第3話 わたしのことなど2

  馬車がオースティン家の邸に入る。入口の前で馬車を止められてドアを開かれた。


「おかえりなさいませ。お嬢様。ずいぶん遅かったのですね」


 嫌味なのか心配なのかラインぎりぎりのところのセリフでリナニエラに手を差し出したのは、執事見習いのクレイグだ。黒髪にリナニエラよりは少し黄色味かかった肌、顔は少し薄い顔だろうか。少し、自分の前世の顔に似ている所がある。


 彼は、リナニエラの手を取りながら、難しい顔をして口を開いた。チクリと嫌味を口にする所は、執事長であるトーマスの教育のたまものなのだろう。


 別にそこは似て欲しいと思った事はないのだけれども――


「図書館で調べ物をしていたら遅くなったのよ。悪いと思っているわ」


 彼の言葉にそう切り返してリナニエラは馬車のタラップを降りる。


「で、どうでしたか?」

「何が?」


 馬車を降りて邸内に戻る為に歩いていけば、後ろを歩くクレイグから声が掛けられる。それにリナニエラは振り返った。見れば、クレイグは難しい顔をして、自分を見つめている。どうやら、彼自身は次の言葉を口にはしたくないようだ。


「もしかして、婚約者様の事を言っているんだったら、いつも通りだったと伝えておくわ」


 ふと、自分の婚約者であるジェラルドの顔が浮かんで、リナニエラは顔をしかめた。その答えと表情だけで、彼はすべてを察したのだろう。眉間にしわが寄った。


「という事は、件の男爵令嬢と人目もはばからずに,身分違いの恋にうつつを抜かして逢瀬を繰り返していたと」

「そうね。その通りだわ」


 確認するように尋ねられた言葉に、リナニエラは肯定の返事をした。そうすれば、彼はため息を一つつく。


「全く王家の人間だというのに、自覚もない」

「クレイグ、それ以上言うと不敬にあたるわ。およしなさい」


 彼の毒づく言葉を止めた後、リナニエラは屋敷のドアの前で立っている執事長に、うなずいて見せる。


「お嬢様、お帰りなさいませ」


 頭をさげる執事長に『ただいま』と声をかけた後、同じように自分の帰りを待っていたメイドたちにも礼を言う。そして屋敷の中に入った。


「クレイグさっきの話だけども、お父様に通しておいて」

「かしこまりました」


 指示を出しながら、リナニエラは自室がある二階に向かう。本当なら、母に帰宅の挨拶をした方がよいのだろうが、今の時間からなら、夕飯の時でもよいだろうと、思い直した。


「全く……。みんなしてあのボンクラ王子の事ばっかり気にして。気にするほどの価値なんてないじゃない」


 吐き捨てるようにつぶやいた後、リナニエラは制服から部屋着用のシンプルなドレスに着替える。着替えを手伝ってくれたメイドに礼を言って、リナニエラは鞄と部屋の机の上に置いて、中から教本を引っ張り出した。


「えーっと……。明日は召喚魔法の授業だから……」


 机の上に並べられた教科書を確認して、必要な物を出していく。魔法科の授業は一般教養に加えて魔法理論、そして魔法実践が含まれる。一般教養、マナーは貴族科、魔法科、騎士科と学園全体の生徒が受ける必要がある。そこから、魔法科、騎士科の生徒は自分たちの必須科目として、魔法や剣といった物に特化した科目が付け加えられるのだ。


 


 魔法科であるリナニエラはの全体の2割が一般教養、残り7割が魔法科の授業、残りの1割が騎士科の授業となっている。この学園は自分で授業を組み立てる事になる為、リナニエラはそういったカリキュラムを組んだのだ。


 魔法科の他の生徒は、一般教養が3割といった所なのだけれども、リナニエラは貴族科で学ぶ科目は入学前に全て家庭教師によって終了させている。その分、授業に余裕はあるのだ。


 もちろん、魔法科は他の科に比べて授業数が多いから他の科に比べれば忙しいのは間違いがないのだけれども。




 まず今日の授業のおさらいをざっとした後、リナニエラは明日の授業の予習を始める。明日は魔法理論、召喚魔法、魔法薬学、歴史、経済学となっている。歴史と経済学は他の科との合同授業だ。だが、その授業にジェラルドの姿はない。一応、彼の選択した一般教養授業とは違う物を選ぼうとはしたものの、ここまで一緒にならないのは逆に面白くなってくる。


 彼が一体どんな授業を取っているのか気になる所だが、リナニエラはあえて考えない事にした。


「どうせ、あのお嬢さんと一緒にいられる科よね。ダンスとかかしら?」


 小首をかしげて考えた後、リナニエラは教科書の内容へと意識を落とした。


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