1-4 たったひとつの無茶なやりかた
『――そうして俺はイタリアンマフィアを壊滅させてブルーベリーマフィンの製法を手に入れた訳だ』
百点の着地を決め、新たな重力を捕まえるべく自販機から飛び上がる――はずだった。
『本題に入ろう。君に伝えることがある』
右足に激痛が走り、僕は悲鳴を上げて無様に転ぶ。そのままお呼びでない野良重力に捕まえられ、床に叩きつけられる。
『保安上特例措置第四十一号により君は通常法の保護及び拘束から外れ、君の人権は俺の管理下に置かれた。同刻、四十二号により君は俺直属特任保安捜査官となった』
星が飛ぶ視界に鮮血の天の川が見えた。体が別の重力にひかれて部屋の奥へとずり下がっていく。足首に手を伸ばすと、ぐちゃつきの中に硬いものを感じた。同時にまた意識が白くなる。一瞬の浮遊感。
『という訳で命令だ。以下の三つを調査してくれ』
衝撃、激痛、苦悶、三拍子揃った左肩。意思とは関係なしに体が転がって、また内臓が引っ張られる感じ。顔面強打オンザウィンドウ。せき込んでオレンジジュースを吐き出した。ジュースのおかげで鼻が折れずに済んだ。良かったこれ以上血が出たら悪夢だ。いやもともと悪夢か――丸窓の向こうにくんずほぐれつ白黒の影。前転。
『一つ、東京カタストロフの原因について。突然旧東京が死んだ鍵は
天井回帰。丸窓から銃弾が噴き出す。焼けるような熱に鼻先が焦げる。あそこだ! 声に振り向くと黒コートの集団がこっちに銃を向けていた。横転、着地、前転また着地――
『二つ、ジョン・ジャッキー・Jについて。裏手配リスト筆頭の特定危険人物で、三十年かけても見つからない。
幼い頃の遊びを思い出した。小部屋の壁に思い切りスーパーボールを投げつけるのだ。するとあちらに弾み、こちらに弾み、思いもよらぬ軌道を描いて最後には扉の方に弾んでくる。それを拾ってまた投げるのだ。あのスーパーボールはこんな気分だったんだろうか――だんだんと近付いてくる、ふらふらと揺れる扉を見ながら、ふとそんなことを考える。さっき思う存分吐いておいてよかった。
『三つ』
扉を掴んだ。右肩が痛んで強ばる。見覚えのあるオールバックと目が合った。
『夢島の異常現象を調査せよ』
咄嗟に左手で銃身を掴み押す。鼓膜が破れるほどの大轟音。オールバックが体勢を崩す。ボクは体を捻り、顔面両回し蹴りを食らわせた。オールバックが廊下に吸い込まれるように吹っ飛ぶ。
『例えば人が消える、魚が空を飛ぶ――』
ぐん、と体が引っ張られて、慌ててドアを離した。凄まじい音を立ててドアが閉まる。耳鳴りに頭を串刺しにされた気分。時が止まったよう。重力の釣り合いが取れたのか?――
『そういった与太話。まあ実際にある訳はないが――』
――残念それは幻想だったようで、ボクとオールバックはくんずほぐれつ上へと落ちた。島外では確実に違法だろうボロボロのエレベーターを粉砕して、操舵室に飛び出した。
『上は興味を持っている』
成人二人分のタックルを受けて、天井がギギィと悲鳴をあげる。咄嗟にオールバックを突き飛ばす。彼は横向きの重力に捕らえられ、コルクの掲示板に磔になった。
『以上の事項は機密事項であり一切口外を禁じる。何か質問は?』
上はガンガン、下はズキズキ、これなーんだ、正解はボク。くらくらふらりと立ち上がる。オールバックと目が合った。彼はねじ曲がった銃を捨て、90°先で至極元気そうにファイティングポーズをとっている。
『特になさそうだな。これを終え、帰ってきたら君は本部保安官だ。せいぜい頑張れ』
