第14話 はいダウト!

「さて、お前らにここに来てもらったのは他でもない。さっきのトラブルに関する事だ」

「事情聴取ですよね?」

「そうともいう」


 ジェラルドとリナニエラのつばぜり合いの場に、教師であるゲルガーが入ってからは全てが急展開だった。ゲルガーを追うようにしてやってきた教師数名が、その場にいた生徒達に状況を確認し始める。そして、自分と、チェーリア、そして最初にジェラルドと対峙していた生徒の数名が職員室へと呼び出しを喰らう事になった。

『学園長室に』という言葉を教師が口にしたのを聞いて、勝ち誇った顔をするジェラルドを横目に、リナニエラは同じ魔法科の面々と眉を寄せる。今は昼食の時間。それが削られるのだ。折角購入したサンドウィッチを口にする事なく空腹のまま午後の授業に入るのは悲しすぎる。それに、学園長と話をして彼がジェラルドが王子だからと自分にマロとトープを引き渡すように言ってきたら。

 少しひやひやしながら、ゲルガーに案内されたのは学園長室では無くその隣にある応接室だった。中に入ればそこにいたのは、魔法科の主任教師と、貴族課の主任教師の二人だった。二人は、リナニエラ達を見て席を立つ。


「こんな所まで来てもらって申し訳ないわね」


 そう言うのは、貴族課の主任教師だ。申し訳なさそうにリナニエラ達にそういうと、目の前にあるソファへと彼女は座るように促してくる。リナニエラ達は一瞬三人で顔を見合わせた後、無言のままで頷いてソファへと腰かけた。


「まず最初にお伺いしたいのは、オースティン嬢、今あなたの傍にいるその二匹は本当に召喚学の授業で呼び寄せた召喚獣ですか?」

「その通りです」


 貴族課の教師が口にする言葉に、リナニエラは強く頷いた。他の二人も大きくうなずく。


「本当です。私たちもマロとトープが呼ばれた時に同じ場所にいました。あの時は本当に大騒ぎだったんですから」

「そうです! 同じ授業に出ていた生徒なら皆同じ事を言うと思います。だって、二匹も召喚出来た生徒はオースティン侯爵令嬢しかいなかったんですから!}


 二人の言葉の勢いに、二人の教師とと同じ様にリナニエラすら圧されてしまう。まさか、こんなに勢いよく自分の召喚獣だという事を力説されるとは正直思わなかったからだ。


「……そうですか」


 魔法科と、貴族課の主任教師は顔を見合わせると、重いため息を一つついた。

 そして、リナニエラの膝の上と頭の上にいるトープとマロに目をやった。先ほどの事があったせいで、召喚獣たちも不安定なのか、先ほどからリナニエラにぴったりとくっついて離れようとしない。これは、彼らにもストレスを与えてしまったと申し訳ない気持ちになる。


「まあ、こんな召喚獣の姿を見て、人から無理やり取ったという人はいないと思いますけどねえ」


 苦笑いをしながら指摘をされて、リナニエラは返答に困る。おそらくトープは自分の頭の上に陣取って寛いでいるのだろう。なんとなく想像がつく。マロの方もリナニエラの膝の上でないやらせっせと自分の前足を動かしていた。

 緊張した空気が流れる筈の場所に流れる妙に和んだ空気が申し訳なくてリナニエラは頭の上にいるトープを自分の肩へと留まらせようとした。リナニエラの手招きに、トープは応じるように肩まで下りてきたが、頭の上を滑り降りるようにして、肩にきたせいか、折角朝マーサにセットしてもらった髪の毛が乱れてしまっているのが分かる。折角自分の為にと頑張ってくれたのに申し訳ないと思いながら、リナニエラは『キュイ』と声上げるトープの喉をくすぐった。


「大丈夫。この人達は何もしないよ」


 二人の教育主任とゲルガーを見つめながらリナニエラが話しかければトープの身体の強張りがとける。そして、肩からマロと同じリナニエラの膝の上まで下りてきた。そして、何を思ったのかそのままぐるりと身体を丸めると眠ってしまった。


