22 地球で一番宇宙に近い場所
皆はドローンバイクに乗って、ハワイ島の緩やかな斜面をどんどん上っていった。さっき行ってきたまだ熔岩を噴き出していたキラウエア山は、1247mだったが、今度登マウナケアは4205mもある。本当に富士山頂よりも高く、普通なら近づくことも難しい。
みんながドローンバイクに乗って更なる高みを目指し、飛び立つ。
「あ、また五分番組の新しいメニューがあるわ」
時子はサブメニューの中から、マウナケアについてを選んだ。
するとなだらかな斜面に囲まれた広い土地が現れた、マウナケアの山頂だという。山頂というとんがったイメージとはかけ離れていた。そこに解説が流れる。
ハワイ島で一番高い山、マウナケアの山頂は地球上で一番宇宙に近いところと呼ばれている。山頂の面積は、盾状火山なのでかなり広く、ランドとシーを合わせた東京ディズニーリゾートほどもある。高さは4205mで、ここはハワイ島、天候は案手していて、空気も澄、なんと晴天率が90%という星空観察に絶好の場所なのだ。
「晴天率が90%ってどういうこと?」
時子が目を丸くして驚く。今度は夕方から夜の風景となる。広い土地のあちこちに、天文台がいくつも見える。アメリカのスミソニアン天文台や日本のスバル天文台など、11か国が13の天文台を建てている。ここは天文台の特別区でもあるのだ。
マウナケアはもともと白い山と言う意味で、年に数回は雪も降る。だが、ここはハワイなので厳冬期でもマイナス8度ほどで、6月にはプラス8度程まで上昇する。
そこから先は世界各国の天体望遠鏡の写真が次々と出てくる。光景8、2mの光学式赤外線望遠鏡や反射式望遠鏡、電波望遠鏡など、ハワイにある最新の望遠鏡が映る。
天体マニアには答えられない場所であった。
さて、次は何を選ぼう。プラネタリウム、南十字星と代表的な星座、最新映像ブラックホールの世界。
結局次に選んだのは、バーチャル遊園地、マウナケアの星の世界を飛ぼう、だった。
この宇宙に1番近い場所と呼ばれているマウナケアの星空をドローンバイクで飛ぶというヴァーチャル体験だ。
時子のドローンバイクが星空に飛び立つ。4205mの澄み切った大気の中に、降るような星がヴァーチャル画面全体に広がる、途中で気になる星を見つけると、ちょっとハンドルを回してそっちに寄り道だ。するとググっと拡大画面になってその風景が大迫力で迫ってくる。
赤い星火星、輪のある土星などの惑星たち、流星群や火球、天の川の中をゆっくり進む人工衛星まで見える。そして最新の望遠鏡で撮影した、プレヤデス星団やアンドロメダ大星雲などの美麗な星たちの姿も見放題だ。
ドローンバイクで降るような星の下を、宇宙の映像の中を進んでいくのは夢のようであった。
すべてを見終わるとドローンバイクはゆっくりとマウナケアの山頂に静かに降り立つ。ただ、今回は、初めて夜になっていた。
みんなでドローンバイクを降りてマウナケア山頂を見回す。誰かが大きな声を上げる。サトミだった。
「ちょ、ちょっとみんな、あのビルを見て!」
みんな、何かと思ってそちらを見る。そしてみんな驚く。
マウナケアの山頂に、見慣れた建物が建っていた。それはどう見ても、この駅ビル、レインボービルと同じ建物に違いなかった。
するとタイゾウパパが言った。
「このバーチャルオリンピックの大会本部からのプレゼントらしい。あのビル、近づけばわかるがHSKと書いてある。あれが最終目的地、宇宙人連盟のハワイ征服計画の本部なのだよ、あれが」
時子の胸の中で、また、現実世界と仮想世界が混じったようなもやもやしたものが広がってくる。時子はしかも、このマウナケア山頂の駅ビルで戦いながら、現実の駅ビルのダークゾーンを捜さなければならないのだ。
そして最後の戦いの前に、短い休憩となる。ここで装備を整え、作戦を立て、決戦に備えるのだ。
時子は皆からさっと離れて宇宙刑事ショーンと連絡を取る。
「ああ、時子君の撮影してくれた映像からダークゾーンの入り口が見つかったよ」