なんだろうなもう――めんどくさい。なにもかもがめんどくさい。これがゾーンってやつか?相手の動きがゆっくりに見える――ゆっくりと拳が顔面にめり込む――違うわこれ命の危機だ。死にかけの時に脳のアレが速くなってアレするやつだ。そういえば走馬灯らしきものが見えている。その裏で銀縁眼鏡の憎たらしい顔が偉そうに椅子に座ってくっちゃべっている。
『ああ、あと一つ言い忘れていた。帰りの船は用意していないので――』
何を喋っているか聞き取ろうとしているうちにもう三発殴られた。整形手術を頼んだ覚えは無いが、帰る頃には別人のようになっているかもしれない。労災申請通して再整形してもらおうか――とか余計なこと考えるから――ほらまた殴られた。
『帰りは泳ぎなりいかだなり、自力でどうにかしてくれ』
首が回った先で、計器に表示された文字に目が吸い付けられた。雲の中のようにぼやけた視界で、何故かその輪郭だけがはっきりとしていた
夢島連絡船 港区D桟橋→大東京行
「は?」
走馬灯なんてメじゃない程の速さで次々と蘇る今日の記憶シナプスが三つの言葉を捕まえる。「港区」「船」「帰る」
「ハアアァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!?」
後先考えずに跳んでいた。
体の痛みなんて忘れて、ひたすら目に映った文字が本物かどうか確認したかった。
オールバックのことなんて頭からトんでいた。
だから伸ばした腕がオールバックの振り上げた腕に引っかかった時にまた悲鳴をあげた。すぐにそれはデュエットに変わった。
ボクの幅広の袖口が彼の拳を包んでばきりと折ってしまったのだ。
下向きの重力に従ってボクは落ち、彼は弓なりになる。
弾力のある棒の両端を押え、片側だけを引っ張ったらどうなるか?
答えは簡単。棒が上に跳ね上がる。
同じことが彼に起こった。ボクが斜めに床に突っ込むと同時に、彼は足を滑らせ、縦に半回転して、さっきまでボクがしがみついていた重力に引っ捉えられ、勢いよく天井に突っ込んだ。
足跡をはっきり
「どうすればいいどうすれば――」
そうだ「赤いボタン」ッ――それは『危険』の二文字をでかでかと書かれ、ガラスケースの下に鎮座していた。若干押すのが躊躇われるがもう時間が無い。銃でケースを叩き割る。
「なんか起これえええ!」
三時間戦った蚊を叩くよりも強く、ボタンを引っぱたいた。照明が真っ赤に切り替わる。サイレンと硬質のアナウンス。
『アサルトモードに移行します。変形シークエンス開始』
揺れる。揺れる。揺れがどんどん強くなる。たまらず操縦席にしがみつく。と、椅子からシートベルトが飛び出して右手をを縛りあげられた。じたばたするが外れない。そうこうするうちに操縦席が持ち上がってゆく。
なんか起これとは言ったけど燻製の鮭みたいにしてくれなんて言ってないぞ――いつのまにか窓は緑のスクリーンに変わり、訳の分からない文字列と図が滝のように流れていっている。
『シークエンス完了。システムオールグリーン。』
ほんとに
『オートパイロット解除。マニュアルモードに移行』
また強烈な揺れ。
なになになんだよなんなんだよ今度はもう!
緑が晴れる。半泣きになりながらそっちを見る。機械仕掛けの巨大な手の甲が視界の半分を覆っていた。指の隙間のはるか先、サーフボードの上、ハリセンボンの詰まった網を今にも投げようとしているオールバックと目があった。僕と同じ色の目をしていた。
なんで船が巨大ロボットに変身してんだよ普通車か飛行機だろ――
一瞬の以心伝心も空しく、ロボットの左手は振り下ろされ、確かな手ごたえと共にオールバックが視界から消える。しかしハリセンボンは消えず、まっすぐこっちへ――
爆――
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