「あら」


 貴族課の主任が声を上げる。ドラゴンなんて伝説上の生き物だと思っていたのだろうし、そのドラゴンが自分の膝の上で眠るとなったらそれは珍しい事だろう。


「……主任、そろそろ」


 だがそんな空気は、割り込むように入ってきたゲルガーの声によって遮られた。彼は二人の主任のを見て少し呆れた顔をすると、一つのクリスタルを取り出した。


「これは?」


 どこかで見た事があるクリスタルだそんな事を考えて居れば、ゲルガーは手の中にあるクリスタルと、ソファ前にあるテーブルへと置いた。


「これは、王子の護衛をしている方から借り受けた物だ。ここには学園長と話をしているジェラルド王子と、アリッサ嬢の証言が入っている」


 そう言うのと同時に、ゲルガーは水晶へと魔力を込めた。そうすれば、そこにホログラムのような映像が浮かび上がる。その中に映っているのは、学園長と、ジェラルド、アリッサそして、ゲルガーの姿だった。二人は、学園長室の中でも大きな態度をとっているのが分かる。


『オースティンの召喚獣を連れてこい。あれは私たちのものだ』

『そうです。侯爵令嬢に無理やり召喚獣にされたんです。身分だけで召喚獣にされるなんてあの子たちがかわいそう!』


 口々に言う言葉に、リナニエラは眉を寄せる。学園長室へ行くとゲルガーに告げられた時、彼が勝ち誇っていたのはこういう事かと妙に納得してしまった。一番上座にいる学園長は、王子の話を聞きながら小さく眉を寄せる。そして、腕組みをした後ジェラルドへと話しかける。


『では、オースティン嬢が連れている召喚獣は彼女が無理やり自分の地位を使って召喚獣を使役したと』

『そうだ』

『おや、おかしいですね。お二人は貴族課で、召喚学を履修していない筈だ。それなのに、何故授業中の事が分かるのです?』


 鋭い学園長の言葉に、ジェラルドの顔が厳しいものになった。


『そ、それはっ、オースティンがそう言ったのだ』


 言葉に詰まりながら、根も葉も無い事を口にするジェラルドの言葉。それを聞いて、リナニエラの眉が上がる。


「ほーう」

 

 思った以上に低い声がリナニエラの口から漏れて、隣に座っていたチェ―リアがピクリと肩を揺らした。教師たちも自分の声音の変わりように、驚いているようだが、今はそれに構っている暇はない。そのままじっと画面を見つめていれば、自分の嘘に調子づいたのか、更にジェラルドは言葉を続けた。


『そ、そうだ。あいつは王子である自分に召喚獣を献上するのが当たり前なのだ。なにせあいつは侯爵令嬢だからな』


 そう続いた言葉で、再び学園長の目が光る。


「おや、それでは王子は身分が下なオースティン嬢が自分に召喚獣を献上するのが当たり前だと言っているのですね』

『そうだ。何事にも王子である私が尊重されなければ』


 そう続いた言葉の後、いきなり学園長は笑い出した。


『それもおかしいですね。貴方たちは身分をかさに着て、オースティン嬢が召喚獣を自分のものにしたと言っていた。だが、今は自分の立場が上だから侯爵令嬢の彼女から召喚獣を奪おうとしている。それは、先ほど自分が批判していた彼女の行動と同じでは?』


 笑いながら、ジェラルドに鋭く問いかける学園長の言葉に、彼は言葉を失っている。どうやら自分の言葉の矛盾に気が付いたのだろう。


『召喚獣と契約者の中には魔法で繋がった絆がある。もしそれを第三者が乱そうとすれば、契約している片方にもその衝撃は伝わる。オースティンはそれに気が付いて、あの場面でやって来たのだ』


 ジェラルドの解説に、リナニエラはほうと納得する。あの時、ひどい違和感と不快感が走ったのは、マロとトープが自分を呼んでくれたからなのだとリナニエラは理解した。いざという時に、自分を呼んでくれた二匹が愛おしくて、リナニエラはそのまま眠っている二匹の背中を撫でる。うろこのすべらかな感触と、もふもふの毛の感触。どちらも最高の手触りだ。


「ちょっと、戻ってきて!」

 

