第2話「お母さんはエルフな催眠術師

「いたいた。アルスく〜ん!」

パタパタとリズミカルな足音を鳴らしながら僕に近寄ってくるエルフの女の子。

きめ細やかなロングストレートの銀髪をなびかせ、満面の笑みを浮かべるのはエルフメイドのリゼ。

常にゆる〜い雰囲気をまとい、場を和ませてくれる優しい優しい女の子だ。

そして長袖のクラシカルメイド服でも隠し切れない踊り狂う2つの名峰!!

日本ではまずお目にかかれない圧倒的ボリュームは、生まれた瞬間から思春期な僕には刺激が強すぎた。

「あ、あぁリゼ。どうしたんだい?」

「どうしたんだい?じゃあーりーまーせーんー!アルス君急にいなくなるんだもん、すごく心配したんだよ?」

「ごめんね。ちょっと外の空気が吸いたくて…」

「それなら一言言ってくれればいいじゃん!お昼ごはん作ろうと思って買い出しに誘おうとしてたのに、リリーが先に行っちゃって一緒に行けなかったんだよ!」

「本当にごめんなさい!」

頬を膨らませてぷりぷりと怒るリゼに頬が緩む。

あまりにも雰囲気がおっとりしているので怒っている姿すら可愛さ全開で全く緊張感がないのだ。

割とガチギレしてるんだけどなぁ…

「罰として、今から夕飯の買い出しに付き合ってもらいます!拒否権はないからね!お返事は?」

「はぁーい」

「返事は!?」

「はい!!」

「よくできました」

リゼの普段半開きの目が瞳孔を全開にして主張していることに驚き、思わず気をつけをしてしまった。

僕が反省していると判断したリゼが再びいつもの聖母の笑みに戻り、おもむろに僕の右手を掴んで引っ張る。

リゼは僕の手を掴んだまま走り出し。

「ほらほら!早く行かないと食材が売り切れちゃうよ!このまま町へダッシュだ〜!」

「リ、リゼ!?そんなに急がなくても大丈夫だと思うよ!?」

「何を言っているのかね少年…ご飯の戦争はもう始まっているのだよ…!」

「食に対する情熱が凄いね…」

ちょっと呆れている僕とは対照的で、機嫌が良さそうなステップを刻みながら町へと急ぐリゼ。

思い返せば、僕が生まれた時最初に抱いてくれたのがリゼだった。

エルフだヒャッハー!とテンションが上がっていた僕を尻目に絹のように繊細な手で抱きしめてくれた。

その時の表情は優しく微笑む母親で、まるで我が子が誕生したような嬉しさが伝わるほど。

不倫が発覚した後からも、両親が放棄した僕を育てると真っ先に名乗りをあげ、主人に逆らわなければならないというメイドとしては禁忌に近い行動だったのにも関わらず、僕を決して1人にはしなかった。

頭は高校生でも赤ん坊の体には逆らえず夜泣きやおねしょをしてしまっても、すぐに駆けつけてくれて嫌な顔1つしないで献身的に僕の世話を担当。

魔法が発現せず、グズってしまった時は優しく抱きしめてくれて「大丈夫、大丈夫だよ。アルス君は立派だよ」と背中をさすってくれた。

鼻をくすぐる石けんの香りがこれほど心地よかったことはない、名峰で窒息しそうなこともあったがご褒美だ。

エルフは非常に長寿な部族であり出会ってから10年たっても彼女の見た目は全く変わらず美しいまま。

そんなリゼに僕は少しずつ惹かれていった。

今握られている手は緊張できっと汗まみれになっているだろう、すごく恥ずかしい。

高校時代は現実の恋なんてするだけ苦しいだけで、卒業すれば簡単に切れてしまう子供の関係だと思っていた。

だが今は違う、彼女の顔を思い浮かべると心の中が嬉しい温かさと会えない寂しさで包まれ自然と口角が緩んでしまう幸せな関係だと気付かされた、初恋はレモネードの味と表現した人はホントに天才だと思う。

いつか告白して彼女、もしくは妻になって欲しいと願いたいが…僕にはそれが出来ない理由があった。

僕は転生者、それもこの世界に干渉して良くない事を起こそうとしているヤツが送り込んだ存在。

仮に思いが成就してリゼと一緒になれたとしても、僕が突き進む道によって元の世界に帰ることになれば彼女とは離れ離れとなってしまう。

今でさえちょっと離れるだけで寂しさを感じてしまうほど惚れているのに、一生会えないとなれば僕は僕として存在し続けられるかわからない。

ヤツらの思い通りにはならず反抗して生きていくと誓った僕に残された選択肢は、この恋心を隠し通すという道だった。

どんなに好きになっても今まで通りの家族であってそれ以上の関係になってはいけない、ぶっとい針に何度も突き刺されるような痛みを一生耐えなければならない。

笑顔で引っ張るリゼの横顔を眺める僕はきっと曇りのない晴れ空のように笑えているだろう。

心はずっと梅雨のままなのに。










リゼに導かれて10分ほど歩みを進め、整備された林道を抜けた先には人々の賑やかな声が響き渡っていた。

現代の国道ほど幅の広い一本道の左右に簡易テントのような露店が並んでおり、道という利便性を大いに生かした品揃えが特徴的な町…というには規模が少し小さく商店街と言ったところだ。