「え、本当ですか」
「駅ビルの5階だ。あのジムの50mプールの部屋のあたりに光学迷彩処理のされた廊下がある、その奥にドアがあり、広いダークゾーンが隠されているんだ」
「私はゲートキーパスワードが手に入ったら、今すぐ5階のその部屋に乗り込む」
「え、ゲートキーパスワードってゲームクリアのあと、どこでわかるんですか??」
「画面の分析の結果、南の島のゲームクリアの時にクリア画面の左下に出るみたいだ。だから私はRPGに参加のすべてのチームの画面をチェックしているよ」
「そういうことだったの?!」
奴は用心深いからね、とにかく見つけたら直行する。ほんの数十秒遅れただけで奴はさっと逃げ出してしまうんだ。君は君でゲームを楽しんでくれ。そっちがクリアした瞬間、パスワードを持ってダークゾーンに突入するから」
「わかりました。ではご幸運を」
前任のベルクリス刑事は、高校の50mプールで逆転負けをした。今度もまたプールのそばなのか?!時子は少し嫌な予感を感じながら通信を切った。すると数分後、時子のそばにギャラクシア女王の戦闘体である幸花お嬢さんがさっと近づいてきた。
「今羽鳥さんからショーン刑事のダークゾーン突入の連絡が入ってきました。羽鳥さんも作戦を手助けするためにこのビルに来るそうです。15年の決着をつけると言ってました」
「わかりました。お互いがんばりましょう」
幸花お嬢様は大きくうなずいた。タイゾウパパがみんなを集め、最終の作戦を話し始めた。
「まずこの最終面までこれたのは、うちのチーム緑ヶ丘と静岡県のチームツナ缶の2チームだ。チームお米帝国は、滝に虹をかけることができず、オメガニクスやキラーカーメンにやられてリタイヤした。チームツナ缶は私たちのすぐ隣の部屋で、このマウナケアのステージを戦っている」
そしてみんなは、駅ビルのレインボービルに似たビルに近づいていった。
「ここはハワイ征服計画の宇宙人連盟の天文台に似せたビル、HSKビルだ。駅ビルによく似たヴァーチャル画像になっているのでみんなもわかりやすいと思う。今度の敵の配置図はこのHSKの天文ビルの4、5、6階になっている。参加人数は登録してある隊員は全員参加となっている。今まであまり出番のなかった桂岡幸花ちゃんもここで大事な仕事をしてもらう。ではこれから誰がどこの階に行くのか作戦を伝える」
「ちょっと待ってください。今度の敵は何人いるんですか。また強いんですか?」
「うむ、今度は今まで出た色々な怪人があちらこちらに配置されている。まちがえずに怪人の本部に直行すれば、宇宙人連盟の総裁と警備の巨人ロボットだけだが、変な部屋に入ると、今まで登場した敵の半数以上が出てくる。わかっているだけでも、第1シリーズに出てきた不死身の宿敵ヴァルゴリ、ビーナスキッスウィドウ、蜘蛛男爵タランテリス、古代ロボットクリスタリスなんかも出てくるよ。さらに今日ハワイで戦った相手は全部出てくる可能性がある」
みんなそれを聞いてちょっとびびった。
「あと宇宙人連盟最強と呼ばれている親衛隊に要注意だ。ボムナックルボルカーとか、スクリームエッグとかね。まあでも私の作戦通りにしていればたぶん合わないですむと思うけどね。でも、こちらの味方になってくれるキャラもいるよ。ゴーリキ将軍とか、クリスタリスとか神鳥ミトラとかね。だから悪いばかりじゃない」
「わかりました」
そしてついにみんなは歩き出した。見上げるは見慣れたレインボービルだ。
その頃、本当の5階のダークゾーンでは、思いもしなかった作戦が動き出していた。
暗闇の中、声だけが重く響く。
「なんで奴らはすいすいとこのアジトに近づいてくるのだ。おい、スカラベリダよ、あいつらの中に脳内チップを埋め込んだ奴はいるんだろうな」
「はい作戦に参加しています」
「何かあったときは脳内チップを使え。裏切らせるのが1番効果的だろう」
「はい、ボス」
しゃべっている1人はボスのホラズマだろう。だがもう1人は誰だろう。
ズキューンダダダダ!