 うっとりとした顔をしだしたリナニエラに気が付いたのだろう。チェーリアが小声でたしなめるように名前を呼んだ。そのやり取りを間近で見てしまった、二人の主任教師は口元を抑えて横を向いた。そこで、画像が止まる。どうやら、見せたかったのはこの場面だったらしい。


「彼らの言葉に、反論は?」

「大いにありますが、口で言うのは面倒ですので後で書類として送らせていただいてよろしいでしょうか? 公正証書にして送ればよろしいです?」


 真顔でそう言えば、ジェラルドはひきつった顔をして『いやいい』と返して来た。


「そうですか。では、先ほどの画像できれば複製させていただきたいのですが」


 真顔でたずねれば、今度はジェラルドが怪訝そうな顔をした。この画像は、自分が婚約を解消するために使えそうな材料だ。前世でも浮気の有責事項を積み立てて行って、離婚の時に莫大な慰謝料を手に入れる方法として、映像や、音声の証拠は有効な物だと言われていた。これもその類にはいるだろう。だが、そんな自分の願いも、ゲルガーの『ダメだ』という言葉であっさりと蹴散らされてしまう。


「そうですか……」


 心底残念そうに、リナニエラが言えば、なんとなくリナニエラの意図が読めたのだろう。ゲルガーが少し困った顔をしながら口を開く。


「この画像や、王子の日常の映像は全て護衛から王宮へと報告がされている。オースティンが証拠を集める必要は無い。時がくればしかるべき判断が下される」

「本当ですか? 期待してしまいますよ」


 ゲルガーの言葉に、つい本音が漏れる。自分がジェラルドとの婚約を解消したがっている事が主任教師たちにも伝わったのだろう。彼らは一瞬目を見開いた後、顔を見合わせた。二人にも、ジェラルド達には思う所はあるらしい。


「今の発言は聞かなかった事にしておきます。色々と後で面倒な事になってしまうから」

 

 貴族課の主任の言葉に、リナニエラはうなずく。本当は本人に知られて穏便に婚約解消したいのだが、やはり貴族同士のパワーバランスがある。簡単に婚約解消といかないのはそこなのだろう。


「ジェラルド王子と、アリッサ嬢には魔法科の敷地内への立ち入り禁止と、三日間の自宅謹慎を申し付けました」

「そして、魔法科からは不当な忖度強要だと、貴族課へ正式な抗議を行った。そして、オースティン家、リナレス家には学園から今回の事態の説明と謝罪の書簡を送る事になる」


 二人の処遇が話をされて、リナニエラはゴクリと息を飲んだ。学園から書簡が届くなどかなりの重大事項だと学園側が捉えているのだと分かった。


「そして、オースティン。あの時、王子たちを止めてくれて助かった。今までも、魔法科の下位貴族の召喚獣を貴族課の上位貴族が奪おうとする事が。今までは人道に悖るという理由でうまくごまかせていたが、王子相手だと難しくてな。それをお前は真っ向から拒否してくれた。今回の件で、貴族課の生徒への牽制にもなる」


ゲルガーの言葉に、リナニエラは首を振った。自分は、自分の家族を守っただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。そんな事を考えていれば、さっきまで忘れていた空腹感がよみがえって来た。きっと気が抜けて、漸く自分の胃が正常に動き始めたのだろう。


「あ、でも午後の授業が……」


 時間を確認すれば、既に午後の時間まではあと少しという状況だ。これでは食事をする時間が無い。そんな絶望的な事を考えてれば、魔法科の主任が苦笑しながら口を開いた。


「魔法科は今回の一件で、召喚獣を上位貴族に奪われるかもしれないという事態にかなり動揺していてね。一度落ち着かせる為に午後の授業と中止にしたんだ。だから、ゆっくり昼食を摂ると良い」


 そう言われて、リナニエラ達は顔を見合わせた。事件自体は面倒な話だったが、午後の授業が潰れて食事が食べられるのはありがたい。


『ああ、でも魔法薬学の授業が……』


 自分が楽しみにしていた授業も潰れてしまった事を残念に思いながらもリナニエラ達は目の前の教師たちに頭を下げた後、会議室を出る為にソファから立ち上がったのだった。

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