1-5 嵐前
爆発オチの是非はともかく僕は生きていた。ハリセンボンは操舵室に届く寸前で爆発し、窓ガラスは全身真っ白になりながらもギリギリ耐えた。耐えられなかったのはバランスの方で、巨大ロボットは二歳児のように簡単に倒れ、どっかが発火して爆発四散した。あそこで緊急脱出レバーを見つけていなかったら僕も四散していただろう。まさか操舵室ごと
ともかく僕は大の字になって、体感四半世紀ぶりに安定した重力を感じている。爆発のせいなのか知らないが、「澱み」は消えていた。体の節々が痛いし、小指一本動かせないが頭は回るし口も動く。ジェニーは無事だろうか。まあ彼女が死ぬとは思えない。多分大丈夫だろう。
そういえばオールバック野郎はどうなっただろうか。死んだかは分からないが、あの太陽系に叩きこんでやったんだ。それから重力が元に戻るまで十秒は経っていたと思う。無事じゃないと信じたい。奴のことは考えたくない。今はそれより、校章の向こうで意味の分からないことをぺちゃくちゃしているキザホラ吹きメガネをどうにかせねば。
『――という訳で乾パスタは茹で時間を二倍にするとうまいぞ』
本当に何の話をしてるんだこいつは。
「帰ったら一発殴らせろ……」
『なぜ? 殴られるようなことをした覚えはないぞ』
「人一人死なせかけといていけしゃあしゃあと……そもそも待ち合わせトんだ時点で大罪だ。償え。」
『うーん、よく聞こえないな。どうもさっきの大絶叫でちょっと耳をやられたらしい』
「訂正する。帰ったら殴る」
『OK、慰謝料たんまり取るから貯金よろしく』
「春に保安官になったら真っ先にお前を豚箱送りにしてやるからな」
体が動くなら今すぐにでも殴りに行きたい。しかし叶わないので憎まれ口をたたく。
『無理だな。そうなる前に左遷する。特務三課長のコネをなめるなよ』
「……お前本当に保安官なのか?」
『ああ。一昨年特待で保安局入りして二年で課長級さ。優秀だろ? ちなみに学校は趣味だ』
「さすがに嘘だろ?」
『俺が嘘ついたことあったか?』
「今日集合時間に来なかったのは」
『俺は時間と場所を伝えただけだ。俺も行くとは一度も言っていない』
……確かにそうだった。他に記憶を探ってみても、重要なことを言われなかったことは多々あるが、嘘をつかれた記憶は見当たらない。しかし「言わない」ことは嘘よりずっと質が悪いことなのだ。
「お前は本当に一回殴られた方がいい。局長にでも頼んで性根を叩き直して貰え」
『……勘弁してくれ。局長からはただでさえ――いや』
一度下がったトーンが、咳払いで元の憎たらしさを取り戻す。
『もう時間がないな。任務の詳細については学校で渡した紙を参照してくれ』
「待て任務? なんだそれは」
『やはり碌に聞いていなかったか』
「やはりとはなんだやはりとは。もう一回説明してくれ」
『これを機会に覚えておくんだな。ああいうものは「言った」という事実が重要で、聞く側の事はどうでもいいんだ』
「この悪徳商法の権化が。リボ払い地獄に落ちてしまえ」
『何とでも言え。任務を終えれば君も本部入りだ。せいぜい頑張るんだな』
「任務って今終わったり――」
『しない。切るぞ』
ツー、ツー、ツーとむなしく三度。
「あんにゃろう……」
自分の声の細さに驚いた。これじゃあ「任務」とやらを終えるより死体になる方が早いかもしれない。血はまだ流れ続けている。緊張が切れたからか、なんだか視界が怪しい。ぼわぼわと震えて伸び縮みしている。
あれは幻覚か?
割れた窓の向こうにやけに新鮮そうなゾンビが見える。オールバックの彼は、おろし金にかけられたような凄惨な顔の真ん中でらんらんと目を光らせ、不規則に
「テめぇ……よ苦も……夜クもアンナななとっ子にたったきここんでくれ多なア……」
しぶと過ぎだろちくしょ……やけにクリアな音声のせいで、ホラー映画の導入みたいだ。遠くでサイレンの音が響いている。できればハッピーエンドまでいきたかったなあ。まああいつの思い通りにならないんならある意味ハッピーエンドか? ――ちくしょう走馬灯ってやつは初回限定一回限りだったか。もっとしっかり見とけばよかった。そしたら今にもナイフを投げようとするゾンビにどうリアクションしたらいいか分かったかもしれないのに――
銃声で耳が痺れ、銀色が空に散った。誰だ? 黒影一閃。鈍い音。きりもみしながら吹っ飛ぶゾンビ。黒スーツの何者かが年季の入った長銃を肩に乗せて立っていた。煙草をくわえ、こちらを見下ろす顔は青白く、美しくて――一切が暗転した。
※ ※ ※
差し込む光は赤と青。それに染まる瓦礫は白と銀。立ち上って揺れる炎と煙。飛び回る黒い影々。それらを囲う三角形。背景は夜の一歩先。
黒スーツの人物は操舵室の中で、杖のようにした長銃に寄りかかりながら、銀のイヤリングからの声に応じている。
「う~ん……多分死んでる」
そう言って足元に転がる真っ赤な頭を蹴り上げた。そのままリフティング。そばに転がる黒コートを纏った首のない体はぴくりとも動かない。
「ん? こっちじゃなくてそっち?」
彼、とも彼女ともつかない顔は、死んだ目線を大の字に転がる若い彼に移した。
「生きてるよ。多分。多分じゃダメ? そんなこと言われても……」
革靴が頭を蹴り損ね、ぼとりと赤い血が散った。
「ええ、ええそうですよ。バディが六人も死んだのは
ロザリオをいじっていた手を止め、片手で器用に煙草をくわえて火を付けた。
「でもさあ……こいつ殺した方がいいんじゃないの? 保安官学校の制服着てんじゃん。本土の保安局の回し者だったら厄介なことになるよ。ただでさえJブラザーズと互助会が敵に回ってんのにそれ以上敵増やすのは――」
びくりと震えて煙草を落とした。慌てて靴で踏みつぶす。両眉が下がった。
「そんな大きい声出さなくても――殺すためじゃないなら何のために助けたのさ」
深いため息を吐くように言って、ポケットから銃弾を引っ張り出す。
「使えるって、何を根拠に」
ジギン、とボルトを引いて銃弾を詰め、またジギン、とやろうとして手を止めた。
「勘? 勘、ねえ……」
うーん、と唸り、眉間にしわを寄せて首をかしげる。しばらくしてやっとジギン、と鳴る。
「しょうがないなあ……分かったよ。応急処置ね」
樺音は長銃から手を放し、ポケットから救急箱を取り出した。開くと消毒液のにおいが漂う。樺音は鼻をひくつかせた。ほのかに感じる火薬のにおい。「外」のにおい。どこかから伸びる「糸」のにおい。
「嵐のにおいだなあ……」
ペトリコールが香った
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