第17話 ゲンキニタベルキミガスキ
エドムントとクリストファーが屋敷に戻ってきてから暫くして、夕食というマーサの言葉に、リナニエラは立ち上がった。母であるナディアから学園からの連絡が来た後、エドムントにも連絡をしたと聞いているからおそらく急いで帰って来たのだろう。その証拠に、今日の夕食の時間は普段よりも早いものだった。
「おかえりなさい。お父様」
食堂につき、上座に座るエドムントを見て、リナニエラは声をかける。エドムントはちらりとリナニエラを見た後、なんとも言えない難しい顔をした後、『食後に話がある』と話しかけた。おそらく、学園での出来事だろう。
「分かりました」
返事をすれば、彼は無言で頷く。暫く沈黙が続いた後、他の家族も食堂に入って来る。皆、召喚獣が奪われそうになった話は知っているから、表情が硬い。
弟のカミルに至っては、食堂に入るとすぐにマロとトープの元へと駆け寄っていくと、『大丈夫だった?』と声をかける有様だ。
カミルの言葉に、マロは尻尾を振って答え、トープの短く声を上げて鳴いて返事をする。屋敷に戻って来た時には二匹とも自分にべったりで離れなかったけれども、ここは自分達のテリトリーなのだと自覚しているからだろう。随分と落ち着いてきた。
「では、食事にしようか」
全員が席についた所で、エドムントが声をかける。そうすれば、給仕する人間がドアから出てくる。そして、全員の料理を給仕し始めた。
「あの……」
カチャカチャという音が聞こえるなか、リナニエラは恐る恐る声を出す。普段なら会話のない場面で自分が発言する事に、他の家族が意外そうな顔を向けた。
「どうかしたの? リナニエラ」
母のナディアが怪訝そうに尋ねてくるのに、リナニエラは少し言いにくそうに口を開いた。
「あの……、実は……マロとトープのご飯も用意していただきたくて」
恐る恐る、上座に座るエドムントの顔を窺いながらリナニエラが話をすれば、彼の顔が一瞬ひきつるのが分かった。初めてこの家に来た時に家族で会話した内容を思い出したのだろう。
「——そうか」
短く返事をした父の言葉に、リナニエラは頭を下げる。食事は食べる事が無い食べる個体はよっぽどの変わり者だと言ったのに、まさか二匹ともその変わり者だったとは本当に申し訳ない。二匹の召喚獣に目をやれば、自分達も食事が摂れると思っているのだろう。妙に行儀よく部屋の隅に控えている。だが、その目はきらきらと輝いているのが分かって、リナニエラは額に手を当てた。エドムントは傍らにいた給仕をしている女性に視線をやれば、彼女は心得たといった顔をして、奥に消えて行った。それを見送った後、ナディアは『やっぱりねえ』と妙にしたり顔で口を開く。
何故母が彼らが食事をする事が分かったのかは謎だが、とりあえず今日の食事から二匹の食事も増える事になった。ちらりと視線をマロとトープに向ければ、二匹は行儀良くその場に座っている。それを見て、リナニエラは複雑な笑みを浮かべた。
食事が終わった後、父であるエドムント、兄のクリストファー、姉のミルシェと一緒に、リナニエラは食堂の横にあるサロンに入る。母とカミルは彼のねかしつけの為に別行動になった。
サロンには家族全員がくつろげるクッションが用意され、この世界では珍しいピアノもあった。
父と兄、姉と自分という格好でソファに向かい合うように腰かけた後、難しい顔をしているエドムントが一通の封筒を出してくる。
「リナニエラ、この話は本当か?」
封筒を開けた状態のそれを渡されて、リナニエラは中に入っている便せんに目をやった。中には、ジェラルドとアリッサがリナニエラの召喚獣を奪おうとした事、そして、リナニエラとジェラルドが言い争いになった経緯が書かれていた。そして、召喚獣を地位で奪おうとする事をさせてしまった詫びの言葉も書かれている。
書面の内容がもっと王子を擁護する内容だと想像していたリナニエラは意外な気分でそれを見ると、父に向かって頷いた。
「何? どうしたの?」
内容が気になったのだろう。姉のミルシェが手紙を覗き込んでくる。ふんふんと内容を読んでいるうちに、彼女の眉が段々と寄って来るのが分かる。そして、空気が剣呑になっていくのも――。
「なに! コレ!」
読み終えた直後、彼女は怒りのまま大声を上げていた。
「ミルシェ……」
エドムントがなだめるように姉の名前を呼んだ。それで我に返ったミルシェは不満んそうに黙り込む。
「すみません……」
反省はしていないけれども、謝罪の言葉を口にしてミルシェはエドムントの顔を見た。その顔にははっきりと怒りが滲んでいる。
「お父様、ここまで私の妹は蔑ろにされなければならないのですか?」
