第8話 召喚術の授業1

 朝、目が覚めるとリナニエラは勢いよくベッドから起き上がった。そして、そそくさと制服へと着替える。学園の制服は、上はブラウスにリボンタイ、ベストにジャケットという日本でもよく見かける制服の形だ。下のスカートもプリーツスカーとである。色は限りなく黒に近い紺色、リボンタイは学年で変わっていて、1年であるリナニエラの色は鮮やかな青だ。これは、男子生徒はブレザーにジャケットという形で、ネクタイの色が、女子と同じように変わっている。

 一見は普通の制服だが、実際使われている布は飛んでもない値段な上、スカートも前世なら膝丈あるいはそれより上だった長さが、ふくらはぎ位まであって、足を隠すように黒か白のタイツを履くように義務付けられている。靴もブーツだから、その辺りは中世の設定を引きずっていたゲームの中だからだろうとリナニエラは思う。


「さてと!」


 メイドが来る前にさっさと制服を身に着けてしまった後、リナニエラは自分の腕を上へと伸ばした。そして、上で手を組んだ後、身体を左右に倒す。軽いストレッチなのだが、これをするのとしないのとでは、一日の感覚が違うのだ。数回それをした後、今度は手を腰にやって身体を後ろにそらせる。その後は前へと倒して床に手を触れさせた後、再び身体を逸らしていれば、コンコンとドアがノックされる音がして、開いたドアからマーサが入ってきた。


「まあ、お嬢様! もう着替えてしまったんですか? それにまたそんな事をして!」


 リナニエラが体操をしていたのを見て、彼女は咎めるようにそう言った後、呆れたように頭を押さえた。それを見て、リナニエラは身体を元に戻すとマーサ―の前に立つ。


「おはよう。マーサ」


 そう言うと、リナニエラは彼女に出された水で顔を洗った後、鏡の前へと座る。彼女が慣れた様子で髪の毛を整えるのを見ながら、リナニエラは自分の顔を見た。

 はしばみ色の髪、青い目の母、青銀色の髪に、緑の目の父。自分の容姿は青銀色の髪に、青い目で寒々しい色合いをしている。しかも顔立ちもどちらかといえば怜悧な父に似ているせいで、周囲からは怖い人と思われる事が多い。


 姉のミルシェも父の顔立ちに似ているのだけれども、髪の色がはしばみ色、目の色はグリーンと柔らかい色彩なためそこまで言われる事はない。そのうえ、リナニエラは王族に嫁ぐための教育として、余り表情を表に出さない様にという教育を受けてきているため、余計に表所が顔に上りにくいのだ。そのため、もともと、キツイ顔立ちなのにさらに拍車をかけている所がある。

 実際、顔だちだけで『愛想が無い』とジェラルドに言われた事もあるのだから――。


『嫌な事思い出してしまったわ』


 ふとジェラルドの仏頂面を思い出して、リナニエラは顔をしかめた。だが、そんな事を思い出しても何の得にもならない。そう思いなおして、リナニエラは頭に浮かぶ自分の婚約者の顔を頭の片隅へと追いる。

 そしてふんすと息を吐いた。


「お嬢様、今日はどんな髪型にされますか?」


 勢い込んでいるリナニエラをよそに、マーサはのんびりとした口調で、どんな髪型にするのかを尋ねてくる。今日は、召喚魔法の授業があるから、余り髪の毛を垂らしておくのは良くないのではないかとおもいついた。


「動きやすい髪の毛にしておいてくれる? 今日は召喚術の授業があるから、きっと身体を動かなければいけないわ」

「わかりました」


 リナニエラの言葉に、マーサは短く返事をするとリナニエラの髪を編み込みにしていく。動きやすさを重視しているのだろう。腰まである髪をうまく編み込んだ後、みつあみにしている。

 髪型が出来上がったのを満足そうに見た後、リナニエラはよしと席から立ち上がった。


 そして、待ちに待った召喚術の授業が始まった。この授業は魔法科の生徒は必須、他の科の生徒は希望すれば履修ができる科目だ。ただし、魔力がある者には限られてしまうけれども。

