清純派の催眠術師
甲乙丙太郎
第1章「悲しき催眠術師」
プロローグ
意識が消える数分前、時刻は1時を過ぎた頃で睡魔との激闘が繰り広げられている最中だった。
数学の公式を脳内に刻み込むため目をこすりながら黒板にメンチをきり続け、ドライアイの悲鳴を受け入れ瞬きを許した瞬間。
僕は目を開けているはずなのに真っ暗な空間へ誘われていた。
状況を理解しようと首へ右を向けと信号を送るが、動いた感覚がしない。
それどころか両腕、両足どちらとも元からなかったかのような感触だ。
今まで経験のないことが波のように押し寄せ理解が追い付かない状況下で混乱しそうな僕を優しい女性の声が制止する。
(…皆様、私の声が聞こえますでしょうか)
(!?)
脳内に直接語り掛けてくるという表現しかできない。
声を耳で拾っているわけではない、自身が思考をめぐらす考えの中に自分では制御が効かないイレギュラーが入り込んできていた。
(ただいま皆様からの多彩な反応が確認されました。どうやら成功のようですね)
(皆様…?ということは僕以外に誰かいるということか)
(はい)
(うわびっくりした!)
感情がない機械的な返事に思わず驚いてしまったが、おかげで少しゆとりができた。
こちらから声?が届くということは質問ができるということ、答えられないと言われたら絶望しそうだが。
半ば祈りながら僕は口を開いた。
(質問、いいですか?)
(答えられる範囲でならお答えしましょう)
(ありがとうございます。では、僕が今いるここはどこですか?僕の記憶が正しければ、学校で授業を受けていたはずなのですが)
(ここは魂の世界であり、貴方様が生活されていた世界とこれから転生する世界の間です。にわかには信じられないでしょうが、あなた様は異世界へ転生しようとしているのです。)
(え)
(現在は転生準備のために魂の世界で待機しているのです。納得いきましたでしょうか?)
納得した?と言われても情報が少ない。
質問を続けよう。
(じゃあ次の質問です。なぜ僕は異世界へ転生しなければならないのでしょうか?)
(…申し訳ございません。その質問にはお答えできません)
(なるほど、では僕が転生目的はなんでしょうか?)
(これから貴方様が転生する世界は人間、魔族、亜人族やエルフ達が暮らす世界です。その世界では人間と魔族が敵対関係にあり、人間側は人材不足による圧倒的な戦力差の影響で放置すれば世界を巻き込む大戦争が起こってしまい、世界の均衡が大きく傾いてしまいます。そこで貴方様方、転生者のお力をお借りして世界の平和を保って欲しいのです)
(つまり、僕達は人間側について魔族を牽制、場合によっては魔族を討伐するわけですか)
(その通りです)
ファンタジー世界が実在するとは、マンガやゲームでしか触れた事のないものがこれから現実になろうとしていることに興奮を覚えた。
個人的にはエルフに会ってみたいな…長寿なのは本当なのか確かめたい。
おっと脱線してしまった、質問を続かなければ。
(あ、そうだ。さっき皆様って言ってましたが僕以外にも転生者がいるんですよね?それはもしかして…僕のクラスメイトだったりします?)
(その通りです。貴方様が元いた空間にいらっしゃった皆様は全員、同じ世界へ転生されます)
(全員!?その世界の人材不足は深刻なんですね…)
(はい…最近は魔族側との小競り合いで罪のない女性や子供達が血を流しています。その人々を1人でも多く救うために、貴方様やクラスメイトの皆様には特別な職業を付与いたします。本来、職業というものは天性の能力や経験で獲得するものですが、今回は特別に生まれた時点で獲得している状態となります)
チート能力確定演出キター!!
しかも職業、ジョブの概念がある世界なのか。
懐かしい…ド◯◯エ9思い出すなぁ
(ちなみにその特別な職業って選べたりします…?)
