第32話

 凱旋。

 ロザリアムに戻った竜馬たちを待っていたのは、住人の熱烈な歓迎だった。

 大通りに溢れ返らんばかりに列を成し、皆、口を揃えて英雄と讃える。

 天災級の災獣ディザストを仕留めたのだ。少なからずそうした反応はあるとは予測していた。

 しかし、思う。出迎えが早過ぎるのでは、と。


 何しろ戦いは先程終わったばかり。

 魔力マリキスが枯渇したミスカの回復は待ったものの、それほど大きなロスがあったとは思えない。

 その後ロザリアムに真っ直ぐ帰ってみたらこの有様だ。

 竜馬の疑問は、ウィスタ格納施設で皆の帰還を待ち侘びていたのだろう。諸手を挙げて喜ぶアリウスが教えてくれた。


「ロイが踏み付ける者ドランプルとの開戦から逐次、伝令を走らせてくれたからな」


 なるほど。リアルタイムに連絡が街に届いていたと。そして住人を安心させる為に、勝った時点で公表したのだろう。それならば納得だ。


「戦いの様子は掻い摘んでは聞いているが、やはり詳しく知りたい。が、戦いで疲れているだろう。今日はしっかり休め」


 そうしたアリウスの配慮により魔導師たちには解散が告げられる。

 竜馬としては帰り際回収したものの、成り行きとはいえ一度は投げ捨てた悪戯妖精スプリガンの故障具合と、踏み付ける者ドランプルの甲羅にブッ刺し、ミスカの雷撃魔法の巻き添えで失った剣のことを怒られないか不安なだけに、報告の先送りは苦悩な時間の延長を意味していた。

 重々しい溜息を吐きつつもファーニバルの整備を施設内の人員に任せ、竜馬は家路につく。

 と、偶然にもミスカとタイミングが重なった。

 彼女は泣き腫らした目を恥ずかしそうに背ける。


「あんまり見るなよ。酷い顔してるだろ」


「酷くなんかないさ! この街を救った英雄様のご尊顔、カッコいいぜ!」


「なんかその言い方、馬鹿にしてる感じで腹が立つ……」


「してねえよ! ってか、今日は疲れたし、早く帰ろうぜ」


 この話題は引っ張るべきではないと、話を早々にぶった切る。

 竜馬は一路屋敷へと向かうが、ミスカも何時までも一緒。

 もしかしたら魔導師の住まいは皆、近所なのかと疑問に思うも、そもそも緊急時、すぐに招集出来るよう施設近くに集められているのかもしれないなと考えを改める。

 同時に、そういう事態が常に起こり得る、ということも。


「なあ、ミスカ」


「なんだ?」


「ちょっと訊いてもいいか?」


「まあ、あたしに答えられることなら」


「天災級の災獣ディザストってのは頻繁に出没するもんなんか?」


「その頻繁ってのがどのぐらいの頻度を指すのかわからないが、度々現れてては疾うに街が滅んでいるよな」


「そりゃそうか」


「と言っても、近くに現れただけでは見て見ぬ振りする時もある。下手に手を出して街を危険に晒しては本末転倒だからな。そういうのも加味して、数年から十数年に一度ぐらいってところかな」


