第7話

 次の日の朝。俺は約束した通り早めに家を出た。途中、ツーちゃんと合流して、会話をしながら並んで歩く。


 そんな見慣れない光景を同じ学校に通う同級生達がみて、チラチラと視線を向けてくる事が分かる。だけどツーちゃんはそんな事を気にしていない様子で、堂々としていた。俺も見習うべきなんだろうけど……どうしてもオドオドしてしまう。


 ──校門を通ると俺はまず「昨日、影山君の話をしてたけど、俺の教室に向かうの?」と、ツーちゃんに聞いた。


「うん、そう。約束通り期限内に付き合えたんだから、ター君の作品、返して貰わなきゃ!」

「ありがとう」

「気にしないで。あれは私達の思い出の作品でもあるんだから」

「うん。だからこそ、ありがとう」


 俺がそう言うと、ター君らしいなって言いそうにツーちゃんは微笑んだ──校内に入り階段を上ると、温かくて柔らかいものが、俺の左手を包み込む。その正体は、ちょっとプクッとして可愛いツーちゃんの右手だった。


「え? え? これって……」

「恋人同士なんでしょ? 手を繋ぐぐらいしなきゃ」

「で、でもいきなり?」

「そうよ? ちょっと、これぐらいで狼狽えないでよ。私の彼氏でしょ!」

「は、はい!」


 いつものフワフワした感じが漂うツーちゃんも好きだけど、ちょっとツンツンしているツーちゃんも魅力的でドキドキしてしまう。俺、そっち系もいけるのかな? そんな事を考えていると俺の教室に到着する。


「影山君いるね」

「うん」

「ター君、準備はいい?」

「うん」

「じゃあ行くよ」


 俺達はゆっくり影山に近づき、席の前に立つ。影山は俺達に気付いた様で顔をあげた。


 影山は俺達をみて何か感じ取った様で、眉を顰めて不快そうな顔をしたが、直ぐに表情を元に戻して「おはよう」と、何食わぬ顔で挨拶してきた。


「おはよう」と俺達が挨拶を返すと、影山は頬杖を掻いて「二人で居るなんて珍しいね。どうしたの?」


「どうしたの? って、もう気付いているんじゃない?」

「さぁ、何の事かな?」


 しらばっくれる影山の返事にツーちゃんは眉を吊り上げる。


「そう! 時間の無駄だからハッキリ言うね。私達、御覧の通り付き合ってるから、ター君の漫画、返して!」


 ツーちゃんはそう言って、影山に見せる様に繋いでいる手を挙げる。それでも影山は動揺していないようで、顔色一つ変えなかった。


「ふーん……そんなのフリで出来るよね?」

「あぁ……そう……そうきた……じゃあ何をすればいい? ハグ? キス? 何でも良いわよ」


 何でも良いって……ツーちゃん本気なの? ──って、彼氏としてここで狼狽えちゃダメだよな。何を言われても、覚悟を決めてやらなきゃ!


 影山は頬杖をやめ、椅子の背もたれに背中を預け、ふんぞり返って座る。


「とりあえず何にもしなくて良いよ。どうせ返せないから」

「どうして!?」

「どうしてって、だって聞いてるか知らないけど、期限は昨日の17時45分まで……それまでに付き合えたって証拠、どうやって見せの?」


 クソっ! 余裕たっぷりだったのは、そういう事だったのか……確かにその証拠は用意していない。


 ツーちゃんはスカートのポケットから携帯を取り出すと、影山に通話履歴を残す。


「これでどう? ター君から電話がきて、その後に付き合ったの。これなら間に合ってるでしょ?」

「確かにこの時間なら間に合ってるね。でもこれが証拠って言われてもねぇ……信じると思う?」


 ツーちゃんは信じると思っていない様で、苦痛で顔を歪める。影山はそんなツーちゃんをみて面白がっている様でニヤニヤした顔になる。


 憎たらしい……どうにかこいつをギャフンと言わせたい……そう思っていると、一人の男子が近づいてきた。


「俺、高木が告ってるの。駅のホームで見かけたぞ。時間は確かに17時45分前だった」


 クラスメイトの男子は俺達の会話を聞いていた様で助けようとしてくれる。だけど──。


「あ、そう。そんなの打ち合わせしてれば、どうとも言えるよね? 証拠にはならないよ」


 影山の一言で教室がシーン……と静まり返る。なかなか、これ! っていう証拠を突き付けらない。こっちが有利だと思っていたのに、ひっくり返されるなんて……もう駄目かと弱気になりかけたその時──。


「あ、あの……」と、御下げの髪型をした大人しい印象のある女子が口を開く。オドオドしている御下げの女子を落ち着かせるためか、「どうしたの?」と、ツーちゃんは優しく声を掛けた。


「怒らないでくださいね? 私……その時の動画、持ってます……」


「え? どうして?」と、俺が聞くと、御下げの女子は俯く。


「えっと……あの時、高木君が紬さんに待って! って、言ってるのが聞こえてきて。その時、ピーン! って恋愛の予感を感じとったから撮影を始めたんです……」


「私……小説を書いているんですが……自分じゃ恋愛なんて出来ないから……参考にさせて貰いたいなぁ……って思って」


 やったぁ……これでちゃんと撮れていたら立派な証拠だ。


「怒らないから見せて貰って良い?」


 俺がそう聞くと、御下げの女子は黙ってコクリと頷く。スカートのポケットから携帯を取り出すと、俺達に見せてくれた。


 確かにそこには俺が大声で告白している所から、返事を貰う所まで、後を追う様に撮られていた。駅員のアナウンスで時間も分かるからバッチリだ!