 緊張しながら教室に入れば、魔法科でいつも一緒にいるチェーリアがリナニエラに向かって手を振った。


「おはようございます」

「おはようございます」


 お互いに挨拶をして、席に座る。この授業は席が決まっていないため自分の好きな生徒と好きな場所に座る事ができる。チェーリアは魔物が良く出ると言われている西の森に近い領であるタリーニ領の伯爵令嬢だ。自分と同じように、貴族として魔法科を選択したのは、ひとえに西の森があるからだと彼女は言うのを憚らなかった。彼女ももちろん、リナニエラと同じように冒険者登録もしている。彼女はどちらかといえば、採取クエストよりも討伐クエストを選ぶ事が多いそうだ。


「楽しみですわね」


 少し興奮した様子でチェーリアが話かけてくるのに、リナニエラは頷く。教室の中を見回せばそこには、魔法科の生徒だけではなく、騎士科、貴族科からもちらほらとこの授業を選択している生徒がいる。

 やはり、召喚獣を持つのは一種のステイタスなのかもしれないと考えた。


「どんなものが呼び出せるのでしょうか」


 目をキラキラさせて話をする、チェーリアにリナニエラは苦笑する。まだ一年最初の授業だ。魔力操作もまだ未熟な生徒が行う召喚術。そうそううまくいきはしないだろう。呼び出せたとしても、せいぜい下級の精霊や、モンスターに違いない。そんな事を考えていれば、背後の席に誰かが座る気配がした。

 それに気が付いて、リナニエラが背後を振り返った。そして、椅子に座る人物を見て顔をしかめた。


「げ!」


 思わず声が漏れる。後ろに座っていたのは、昨日図書館で絡んできたカインだった。


「あら、お知り合い?」


 自分の反応を見て、チェーリアは自分たちの顔を見つめながら尋ねてくる。それに、リナニエラは無言で首を横に振った。こんな人物と知り合いだと思われたらとんでもない事になる。そんな気がしたからだ。


「ああ、そうか魔法科だからいるのは当たり前か」


 リナニエラの思惑を無視する形で、カインはリナニエラに話しかけてくる。全く、空気が読めないとはこういう事をいうのだろうか。イライラしながら、彼をにらみつければカイルは悪びれた様子も無く肩をすくめて見せた。


「ねえ、お知り合いなの?」


 自分たちのやり取りを見て興味津々といった顔をしているチェーリアに引きつった笑みを浮かべながら『少しね』と返事をした後、リナニエラは背後のカインをにらみつける。


「あなたは一体なぜここに?」


 イライラしながら尋ねれば、カインは悪びれる様子も無く、『選択授業で取ったから』と返してくる。全く持って正論なのだが、なんとなく納得できなくて、リナニエラが目を見開いて文句を言おうとすれば、ガラリと教室のドアが開いた。

 召喚術の教師が来たのだとわかったのだろう。さっきまで騒がしかった教室は一気に水を打ったように静かになる。入ってきたのは、四十を超えた位の金髪の短い髪をした男性だった。彼は深緑色のローブを着て、教室にいる生徒を見回している。鋭い眼光は、その場にいる生徒を一気に委縮させていた。


 入ってきた教師はゲルガーと名乗った。どうやら、平民出身の教師のようだが、かなりの使い手であるのは間違いがないようだ。彼は椅子に座った生徒に、紙を一枚ずつ取って回すように言うと教壇の上に立った。


「今から行うのは召喚術の授業だ。召喚術はその名前の通り召喚して、自分の相棒として使役する精霊や動物を召喚する術だ。召喚できるものは自分の属性や魔力によって変わってくる」


「ふぅん」


 教師の説明を聞きながら、リナニエラは持っていたノートに教師が説明する言葉を書き写していく。口述筆記になる為、聞き逃した所があるかもしれないが、それは後でチェーリアと確認し合えば良いだろう。