「なるほどな。何にせよ、今日はよかった。討伐出来て」


「そうだな。もうアイツに怯えなくていいんだ。この街も一安心だ」


 ミスカはしみじみと言う。全く持ってその通りだが、やはり彼女が言うと重みが違う。

 そうこうしているうちに、竜馬の屋敷の前に到着する。


「へえ、竜馬が住んでるのここなんだ」


「ああ。ミスカも近くなんだろ?」


「うん、この先を少し行ったところ」


「そっか。実は俺、まだこの辺りにどんな店があるかもよくわからないんだ。よかったら今度この辺のこと教えてくれよ。時間のある時でいいからさ」


「いいよ。色々案内してあげる」


 街の存亡を賭けた戦いの後、実に平和な約束を取り付ける二人。

 お疲れ様と、別れの挨拶を交わして彼女の背を見送る。


「ただいまー」


 と、玄関を潜った竜馬を出迎えたのは、おタマを手にした小さなメイドだった。


「お帰りなさいませ、ご主人様! 天災級の討伐、えっと、スゴイです!」


 興奮しているのだろう、すっかり語彙力を失ったフォニは羨望の眼差しで見詰めている。

 その純粋なまでの瞳の輝きがあまりに眩しく、圧倒されてしまう。


「い、いや、今回、一番活躍したのはミスカだし……」


「またまた御謙遜を! あ、今、腕に寄りをかけて御馳走を用意してますので、少々お待ちくださいね!」


 と言い残しながら、パタパタと台所へ駆けていく。

 物語の英雄に憧れでも抱いているのだろうか。それと自分と重ねられているような気がしなくもない。悪い気分ではないが、気恥ずかしさが勝っていた。

 いい匂いが漂っている。すごく料理の美味い子だ、御馳走とやらも期待が持てるだろう。

 続いてアンナミラが姿を現し、頭を下げる。


「お帰りなさいませ。そして天災級の災獣ディザストの討伐、お疲れ様です」


「ただいま。何とかなったよ」


「このお屋敷のメイドになれたこと、今日ほど光栄に感じたことありませんわ」


 と、掌を頬に当てて微笑んでいる。


「残念ながら、さっきフォニにも伝えたけど今回の主役はミスカなんだ」


「あら、そうでしたの。でもご主人様は胸を張ってくださいまし」


 慰めてくれるのかと思いきや。


「言わなきゃバレやしませんわ」


 とのことだった。


「自分の部屋にいるから食事の時間になったら呼んでくれ。だからアンナミラもフォニの手伝いに戻ってくれ」


 遠回しにサボっていることを指摘すると、彼女は舌を出し、コツンと頭を叩くが、ワザとらしさ全開で、悪びれる様子は更々なかった。

 鼻歌交じりの彼女を背を見ながら自室へと向かう途中、裏口から戻ったイリクとばったり遭う。


「おお、戻られたか。リョーマ殿」


「はい、何とか」


「是非、礼を言わせてくれ。街の存続は我々の命を助けたも同義だからな」


「いやいや、俺もこの街がなくなると困るんで」


「ともかくリョーマ殿も無事で何よりだ。出来れば今日の戦いの様子を詳しく訊かせて貰えないか」


「いいっすよ。じゃあ食事の時にでも」


 その後、部屋に戻って寛いだ竜馬はアンナミラに呼ばれ、食事につく。

 食堂に並べられた料理はいつも以上に美味しく、空腹だけでなく心も満たしてくれた。

 そして竜馬が拙く話す踏み付ける者ドランプルとの戦いにも、皆、耳を傾けてくれる。

 その日は竜馬の疲労を考慮し、楽しい一時は早目に切り上げることとなった。

 ベッドに横になった竜馬は思い返す。

 凶悪な災獣ディザストが跋扈するこの世界。

 迷い込んだ時は、どうなるかと不安だった。

 偶然と好意で住処と食い扶持は手に入れたが、何時無くなってもおかしくない。


 そんな状況を打破してくれたのがウィスタだ。

 何故、ウィスタを動かせるのか。竜馬個人の才能なのか。異世界人特有の能力なのか。

 疑問は尽きないが、今の竜馬では突き止めようがない。だが、突き止めたところで何かが劇的に変わるとも思えない。考えたところで仕方がないことだろう。

 ウィスタは居場所を作ってくれた。人との繋がりも多く得た。

 今の暮らしも悪くないと感じ始めている竜馬がいる。

 将来、日本に戻れる機会を手に入れたとして、果たして自分は戻る気になるのだろうか。

 そんな疑問が頭を占めた時、急な睡魔に襲われる。

 機会が得られるのかわからない現状に、仮定の話で頭を悩ましても意味がない。

 思考を早々に放棄し、寝具に潜り込むと睡魔に身を委ねるのだった。


     ◇


 天災級の災獣ディザストを仕留めるという偉業に、アリウスは大々的に表彰する場を設けた。

 これは魔導師たちに恩賞を取らせるだけでなく、ロザリアムの防衛能力を内外に知らしめる目的があってのことだ。

 その式典に魔導師たちが並ぶ。

 勿論、そこに魔杖操師の竜馬の姿もある。

 身に纏う貫頭衣の色味こそ異なるが、この時の竜馬は異世界人ではなく、ロザリアムの一員としての顔をしていたのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔杖操機ウィスタ ~異世界魔導師はロボに乗る~ 東屋ろく @azuma-ya6

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