第30話 任務終了?

 契約発表も無事終わり、私の初めての任務も終わった。


 みすずゲームズの本社ビルで倒した男たちはハンターの人たちが拘束こうそくしてくれたけれど、相手がみんな人間だったことで警察の方に引き渡したんだって。

 結局、今回の件で《朧夜》のヴァンパイアとして関わっていたのは梶くんだけだったらしい。


 その梶くんの言葉で《朧夜》の目的が美奈都さんの持っているルビーのネックレスだってことはわかったけれど、どうしてそれが欲しいのかはわからない。

 《朧夜》への警戒はまだ必要そうだけど、常盤さんを脅迫きょうはくしていた中心人物はみすずゲームズの社長だということが分かり、その社長も逮捕された。

 契約発表も終わって脅迫してくる人もいなくなったし、ひとまず事件は終息しゅうそくしたんだ。


 とはいえ、香澄ちゃんに言った通りあと四日ほどは宵満学園に通う予定だから、私はまだ常盤邸でお世話になってる。

 みんなと過ごすのも最後の週末ということもあって、土曜日は紫苑くんと思い切り遊んだ。

 途中からは柊さんと杏くんも加わって、泥まみれになるくらいみんなで遊んだんだ。


 明日はもっと思い出になるようなことをしたいなって思っていたその日の夜、私は美奈都さんに呼ばれてリビングルームに足を運んだ。

 そこにいたのは……。


「え? どうしてお母さんが?」


 入室のあいさつの後すぐにお母さんの姿を見つけて戸惑う。

 どうしてと言ったけれど、お母さんが来ている理由なんて一つしかない。


「それはもちろん、望乃ちゃんを迎えに来たのよ」


 笑顔で答えるお母さんに、私はドクドクと鼓動こどうを速めた。


「え? 待って? まだ学園には通う予定だったよね? 帰るのはゴールデンウイークのときのはずだよね?」


 久しぶりにお母さんに会えて嬉しいけれど、それ以上に困った。

 だって、まだみんなと別れたくない。

 もうちょっとだけ一緒に居られるはずだったよね?


