第7話 私の好きなのは2

「いいかい、リナニエラ始めるよ」


 玄関のすぐ先の庭の開けた場所で、兄のクリストファーと向かい合う。練習用の木刀を持って、リナニエラは両手で剣を構えた。


「相変わらずその構えなんだなあ」


 正眼に構える持ち方は、前世の自分が剣道を習っていたからだ。一応片手でも剣は振る事ができるのだけれども、普通に練習をする時はついこの構えになってしまう。それでも、すっと意識を集中して、兄の顔を見つめれば、クリストファーの表情が引き締まった。


「さすがに、Cランクというべきか」


 そう言った後、彼の空気がキンと張りつめていく。研ぎ澄まされた彼の気配。普通ならこの気配だけでも、圧倒されてしまうだろう。だが、リナニエラ自身も冒険者として、いくつかの修羅場をくぐってきた身だ。

 ー基本の活動は討伐では無く、採集クエストが多いのだけれどもー


「行きます」


 そう言うと、リナニエラは自分の足元へと意識を集中させた。足の筋力へと強化魔法をかけて地面を蹴った。スカート姿でそのまま飛べば、一メートル跳べるかどうかだろう。その跳躍を倍に伸ばして、リナニエラは兄の胴へと木刀をたたきこもうとした。だが、あと少しで身体に木刀が触れるという所で、リナニエラの剣は兄の剣によって止められてしまう。


「さすが……」


 つばぜり合いになれば、力の無い自分が圧倒的な不利なのはわかっている。ギリギリと剣で押しあった後、リナニエラは兄に向かって飛んだのと同じように、後ろへと下がる。そのままお互い間合いをじりじりと詰めながら、次の一手をどう動かすかを考える。


『やっぱり、騎士団というのは伊達じゃないのね」


 頭の中で考えながら、リナニエラは剣へと自分の魔力を流していく。一応、リナニエラが使っている木刀は魔法使いが触媒として使っているスタックなどと同じ木からできているため、普通の木よりも魔法の循環が良い。それに魔法を流しながらリナニエラは自らの剣を氷の剣へと変化させていく。


「――まさか」


 クリストファーの驚いたような声が聞こえるけれども、それをリナニエラは無視をした。そして、もう一度さっきと同じように地面を蹴って兄へと距離を詰める。先ほどは、強化魔法を足にしかかけていなかったけれども、今度は足と腕にかけてさらに、氷の剣へと雷魔法を付加した。


「どっせい!」


 掛け声と一緒に、剣を振り上げれば慌てた顔をした兄と目が合った。だが、気にする事なく、リナニエラは剣を兄へと振り下ろそうとする。兄も剣で防戦しようと振り上げるけれども、身体強化をしたリナニエラの力に剣は弾き飛ばされてしまった。


「っ!」


 ついでに言えば剣に一緒に付加した電気魔法でおそらく静電気が走ったような感覚があったのだろう。クリストファーの顔が歪んだ。普段、兄に一本も入れられない自分が今日こそと思いながら、リナニエラが剣を振り上げた所で、周囲の空気が一瞬止まったような感覚が走った。


「え?」


 直後、自分が身体にかけていた身体強化、剣にかけていた氷と雷の魔法が一気に霧散する。バチリと大きなスパーク音がした後、何事も無かったかのような静寂が流れたのを見て、リナニエラは戸惑ったように周囲を見回した。


「クリストファー、リナニエラ。練習をするのは結構だが、周囲の事を考えなさい。庭の芝が大変な事になっているだろう」


 玄関のドアから出てきたのは、この家の当主であるエドムントだ。彼はあきれた様子で二人の顔を見た後、足元を見つめた。


「「あ」」


 兄と同時に声を上げる。自分たちが地面を踏みしめ跳んだ場所の芝は見事なほどにめくれあがっている上、方向を変える為に、踏ん張った地面にもくぼみができている。つい、兄との手合わせに夢中になって加減を忘れてしまっていた。


「全く、夢中になると何もかも忘れてしまうのは誰に似たんだか……」


 そう言うと、エドムントはパチリと自分の指を鳴らす。そうすれば、荒れ果てていた庭が先ほどの形跡などまるでなかったようにきれいな物へと戻った。


「すっごい!」


 自分も魔力の制御には自信があるけれども、父のこの魔法の威力はその上を行く。リナニエラの魔法制御がまだ甘いというのもあるし、まだ身体ができていないから魔力が不安定だというのはあるのだが、やはり差は歴然としているのだ。

