分の顔を見つめていたリナレス子爵令嬢が心配そうな顔をしてこちらを見つめている。その視線で我に返ると、リナニエラは取り繕うように口角を引き上げた。一応、腐っても貴族令嬢。笑顔を作るのは慣れている。
「なんでもありませんわ。今日は、リナレス子爵令嬢のおかげで本当に助かりましたわ」
そう言って、にっこりと笑みを浮かべれば、彼女は慌てたように手を左右に振る。そんな事は無いといいたいのだろう。
「そんな事はおっしゃらないでください。オースティン公爵令嬢様、私は当たり前の事をしただけです」
さらりとそんな言葉が出る彼女に感心しながらリナニエラは言葉を続けた。
「リナレス嬢、そんな堅苦しい言い方はやめてください。リナニエラで結構ですわ」
そんな家柄くっつけて話をされても、肩書だけでかしこまってしまいそうだ。そんな気持ちを込めて進言すれば、彼女は一瞬目を見開いた後、頬を赤らめる。
アリッサも美少女だと思うが、このリナレス子爵令嬢もかなり美人の部類だ。濃い茶色の髪に、少し赤みがかった茶色の瞳。かわいらしいというよりは凛とした空気を纏わせている。そんな彼女が照れたように頬を赤らめる姿は、正直見ていてこちらが照れてしまう。いや、もっと見たい。
「で、では、私の事も、ステラとお呼びください。リナニエラ様」
さすがに『様』を付けるのは、家柄の事もあるのだろう。自分は気にしないけれども、周囲にはうるさい人もいる。そういう所にも目がいく彼女に感心をしながら、リナニエラは隣にすわっているチェーリアにも顔を向けた。
「ではリナレス子爵令嬢。私の事もチェーリアと」
自分の言葉に乗るように、チェーリアもステラにそう話かける。それに彼女は頷いた後、三人で笑い合った。
「それにしても、殿下は昔からあんな方だったかしら? 私も幼い頃の印象しかないのですが、もう少し思慮深かったような」
先ほどの話題に戻るように、チェーリアが言えば、ステラもうなずく。
その言葉に、リナニエラは薄く笑みを浮かべた。自分の記憶をたどっても、幼い頃のジェラルドは、もう少し物事を考える子供だったはずだ。婚約者としての交流は余りなかったけれども、それでも誕生日に花束やプレゼントを以前の彼は送ってくれていた。
この学園に入ってからは全く寄こしてこなくなったけれども――。
そんな事を思い出して、リナニエラは薄く笑う。
『ヒロインに会ってからは本当に、色々な意味で彼女一直線だからなあ』
ぼんやりと考えながら、リナニエラは自分の膝の上に置いているサンドウィッチへと目をやった。正直言って、リナニエラの空腹は限界寸前だ。本当に、教師がいたあの場面でお腹がな辛くて良かった。
「さあ、もう過ぎた話はやめにして、食事にしましょう。ステラ様も食事は持っていらしているの?」
「ええ。私はお弁当を作っているので」
そう言いながら出された包みにリナニエラは目をやった。きれいに包まれたそれは、前世の時に食べたお弁当とほとんど変わりが無かった。確かにお弁当持参なら、学食に向かって食事を購入する時間が必要無いからこの場所に来るのも早かったのだろう。
ふたを開ければ、彼女の為に料理人が頑張った料理が姿を現した。色の配置や食べ物にも気を使っている。きっと、リナレス子爵家の料理人の腕が良いのだろう。自分も家の料理人にお弁当を作ってもらおうかと考えながら、リナニエラは先ほど学食で買ってきたサンドイッチとサラダを持っていた紙袋から出した。本当は空間魔法も使えるのだけれども、余り外に出さない方が良いというのが、学園に入る前に師事してくれた家庭教師の談だ。
ゴソゴソを紙袋を開いて、リナニエラは中に入っている料理を出す。そして、食べようとした所で、自分に注がれる視線に気が付いた。
「ん?」
見れば、一体いつ戻って来たのだろう。向こうで遊んでいた筈のマロが自分の足元に座っている。じっと自分の手元を見つめている毛玉をリナニエラはじっと見つめた。
「んー?」