落ち着いた声ではあるものの、怒りが滲む彼女の言葉にリナニエラは息を飲んだ。姉は自分に比べるとかなり大人びていて余り怒りをあらわにする事も少ない。それなのに、今日は取り繕う事も忘れて父に食い下がっている。エドムントは一体どんな反応をするのだろうと、リナニエラが父を見れば、彼は封筒を唯一読んでいないクリストファーに渡した後、腕組みをした。
「確かにこれはひどいね。少なくとも彼は婚約者とは違う女子生徒を傍に侍らせて、婚約者を蔑ろにしている。そして、自分達の欲の為に、マロとトープを奪おうとした。それだけでも、十分婚約を解消するだけの材料にはなると思うよ」
冷静ながらも、クリストファーの言葉は冷たい。彼もまた怒りを抑え込んでいるのだろう。
「社交界でも、ジェラルド王子の評判はよくありません。このまま、リナニエラを彼の婚約者で据えておくのがオースティン家の利益になるのですか?」
先ほどよりも落ち着きを取り戻したミルシェの言葉に、エドムントは唸り声を上げた。父からすれば、貴族としてのこの家の立場と父親の感情の間で揺れ動いているのだろう。
「私はこれ以上、リナニエラばかりに苦労を強いる事はしたくありません」
姉の言葉に、リナニエラは黙り込む。自分を心配する姉の言葉。それがどれだけ嬉しいか。
「姉さま。ありがとうございます。兄さまも」
頭を下げて、リナニエラはミルシェに礼を言った。そして、リナニエラはエドムントに向き直る。
「父さま、正直なところ私は今のジェラルド殿下と一緒になる事はできません。婚約者としての信頼関係もむすべていないのに、彼を婚約者とは言いたくありません。それに、彼の素行の悪さはおそらく王級にも話が上がっていると思います」
真顔で言えば、エドムントは更に難しい顔をした。今日、リナニエラは王宮の諜報部員の話を聞いたばかりだ。きっと、今日の事や自分の行動も、王宮には上がっている。
「分かった……。婚約者の不貞の件は除いて、召喚獣の件についてはこちらから正式に抗議の文書を送る。そして、婚約者の件ももう一度王宮に話をしてみる」
ふうと大きくため息をついて、エドムントがぐったりとした顔をした。
「全く、幼い頃は聡明と言われていたのに。なぜあれほど愚かになってしまったのか」
疲れたように呟くエドムントは、自分達がここに入ってきた時に、屋敷の物が用意してくれたコーヒーへと口をつけた。基本、この世界は後者が主流なのだが、父は苦みがあるコーヒーを好む。リナニエラ自身も前世の事もあって、コーヒーを飲むのが好きだ。だが、自分に出てきたのは紅茶だったのでとりあえずそれに口をつける。そして、テーブルに出されたクッキーを口の中に入れた。
「ん?」
ふとエドムントが動きを止めた。そして視線を横にずらす。リナニエラ達も視線をずらせば、トープがじっとエドムントの手元に目をやっていた。
「……」
「まさか――」
なんとなく昼間の事が思い出されて、リナニエラは顔をひきつらせた。エドムントは難しい顔をしながらも、カップを昼間リナニエラがやったのと同じように動かしてみる。そうすれば、トープの首がカップを追いかけるように動いた。
「……飲むのか?」
戸惑いながらも、エドムントがカップをトープの方に寄せてみれば、トープはカップの近くまで飛んでやって来ると、父の膝の上へと着地した。そして、持っていたカップに口をつける。無遠慮なトープの様子に皆であっけに取られていれば、たしたしとリナニエラの膝を叩く柔らかい感触がする。見れば、マロがキラキラした顔をして、テーブルの上にあるクッキーを見つめていた。
『いい匂い! 食べたい』
ぶんぶんとしっぽを振って主張してくるマロに根負けして、リナニエラは自分が手にしていたクッキーをマロの口へと放り込んだ。
『あまーい! おいしいー!』
嬉しそうに食べるマロと一心不乱にコーヒーを飲むトープを見て、リナニエラは頭を抱えた。先ほどの食事の時、二匹が余り食事の量を食べていなくて、ほっとしていたのだが、どうやらマロは甘いもの、トープは苦みのあるものが好きなようだ。
「すみません。重ね重ね……」
「いや」
無邪気な二匹の様子に、何を言えば良いのか分からなくて、リナニエラが詫びの言葉を口にすれば、エドムントがぐったりとした声で返事をしてくる。
自分達のやり取りを見ていたクリストファーとミルシェは耐え切れなかったようにふきだした。そして、大声で笑い始めた。二人の笑い声が部屋の中に響く。
だが、そんな事も気にせず、二匹の召喚獣は目の前の食べ物に夢中になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます