第13話 言葉が通じるからといって話が出来るかはわからない

『さてどうしようかしら……』 


目の前にいる二人の人物。忘れもしない、ゲームの中では見慣れていたその二人を前にリナニエラは深呼吸をした。目の前の二人は自分の召喚獣に手を出して、自分のものにしようとしている。それだけでもイライラするのに、当の本人たちは何が悪いのかもわかっていない様子だ。しかも、自分のクラスメイトを怒鳴りつけている。


『いくら、メインヒーロと、ヒロインとはいえこれはオイタが過ぎるよねえ』


 生ぬるく思いながら、リナニエラはこちらをけん制するように睨んでいるジェラルドとマロを抱きしめたまま離さないアリッサに目をやった。


『あ、そういえば、私ヒロインと初めて顔あわせるんじゃ?』


 ふと気が付いた事実に、リナニエラは思わず驚いてしまった。ゲームで見慣れていたからか、それとも自分の行く先々でジェラルドと一緒に入る所を良く見ているせいなのか、初めてという感覚が無かったのだ。我ながら興味が無さ過ぎるなと反省しながら、リナニエラは改めて二人を見つめた。

 さすがに、メインヒーロとヒロインというだけあって顔は良い。

 ジェラルドの方は輝くブロンドに、整った顔立ち。普通の女子生徒ならすぐに一目ぼれしてしまうような容姿だ。そして、アリッサもストロベリーブロンドの髪の毛を腰まで伸ばしている。ストレートの髪の毛がさらさらとしていて、指ざわりが良さそうさ。顔も目鼻立ちがはっきりとしていて、誰が見えても分かる『かわいらしい顔』だ。きっと、男子生徒の中で絶対一度はかわいい子として噂になるだろうと想像がついた。

 二人は、自分達以外の人間が非難の言葉を口にしているのに、特にジェラルドは自分よりも身分の下の人間が文句を言う事に、不満そうな顔だ。アリッサを護るように立ちながら周囲を睨みつけている。

 てっきり自分にいちゃもんをつけてくるかと思っていたのだが、一向にその気配がなくて、リナニエラは首を傾げた。彼は何度か周囲を見回す素振りをしている。自分の顔も他の面々を見回す中で何度か睨みつけているが、リナニエラに対して特別何かを言うという素振りは無い。


『あれ?』


 違和感を覚えてリナニエラは内心首を傾げる。こんな場面に自分の婚約者がいれば、早く助けろと文句を言うとか、お前がけしかけているんだろうと文句を言うとかやりそうなものだが(どっちも文句言うという所は納得できないが……)彼は全くリナニエラに反応しない。むしろ自分の顔を見ても知らない女子生徒という反応をしている。


『まさかと思うけどジェラルド様、私が魔法科にいる事を知らないんじゃ』


 ふと浮かんだ考えに、リナニエラは反射的にジェラルドの顔を見つめた。


「何だ、何か文句があるのか?」


 自分の視線に気がついたのか、ジェラルドがこちら向いた。そして、リナニエラの方を向いて、睨みつけてくる。その鋭い視線に反射的にリナニエラの背筋が伸びた。

 無言のまま見つめ合う事数秒。だが、彼は目の前にいる相手が自分の婚約者だという事に気がつかない。そこまで自分は彼に興味を持たれていなかったのかと思えば情けなくもなるけれども、今の状況なら気がつかれない方が逆に都合が良い。


「ん? お前、何処かで見た顔だな。」


 だが、そんなジェラルドも暫くリナニエラと視線を合わせたところで、何かに気がついたのか考えるような様子に表情を変えた。

 一応、お義理な婚約者であっても、最低限の顔の雰囲気は覚えていたらしい。だが、自分の婚約者だとはっきり気が付かないのはどうなんだろうか。生温く考えながら、リナニエラは制服のジャケットのポケットに入れてあった扇を開くと自分の口元を隠した。黒いレースで作られた扇は自分の口元を隠してくれる。これなら、どんなに口元が引きつっていても相手に見られる事が無いから好都合だ。