確か、召喚が終わってからの授業で召喚獣は召喚した人間の魔力を糧として、人間と同じ食べ物を摂る事は無いといわれた。もし、いるとしたらそれは随分とかなり風変りな個体だとも。期待した瞳をして自分を見つめるマロを見てリナニエラは試しに手に持っていたサンドウィッチを上に上げた。そうすれば、マロの視線も同じように上に動く、右に動かせば頭も……。
「何をしているの?」
自分の様子に気が付いたのか、チェーリアがリナニエラに話しかけてくる。だが、この状況をどう説明すれば良いのか分からなくて、リナニエラは額に手を当てた。
まさかとは思うが、自分の召喚獣は多くいる召喚獣の中でも例外に当てはまるのではないだろうか。
「マロ、食べる?」
試しにとサンドイッチをちぎって、マロの前に出せば、マロは嬉しそうな顔をして、しっぽを振る。そんな顔をしてしっぽを振られれば、沢山食べさせたくなるではないか。自分の食事ではあるものの、リナニエラはマロの鼻先へとそれを差し出した。
「あ、そういえば、マロって玉ねぎ食べられるの?」
前世で確か犬に玉ねぎを食べさせるのは厳禁だったと思い出して、リナニエラは手に持ったサンドイッチに目をやった。幻獣の食べ物などわかる訳も無い。前世に読んだ事のあるネット小説などでは好き嫌いや食べさせてはダメな食べ物は無かったはずだが……。
頭の中で考えていれば、目の前で食べ物をちらつかされていたマロの方は我慢が出来なかったのだろう。そのまま、リナニエラが手にしていたサンドイッチへと飛びついた。そして、それを奪うとそのまま口の中に入れて咀嚼し始める。
「あ、こら!」
いきなりサンドウィッチを奪われてリナニエラは声を上げる。こんな事で体調を崩されたりでもしたら大変だ。マロが口にくわえたサンドイッチを無理やり口をあけて吐き出させようとすれば、それを阻止するかのようにすごい勢いで飲み込まれてしまった。
「えぇぇぇ!」
勢いよく飲みこんだマロに、リナニエラは呆然とする。本当に大丈夫なのだろうか? 戻したりしないだろうかとリナニエラがマロの顔をじっと見ていれば、マロはきょとんとした顔をして見つめ返してくる。
『何?』
「え?」
突然頭に響いた声に、リナニエラは声を上げた。じっと見つめるマロの視線に、リナニエラはまさかとマロの顔を見た。
「今の声、もしかしてマロ?」
頭の奥に響いた声が、マロの声だとはにわかに信じられなくて、リナニエラは確認するように尋ねる。そうすれば、マロの瞳が少し剣呑になった後、『がうがう』と鳴き声を上げた。
『そうだよ!』
鳴き声と同時に聞こえるその声。どうやら、マロの言葉で間違いがないようだ。そのままマロは足元へとまとわりついてくる。何故、マロの言葉が聞こえるようになったのか疑問であるが、どうやら自分はトープと同じように、マロとも意思の疎通が可能になったようだ。甘えてるマロの体を撫でながら苦笑いをしていれば、リナニエラの頭の上にずっしりと重みがかかる。
『主、我も主が立てているそれがほしい』
マロよりも幾分低いトーンの声が頭に響く。聞き覚えのある声はトープの物だろう。少し視線を上に上げれば、自分の顔をのぞき込むようにしてくるトープと目が合った。
「んんー?」
再びリナニエラの頭の中に、授業の内容が浮かんでくる。確か召喚獣は人間の食べ物を――。
『――、全く、食費がかかるっていったお母さまの言葉が本当になってしまうわ』
昨日、話をしていた内容を思い出しながら、リナニエラは遠い目をする。そして、トープに請われるまま、サンドイッチのかけらを差し出した。そうすれば、トープも先ほどのマロと同じように食事を口にする。トープの方は渡されたサンドイッチを器用に手でもって口に運んでいる。これはこれでかわいらしい。
『今日から、この子たちの食事も頼まなければいけなさそうね……』
一つため息をついて、リナニエラは食事をしている二匹の姿を見つめた。
どうやら、自分の召喚獣二匹は授業で習う所の『よっぽど物好き』の部類に入るタイプだったらしい。どうやら、エドムントの胃がまた痛む事は確定のようだ。
やはり、魔法薬学の教師に自分は薬を頼まなければいけないかもしれない。
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