駅ビルの入り口にいた警備アンドロイドは、おとりに現れたスカルマスクを追いかけて出てきたところに死神貴族オルパのオルパショットが火を噴き、あっと言う間に全滅だ。
さて、みんなは、いくつかに分かれて駅ビルの中を慎重に進んでいった。
シオリちゃんの黒猫博士が立ち止まって困っていた。
「あれ、サトミちゃんの忍者ヌエがいないと思ったらスマホで何か話してる…」
そのころサトミは黒猫博士の少し後ろで立ち止まっていた。スマホの電子音でスマホを開いたら、自動的にあのクラモの画面になっていて、それを見たとたんに意識が急激にぼうっとしてきた。そして電話口から聞こえてきた質問に色々答え始めたではないか。
「はい、5階の3号室が○○と○○です…。…あれ、今私、何をしゃべっていたんだろう」
誰かに何か大事なことをしゃべっていたのだが思い出せず、すぐに黒猫博士を追いかけだした。
「ごめんごめん、疲れていたのかな。なんかぼーっとしちゃって」
「平気平気、まだ出発したばかりよ。がんばろうね」
サトミの脳内に入れられたチップのせいだとは誰にもわからない。何事もなかったように進んでいく2人。その頃スカルマスクとスカルジェニーは、ロボット刑事ブロッケンを伴って作戦通りにエレベーターで5階まで登っていた。タイゾウパパは、この最終面の敵のアジトを見て、ある疑問にとらわれていた。
「どうしたんですか、タイゾウさん。何か心配でも…」
「いいや大したことじゃないんだが…」
そう言ってタイゾウさんは話し始めた。
「さっきからずーっと気になっているんだ。なにかおかしい。この第3シーズンの最終話が放映されたのはこのビルが建設されたのと同じ頃だったような。10年ぐらい前かな。当時はハワイではなかったけれど、日本の沖縄かどこかの南の島で、浜辺やパイナップル畑や洞窟なんかでロケをして、残りはスタジオ集録だったはずだ。ビルが先か最終話が先かわからないけれど、なんでこの駅ビルが最終話に出てくる敵の基地にそっくりなんだ?最終話に出てきた敵の基地がもともとこの駅ビルにそっくりで、それをもとに作ったこのバーチャルゲームが駅ビルそっくりに再現されているのがよくわからない…」
そうドラマシリーズを知り尽くした男、タイゾウだからこそのおかしな疑問だった。
10年以上前の第3シーズンの最終回が、もともと駅ビルのレインボービルにそっくりで、しかもマウナケアのHSKの本部ビルと一緒なのだ。こんな偶然があるものだろうか。しかし、だからこそ、タイゾウパパには、宇宙人連盟の総統がどこにいて、警備役の巨人ロボットがどこにいるのかが予想できた。
なるべく一発で総統の居場所を突き止めて、チームのダメージを最小にして終わらせる。それが彼の作戦だった。
そしてエレベーターは5階に到着、作戦通りスカルジェニーの必殺技がドアが開くと同時に警備兵に襲い掛かる。
「ジェニー電磁ストーム!」
「どあああ!」
計画通り廊下の警備アンドロイドを全滅させて、中央の部屋に移動だ。時子のブロッケンだけは、別の部屋に向かう。
「よし、すべて計画通りだ。ではドアを開けるぞ」
ドアを開け、総統と話をしてついに最終決戦のはずであった。だがドアが開くと、そこに総統はいなかった。宇宙人連盟の土星をデザインした紋章の総統用の大きな椅子と机が静かにたたずんでいた。そして、机の向こうには全く違う奴が待っていた。
「よう、待っていたぜ、俺だよ、メガザスだ。メガザスストロングバージョンだ。あとおれの古い友達もきているぜ」