「お久しぶりです。ジェラルド殿下。私の召喚獣たちに何か用ですか?」


 本当なら『私の大事なマロとトープに何するんじゃ、ごらぁ!』と二人を怒鳴りつけたい所だけども、自分は貴族子女。しかも侯爵家令嬢という立場だ。

 ここで粗相をすれば、まわりまわって父であるジェラルドの不利になる場合がある。それだけは冷静に考えられて、辛うじて取り繕う事はできた。

 だが、本音と建て前というか、口に出している自分の言葉と、頭の中本音の落差で、頭の中は二重音声の様になっている。


 本来ゲームのリナニエラであれば、ジェラルドに心底惚れていて、彼イコール世界のような所があった。

 かつてプレイしていた自分がドン引きするほどの執着を彼に持っていた。そんな自分だったら、今のような状況になれば、マロとトープの事を考えずさっさと召喚獣をジェラルドに差し出していたかもしれない。

 だが、三十代半ばだったかつての自分の記憶が戻ったリナニエラからすれば、彼のやっている事は単なる人の物を取る窃盗行為だ。しかも身分をかさに着ているから性質が悪い。

 前世に見たアニメにあった『お前の物はオレの物、オレの物はオレの物』というとんでも理屈を口にしていたガキ大将の顔が頭に浮かんだ。


『これで王子が音痴なら完璧なのに……というか、音痴になってしまえ』


 頭の中で明後日の事を考えて王子に呪いをかけながらリナニエラはちらりとジェラルドを見た後、ジェラルドに足を掴まれているトープに向かって手をのばした。


「トープおいで」


 そう言えば、トープは返事をするように『キィ』と小さく声を上げると、足を掴んでいるジェラルドの手に軽い魔法をかけた。どうやら静電気程度の電流を流したらしい。ロープの足とジェラルドの手の辺りで『バチン』放電する音がした後、彼は『うわっ』と声を上げると大げさに手を振った。

 自分の足から手が離れたその隙をついて、トープはするりと彼の手をすり抜けてこちらへと飛んでくる。少し怒っている気配がするのはさっきの事があったからだろう。

 トープはリナニエラの肩に止まると、『ギィ』と一声ないて、ジェラルドを威嚇する。その様子を見た後、魔法科の生徒は各々の召喚獣の元へと向かう。もちろん、自分の召喚獣を彼らに手を出されないようにするためだろう。


「マロ」


 アリッサに抱かれているもう一匹の自分の召喚獣の名前を呼べば、マロは彼女の腕の中でさっき以上にジタバタと暴れて、腕の拘束から逃れようとした。マロの勢いに彼女の腕の力が弱まった所で、マロは後ろ脚でアリッサの腕を蹴る形でジャンプすると、自分の腕の中に落ちてくる。


「おっと」


 跳んできた白い塊を抱き留めれば、まるで文句を言うように、マロが『ガウガウ』とリナニエラに訴えてくる。それの様子をなだめるようにリナニエラは頭を撫でた後、こちらを見つめている二人に目をやった。


「な、なんだ。歯向かうのか?」


 じっと彼らを見るたくさんの瞳。それにおののくようにジェラルドは声を上げる。それに返事をする事は無く、リナニエラは先ほど王子と対峙していた子爵令嬢の元へと歩み寄る。


「リナレス子爵令嬢様、それに皆様もありがとうございました。大丈夫です?」


 扇子をたたんでポケットに入れた後、リナニエラは彼女の肩を抱いた。ひっそりと尋ねた言葉に、リナレス子爵令嬢は涙目でコクリとうなずいた。それにうなずいた見せた後、リナニエラはチェーリアに彼女を任せる。

 王子にすごまれて怖かったのだろう。彼女の体は小刻みに震えていた。

 

 リナニエラはさてどうするかと視線を巡らせた。そうすれば、カインが腕組みをしてこちらを見ているのが分かる。彼の召喚獣であるジータも彼の傍らにいた。

 どうやら、カインも先ほどの警報を聞いて、こちらに来ていたようだ。傍観を決め込んでいる彼をじろりとにらみつけると、リナニエラは深呼吸をした。

 魔法科の生徒はどちらかといえば、下級の貴族や平民が多い。この場にいる中で一番家柄が高いのは自分だろう。それに、それに、自分は交流がほとんどない名前だけとはいえ目の前に立つ王子の婚約者だ。


『はあ、面倒くさい。帰りたい』


 この場を収めるのは自分が最適なのだろうと、頭では分かっているけど気乗りしなくて、リナニエラはマロを抱く手に力を込めた。もふもふの毛に指が埋まってに少し癒される。けれども、マロも、トープもあの二人に触られてしまった。それが気に入らない。今日は帰ったら二人をちゃんと洗わなければ。


