第6話 私の好きなのは1
食事を終えて、食堂を出たリナニエラは自室に向かう。学院での予習復習は終えたから、眠るまでの時間は入浴以外は自由だ。やりたい事はたくさんある。さて何をしようかと考えながら歩いていれば、後ろから追い付いてきたクリストファーがリナニエラの隣にやってきた。
「リナニエラ」
「お兄様」
隣にやってきた兄はリナニエラへと視線をよこす。頭一つ分大きい彼の身体は優しい顔ながらがっちりとしていて、さすが騎士団に入っているというべきだろう。
「そういえば、さ来月にある学外演習。私も行く事になったから」
「え? そうなのですか?」
兄の言葉を聞いて、リナニエラはピクリと反応した。リナニエラが通っている学園には、一年に一回、全校生徒全員参加の演習がある。
もちろん、配置は自分が所属している科や学年、能力によって配置される。基本的なスタンスは全科の人間が混生でチームを作って、森の中にいる魔物を狩るのだ。尤も、危険が付きまとうから、騎士や冒険者といった面々が護衛についてくれる。どうやら兄は、その護衛に抜擢されたようだ。その事実に、リナニエラが反応すれば、クリストファーはリナニエラの頭をぐりぐりと撫でた。
「わっ」
いきなりわしわしと髪の毛をなでられて、リナニエラは声を上げる。もう外に出る事が無いから、別に頭を撫でられても問題は無いのだけれども、髪の毛がぐしゃぐしゃになるのは勘弁してほしい。ジトリと兄の顔を恨めしそうに見上げれば、彼は慌てた様子で手を放した。
「もう」
「ごめんごめん」
苦笑しながら、謝罪の言葉を口にする兄に、リナニエラはため息を一つつくと、思い出したように、兄の顔を見上げた。
「そうだ、お兄様。剣を一ついただける物が無いでしょうか?」
「え?!」
妹からの言葉に、クリストファーは声を上げる。そして、信じられないといった顔をして、リナニエラの顔を見た。
「またもしかして壊したの?」
「その『また』です」
「うわー……。今度は何をしようと?」
既に自分たち二人の間では、すでにおなじみなった会話。クリストファーは額に手をやったまま、リナニエラの顔を見つめてくる。それに、『へて』と笑顔を見せれば、兄の顔がさらに渋い物になった。
「実は、剣に魔法を通そうと思って通したら、その……ばっきりと」
そう言って、リナニエラが空間に手を伸ばせば、その手には剣が中ほどから折れたものと、粉々に砕け散ったかけらが出てきた。それを目にして、クリストファーは頭痛がするとばかりに頭を押さえる。
「――、リナニエラ。普通鋼の剣、しかもこんな細い刀身に魔法を通したら砕けるのは当たり前だろ? ミスリル製でもあるまいし」
「ですが……」
反論しようとした所で、クリストファーは両手を上げて、リナニエラに話が話をしようとするのを制した。
「――わかった……。剣は何とかする。でもそろそろリナニエラ自身で剣を買う方が良いのかもしれないな。冒険者のランクもどこまで行ってる?」
振られた言葉に、リナニエラは目をしばたかせた。自分が通う学園の『魔法科』『騎士科』は他の科に比べて演習、実習、実技が多い。それに、先ほどクリストファーが話をしていた学園での実習で両科は前線に入る事が多いため、学園ではこの二つの科に限りギルドへの登録、冒険者としての活動を許可、というよりは推奨しているのだ。
護衛はつける。だが、自分で自分の身を守れる者は自らで責任を持てという事なのだろう。至れり尽くせりのような学園のようにも思えるけれども、その実は案外シビアだ。
リナニエラも例にも漏れず、魔法科への進学を親に言った所で、冒険者ギルドに登録して冒険者としての活動はしている。両親や家族は渋々といった所だったのだが、記憶が戻ってからずっと、『学園に通うなら魔法科に行きたい。魔法が好きだ』と言い続けていたせいか、最近は両親もあきらめ気味だし、むしろ第三王子の素行の悪さもあって、最近は何も言わなくなっている。
― 一応は、貴族令嬢としての体裁は整えているからだろうけれども ―
尋ねられた言葉に、リナニエラは兄の顔を見上げると、『え? Cランク上ですけれども?』と返せば、兄の顔が引きつるのが分かった。
「え? Cランクの上?」
「そうです。最近上がりました。学園にも申請してあります」
さらりと言えば、クリストファーが苦笑いをしてリナニエラを見つめる。
「確かに、お前はずっと魔法科に行くと言い出してからずっと努力をしてきたからね。それを考えれば、Cランクでもおかしくは無いけれど……。下手をすれば、お前の実力は、その辺の下級騎士よりも実力は上なんじゃ……」
ポツリとつぶやいた兄の言葉に、リナニエラはごまかすように笑みを浮かべた。
「で、今からお前は何をするつもりなんだい?」
夕飯が終わってから入浴、就寝まではまだ時間がある。今からなら、部屋で魔法循環をするのもいいで、庭で素振りをするのもいい。だが――。
そこまで考えた後、リナニエラは兄の顔を見上げた。
「な、なんだい?」
「お兄様、お手合わせをお願いします。演習が近いのなら私も剣の腕も上げておきたいですので」
「えぇー!」
クリストファーからすればまさに藪蛇の言葉だったのだろう。素っ頓狂な声が彼の口から洩れた。普段はなかなか顔をあわせる事が出来ない兄との手合わせは、リナニエラにとっては貴重な事だ。キラキラした目をして、兄を見つめれば、クリストファーは自分が口にした言葉が失言だったとわかったのだろう。口元に手を当てた後、あきらめたようにため息をついた。
「判ったよ……。けど、やるのは木刀でだよ?」
「はい!」
自分のキラキラした目に負けたのだろう。クリストファーはそう言うと、準備をするからと、自室に向かう。自分も準備をしようと、部屋へと向かった。
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