総統どころか、とんでもない宿敵が待っていた。ストロングバージョンと言うだけあって、筋肉ムキムキのメガザスだった。そしてもう1人、奥から不吉な巨大な塊が進み出た。
「いやあ、ついさっき総統にお前たちの動きがすべてわかるスパイ通信が入ってね、あわてて部屋を替えたのさ。おかげでおれもお前に再会できて感動だぜ」
帰宅したときにこんな怪物が部屋で待っていたら1番いやかもしれない。そいつは灰色の不死身の細胞を移植された不死身の超人ヴァルゴリではないか。とにかくすごい怪力で相手の心を見透かすほどに知能も高く、とにかく何をしても結局死なないというか再生して生き返ってくるという、とんでもなく面倒な宿敵なのだ。戦いたくない敵のベスト3に入るライバルだ。しかもこの部屋にいたヴァルゴリは、体がもう2まわりも3周りも大きく、ぶっとくなっていた、体のあちこちに硬いうろこや剛毛のようなものが伸びた青灰色のモンスターバージョンだ。…本当に誰かスパイがいて怪物たちの配置を替えたのだろうか?でもそうならば、今このビルに入った全員が危ない!
同じ頃、リンのアルティメットリーも戦慄を覚えていた。入った部屋は広く薄暗い部屋で、あちらこちらにスポットに照らされた美しい星の写真が展示されていた。星の展示室のようだ。そして黒いボディに虹色の輝き、強敵オメガニクスがいるではないか?!
「おう、あなたはゴーリキ将軍と互角の戦いを演じ、あの黄金色の暗殺者キラーカーメンを瞬殺したというカンフーの達人アルティメットリーだな。あなたと戦えて光栄だ」
オメガニクスは物静かに紳士的に話した。だが、こいつは気を抜いたらこっちが切り刻まれてしまう、虹色の殺戮者だ。リーはゆっくり間合いを取ると、呼吸を整えたのだった。
そして死神貴族オルパの入った部屋は、中央にこのマウナケア山の大きなジオラマがあり周りには色々な溶岩などの標本や資料が展示してある地質学資料室のようだった。
「あら、今度のお相手はなかなかの二枚目ね」
そう言ってミスフォトジェニックのビーナスキッスウィドウはほほ笑んで待っていた。
「ほう、それじゃあ俺と命をかけた危険なデートを楽しむかい?」
だがすぐ後ろから邪魔する声も聞こえてくる。
「おっとっと、そのデートは私を倒してからにしてほしいな」
その声の主はもちろん蜘蛛男爵タランテリスだった。そして次の瞬間男爵の黒いマントの中から数十匹の殺人蜘蛛ロボットが出てきた。死神貴族は瞬時に蜘蛛を2、3匹銃で撃ち飛ばすと笑った。
「あんたとは1度やってみたかったんだ。その美女をかけるというなら遠慮はしないぜ」
ここでは美女をめぐる、貴族の戦いが始まった…。
そして時子が入ったのは、巨大望遠鏡のコントロール室のようだった。巨大な天体望遠鏡のモニター画面や様々な計器類、現在映っている星の映像などが並んでいた。
そこには見たこともないロボットがいた。もともと大きめのブロッケンよりさらに一回り大きく、底知れぬパワーを感じさせた。そいつはマッチョなアンドロイドだったが、両肩や拳や足のすね、あとは胸や肘ひざなどに、穴の開いた超合金のボールのようなパーツが付いていた。あのシャコ怪人のパンチにも耐え、デブハゲのサンドイッチ攻撃にも耐えた時子のロボット刑事ブロッケンは、ちっとやそっとではやられない自信があった。
でもよく見ると、今度の相手はとても頑丈で堅そうだった。
「おれはアイアン刑事ブロッケンだ。お前は誰だ」