「お前は……。オースティン嬢……?」


 考え事をしている間に、どうやらジェラルドは自分の婚約者の存在に気が付いたようだ。何故自分がこの場にいるのかわからないのだろう。戸惑った顔をしながら彼はこちらに顔を向けていた。


「そうでございます。ジェラルド様」


 漸くジェラルドから自分の名前が出た所で、リナニエラは片手にマロを抱いたまま、彼にカーテシーをしてみせる。少し不格好だが、マロが離れる様子が無いから仕方が無い。ついでに言えば、トープが頭の上にへばりついているから、せっかくのカーテシーも間抜けな物だろう。そんな事を考えていれば、ジェラルドの方はトープとマロがリナニエラの召喚獣だとわかった顔を明るくした。


「その二匹がお前の召喚獣だというなら、ちょうど良い。オースティン嬢。そのドラゴンもどきと、いぬっころの召喚獣をこちらによこせ」

『あぁん?』


 思わずどすが効いた声が出そうになって、リナニエラはコホンと一つ咳をした後、マロの体を抱きなおすように腕を動かした。そしてにっこりと笑みを浮かべる。


「お断り申し上げます」


 にこやかに、それでいてきっぱりと口にした言葉に、ジェラルドは一瞬ぽかんとした顔をした。どうやら、自分が断る事など頭になかったようだ。パクパクと口を動かしながら自分を見つめた後、ギロリとこちらをにらみつけてくる。


「私の言う事が聞けないとでも?」


 脅すような言葉に、リナニエラはニッと目を細めた。もともとキツイ顔立ちの上、今は愛想を取り払った顔をしているのだ。さぞかし怖い顔をしているのだろう。その証拠に、ジェラルドの後ろに隠れるようにしていたアリッサが『ヒッ』と短く息を飲んだ。それを無視して、リナニエラはマロを自分の近くまで歩み寄ってきたチェーリアに任せると、扇を再び出して口元を隠す。


「学園では、生徒全員が平等です。王子の権威を笠に着て、他人の家族同然の召喚獣を自分のものにするとおっしゃるのですか?」


 ちらりと視線をやってはっきりとそう言えば、彼はぐぬぬと言葉を失う。まさか自分が正論で反論してくるとは思っていなかったのだろう。イライラとしている感情が丸わかりだ。


素直な事だ。


歯噛みするジェラルドを見て、リナニエラはそんな事を考える。人間としては悪い事ではないだろうが、これでは、腹芸が必要な貴族の中では厳しいのではないだろうか。

 違う意味で心配になりながらも、リナニエラは自分達の様子を遠巻きに見ている生徒たちに目をやった。彼らは自分がどんな対応をするのか、固唾をのんで見守っている。

 ここで自分がジェラルドに召喚獣を渡すような事になってしまえば、同じように高位貴族が身分を笠に着て身分が下である生徒の召喚獣を奪ってしまうかもしれない。それが慣習になってしまえば……


『うわー、責任重大』


 ひくりと頬がひきつるのを感じながら、リナニエラはギリギリと歯ぎしりをしているジェラルドの顔を見据えた。


「ここにいる召喚獣は、彼らが授業やその折に自分の魔力と引き換えに呼び出しそして、契約をし家族となった存在です。それを、単純に気に入ったからと、自分の身分だけで取り上げるのはいささか乱暴な気がしますが?」


 ちくりちくりと嫌味を混ぜながら、リナニエラはジェラルドへ話しかける。周囲の空気は、自分の言葉に同調しているようだ。中にはうんうんとうなずいている生徒もいる。これにジェラルドが納得してくれれば、この場は穏便に切り抜けられるはずだ。とんだ強制イベントだったけれども、もうすぐ片がつく。

 内心そんな事を考えて胸をなでおろしていれば、先ほどからジェラルドの傍らに隠れるように立っていたアリッサが前へと歩み寄ってくる。

 

 折角事がうまく運びそうだったのに、面倒ごとが再びやって来た事に、リナニエラは苛立ってしまう。折角王子を言い負かせたというのに。そんなリナニエラの苛立ちなんて気が付いていない様子で、アリッサはトープとマロに視線をやってから、口を開く。ぎゅっと制服のスカートを掴んでこちらを上目で見る仕草は、普通に見れば庇護欲をそそる姿のだろうが、今のリナニエラには自分のわがままを押し通す為の擬態位にしか思えない。


