第31話

「嘘だろ、あんなん食らってもまだ動けるのかよ……」


 再度進行を開始する巨躯のタフさに驚きを隠せない。

 そこまでして向かう先に何が見えているのか。その執着心に恐怖さえ覚える。

 だが、踏み付ける者ドランプルの事情はどうあれ、これ以上進まれてはロザリアムが危うい。なんとしても阻止しなければならない。

 それが魔杖操師たる竜馬に与えられた使命だ。


「ヴァルカンドさん、俺がいきます!」


 竜馬は宣言する。

 何か手立てが思い付いたわけではない。やらなければならないという使命感のみ。

 出来れば今回で決着を付けたかったが、切り札たるミスカで仕留めきれなかったのだから、多く望むべきではないだろう。こうなったら諦めてくれるまで、何度も相手をしてやろうと歯噛みした、――時だった。


「リョーマッ!」


 ミスカからの声が届く。


「時間を稼いでくれ!」


「時間を稼ぐ? それでどうするつもりだ!」


蒼き雷レビンをもう一発撃つんだ。今から魔力マリキスを回復させるからその時間が欲しい!」


 その言葉に竜馬は踏み付ける者ドランプルへともう一度目を向ける。

 なるほど。落ち着いて見ればかなり弱っているように見える。そう、一撃で仕留められなかっただけで、間違いなくダメージは与えていたのだ。


「わかった! 足止めは何とかしてみる!」


 引き受けると同時、竜馬は地を蹴った。

 踏み付ける者ドランプルとの距離を詰めながら、横っ面へと悪戯妖精スプリガンを続けざまに発射。二発、三発と上顎、頬、頭部にめり込む。

 予備の矢を失った悪戯妖精スプリガンをその場に放棄すると、背面腰にぶら下げた剣を引き抜き、力任せに叩き付けた。

 刀身が下顎の根元に食い込み、鮮血が迸る。

 その一撃に、踏み付ける者ドランプルは堪らず怒りの咆哮を上げた。

 反撃を危なげなく躱しつつ、適宜鼻先に刃を叩き込む。都度、巨大な頭が右に左に揺らぐ。

 上手く足止めに成功したことで、若干だが先のことを考える余裕がうまれた。


「コイツの弱点はどこだ?」


 出来れば、ミスカの一撃に繋がる箇所がいい。

 竜馬は食らい付こうと迫る顎を躱すと、更に大きくバックステップして距離を取る。

 そして上空目掛け、大きく跳躍。翼を広げ、滑空体制に入った。

 ゆっくりと旋回しつつ、眼下にてこちらを見上げ威嚇する踏み付ける者ドランプルを見定める。


 生物の弱点の定番と言えば喉元と腹部がすぐに思い当たる。しかしこの巨体の腹の下に潜るのは流石に躊躇する。そのまま圧し掛かってこられたら成す術がないからだ。

 次に攻めるべきは頭部だが、竜馬がそれより気になったのは、ミスカの雷撃魔法の直撃で黒ずんでいる背。そう、命中した箇所だけ、明らかに変色していた。

 あれだけの魔法を浴びたのだ。幾ら鎧のような堅牢な甲羅であろうと、何も無かったとは考え難い。


「よしっ!」


 ミスカの魔法の威力を確かめるべく、翼に孕む風を抜く。

 揚力を失ったファーニバルは踏み付ける者ドランプル目掛け、落下。完全な死角とも言える甲羅の上に着地した。

 竜馬の予想通り、ファーニバルが踏み付ける黒ずんだ箇所と、そうでない箇所では明らかに感触が違う。頑強なはずの甲羅がかなり脆くなっている気がする。

 試してみる価値はある。そう判断した竜馬は再び上空へと戻った。

 丁度、その時雷撃魔法の準備が整ったのだろう、ミスカから声が届く。


「ありがとっ、リョーマ! 退いて!」


「少しだけ待ってくれミスカ! 一つだけやってみたいことがある!」


「え!? 今から何する気!」


「大丈夫だ! すぐ終わる! 俺が合図したらその場所を狙ってくれ!」


 言うや否や、空中で一回転、急降下を開始した。

 剣を逆手に握り直し、切っ先を向けるは甲羅の黒ずみの中央。

 落下速度と自重を乗せた渾身の一撃を、墓標の如く突き立てる。