するとそいつは聞き取りにくいとても低い声で答えた。
「おれは爆弾ロボット、ボムナックルボルカーだ」
なんかどこかで聞いたことがあるような…と思っていたら、そいつは俊足で踏み込み、あっという間にパンチが胸につき刺さった。
「ハ、速い。体が大きなだけの、でくの坊じゃない」
ドッカーン!なんとそいつの拳は胸に当たった瞬間に爆発し、拳に空いていたたくさんの穴からトゲや爆風がものすごい勢いで飛び出した。そう、こいつの体のあちこちには爆発する爆裂ボールが仕込まれていて、殴っても蹴っても体当たりしても爆発する、とんでもない破壊力のロボットだったのだ。しかも数秒で飛び出したトゲなどが引っこみ、爆発が静まれば何回でも爆裂ボールは繰り返し使える。胸で爆発して、時子のブロッケンは思わずのけぞる。するとすかさずみぞおちに鋭いひざけりが当たってまた爆発、大きくバランスを崩すブロッケン、1度頭突きとヒジ打ちで反撃するが、そこに今度は腰に強烈なタックルが決まり、奴の両肩が爆発。
「どわああぐぐぐ!」
体中に何回も爆撃を食らった時子のブロッケンは、胴体に穴は開く、トゲは刺さる、早くもボロボロになってきた。
「く、油断した…」
体力が急激に減少し、気が付けばまさかのリタイアに追い込まれたのだった。
「みんなごめん…もう、やられちゃった」
リタイヤになってしまった時子、すぐにタイゾウパパに報告した
「親衛隊のボムナックルボルカーが指定された部屋にいた?ありえない。これは危険だ」
タイゾウパパは慌てて皆に危ないと思ったら戦わずに逃げるように注意を始め、そして目の前の、メガザスやヴァルゴリなどの、ライバルたちに技をかけた。
「重力金縛り!」
執念のライバルメガザスとヴァルゴリは一瞬動けなくなり、その間にスカルマスクとスカルジェニーは逃げ出していた。
「本当に誰かスパイがいるのだろうか?根本から作戦を立て直さなければ」
スカルマスクとスカルジェニーは他のメンバーを助けるために部屋を飛び出したのだった。
リタイアになったメンバーは、次のステージが始まるまではゲームに参加できない。ダメージによってはもう2度と参加できなくなることもある。
「ロボット刑事ブロッケンの芽森時子さんは残り体力27パーセントでリタイア、次のステージまでゲームに参加できません」
でも考えてみればここが最終ステージだった。
時子ははたと思い当たり、タイゾウパパに連絡すると、ヴァーチャルヘルメットをはずし、さっとプレイベースを離れて5階の廊下に出た。そしてエレベーターで3階のホールへと降りていった。
ここでは現在、いくつものモニター画面が置かれ、ヴァーチャルスポーツの競技の様子やRPGのプレイの様子などをお偉方の審査員がチェックし、ネットから寄せられた人気投票の結果などを合わせて審査している。
「あれ、時子さん、競技中ではなかったんですか?」
なんと今大会の総責任者、東進映画の杉原さんが時子を見つけて声をかけた。
「ええ、それが実は…」
時子は、タイゾウさんの指示で指定された部屋に行ったが、そこには予定外の強いロボットがいて、あっという間にリタイアになったと正直に答えた。
「それをタイゾウさんに報告すると、すぐにタイゾウさんから全員に連絡があって、スパイのような者がいて、誰がどこの部屋に行くのかすべて配置換えをしたようだから、危ないときはすぐに逃げるようにと連絡が言ったようです」
「そんなばかなことが、一体何が起きたんだ」
すると横から誰かが割り込んできた。