「何か?」

「で、ではあなたは二匹の召喚獣を連れているのはどうしてなんですか? みんなは一匹だけなのに、侯爵家だからって二匹いるのはおかしくないですか?」

「は?」


 だが、次に続いた言葉に、リナニエラは目を丸くした。確かに自分は召喚獣を二匹連れている。だが、そこに自分の家柄は関係あるのだろうか。


「何を!」


 傍らでずっと成り行きを見守っていたチェーリアがアリッサの暴言同様の言葉に、声を上げようとする。それをリナニエラは制すると、彼女に視線を向ける。


「先ほどの言葉は、私が侯爵家の身分を笠に着て他の方の召喚獣を奪ったとおっしゃるの?」

「そうじゃないんですか?」


 質問に質問を返すアリッサの言葉。それを聞きながら、リナニエラは一つため息をついた。ちらりとチェーリアを見れば彼女も呆れた顔をしている。


「マロとトープは私の召喚によって契約したれっきとした自分の召喚獣です。それは、同じ授業を受けていた皆様が証明してくださるわ」

『ついでに言えば、学校にもちゃんと登録されているからね』


 余計な情報は口にせずに、リナニエラはアリッサがどんな反応をするかを見守った。そう言えば、悔しかったのか、彼女の顔が赤くなる。そして、小さく頬を膨らませたような顔をすると、チェーリアに抱かれたマロに目をやった。


「そ、それでも、一人だけ二匹も召喚獣だなんてずるいです!」


 よほどマロに執着しているのだろうか、最後に口から出てきたのは、子供の駄々のような言葉だ。余りの子供じみた言葉に、リナニエラはぽかんとした顔をしてしまう。他の面々もそうなのだろう。周囲の空気が凍り付いた。


「あなた一体何を言って……」

 

 余りの言葉に、リナニエラがアリッサを咎めようとした時、『おいおい、いい加減にやめておけよ』と、声が割り込んできた。その直後、リナニエラの肩に手が置かれる。見れば手を置いているのは召喚術の授業を担当しているゲルガーだった。彼は

自分達と二人の間に立つと、何かを言いたそうにしているジェラルドに目をやった。

 自分達のやり取りに大人が介入してくれる事になって、漸くリナニエラは身体から力を抜いた。よほど緊張していたのだろうか、手にびっしょりと汗をかいている。


「大丈夫?」


 傍らに立つチェーリアが心配そうに尋ねてくる。そんな彼女の手からマロを受け取って、リナニエラはマロの体に顔を埋めた。ふわふわの毛並みに暖かい体温。それが、さっきまでの自分のとげとげした気持ちを収めてくれる。この子たちを取られなくてよかった。そんな気持ちのままリナニエラはマロの毛並みに頬ずりをする。


「ひゃいん! ひゃいん!」

「……とりあえず大丈夫そうね」


 自分がしつこくほおずりをするからだろうか、マロが悲鳴のような声を上げ始める。その様子を見ながら、チェ―リアの残念そうな言葉がリナニエラの耳に届いた。それを無視したまま、もう少しこの小さな白い塊を堪能しようとしたら、小さな肉球の感触が頬に押し付けられる。見れば、少し困った顔のマロと目があった。どうやら、これ以上の頬ずりは禁止らしい。

 それを見て、名残惜しそうにリナニエラは顔を上げた後、マロの頭を撫でる。そして、目の前で繰り広げられている光景へと目をやった。


「一体どういう事ですかな? ジェラルド王子。ここは魔法科、および召喚魔法を履修している生徒しか入れない場所ですが?」


 先ほど自分が言った言葉と同じ言葉を口にしたゲルガーに、アリッサが食いついた。


「何故ですか? 学園の生徒ならみんな平等なはずです」


『そんなのずるいと思います』と話を続けるアリッサ。その言葉に、周囲は白けた物になる。ここで、学園の平等さを出してくる彼女の言葉に、リナニエラは半目になった。だったら、自分達が貴族科の人間しか入れないサロンに入れないのはどうなのだろう。それは不公平とは言わないのだろうか。


『まあ、人なんて自分の視点でしか物を考えられないですからね』


 ゲルガーに食い下がるアリッサを見つめながら、リナニエラはため息を一つついた。どうやら、言葉が通じてる相手でも、話が通じるとは限らないらしい。


「あー面倒くさい……」


 これは本格的に婚約の解消にエドムントに動いてもらわなければならないなと、ぼんやり考えながら、リナニエラは嫌味なほどに晴れ上がった空を見上げながらため息をついた。

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