(申し訳ございません…既に我々が最も適性がある職業を付与しています。ですので、これから新しく職業を選ぶことは出来ません)
(そ、そうですか…)
とても残念だ…
これで勇者だったらどうしよう、僕にはカリスマ性や圧倒的な力なんて無いのでパーティーが空中分解する未来しか見えない。
ただでさえクラス内に仲のいい友達は居ないし、
地味な後衛職であることを祈るしかない僕であった。
(質問は以上でしょうか)
(あ、では最後に1つだけ。転生後ってこの記憶は残りますか?)
(はい、転生前の記憶はそのまま受け継がれます)
(わかりました。質問は以上です、ありがとうございました)
よく考えてみたら、説明されているんだから残るか。
まぁそれはいいとして…付与される職業が気になりすぎる…!
(では、転生前の説明をさせていただきます。目的は…先程お話しした通りです、そして貴方様の職業ですが…)
(ゴクリ…!)
(催眠術師、です)
…
……
………?
ん?あれ?WHY?
きっと召喚術師か魔術師の言い間違いだろう、先端に卑猥な言葉がつくわけがない。
(すみません、もう一度言ってもらってもいいですか?)
(催眠術師です)
(…)
ゆっくり、そしてはっきりと声は催眠術師と告げた。
呆気に取られ言葉でない僕を尻目に声は続ける。
(貴方様は闇属性魔力への適性が高く、特に催眠系の魔法は群を抜いて秀でております。ですので、催眠系を中心に構成する催眠術師が選ばれました)
僕はきっと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているのだろう。
あまりにも斜め上すぎる自分の職業に動揺を隠せなかった。
(…大丈夫でしょうか?)
(す、すみません!僕が想定していた職業と全く違って驚いてました…)
(説明を続けてもよろしいでしょうか?)
(お願いします…)
(では…貴方様は今後、催眠術師として勇者を筆頭とした人間勢力の平和に貢献していただきます。生誕されてから14歳までは異世界のことを学んでいただき、15歳になりましたら王都のアカデミーへ入学してください。そこで他の転生者の方々と合流、本格的な活動が始まります)
(なるほど、わかりました)
15歳、古代日本では成人とされていた年齢だ。
成人するまでの15年間、能力を磨き知識を深め世界平和を達成するための準備期間としては充分だ。
かなりトンチンカンな職業で不安だらけだが、もう悩んでいる時間はないようだ。
(それでは時間となりました。貴方様の新たな旅立ちに幸運が有らんことを…)
(ありがとうございまし-)
最後に世界を説明してくれた声にお礼を言おうとしたのだが、目の前に小さな光の筋が現れどんどん広がっていく。
視界が光で満たされ、閃光弾を浴びた時のような真っ白な世界が僕を支配した時。
僕の懐疑心は確信へと変わったのであった。
春嵐吹き荒れる、とある辺境貴族の屋敷は慌ただしかった。
深夜にも関わらず家中の明かりは消えることなく煌々と輝き、人が通り過ぎることで沢山の影が目まぐるしく出来ては消えを繰り返している。
屋敷の最奥、金属で装飾された扉の中ではメイドや産婆に囲まれた1人の女性が苦悶に満ちた表情でベットに座っていた。
「奥様!もう少しです、頭が見えてまいりました!」
長い耳をしたエルフのメイドが叫ぶ。
それを聞いた女性は歯を食いしばり、ベットシーツがクシャクシャになるほど握りしめる。
「うっぐぐ…!んっ…!くうぅぅぅぅ!!」
「もうひと踏ん張りですよ!さぁ、もう一度!」
「奥様…!」
固唾を飲んで見守るメイド達、額に汗を滲ませ必死のサポートをする産婆、出産は佳境に入り張り詰める緊張感は尋常ではない。
「ふぅ…ふぅ…ふぅ…!ん、んうぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
下唇から血が出るほど踏ん張り、同時に稲光が轟き一瞬部屋を照らした刹那だった。
春嵐の暴風を掻き消すほどの産声が上がった。
部屋は大いに湧き立ち、女性はだらりと力なくベットに横たわる。
「おめでとうございます!元気な男の子でございます!」
後に稀代の催眠術師として讃えられ、時には疎まれた主人公が世界へ我は来たと宣誓した瞬間であった。
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