 そんな事を考えながら、リナニエラは回ってきた大体五センチ四方の紙に目をやる。そこに書かれているのは、魔法陣だ。おそらくこれが今日の授業で使う媒体なのだろう。そう考えながら、リナニエラはじっとその紙を目にする。魔法陣については、魔法学総論の中でも説明があるため全くなじみの無い物ではないのがありがたい。

 ここに書かれている魔法陣の文字や配置を見ながら、リナニエラはここに何が描かれているのかを確認する。


『書かれているのは自分の魔法を媒介にしやすくする陣と、不測の事態の時にすぐにつながりが切れるようになっているわね』


 どうやらこの陣自体で召喚獣を呼び出すのではないようだ。あくまで、これは媒介であり、呼び出すのは自分の魔力という事らしい。へぇと思いながらその紙を見つめた後、リナニエラは説明を終えたゲルガー教師が教室の真ん中へと進むのを目で追った。


「では今から召喚をしてもらう。初回に成功する生徒は全体の役三割だ。今日できなくても、落ち込む必要は無い。やり方はこうだ」


 そう言うと、ゲルガーは教壇の横にある自分が入ってきたのとは反対側のドアを大きく開いた。

 そこは、外ではあるものの、石畳になった場所があった。そこに大きな魔法陣が彫られているのが分かった。おそらく、あれが召喚に使う魔法陣なのだろう。


「ここにある魔法陣に魔力を流してもらう。その時、先ほど渡した紙を手の中に入れて行うように。これは召喚術が成功したとき燃えて消える。だが、火傷をする事はないから安心するが良い」


 そう言われて、リナニエラはそれを手に持った。そして、ゲルガーに促されるまま、教室の外へと出た。この授業のメインイベントである召喚にいよいよ入れるからだろうか、生徒たちの興奮が高まっているのが分かる。ざわざわと生徒たちがざわめくのを聞きながら、リナニエラは、魔法陣の近くへと歩みよった。


「では、名前を呼ばれた生徒から魔法陣の前にやってきて魔力を流してみろ」


 そう言われて、最初に呼ばれた生徒は緊張した面持ちで魔法陣の前へとやってきた。そして、手を魔法陣へとかざすと、魔力を魔法陣へと流した。そうすれば、石を削っただけの魔法陣がぼんやりと光るのが分かった。その光がだんだんと、真ん中へと集まっていきやがて小さな塊になる。光がやがて小さくなって、出てきた物は小さな精霊だった。


「わぁ!」


 自分が成功するとは思っていなかったのだろう。生徒は声を上げると教師に目をやった。そうすれば、彼は大きくうなずくと、『名前を付けてやるといい』と彼に話しかけた。そうすれば、彼は嬉しそうな顔をして、脇へとそれると、自分の呼びかけに応じてくれた精霊に話しかけている。楽しそうなその風景に、他の生徒がうらやましそうな顔をしていれば、続けて次の生徒が呼ばれた。

 同じように緊張した面持ちで生徒が魔法陣へ向かうのをリナニエラはじっと見つめる。何人かの召喚を見ていれば、魔法陣が光る生徒は大体召喚に成功しているようだ。その光の大きさによって、出てくる召喚された者たちが決まっているように思えた。


「緊張するわね」


 自分と同じように、他の生徒の様子を見ているチェーリアは興奮している様子だ。リナニエラに話しかけている声も、どことなく上ずっているような気がする。


「次! チェーリア・タリーニ」

「は、はいっ!」


 ゲルガーの声が、チェーリアを呼ぶ。そうすれば、弾かれるように彼女は返事をすると、少しおぼつかない足取りで魔法陣の元へと歩いていた。そして、ゲルガーからの指示を聞いてうなずいた後、両手を魔法陣へとかざす。そうすれば、先ほどの生徒たちよりも幾分強く魔法陣が輝いた。その光は赤から、青へと姿を変えると、大きな光の球になる。さっきまでとは違う様子に、生徒たちもチェーリアの魔法陣へと目をやった。