「システム上、ゲーム内の敵の配置を変えるだなんて、そんな命令を出せる者は誰もいないはずです。もう一度詳しく話を聞かせてください」
誰かと思って見てみると、なんとチーフエンジニアのあの冷静な森村さんではないか。
だが急いで森村さんがゲームに参加中のメンバーの行動をチェックすると、確かにおかしいようだ。
「うん、この部屋も違う、パイパー兄弟はここには出ないはずだ」
「ここも、ここも違う。大苦戦になるように誰かが意地悪したとしか思えない」
森村さんの横では生みの親の杉原さんがさっとチェックしてくれる。これは間違いない。
まず分かったのは配置換えなどが起きたのは時子のチームだけで、隣でプレイ中のチームツナ缶には異常はなさそうなこと。それはよかった。
森村さんは通信機でタイゾウさんにこう提案したという。
「チームツナ缶は通常通りの敵の配置でもうすぐクリアできそうになっている。君たちの方は敵の配置がまったく変わり、大苦戦だ。これでは公平性に大きく欠けるので、今日は2位で終了して、はどうだろうか。システムの異常が直ったらまた後日挑戦するということでいかがだろうか」
タイゾウさんはプレイ中のメンバーと短時間でこちらの情報が敵に漏れたこと。戦いを早めに終わらせて脱出することを連絡した。
「あれ?サトミちゃんどうかした」
黒猫博士が様子のおかしいサトミに聞いた。
「それが…よく覚えてないんだけど私、さっき変なこと口ばしっていなかった」
「そんなことないよ。気にしない方がいいよ」
でもサトミの心はだんだん暗くなっていった。
「…もしかして今のみんなのピンチは私のせいじゃ…」
色々意見はあったが、チーム緑ヶ丘のメンバーは、ここまで頑張ったのだから、全面クリアに挑戦させてほしいということになった。
だが少しすると、今度は画面に別の画面にクリアおめでとうの表示が出た。正常に動いていたチームツナ缶が総統を倒し、ついに1位でゲームをクリアしたのだ。そして時子にしかわからなかったが、画面の左下にゲートキーパスワードが点滅していた。
ゲートキーパスワード○○○○―○○―○○○○。
そう、なんとノーマークだったチームツナ缶が見事クリア、開会式でタイゾウさんがコピーして渡した攻略法がきちんと引き継がれ、奇跡を産んだのだ。
そして数分後、森村さんは原因を突き止めた。
「今日のヴァーチャルオリンピックのサーバーやメインのシステムは、すべてバックアップがとってあり、災害や停電にもびくともしないように構築してある。だがそのいざというときのためのもう1つのコンピュータに誰かが入り込み、こちらのシステムまで書き換えたのだと思われます。私は今、警察のサイバー対策チームとうちのエンジニアの腕利きに緊急連絡を頼んだところです。私はただ待っていても仕方ないので、バックアップシステムのある5階のクラモ総研のコンピュータルームへ調べに行ってきます」
「今日の夕方、ヴァーチャルオリンピックの修了式が終わるまでは4階から上は一般の人たちは立ち入り禁止だ。行くならスタッフの腕章を忘れずに」
「了解です」
そう言って腕章をとって急いで走り出す森村さん。でもとっさに時子は声をかけた。
「私も一緒に行きます」
「オッケー、じゃあ君も腕章付けて急いで直行だ」
2人は現実の駅ビルのダークゾーンがあるという5階へと駆け出していったのだった。
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