 キラキラとした目を父に向ければ、彼は苦笑しながら『そろそろ部屋に戻りなさい』と言って中へと入っていく。それに従うようにリナニエラは頷くと、隣にいたクリストファーと顔を見合わせた。


「戻ろうか」

「そうですね」


 そうは言うものの、リナニエラの頭の中は先ほど父が見せた魔法の事ばかり考えている。その様子を見て、隣に立つクリストファーは苦笑いをした。


「相変わらず、リナニエラは魔法が好きだなあ」

「当たり前じゃないですか! 指一つで庭を片付けるんですよ」


 興奮気味に言えば、『そういえば』と気が付いたようにクリストファーがリナニエラの顔を見つめてきた。


「リナニエラも、いつの間に雷魔法なんて覚えたの? 確か3歳の時の洗礼で見た属性では水だった気がするんだけど」


 兄に尋ねられた言葉に、リナニエラはギクリと身体を震わせる。確かに、リナニエラの魔法属性は『水』だ。洗礼で属性を知った後というのは、普通の人はその属性を伸ばす訓練をする。だが、リナニエラは記憶が戻ってからまずやったのは、魔力の底上げだ。基本的な魔力の量を増やして、それを身体に循環するようにしたのだ。その過程で他の属性魔法も練習し、気が付けばリナニエラは聖属性魔法を除く

 四大元素、光、闇、重力 空間 などといった魔法まで全てを手にする事が出来たのだ。


 自分でもある意味チートだとは思う。だが、リナニエラという身に入ってみて思うのは、彼女がどれだけハイスペックな人間かという事だ。勉強の頭へ入っていくスムーズさや魔法の習得にもそれは生かされている。ゲームの中で彼女が『水』属性だけだったというのが不思議な位だ。


「えーっと……」


 兄の質問に、リナニエラは困ったような顔をすると、首を傾げた。


「ど、努力ですか?」


 そう言えば、クリストファーは暫く考えるような顔をした後、はたと気が付いた顔をした。


「そう言えば、お前は小さい頃よく倒れていたね。もしかしてそれって……」

「ま、魔力枯渇で目を回していました」


 兄に嘘をつく事はためらわれて、リナニエラが素直に過去の事を口にすれば、兄は沈痛な面持ちで頭を抱えた。身体が弱いと思っていた妹が、まさか魔力枯渇で目を回していたとはつゆほども考えていなかったようだ。


「確かに魔力枯渇になれば、魔力量は増えるというのは通説だけども。一体どれだけ無茶をしたんだい」


 あきれた彼の言葉に、リナニエラは苦笑いを浮かべる。


「ですが、大規模な魔法を使うとなれば、もともとの魔力が多い事が前提です。お父様もお母さまも魔力が多いのですから私だって、魔力が多い方と――」

「わかった。わかった」


 話を続けようとするリナニエラの様子に、慌ててクリストファーが止める。これから、自分の魔法の事について語ろうと思っていたのに、なんという事なのだろう。

 不満そうな顔をして、クリストファーを見つめれば彼はなだめるように、リナニエラの頭を撫でた。


「リナニエラがそんなに頑張っているのだったら、私ももっと頑張らなければならないね」


 そう言われてしまえば、リナニエラは言い返す事が出来ない。


「それにしても、そんなに魔法が好きだったのか。小さい頃から父さんたちの魔法にキラキラした顔をしていると思っていたけど」

「そうなのですか?」


 どうやら、記憶が戻る前から自分は魔法が大好きだったようだ。その事実を知らされてリナニエラは目を丸くした。


「で、明日の授業は何があるんだい?」

「え、ええ。召喚術や魔法薬学が……」


 話題を変えられて、リナニエラが返事をすれば彼はふむと考える顔をするとこちらを見てくる。


「召喚術かあ。私が通っていた頃も魔法科の生徒の召喚獣がうらやましかったなあ」


 自分の過去を思い出しているのか、クリストファーはそう言うと、考える素振りをした。確かに、魔法科の上級生は精霊や、モンスターといったものを一緒に連れて歩いている生徒が多い。かくいうリナニエラも明日の召喚術の授業を楽しみにしているのだ。そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか、クリストファーはリナニエラの顔を見るとくっと笑みを漏らした後、顔を真面目な物に戻した。


「父上には、お前の婚約の話をちゃんとしてもらわなければならないね。そうでないと――」

「?」


 言いかけた言葉を飲み込んだ兄の顔に、リナニエラは不思議そうに首をかしげた。


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