 そして、他の生徒と同じように光が収束すれば、そこにいたのヘラジカのような動物だった。それは呆然と立っているチェーリアの元へと歩み寄るとそのまま顔をチェーリアの身体にこすりつけた。


「ほう、なかなか面白いものを呼んだな」


 ゲルガーはそう言うと、チェーリアになつくようにしてしている鹿の身体を軽くたたいた。戸惑いながらも身体を撫でるチェーリアは戸惑いながらも、それを伴うようにして、魔法陣の前から引いた。


「次、リナニエラ・オースティン」

「はい」


 続いてリナニエラの名前が呼ばれる。それに返事をした後、リナニエラはポケットに入れていた魔法陣の書かれた紙を出した。そして、それを右手に持つと、魔法陣の前に立った。


「では魔力を流してみろ」


 監督しているゲルガーの言葉に頷いて、リナニエラは手を魔法陣にかざした。そして、手のひらへと魔力を集中させる。石に刻まれている魔法陣へ魔力を流し込むような感覚で、陣へと魔法を満たしていく。そうすれば、だんだん描かれた陣が光を帯びてくるのが分かった。


『けど、これどれくらい流せばよいの?』


 魔力に余裕はあるから、流し込むのは苦では無いものの、どれだけの魔力を流し込めばいいのだろう。疑問におもいながら、リナニエラは手へと集める魔力を増やす。そうすれば、魔法陣の光はだんだん明るくなっていく。その光はまばゆく、魔力を放出している自分ですら、目を開いていられないほどの光だ。

 こんなになっても、魔力は流さなければならないのだろうか。ふと疑問に思いながら、さらに力を込めれば、魔法陣の方からリナニエラの魔力を吸い込むような感覚がする。まるで、『まだ足りない』とねだられているような感覚だ。それが、自分の意志には関係なく魔力を吸い込もうとしているのが分かった。


「このっ!」


 制御が効かなくなりそうな気配を感じて、リナニエラは自分の魔力を引き上げる。普段、ここまで魔力を引き上げる事はないのだけれども、こうなるとこの魔法陣との一騎打ちだ。

 リナニエラは攻撃魔法をするような勢いで、手のひらに魔力をためて濃縮すると、そのままそれを魔法陣へと投げつけた。


 ボムッ!


 次の瞬間、小さく爆発するような音がして、辺りに煙が立ち込めた。突然発生した煙に、リナニエラはとっさに口を覆う。他の生徒も、いきなり発生した煙に驚いている様子だ。『なんだなんだ』という声も聞こえてくる。


「っ!」


 隣に立っていたゲルガーはジロリとリナニエラに目をやった。どうやら、魔力を込めすぎたのだろう。そう考えながら、身体小さくすれば、カサリと手のひらで音がした。見れば、燃え尽きてなくなるはずの魔法陣がまだ手の中に残っている。さっきまでの生徒見ていれば、皆魔法陣が燃えていたというのに、自分は何ともない。


『もしかして、失敗した?』


 頭によぎった考えに、リナニエラの浮かれた気持ちが萎んでいくのが分かった。煙が腫れるのを待ちながら、リナニエラは魔法陣の中に何があるのかを確認するように目を凝らす。そうすれば、陣の真ん中に、真っ白な何かがある事に気が付く。大体、自分が腕で抱きかかえられる位の大きさのそれは、じっとしたまま動く気配がない。


「何? あれ」


 予期せぬ事態に、リナニエラは戸惑った声を上げる。そして、恐る恐るその白い塊へと近づいた。どうやら、それは、ボールとかではないようだ。その証拠に、かすかだが白い塊が揺れているのが分かる。どうやら呼吸をしているようだ。そっとちかづいていけば、それはどうやら白い毛に包まれた何かだという事は分かった。だが、それが何なのかリナニエラには分からない。それに、白い丸い塊を目にしていれば、リナニエラの頭に浮かぶものがある。


「け、毛玉?」


 思わず言葉が漏れた。

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