 自分の告白シーンを見るのは恥ずかしかったけど、それ以上に嬉しい気持ちが込み上げてくる。


 ツーちゃんも一緒だった様で、御下げの女子の両手を掴むと笑顔で「ありがとう!」


「い、いえ……創作仲間として、黙っていられなかっただけなので……」

「ふふ……ちょっと携帯、貸して貰って良い?」

「どうぞ」


 ツーちゃんは御下げの女の子から携帯を受け取ると、言い逃れ出来ない様に「これでどう!」と、影山の前に突き出す。


 影山の目は明らかに泳ぎ、ようやく動揺した様だった。


「──分かったよ。どうせ紬に近づくために手に入れた漫画なんだ。返すよ」と、影山は白状し、席を立つ。


「ちょっと待って、どこに行くつもり」

「どこだって良いだろ? もう認めて、返すって言ってんだから」

「その前にター君が何か言いたいらしいよ」

「え?」


 そんなこと一言も言っていないんだけど……無茶振りされて頭が真っ白になる。ツーちゃんは肘で俺の腕をツンツンと突くと「ほら、ター君。なにか言ってやりなよ!」


 俺はスゥー……と息を整えながら今までの事を振り返る。そして──。


「影山君は俺から全てを奪おうと思っていたのかもしれないけど、君のお蔭で全てを手に入れる事が出来たよ。ありがとよ」


 俺が素直な気持ちを口にすると、それが良く効いたのか影山は苦虫を嚙み潰したよう表情を浮かべて、その場を去っていった。


 教室内が何故か拍手に包まれる……俺は恥ずかしさのあまり、周りを見る事が出来ず、俯き加減で頬を掻いた。


「はい、ありがとう」


 ツーちゃんが御下げの女子に携帯を返したようで、そう聞こえてくる。そして「あとでその画像、送ってね」と、小声で聞こえてきて、汗が吹き出しそうなぐらいカァ……と体が熱くなった。


 ツーちゃんが俺の肩にポンっと手を乗せてくる。


「さっきのター君、カッコ良かったよ。それじゃ私、教室に戻るね」

「うん!」


 笑顔で去っていくツーちゃんを俺は笑みを零しながら見送った。


 ※※※


 その後──。


 この出来事がきっかけで俺はクラスメイトに漫画を見て貰える機会が増える。色々な意見を貰えたり、評価して貰えて充実した日々を送っていた。


 御下げの女子とも交流を深め、意見交換をするほどの仲になっていた。ツーちゃんとも相性が良いらしく、よく楽しそうに恋愛話をしていて、いつも俺は顔を熱くしながら聞いていた。


 ツーちゃんとはもちろん、いまでもラブラブの日々を過ごしている。今もこうして、手を繋ぎながら登校していた。


「ター君、あの続き描いた?」

「うん。昨日、描けたよ」

「え、じゃあ見せてよ」

「うん。じゃあ明日、持ってくる」

「分かった。楽しみ~」


 笑顔を浮かべているツーちゃんをみて、俺はそれで良いのか? と、ふと思う。別に明日じゃなくたって──。


「あ、あのさ……」

「ん?」

「今日は部活ある?」

「あるけど、休もうと思えば休めるよ?」

「じゃあさ……家の来ない?」

「え……」

「あ! 今日は家、両親とも遅くまで帰って来ないし、俺一人だから大丈夫だよ」


 俺がそう言うとツーちゃんは何故かジトー……と、俺を見つめる。え……何かしくじったか?


「へぇー……ター君。誰も居ない家に、女の子を連れ込むんだ……」

「え……あ……そんなんじゃなくて、その……」

「ふふふ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。冗談だって!」

「なんだ冗談か、びっくりさせないでよ」

「ごめんごめん、是非お邪魔させて貰うよ」

「良かったぁ」


 あの出来事で、手に入れたものがもう一つある。それは諦めないで一歩踏み出す勇気……もしあの日、あの時、それを手に入れなければ、いまこうしてツーちゃんと結ばれる未来は無かった。


 だから……これからもずっと、その勇気を大切に生きてい行こうと思う。

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気になるあの子の連絡先を得た代わりに、俺は自分の作品を失った。 若葉結実(わかば ゆいみ) @nizyuuzinkaku

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