第6話
俺達は公園に着くとまず正面にあった白いベンチに座った。いつも子供たちがいっぱい遊んでいて賑やかな公園だけど、この時間帯は帰る時間らしく、通り過ぎていく人がチラホラと居る程度で静かだった。
「さぁーて……何から話そうかな……」と、紬さんは言って、落ち着かない様子で足を前後に動かす。
「源也君も何か聞きたい事があったら、遠慮なく聞いてね」
「あ、うん。じゃあ……さっき電話をしてきた時、ナナシって言ってたよね? 何でそれを知ってるの?」
紬さんはそれを聞いて、待ってましたと言わんばかりに満面な笑顔を浮かべる。
「それ! いきなり知りたい!?」
「うん、知りたい」
「ふふん。じゃあ教えてあげようかな。その為にはまず、ツーちゃんについて思い出して貰おうか」
「ツーちゃん……」
俺にとってツーちゃんと言えば一人しかいない。小学校の頃、違う小学校に通っていたけど、近くの公園で良く遊んだ、ちょっとふくよかな女の子だ。
その子が隣町に引っ越ししてから、まったく関わらなくなったけど、俺が初めて妄想を語れた子だから今でもしっかりと覚えている。ツーちゃん……つむぎ……。
「俺のペンネームを知ってるって事は……紬さんはツーちゃん?」
「ピンポーン! 大当たりです!」
「マジか……随分と綺麗になって……」
俺がポロっと本音を漏らすと、紬さんは恥ずかしそうに俺から顔を背ける。そういえばツーちゃんは社交的な割には恥ずかしがり屋だったな。
「ター君は随分とお世辞が上手くなったのね」
急に紬さんが昔の呼び方をするので、こそばゆくなる。でも気持ちはグッと近くなった気がした。
「お世辞じゃないけど……にしても、同じ学校に居たなんて、そんな偶然があるんだな」
「偶然だと思う?」
「え?」
「中学は親の都合で選べなかったけど、高校は選べた……だから私、ター君が選びそうな地元の高校を選んだんだよ」
「え……そうだったの……」
「うん……」
照れくさそうに俯く可愛い紬さんを見つめ、幸せな気持ちが胸一杯に広がっていく。そこまで想っていてくれたんだ……。
「でも何でそこまで?」
「小学校の頃の私って太っていたじゃない? それでクラスメイトにちょっと弄られていてね。あの頃はそれが嫌で……嫌で……仕方なかった。でもター君はそんな事を気にする性格じゃなくて、そんなター君が創る物語は皆が幸せで心地よかった。だから私は……ター君の事が好きなったんだよ」
「あ、ありがとう」
「うん」
紬さんは自分の気持ちを伝えた事で恥ずかしくなったのか、そこで会話が途切れる。俺はまだ聞きたい事があったけど、様子を見る事にした──。
「本当はもっと早くター君に会いたかったんだけどね。ター君……ナナシ君……物語を創るのが好きで、将来、漫画家を目指してる……それだけの情報で、あれだけ人が多かったら、探せなくてね」
「まぁ……そうだろうね。ところで俺がナナシだって何で気付いたの?」
俺がそう聞くと、質問が嬉しかったのか紬さんはニコッと微笑む。
「私が高校に入ってから初めてター君に話しかけた日。本当に偶然だったけど、ター君が描いている漫画が見えた。そこには私が知ってる物語が描かれていた……そして、私とあなたしか知らない物語も……」
紬さんはブレザーのポケットから、薄汚れた小さな紙きれを取り出す。
「それって……」
「うん……私が引っ越す前に、最後に遊んだあの日、ター君が落としたメモだよ」
「紬さんが持っていたのか……」
「ごめんね。返すことも出来たけど……思い出に持っておきたくて……」
「あぁ……そういうこと……」
紬さんはメモを俺の前に差し出すと「はい、返すね」
「もういらないの?」
「うぅん、本当は欲しいけど、ター君のだから……」
「そう。じゃあ、あげる」
「え、良いの?」
「うん。そのシーンは思い出したから」
「ありがとう」
紬さんは笑顔でメモをブレザーに戻す。破れもせずに残っていたのを見ると、本当に大事にしていたことが分かって、嬉しかった。
「ところでター君の作品と似た作品を描いている影山君って人が居るんだけど……」
「あぁ……それ……それは──」
俺は影山の事を全て紬さんに話す。紬さんは眉間にしわを寄せ、聞いていた。
「やっぱり! ター君の面影ないし、おかしいと思った! あの人とは中学が同じだったし、きっと何処かで友達との会話とか盗み聞きしてたのね!まったく腹立つ!」
「はは……」
「でもちょっと複雑だな……」
「複雑?」
「だってター君、女の子の連絡先を手に入れる為に、私との思い出の作品を手放そうとしたんでしょ?」
紬さんはそう言って、フグの様に可愛らしく頬を膨らませると腕を組む。
「あ……ごめん! 結果的にはそうだけど……むかし好きだった女の子と似てるなぁ……って、本当に紬さんの事が気になっていたからであって……それで……」
紬さんはチラッとこちらに視線を向けると「──むかし好きだった女の子って……もしかしてツーちゃん?」
「あ、うん。そう」
「ふーん……じゃあさ、私の事を紬さんじゃなくてツーちゃんって呼んでよ」
「え……」
「ほら、早く」
「ツ……ツーちゃん」
「ふふふ」と、ツーちゃんは満足そうに微笑むと、腕を下ろす。そして「仕方ないなぁ、じゃあ許してあげるよ」
「ありがとうございます」
「うん! さぁて……明日はター君、何時に学校に行く?」
「何時に? いつもツーちゃんが行く時間帯に行くつもりだけど?」
「それじゃちょっと時間が無さそうね。影山君はいつも、学校に来るの早い方?」
「えっと……早い方だと思う。前に早く行った時にはもう教室に居たから」
「オーケー。じゃあ明日、家を出る時にター君に電話して、いつもより一本早い電車に乗るから、そのつもりで学校に向かって」
「分かった」
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