かつての書斎によると、この道には名前がありブレーヴ街道と言うらしい。

その昔、人間を助けるべく立ち上がった勇者が飢饉で苦しむ村人を助けるために道端で露店を開いて自分達の持ち物を売ってお金を作り村人を救った話がモデルとなり、近隣住民がそれを真似て作った町とのこと。

規模は小さくても活気に溢れており、車道と定められている真ん中は馬車が引っ切りなしに往来し、露店付近の歩道は買い物を楽しむ人でごった返していた。

「今日は人が多いねー。王都で何かあったのかな?」

「え、この道って王都に繋がってるの?」

「うん、そうだよ〜。ブレーヴ街道は勇者様が旅に使ったと言われている道だから、このまま北に向かって行けば王都ノーザンライツに着くよ。昔大旦那様と一緒に行った方があるから」

「へー…」

「アルス君、今日は人が多いから手を離しちゃダメだからね!まだオイアンさんのお店まで時間がかかるんだから!」

「わかったよ…」

人の波に揉みくちゃにされながらもわかった、リゼが手を握る力を強めたことに。

いと嬉し、最高。

惚れた女の子と手を繋ぐことがこれほど心躍るとは思わなかった。

恋心を自覚するまで当たり前の行為であったため特に意識した覚えはない。

いざ好きと納得すると嬉しさと小っ恥ずかしさが脳内をグルグルと回り回る。

心がぴょんぴょんするとはこのことだったのか、新たな発見をした。

「きゃ!」

刹那、リゼが可愛らしい悲鳴をあげる。

どうやら大柄な人とぶつかってしまったようで体勢が崩れたようだ。

その衝撃で繋いだ手は解放され、リゼとの距離が開いていく。

反射的にリゼの手を求め僕は手を伸ばした。

「アルス君!」

リゼも同じ考えだったようで流れに逆流しながら僕に手を伸ばす。

だが体勢が崩れているので上手く握れず、ハイタッチをするように手が重なった。

その瞬間、リゼは力強く僕の手を包むとグイッと自分の元へ僕を引っ張る。

リゼの判断は功を奏し、僕は再び彼女の隣に立つことが出来た。

「ごめんねアルス君!痛くなかった…?」

「だ、大丈夫だよリゼ、ありがとう」

「よかった〜。久しぶりの町だったからちょっと油断しちゃったよ…」

「僕こそボーッとしてごめんね。リゼが手を繋いでくれてなかったら迷子になってたし」

「ううん!アルス君がとっさに手を伸ばしてくれたから何とかなったんだよ。こちらこそありがとう、アルス君!」

「リゼ…あの…」

「…!さ、さてオイアンさんのお店に急ごう!ここで立ち止まっていたら迷惑になっちゃうよ!」

僕がある指摘をしようとした時、リゼは前を向くと慌てたように歩き出す。

先程のようなのんびりとした歩みではなく、早歩きだ。

リゼと話していた時に気づいたこと、それは繋がれた手が恋人繋ぎになっていたこと。

僕の脳から語彙力が消し炭になるほどの破壊力であまりの嬉しさに発狂しそう。

大好きな人との恋人繋ぎ、なんだこれは最高だ。

リゼが恥ずかしそうに歩き出したことからマンガで見るような照れ隠しかな?と思ったがリゼは僕の育ての母、僕のような感情はないだろう。

対して僕は幸福の荒波に呑まれて有頂天、この時間が一生続いて欲しいと願った。

このまま勢いでリゼに告白すれば恋人になれるのだろうか?

恋人になれば一緒に買い物して、一緒の布団で寝てその布団で…♡

ハッ!いかんいかん、妄想がすぎた。

彼女とは親子以上の関係にはならないと鋼の如き意思を固めたではないか。

リゼにバレないようにもう片方の手で太ももをつねる。

自分に対して罰、つねる太ももも痛いが何より心に突き刺す痛みの方が何倍も痛かった。

「あ、オイアンさ〜ん」

「ん?おぉ!リゼちゃんじゃねぇか!」

僕が考えにふけっている間にオイアンさんの店に到着したようだった。

ヒラヒラと手を振るリゼの先には屈強な男がニカっと笑いながら手を振りかえしていた。

オイアンさん、この町が発足した時から商売している古株の1人で見た目は漁師そのもの。

日焼けした黒い肌に肩幅が広く、常に半裸でバキバキに発達した筋肉は太陽の光を浴びて黒光りしている。

頑固親父を彷彿とさせるコワモテの見た目とは裏腹に野菜や果物を売っている八百屋さんなのだ。

「オイアンさん、こんにちは。野菜買いにきたよ〜」

「お久しぶりですオイアンさん」

「よく来たな!リゼと坊主!…ってありゃ?お前らついにくっついたのか!?めでてぇな!」

「!?」

「え!?いやいやそんなことないよ!?」

「ガハハハ!照れるなって、その恋人繋ぎが何よりの証拠じゃねぇか」

「…あっ!これはね、さっき人とぶつかって、それで…///」

「そ、そうですよ。事故だったんですよ!」

「付き合いたてか!そりゃ照れるよなぁ、俺もカミさんと一緒になった時そりゃあもう…いで!?」

僕たちの話を聞かず、腕組みをしながら語りだすオイアンさんの頭上をカボチャが襲った。

殺しに来てないか…?