 リビングルームを見回して、中にいる人達を見る。

 ここには美奈都さんとお母さん、そして柊さん、杏くん、紫苑くんがいた。

 状況を理解している柊さんと杏くんはフクザツな表情。

 紫苑くんは良く分かっていないだろうけど、みんなの雰囲気を感じ取ってか不思議そうな顔をしている。


「その予定だったけれどね。反省会もしなきゃならないし、《朧夜》のことについてくわしく話し合いたいってことで早めに帰ってきてもらうことにしたの」


 少しでも《朧夜》の情報が欲しいハンター協会の人たちが、私から話を聞きたいって呼び出したらしい。


 今回の件で唯一関わっていた《朧夜》のメンバー・梶くん。

 その梶くんに一番近くで接していたのは私だからって。


「そんな……」


 気落ちしてつぶやいたけれど、ハンター協会の人の言い分は理解出来る。

 だから、予定より早いみんなとの別れだけれど受け入れるしかないんだなって思った。


「バタバタしちゃうけれど、明日のうちに帰りたいから準備してちょうだい」

「……わかった」

「おい!」


 お母さんの言葉にしょんぼりしながらもうなずくと、杏くんが怒鳴るように叫んだ。


「望乃! お前、こんな急でいいのかよ⁉ もうちょっとねばれよ! 俺らと別れんの、そんなアッサリでいいのかよ⁉」

「……いいわけないよ」


 杏くんの言葉はグサグサと刺さってくる。

 だって、それは私自身思っていたことだったから。

 こんな急でいいわけがない。

 もっとねばって、もう少しみんなといたい。

 こんなアッサリしたお別れなんて嫌だ。


「でも、ハンターになるのが私の夢なの。ハンター協会からの呼び出しをムシすることなんて出来ないよ」

「でもよ!」


 それでも納得いかないらしい杏くんは声を上げる。

 でも、私の気持ちをさっしてかそれ以上の言葉は出てこなかった。


「……望乃さんの気持ちは分かったよ」


 私と杏くんのやり取りを見ていた柊さんが寂しそうな表情で私に近づいてくる。


「でもやっぱり寂しいよ。もっと君といたかったし、伝えたいことだってたくさんあるのに」

「柊さん……」


 私の気持ちを理解しつつそれでも寂しいと言う柊さんに、胸がキュウッと締めつけられた。

 ああ、私は本当に、柊さんのことが好きなんだなって思う。


 杏くんが連れ去られてパニックになった私を抱きしめてくれた柊さん。

 望乃って呼び捨てで呼ばれて、ギュッと抱きしめられて、大きく心臓が鳴った。


 あの瞬間理解したんだ。

 私の柊さんへの気持ちはただの憧れじゃなくて恋なんだって。


 私は軽く息を吸って柊さんに向き直る。

 この気持ちをめたまま別れたくないって思ったから。

 柊さんが私の“唯一”であってもなくても、柊さんが私の気持ちにこたえてくれるかはわからない。

 それでも、これでお別れになるなら伝えたいって思ったんだ。


「柊さん、私柊さんに伝えたいことがあるんです」

「え?」

「私、柊さんのことが……男として、す――」

「わー、待った!」


 好きだなって思った気持ちを真っ直ぐ伝えようとしたのに、あわてた柊さんに手のひらで口を押さえ止められてしまった。


「ホント、望乃さんは真っ直ぐすぎるよ。不意打ち過ぎて先に言わせるところだったじゃないか」


 あせりを落ち着かせるようにフーと息を吐いた柊さんはホッとした笑みを浮かべる。

 でも止められて不満な私は眉を寄せた。

 柊さんは「ごめん」と口にして手を離す。


「でも、それは僕の方から言わせて?」

「え?」

「好きだよ」

「……え?」


 唐突とうとつすぎて一瞬何を言われたのか分からなかった。

 私が理解しようとしているうちに柊さんは続ける。


「可愛くて、綺麗で、カッコイイ望乃さんが好きだよ。君の真っ直ぐさに、すごくひかれてるんだ」

「え……ええ?」


 重ねられていく言葉をゆっくり理解した私は、戸惑いや嬉しさでちょっと混乱しちゃう。

 柊さんが私と同じ気持ちでいてくれるなんてこと、思ってもいなかったから。


「望乃さんは? 前は恋か分からないって言っていたけれど、今は? 今の君の気持ちを聞かせて?」


 優しく聞いて来る柊さんに、私は心を落ち着かせてから素直に答えた。


「私も柊さんのこと、男の人として好きです。今はちゃんと、これが恋だって分かってます」

「ああ……嬉しいよ、望乃さん」


 ふわりと優しく甘いほほ笑みが向けられる。

 その笑みにトクンと胸を高鳴らせていると、柊さんの男の子の手が私の手を包んだ。


「じゃあ、僕とつき合ってくれる?」

「良いんですか?」


 両想いからのお付き合い。

 それは自然な流れだけれど、柊さんと付き合えるとは思っていなかった私は聞いてしまった。

 そんな私に少し笑って、柊さんは「もちろん」と答える。


「じゃあ、僕と望乃さんは彼氏彼女だね」

「そ、そうですね……」


 改めて言われると照れる。

 つい顔を真っ赤にさせていると、柊さんが「参ったな」とつぶやいた。


「応援するつもりだったけれど、欲が出てきちゃったな」

「え? 欲?」


 何を言っているのか分からなくて聞き返すと、にぎられている手にギュッと力が込められる。


「ねぇ、望乃さん。付き合い始めたっていうのに、すぐにお別れするの?」

「へ?」

「もっと一緒にいたいって思わない?」

「あ、あの……柊さん?」


 なんだか様子がおかしい。

 優しいほほ笑みが、甘さはそのままで少し意地悪なものになっている気がする。

 しかも私の手を掴んでいる柊さんの手にもっと力が込められた。


「僕の血、美味しかったんでしょう? もっと飲んでみない?」

「なっなっ⁉」


 なにこれ⁉

 もしかして誘惑ゆうわくされてる⁉


「た、たしかに美味しかったですけど、吸血衝動はないから別にそこまで飲みたいってわけでは!」

「そうなの? でも衝動が来たら飲みたくなるってことだよね? じゃあやっぱりそばにいた方がいいんじゃないかな?」

「え⁉ あの、そのっ!」


 もはや何を言っているのか分からないくらい混乱してきた。

 今の柊さんはちょっと怖いのに、ドキドキ早まる鼓動こどうが止まらない。

 これ、どうすればいいの⁉


「っぷ、ふふふっ」


 するとそのとき、誰かがふき出して笑う声が部屋に響く。

 ビックリして思わず柊さんの手から本気で逃れる。


「ちょっと柊、あなたいつの間にそんな誘惑の仕方覚えたの?」


 笑っているのは美奈都さんだった。

 そしてその隣にいるお母さんがあきれた様子で口を開く。


「……望乃ちゃん、やっぱりヴァンパイアだってバレてたんじゃない」

「え? あ!」


 ジト目のお母さんにツッコまれて、さっき血を飲むとか吸血衝動とか普通に言ってしまっていたことに気づく。


「ご、ごめんなさい。バレたってことを知られたら任務続けられなくなると思って」


 謝ると、お母さんは呆れた様子で言葉も出ないようだった。

 代わりに美奈都さんが笑いながら話す。


「そんなこと誰が言ったの?」

「え……だって、美奈都さん柊さんたちにバレないようにねって……」


 あれ、バレたら護衛出来ないって意味じゃなかったの?


