共振症

共振症.1

 畳は、西陽と父の血潮で温かかった。



 俺は暗褐色に染まった畳に横たわって蝉の声を聞いている。

 頬や腕に貼りついた血糊が乾いて、赤錆に侵食されていくような気分になる。


 もう夕暮れだ。

 父を刺してから随分時間が経った。夕陽の赤が色褪せた血をもう一度鮮やかに染めているのに、畳は急速に冷え出していた。

 寒い。

 もう一度父の腹に突き刺さった包丁を九十度捻って、露出した肋骨の間から覗く内臓から残った血を絞り出さないといけない。

 そう思っているのに、動けない。あいつがいるせいだ。


 半分開いた障子から巨大な蝉が覗いている。

 鋼鉄のじみた硬い頭部から突き出す長い口吻が針のようだ。短い毛髪状の触覚が夕風に揺れている。水滴に似た複眼と単眼が俺を見下ろしている。

 視線に苛まれて動けない。

 寒さに耐えられない。血塗れの腕に鳥肌が立って、虫の表皮のようだった。見慣れたはずの自分の腕、肘の内側に三つの黒子がある腕が、俺のものじゃないように思える。


 違う、俺の腕はこんなに細くない。肘にこんな黒子はない。俺の腕じゃない。これは、俺の記憶じゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る