24 アプレネイルの光の罠

その頃時子は女王に手を引かれ、屋上への階段を駆け上っていた。

「あれ、タイゾウパパさんから連絡だわ」

時子はさっとスマホをのぞいて、ぱあっと明るくなった。

「やった、全面クリアですって。すごい、あんな困難な状況からやり遂げたんだ。あれ、ゲートキーパスワードと違う言葉が画面に出たみたいだわ」

「え、私にも見せて。え、こ、これは…。アプレネイル、何かしら?」

女王はショーン刑事にまずテレパシーで教え、そしてさらにその言葉を転送した。そして2人は真昼間の駅ビルの屋上に着いた。

高い空から風の音が響き、車の音や街のざわめきも聞こえてくる。今は一般の人は4階以上は立ち入り禁止なので夜やっているビヤガーデンのテーブルや椅子も片付けられてガランとしている。

「おかしいわね、誰も見当たらない」

昔のペットコーナーや屋上遊園は去年改装されてせせらぎ公園になっている。雨水を浄化して循環させ、緑道や花壇の中を1年中きれいな水が流れている。

イタリア風の彫像のある大きな噴水広場もある。現在はスカルマスクのロボット、馬頭のメーズと牛頭のゴーズの彫像も置いてあるのだが、まったく違和感なく、言われないと分からない。夏はちびっ子がミストや噴水で水遊びをしたり、おしゃれなカフェ目当てでやって来た若者のインスタの撮影コーナーにもなっている。

突然、噴水の池に大きな水柱が吹きあがる。

「そこか?!」

茂みからショーン刑事がメタルスーツで飛び出し、水柱のあたりに銃を撃つ。だが何の手ごたえもない。辺りをきょろきょろするショーン刑事。

「手ごたえなしで残念だったな」

その時、ショーンの後ろの空間から大きなロボットの腕が現れ、ショーンを後ろから抑え込んだ。

「く、光学迷彩でずっとここにいたのか。音や気配がなかった」

するとどこからかホラズマの声が聞こえた。

「このロボットスカラベリダには高度なAIが搭載してある。お前が私を捜して通りそうな場所を何万回も計算し、1番確率の高いところで待ち伏せしただけさ。お前たちのゲームを邪魔してプログラムを書き換えたのもスカラベリダだよ」

だがショーンは抑え込まれたというのにまったく動揺していなかった。なにか作戦があるのだろうか。

「宇宙刑事が来てるってことは、お前も来てるんだろ、蜂の帝国のクレリア女王、この宇宙刑事の命が欲しければ今すぐ姿を現すのだ。わかっているだろうが、俺は、冗談は言わない」

するとスカラベリダは後ろから宇宙刑事のハンドガンをはずすと、そのハンドガンを地面にわざと落とし、その大きな足で思い切り踏み潰した。ハンドガンが簡単にぺしゃんこになった。

それをもの影から見ていた時子は気が気ではなかった。銃まで壊されてどうすればいいの、

「シー、黙って…」

でも女王は人差し指を口に当てたまま動こうとしなかった。

「女王様…」

女王は安心しなさいとでも言うように微笑んでいた。

「ほらどうした、ぐずぐずしているとこの若い刑事の頭蓋骨がぺしゃんこになるぞ」

だがその頃、駅ビルの下の方で何か人々が騒ぎ出した。

「おい、大変だ」

「嘘じゃないの。ほら本当に動いている」

「ありえない、なにが一体」

その時掛け声が聞こえた。

「スカルマスク、スカイジャンプ!」

屋上ではついに宇宙刑事ショーンが巨人ロボットに持ち上げられ、たたきつけられる寸前になっていた。だがその時。

「バキューン、バキューン!」

何者かの拳銃が火を噴き、巨人ロボットの手から宇宙刑事が転がり落ちた。さっと女王の方に逃げだすメタルスーツ。

「誰だ」

すると屋上にあの声が聞こえてきた。

「地獄の底からよみがえり、光とともに進むもの…スカルマスクだ」

なんと地上から屋上までジャンプしてショーンを助けにやってきたのは、あの駅前広場に設置されたスカルマスクの彫像だった。そうキヨタカさんが1日がかりで設置していた3つの像の1つだ。

それだけではなかった、あの巨人ロボスカラベリラが胸の黄金の太陽の盾をはずして左手に持ち替え、右手の先から剣を出して再度襲い掛かろうとすると。

「ゴーズ、メーズ、巨人ロボットをやっつけるんだ」

スカルマスクが叫んだ。すると、噴水広場に立っていた銅像が動き出し、馬頭のメーズはバイクに変身して突進、スカラベリダに体当たりだ、牛頭のゴーズはノシノシと近づき、怪力パンチでぶっ飛ばす。

「スカルマスクだと、そんな作り話のヒーローがいるはずがない」

ロボット同士の戦いが熾烈になってきた。その時、噴水の中から黒い影が立ち上がった。ホラズマだ。だが、その瞬間、ホラズマの体に点滅する光が浮かび上がった。それは単純な図形が浮かんでは消え流れては消え複雑な模様が流れていく…。不可思議な美しさにあふれていた。女王のささやきが聞こえた。