「あれはただ、いきなりヴァンパイアだと知ったらこの子たちが驚くと思って」

「え? それだけですか?」

「そうよ? 望乃ちゃんだからこそ護衛を依頼したのに、ヴァンパイアだってバレただけでやめてなんて言わないわよ」

「……」


 そうだったんだ。

 どうやら早とちりしちゃってたらしい。


「まったく望乃ちゃんってば……ちゃんとそういうことも報告してちょうだい! 柊くんたちが黙っていてくれたから良かったけれど、もし言いふらすような人にバレていたら大変なことになっていたのよ?」


 やっと声を出せたお母さんにしかられる。

 そっか、そういうこともあるよね。


「ごめんなさい」

「……分かればいいわ」


 素直に謝った私をお母さんは許してくれた。


「それで? 望乃ちゃんはどうしたい?」

「え?」


 私とお母さんの話が終わると、すぐに美奈都さんが楽しそうに聞いて来る。


「杏と柊はまだあなたにいて欲しいって思っているみたいよ? もちろん、私もね」

「ぼくも! ぼくもー!」


 美奈都さんの隣に大人しく座っていた紫苑くんも声を上げる。

 話を全部聞いて理解したわけじゃないだろうけれど、私にいて欲しいと思っているってところに反応したみたい。


「ぼくもののねーちゃんにいてほしい!」


 手を上げて主張しゅちょうする様は子供らしくてやっぱり可愛い。


「ありがとう、紫苑くん」


 笑顔でお礼を言うと安心したのか、紫苑くんは隣の美奈都さんにじゃれつき始めた。

 そんな気まぐれなところも可愛いけどね。


 紫苑くんから杏くん、柊さんにと視線を向ける。

 初めは仲良く出来そうにないかもって不安だったけれど、今は大切に思っている三人。


 紫苑くんは無邪気に私を慕ってくれて、可愛くてとにかく大好き。

 杏くんは家族に向けるものと似たような信頼を私に向けてくれてるように思う。

 その信頼が嬉しくて、誇らしいって思うんだ。

 そして柊さんのことは一言で言い切れないくらい好き。


 年上だからか、優しく包み込んでくれるところ。

 逆にさっきみたいに意地悪でも、ドキドキさせられちゃうところ。

 恋人になったから、きっともっと好きが増えていきそう。


 ……うん、やっぱりまだ離れたくないな。

 私はお母さんに向き直ってその目を真っ直ぐに見る。

 その時点でお母さんは私が何を言うか分かっていたみたい。

 仕方ないなって様子でほほ笑んでいたから。


「お母さん、私やっぱりまだここにいたい。みんなと離れたくないんだ」

「仕方ないわね。分かったわよ」


 思っていた以上にすんなりと許可を出してくれて少し驚いた。

 任務も終わったのに、いつまでも居座いすわってはダメだとか言われると思ったのに。


「実は美奈都から任務の続行を頼まれていたの。《朧夜》にはまだねらわれている状態だしね」

「あ、確かに」

「あなたが決めたなら私は文句なしよ。任務を継続けいぞくしなさい」

「うん、うん!」


 なんの問題もなくまだ柊さんたちといられるとなって、私は二度うなずいた。


「あ、でも協会へ話をしには行ってもらうからね?」

「うん、分かってる」


 梶くんの――《朧夜》に関することはちゃんと話さなきゃないもんね。


「んー? ののねーちゃんどこかいくの?」


 美奈都さんとじゃれていた紫苑くんの意識がまた私に戻って来たみたい。

 とてとてと私に近づいて来る。


「ちょっと出かけるけれど、ちゃんと戻ってくるよ?」

「そうなの? よかったぁ」


 ふにゃあって笑う紫苑くん、ホント天使。

 ほのぼのとその笑顔を見ていると杏くんも近づいてきた。


「なんかちょっと拍子抜けだけど、まあ良かったってことか?」

「ははっそうだね」


 思っていたよりアッサリ許可が取れたから確かに拍子抜けかもしれない。


「でも数日後にはお別れだったのがこれからも一緒にいられるってことになったんだ。良いことだよ」


 杏くんの言葉に訂正ていせいを入れるように柊さんが言う。

 私は「そうですね」ってうなずいてから、三人に向き直った。

 そして宣言する。


「ハンターを目指すヴァンパイア、弧月望乃。これからもメイドとして、みんなをお守りします!!」


END

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