「な〜に世間話してるんだいバカタレ!ちゃんと商売しなさんな!…ごめんね、リゼちゃん。この人思い込みが激しいから…」

「あ、あはは…ありがとうおカミさん…」

カボチャでぶん殴った人は白い三角巾がトレードマークなオイアンさんの奥さん。

この人も恰幅が良く、昔は冒険者をしていたらしい。

詳しい話はわからないがオイアンさんはおカミさんの迫力に怯え切っており、頭が上がらないようだ。

「さて!今日は何を買いにきたんだい?おすすめは…」

露店に並ぶ色とりどりの野菜を手に取りリゼへ説明するおカミさん。

その説明を真剣に聞いてリゼは野菜を吟味し始めた。

彼女の食へのこだわりは高く、集中し始めると周りが見えなくなるほどだ。

普段は僕の前で見せない真面目な横顔、思わず見入ってしまう。

「…なぁ」

と、いつのまにか復活していたオイアンさんが溢れんばかりの筋肉を宿した腕で肩を組んできた。

チョークスリーパーをかけられるような形になり少し息苦しい。

「坊主、リゼちゃんとは本当に恋人じゃないのか?」

「え…?」

「まぁ俺も詳しいことは知らねぇがよ、母親代わりってことはリゼちゃんから聞いてんだ。だがな、あの子のお前を見る目は明らかに子供に向けるもんじゃねぇ」

あっけに取られた僕、オイアンさんは続ける。

「俺にも息子が居たんだが、その時のカミさんの目はこう…女神様みたいな、見守るような優しい目で息子のことを見てた。しかしだな、リゼちゃんはただ真っ直ぐにお前のことを見ているんだ、これの違いがわかるかい?」

「えっと、よくわからないです…」

「そうか…それはだな」

溜め息を付いてオイアンさんが口を開こうとしたその時。

「アンタ!いつまでアルスに構ってんだい!手伝いな!!」

「はい!すみませんでした!」

おカミさんに呼ばれ慌てて気をつけをするオイアンさんだったが、勢いと鋼鉄に匹敵する筋肉が凄すぎて僕を前へと押し出した。

「うわぁ!」

不意の出来事、僕はバランスを崩し倒れ込んでしまった。

むにゅり。

「ひゃっ///」

ん?顔に柔らかい感覚と石鹸の香り。

顔から地面に転んだはずだが、何故か痛くない。

それに両手にも柔らかい感触、明らかに地面では無かった。

「ア、アルス君…///恥ずかしいよう…///」

頭の上からリゼの声が聞こえる。

恐る恐る顔を上げると耳まで真っ赤になったリゼの顔が至近距離にあった。

ちょっと体を前にすればキス出来てしまう距離感。

あまりの急展開に混乱した僕だが、さらに混乱の極みに陥る状況が目に入る。

僕の両手には名峰が!チョモランマが!!エベレストが!!!

前世でも女性の胸を揉みしだいた経験はない、これはまずい。

理性が空の彼方に飛んでいきそうだ。

「-!」

ここで欲望に負ける訳にはいかない。

頭の中は未だ大混乱に陥っているが、残った理性を精一杯働かせてゆっくりと起き上がる。

「リゼ、ごめん…痛くなかった?」

「う、うん…ちょっとびっくりしちゃっただけだから大丈夫だよ?」

「よかった…」

「ありゃりゃ、悪かったねぇアルス、リゼちゃん。お詫びと言っちゃあなんだけど野菜を安くしとくよ」

「ありがとう、おカミさん」

「ありがとうございます」

その後、おカミさんは野菜を安くしてくれるだけでなく果物もおまけしてくれた。

オイアンさんは…耳を引っ張られながら露店の裏に消えていってどうなったかはわからないが無事を祈ろう。

買い物の帰り道、すでに日は傾いており人通りが少なくなっていたのでスムーズに帰路に着いた。

帰る途中、横目で彼女の顔を盗み見たがそっぽを向いておりどんな顔をしているかわからなかった。

嫌われた、かな。

今後の人生、彼女との進展を求めない僕としては喜ばしい事だが全く笑えない、嬉しくない。

屋敷に着いた後、リゼは「私は仕事に戻るから」と言って去っていく。

僕には引き留める言葉をかけることが出来なかった。

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清純派の催眠術師 甲乙丙太郎 @kouotuheitarou2525

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