「見ちゃダメ、精神を乗っ取られるわ」

本当だった、何だろうこの動く模様は?と、つい見ているだけで、ぼーっとして頭が働かなくなる。そしてもう一つの心のささやきが聞こえてくる。

「私は君たちの敵ではない、敵ではないのだよ」

そのとたん明るい病院で次々生まれてくる賢そうなかわいい赤ちゃんの映像が浮かび上がる。

「エリクサーキューブで健康ゼリーを作り、この地球と言う星の進化を促し、ハイサピエンスと言う種族の未来を作った。彼らは身体的、体力的にも優れ、政界、財界、スポーツ界にまで希望と言う光を投げかけた」

違う声が聞こえた。

「必然から生まれる進化を飛び越し、高すぎるその能力は、子供の時から差別を生み出し、頑張ってもその能力には追い付けない、努力の有効性を否定し、階層の差別と分断を促している。人間の親は誰でも自分の子どもがかわいい。少しでも他人より大きく、知能も高い子供を臨んでいる。その願いに付け込んだ奴のやり方が許せない。目をきちんと開けて実状を見つめなさい」

最初の声はさらに続く。

今度は背の高い中学生や高校生が、みんなで討論し、瞑想し、協力し合う生き生きとした様子が浮かび上がる。

「高い能力を導き伸ばすため、環境と施設を新たに構築し、オクトクリエイターで柔軟な思考やひらめきを育て、豊かな感性の育成にも寄与している。だから先進的な創造性も育つのだ」

違うささやきは、さらに重いものになっている。

「ひらめきや創造性まで優越性を広げることにより、旧種族との溝を決定的なものにし、得意なことでも勝つことは出来ない、競争原理の入り込む余地を奪ってしまった」

今度は背の高いスポーツ選手やモデルのような若者たちがスマホでコミュニケーションを取り合い、充実したキャンバス生活を送る映像が浮かび上がる。

「メモリープリズムやクラモのネットシステムを使い、必要のない記憶は独断で消していき、無駄や悩みのない効率的な日常を約束し、快適な毎日の暮らしを与えた」

今度の別のささやきは怒りに満ちていた。

「住民の記憶を操作し、都合の悪い記憶や街の歴史まで書き換え、無駄のない暮らし、効率的な暮らしの名のもとに、脳内チップなども使い、支配を強化していった、これがあなたの判断を鈍らせるホラズマのささやき、精神攻撃、アプレネイルの光の罠なのよ…」

その女王のささやきに、時子ははっと目が覚める。

そして豊かなグリーンヒルの自然の中で生き生きと活動するあの日のノボルの姿が、輝いて浮かび上がる。

だが、まるで精神攻撃など関係ないとでも言うように、スカルマスクは精神を乗っ取られずに、正面から噴水に近づいていく。

「彼は平気なの。精神がないから…」

「えっ、どういうこと」

最初ショーン刑事が慎重に近づいていったのも、そこに理由があるようだ。

だがスカルマスクが噴水に1、5mほど近づいた瞬間、噴水から白いパイルフェイスのホラズマが現れ、しかも白い骨の集合体のような体の、肋骨部分が2mほど前方に伸びた。それはヤゴのあごのように二重に折り曲げられた頑丈なホラズマの巨大な「口」だった。

「何でホラズマが白く変わったの?しかもあれが、あれがあごなの?」

凶悪なあごがスカルマスクをとらえた。シャキーン、ガチッ!!巨大なあごがスカルマスクの体をわしづかみにし、ドリルのようなうち顎が体に突きささった、また逆転か?!!

さらにその頃、ロボットたちの戦いも決着に近づいた。巨人ロボスカラベリダが黄金色の太陽のスイッチを入れると、周囲に回転する刃がずらっと突き出し、大きなドローンとなった。巨人ロボットはそのドローンをゴーズたちに向かって投げ、ドローンは速度を上げた。必殺技の太陽神の怒りだ。

だが、牛頭のゴーズも向かい合い、頭を低く構え、超合金の長い角にググっと力を蓄えた。

ガシュ、バリバリ、ドゴーン!