「いけぇぇぇぇ!」


 剣先と甲羅が衝突。

 すぐさま異物の侵入を阻もうとする甲羅の抵抗に合う。

 竜馬は負けじと剣を握る両手に、更なる力を込める。

 鬩ぎ合ったのは刹那。「ベキッ!」という乾いた音を響かせ、甲羅にひびが八方に広がった。刀身はそのまま鍔際まで突き抜け、体内を抉る。


「ミスカ! さっきと同じところだ! 俺が刺した剣を狙え!」


 柄だけが晒された剣をそのままに、竜馬は再び空へと退く。


蒼き雷レビン!」


 ミスカに迷いはなく、魔法を発動した。

 間髪入れず青白い閃光と共に、雷撃が放たれる。

 光の尾をたなびかせながら命中したのは、黒ずみの中央に突き刺さる剣の柄。

 二度目の破壊の奔流が踏み付ける者ドランプルを襲う。

 黒く脆くなっていた上に、竜馬の一撃が楔になったのであろう。甲羅の耐久力は遂に音を上げ、砕け散った。

 続く電撃の追い打ちに、踏み付ける者ドランプルは短い呻き声を上げ、全身の力が抜けて倒れ伏す。


「……やったのか」


 今度こそと思うも、相手は天災級である。一度は起き上がった過去がある。

 どこか信じきれない竜馬がいる。

 だから手を緩める選択肢はなかった。


「ヴァルカンドさん! 割れた甲羅に魔法を!」


「おお、魔導師たちよ! 後のことは考えるな! ありったけの魔法を叩き込め!」


 竜馬の声にヴァルカンドは即反応。十一機のウィスタから炎弾が間断なく放たれ、ひび割れた甲羅を吹き飛ばす。遂には穴が開き、臓物が大気に晒された。

 それでも手を緩めない魔導師たちの手によって、甲羅の内側が焼き尽くされていく。

 そうした絶え間ない攻撃はどれぐらい続いたのか。

 魔力マリキスが底をついたのだろう。ウィスタが一機、また一機と沈黙していく。

 最後、ヴァルカンドが撃ち止めたところで、区切りとなった。

 息を飲み、微動だにしない踏み付ける者ドランプルを見詰める。

 内臓まで焼き尽くしたのだ。流石に最期だと思いたい。


「俺、ちょっと見てくるっす!」


 竜馬は警戒を忘れず、慎重に近づく。

 口からは舌がだらりとはみ出し、目には明らかに生気が失われている。

 次に甲羅の上に飛び乗ると、ミスカの魔法によって穿たれた穴を覗き込む。

 直径で十メートル程だろうか。縁の焼け焦げた痕跡と炭化した臓物に、ロザリアムの魔導師たちの執念を垣間見た気がした。

 これで再び動き出したら、最早生物という概念を超越していると言って過言ではない。

 竜馬は確信すると、ファーニバルの右手を天に向かって高々と突き上げた。

 天災級の討伐という前代未聞を前に俄かに信じれなかった者も、ファーニバルの挙動に漸く現実を受け入れることが出来たのだろう。


 ――うおおおおおっ!


 戦場が沸き、勝鬨の声が轟く。

 そんな喜びの中、竜馬はこの戦いの最大の功労者のところへと近づく。


「やったな! ミスカ!」


 興奮冷めやらぬ竜馬は感情のまま話し掛けるが、対する彼女の反応は全く異なるものだった。

 レーベインの中で嗚咽を漏らすミスカ。

 そんな声を耳にしてしまえば、続けて言葉を掛けるのは躊躇う。

 踏み付ける者ドランプルはミスカにとって、故郷を滅ぼされた仇敵とは訊いているが、今の彼女から察するに、もっと大事なものを失っていたのではと考えに至る。

 寝る間を惜しみ、ぶっ倒れるほどの無理をして失われた魔法を覚えたのも、そうした背景があったからかもしれない。

 そしてロザリアムを守るという魔導師の使命と同時に、彼女なりの本懐を遂げた。


 様々な思いが溢れ出て、感情が制御不能に陥っている彼女に、果たしてどんな言葉を掛ければいいのだろう。

 結局、勝利に沸き立つ戦場で、静かに寄り添うことしか出来ない竜馬だった。

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