第1話「終わった催眠術師」

僕の名前は緒方明希おがたあき、ごく普通の高校生だった者だ。

なぜ過去形なのかと言うと僕は異世界転生を果たした、強制的に。

転生する直前は5時間目の地獄と戦う何の変哲もない日常。

睡魔に負けた時それは起きた。

聴覚以外の五感が失われた世界へ飛ばされ、謎の声に異世界へ転生してくれと言われてあれよあれよという間に催眠術師とかなりぶっ飛んだ転生特典を引っ提げ異世界へと飛ばされたのだ。

こうして僕はとある辺境貴族の四男としてこの世界に生を受けた。

生を受けたまでは…よかった。

「はぁ…」

大きな溜め息が風に流され消えていく。

僕は屋敷から少し離れた河川敷の土手に腰を下ろし体育座りをして黄昏ていた。

なぜ僕が落ち込んでいるか説明しよう。

生まれた直後から僕の意識はあり、目を開けた瞬間の光景は今後決して忘れることはないほど衝撃的だった。

まず出産を手伝ったと思われる人達、元の世界ではまず見かけないであろうメイドさん達が僕をぐるりと囲んでいた。

それもエルフ!人間とは違い、耳たぶが長くとんがっていたので間違いない。

生まれた瞬間からエルフに会ってみたいという夢が叶って嬉しかったのだが、なぜか彼女達は引きつった表情をしていた。

普通ならば出産は喜ばしいことであり笑顔で満ちているはず、どうして苦虫を噛み潰したような顔をしているんだ。

その理由は、僕が別室へ連れて行かれた後にメイド達の話で判明した。

なんとびっくり、僕はお母さんの不倫相手の子供でした!

お父さんは茶髪でお母さんは黒髪、両親の家系に僕の髪色である金髪が誰1人としていない事が全てを物語っていた。

僕を見たお父さんらしき人物は激怒してお母さんを凄まじい勢いで叱責するし、お母さんは許しを乞いながら大泣きするなどまさに阿鼻叫喚の地獄、誰も喜ばない最悪の人生スタートだった。

それから屋敷に出入り禁止となった僕はメイド達が住む屋敷の離れで暮らすことになる。

彼女らは僕を見捨てずに沢山の面倒を見てくれた。

その優しさがあって大きな問題もなくスクスクと成長出来た、一生頭が上がらない。

その過程で神童っぽいムーヴをするのが僕の趣味になった。

まぁ前世の記憶が残っているし、出来て当然なのだが…

とりあえず生まれて2ヶ月くらい経った時に初めて言葉を話し、1ヶ月後には文字の読み書きを始めた。

僕は元々英語が苦手だったので不安だったが、日本語という世界屈指の難易度を誇る言葉を扱っていたおかげか割と簡単に習得。

メイド達は僕の驚くほどの成長速度に湧き立ち、文字を覚えていく過程で沢山褒めてくれた。

ふふふ、計画通り。

時が流れるのは早くて、あっという間に僕は1歳になっていた。

この頃になるとハイハイは卒業して自分の足で歩ける、そこで始めたのが屋敷への不法侵入だ。

目的は書斎、仕事の合間にメイドが幼児向けの絵本を屋敷に取りに行っていた事から本を保存する部屋がどこかに存在するはず。

それに頭脳は高校生だが体は子供、まだまだ小さい体は大人の視線を欺くのに最適だ。

1週間という時間をかけて見つけ出した書斎は予想よりも大きかった。

学校にある図書館とは比べ物にならず、市民図書館レベルの規模と流石は貴族と感動を覚える。

その時初めて貴族に生まれてよかったと思ったよ。

そこからは人の目を盗み書斎に通った。

おかげでこの世界のことを知る事が出来た、まず転生前の説明の通り人間と魔族は対立していた。

噛み砕くと世界は三国志の魏、呉、蜀のような三すくみ状態で均衡を保っておりそれぞれ人間、魔族、亜人族と分かれている。

人間と魔族は古くから対立していて小さな火種からよく小競り合いが発生してた模様。

対立の原因は人間が亜人族を差別しており奴隷など酷い扱いをしていた事が世界に知られることになったのが主な理由だった。

流石は人間、傲慢で欲深い。

一方魔族は亜人族と友好関係を結んでいたので同盟者が差別を受ければ人間を敵と見なすのは当たり前だ。

次に催眠術師について、しっかりとした記録ではなく物語上ではあるが過去に催眠術師が存在している。

どんな活躍をしたのだろうと期待したがそれは杞憂に終わった。

ろくでもない、全員が終わっている。

僕が知れたのは2人、1人は人間でとてつもなく凶暴な動物を手懐け世間から「獣を操りし者」と呼ばれ危険視されていたが案の定、世界を滅ぼしかけ捕まった後に事情を聴くと「ケモ耳ハーレムを作りたかった」と言い残し処刑された。