ドローンと勝ちあげるゴーズの角が激突した。なんと太陽神のドローンは真っ二つになり、砕け散った。

その間にメーズが、後ろから巨人ロボットスカラベリラを抑え込み、そこにそのままゴーズの角が突進、突きささった。さすがの巨人ロボットの動きが止まり、崩れ落ちた。

大きな顎にはさまれたスカルマスクも動きが止まりばたんと倒れた。それは精神、心のないただのロボットだった。

「うう、だまされた。あの宇宙刑事はどこだ」

「ここだよ」

気が付くとショーン刑事はホラズマの後ろに立っていた。

バヒュ、ッズブ。

「ギャー、体が、体が、しびれて…」

ショーン刑事の手には、この時のために特別に開発されたしびれ薬を使ったニードルガンが握られていた。ホラズマは痙攣してその場から動けなくなり、ついに逮捕となった。ショーン刑事によって転送リングが取り付けられ、すぐに宇宙船のプリズンホールへと転送されていった。

クレリア女王がやっと時子を連れて近づいてきた。

「うちの星からホラズマが盗んだ3つの宝物は、すべてこのビルのクラモ総研の周りと地下工場に隠してあるわ。宇宙警察の捜査員に伝えてください」

そして女王と時子はそっと噴水に近づいた。

「これがアプレネイル、彼の謎の強さの正体だわ…」

噴水の底には、人間ほどの5角形の黒いヒトデのような生物が横たわっていた。ショーンが説明してくれた。

「この黒いヒトデが白いホラズマの体を包んでいた水生生物だ。このアプレネイルによってホラズマは速く泳いだり、敵を水に引きずり込んだり、体が点滅する力を手に入れたりしていたのだ。でも、このアプレゲイルは1日に数時間は水に入っていないと弱ってしまう。だからホラズマは、いつも大きなプールを必要としていたのだ」

女王もアプレネイルを見て驚いていた。

「ほら、動いているでしょう、銃で撃たれたけど死んでない。それどころか、すごい再生能力で撃たれた跡がどんどん治っている」

するとショーン刑事が、あまり近づかないようにと注意した。

「最初女王からアプレネイルと言う言葉が出てきたとき、私にはさっぱりわからなかった。でも本部で調査してもらうとすぐわかった。ホラズマと同じ星の生物だ。母星ダークパールの高さ90mの暗き森は雨季の5か月の間、1番下の第8層が水没する。つまり1年の半分ほどは水生生物と共存しているのだ。アプレネイルはそのジャングルのところどころにある、赤き湖に住む深海の生物だ」

時子がショーン刑事に聞いた。

「ジャングルに深海の生物がいるってどういうこと?」

実はこのジャングルには栄養豊富な植物の色素を含んだ赤い水の川が流れ込み、あちこちに赤い湖がある。だがそこは光が通りにくく、少し深いところは真っ暗で、わずか1mほど潜ると深海のように暗くなるのだ。そこで水があふれる雨季に海とつながるこの赤き湖には、深海生物が多種類生息している。アプレネイルは深海の大型のヒトデの仲間だが、長い期間獲物の豊富な赤い湖で暮らし、雨季の最盛期には淡水にも暮らし、様々な敵から逃げるために、速く泳ぐ能力を発達させ、陸生の貝を取るために木に登る力も手に入れたのだ。すばやく水中を泳ぎ、獲物を水中に引きずり込む能力もこの中で発達させたのである。そして最大の特徴は深海のクラゲのように体の表面を光らせたり点滅させたりすることである。あとは宇宙生物学者の仮設では、ホラズマの一族が自分で光を出すこのアプレネイルの小型のものを自分の体につけて狩をするなど重宝に使って共存を始めたのではないかと言う。非常に高度な能力を持つパイルフェイス、通常の眼、耳、鼻はもちろん、彼は人間でいうレーダーと同じ原理で、体内で発電した電気でレーダー波を出し、真っ暗なジャングルの底面でも獲物の位置を知覚できる。そこに自分で光を出すアプレネイルも加われば、彼の知覚能力はさらに高まるのだ。

わずかな光を餌代わりにして獲物を捕ることもできるし、大きな個体の強い光なら、狩りの時だけ光らせて獲物の位置をさらにはっきり捉えることができる。一方アプレネイルの方は行動力の高いパイルフェイスと共存したほうが、餌が簡単に手に入るわけでもある。

パイルフェイスとアプレネイルの共存は10万年とも20万年におよぶとも言われている。そしてもともと色が白く胸に伸びる顎を持っていた昆虫系知的生命体のホラズマは、自分と同じくらいの大きさのアプリネイルと共存し、黒い人出に全身覆われたまま暮らしていたのだ。ヒトデを纏うことにより、黒いパイルフェイスとなり、もともとの白い体を隠し、攻撃されても再生能力が高いアプレネイルがやられるだけならほとんどダメージもなく、体の点滅を使って自分の能力を高めることもできる。ホラズマはもともとテレパシーの一種で相手の意識を低下させて狩りをしていたが、光の点滅は最高の導入であった。

そこで女王が言った。

「ホラズマは色々な惑星で窃盗を働いたけど、なかなか捕まらなかったのは、この光の点滅とテレパシーを組み合わせた技の効果が大きい。その対策のために宇宙警察が作ったのがさっきのスカルマスクのアンドロイドね。ベルクリスの悲劇を繰り返さないためにしかもロボットだと感づかれないように、シーンが色々作戦を立てたと言っていたわ」

光の点滅とテレパシーの力で敵を倒してきたホラズマも、精神のないロボットに捉えられてしまったのだった。

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