もう1人は男をペットにしたいというかなりぶっ飛んだ性癖を持っており、世界中の皇太子を食い散らかした結果処刑されるというごく当たり前な末路をたどった。

うん、ひどぉい。

完全に呪われた職業だ。

さらに僕は不倫で生まれた子…悪堕ちのきっかけとして完璧すぎる。

ここまでが書斎で知れた情報で、残念ながら詳細を掴む事が出来なかった。

他の本?あとは大体女王様が無双するタイプのエロ本、お父さんの趣味だろう。

それ以上は探しても無駄なので次の目的に向けて僕は行動を開始した。










この世界には魔法という概念がある。

火の玉を生み出すことも出来るし他人の傷を癒すことも可能なまさに魔法だ。

僕には転生特典で魔法が得意、ならば1歳でも何かしら出来るはずだと左手を突き出し力を込めて魔力を使おうと試してみた。

だが何も起こらない。

流石に1歳では魔力をどうこう出来る力は無く、変化があったのはそれから4年後の5歳。

もはや日課となっていた左手を突き出す動作をしていたら、手のひらに淡いピンク色の光が出現していた。

しかし数秒で光は消え失せ、変わりに立っていられないほどの倦怠感が全身を襲う。

僕は魔力が切れた、と判断した。

この出来事で確信を得る事が出来た、ちゃんと魔法が扱えると。

あとは努力、これしかない。

毎日左手を突き出しては光を発生させ、倦怠感で挫けそうになっても続けた。

いつかはゲームの世界みたいに誰もが驚く魔法を使えることを夢見て雨の日も風の日も雪の日も光の発生を繰り返す。

そんな努力をした結果か2年目には1分ほどまで光を維持できる時間が延び、体のだるさが軽くなっていった。

そして忘れもしない3年目…僕の魔法は進化したのだ。

8歳となった僕は並行して行っていた筋トレのおかげもあって、一般的な8歳よりは筋肉質になっていたと思う。

進化した日は穏やかな晴れた日だった。

いつも通り左手に力を込め集中していると、光に変化が。

ただ光るだけだったものが、突如光度を増していった。

さらに集中して込める力を増やすと上限なく輝きは増加していく。

やがて眼が眩むほどになったとき…事件は起こった。

ぐちゅり。

光の中からピンク色の物体が勢いよく飛び出してきた。

ヘビのような棒状の体躯をしており、体表面は水分が多くテラテラと淫らな反射をしている。

「…」

僕のイメージではピンク色の球体が出せるのかと思っていた。

だが実際に出てきたのは触手みたいなゲテモノ系の物体。

というか触手だ。

自分で生み出したものにドン引きしている中、触手はウネウネと元気よくうねっている。

まことに気持ち悪い。

きっと異世界転生で触手を爆誕させたのはきっと僕だけだろう。

この触手事件から魔法は飛躍的な進化を遂げた。

まず触手なのだが、スピードがゴキブリを初見で見た時レベルの衝撃があった。

後出しで飛んでいる鳥をダイレクトキャッチするほどの身軽さを持ちながら、10メートルくらいの射程を保有する高性能っぷりはすごい。

こんな個性は正直返品したいくらい嫌。

それでも…例の声に対抗するために磨かなくてはならない能力だ。

文化祭で一人でダンスするほど嫌だが、毎日触手を動かし続け…気づけば14歳の誕生日を迎えていた。











時を戻そう。

過去を振り返れば不倫で生まれ両親に見捨てられるわ、催眠術師の先輩は悪い意味でバケモン揃いで人生終わったと黄昏ていたのだ。

履歴書に書いては行けない事をコンプリートしてしまった僕はどうすればいいんだろう。

謎の声が言っていたアカデミーになんて恥ずかしくて行けない。

…と言ってもアカデミーなんて最初から向かう気なんてない。

僕は転生準備の時点で嫌な予感がしていた。

最初の質問、「なぜ異世界へ転生するのか?」という質問には答えられず、「転生の目的」は教えてくれた。

元々異世界へ来る必要のない僕達をわざわざ呼び出して、声が提示した目標をこなす事…完全にブラック企業ムーヴ。

ブラック企業はずる賢く、やることなす事ギリギリのグレーゾーンに納めてしまうこの世の終わりのような組織だ、目的を素直に受け入れると声側には利点があるが僕達にはマイナスしかないだろう。

そこでアカデミーへ行くという目的のスタートを拒否してそもそもスタートしないことにしたのだ。

とは言っても、ここは異世界。

それに15歳になれば大人と区別されるため、何かしらお金を稼ぐ手段を確保しなければならない。

「どうするかな…」

既に大きく脳内を支配していた不安が

さらなる増長を始めた。

頭をかきながら現実逃避をするべく仰向けに寝転がる。

すると遠くから聞きなれた声が耳に届いた。

声の方向へ頭を向けると小走りで近づく影、メイド服を来たエルフの少女が見えた。

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