17 ネオプラハの虎
その日の夕刻、ホノカとタイゾウパパのセレクトショップt&hは、シャッターを半分おろし早めに店を閉めて、新商品の選定会議をしていた。今は初夏だが、もう秋の商品の話し合いだった。ホノカとタイゾウは全国から取り寄せた製品を片っ端から試食し、メモを取り、ああでもない、こうでもないと意見を交わしていた。今日のテーマは芋、芋は最近新しい品種が増え、糖度が高くしっとりとした製品と昔ながらのほくほくした食感が楽しめるものとで人気をとりあっていた。
「最近はどこのスーパーでも新品種のおいしい焼き芋を売っているから、うちに置くなら、凝ったものじゃないとなあ」
難しい顔をするタイゾウパパ。芋大好きなホノカは片っ端から食べまくり、ニコニコしながら順位を付けていく。
少しして、半分閉まったシャッターの下からおなじみの顔がのぞく。
「こんにちは、あらまだ早かった、ごめんなさい、ロビーで時間つぶしてくるわ」
「あら時子さん、ちょうどよかった。今さっき秋から店に置くセレクト商品ベスト3が決まったのよ。ちょっと意見を聞かせて」
「ええ、いいのかしら…」
時子はにこにこしながら店に入っていく。
「これが熟成ひと口干し芋、真空パックで6か月冷蔵庫に入れておいたひと口サイズに切った丸干しの干し芋よ。干し芋の専門店が数年前に作って、じわじわ売れ出した商品ね」
つまりこれは去年の秋に収穫して加工、熟成して、この初夏に出来上がったばかりの熟成品だ。芋は熟成の間に、甘くまろやかになるのだという。
「おいしーい、本当にまろやか、自然な甘さが口いっぱいに広がるわ。白い粉がふいていて見た目もおいしそうだし、ひと口サイズで食べやすいし。これは売れるわね」
そして次に出てきたのは大学イモグラッセだ。
「ほくほく系のサツマイモのペーストをお団子にして、モンブランのように絞り出したものの、上の方だけ、油を塗って、焼き目をつけて、さらに糖蜜を塗っては焼き色をつけた洋菓子ね」
「えー、凄い香ばしい。これなら食べやすくて手も汚れないし、でも表面はパリッと焼けていつもの大学芋の味ね。中はほくほくでやわらかくて、芋を食べたって感じがするわ」
大学芋好きの時子は思った、これは秋になったら買い占めだ、フフフ。
最後はプリンだった。遠くから見たときは、カボチャプリンかと思っていた。
「えー、カボチャじゃないの、これ?」
それは、わざわざ焼き芋をペースト状にしてから焼きプリンにした「焼きイモ焼きプリン」だった。作り方に工夫があるのか、食べるほどに焼いた芋の香ばしさが満ちてくる。
「本物の焼き芋の甘さとプリンの食べやすさね。めっちゃうまいわ」
「生クリームがのってるバージョンと長野県産のクルミを味付けして乗せたバージョンがあるけど、時子さんはどっちが好きかしら」
「ちょっと待ってね、こっちを食べてみるね」
まだ食べるか芽森時子。そして食べ終わった時子は自信たっぷりにうなずいた。
「わたしは断然クルミね」
「いやあ、ありがとう時子さん、君があんまりおいしそうに食べるからこっちも自信が持てたよ」
ホノカ、タイゾウ親子も喜んでくれた。
そしてそれからチーム作りの話になった。最初はタイゾウパパがマニアの仲間から探ってきたゲームの中身に関する話だった。
「この間のゲームの部隊は、ドラマの第1シーズンのストーリー通りで、ただ場所が南アメリカの博物館になっていましたね。今度はやはり第3シーズンの最終話に続く4話ほどのストーリーはそのまま、でもドラマでは舞台は日本の火山島ということでしたが、今度のゲームでは、ハワイ諸島の中で1番大きくて4000m級の火山があるハワイ島です。次回の敵ですが、やはり第3シーズンの最終話の近くの4話分の敵が出てきます。
「やっぱり強いんですよね」
「はい、めちゃくちゃ強いです。しかも第3シーズンの特徴として、基本チーム戦です。こちらもスカルマスクや死神貴婦人、ロボット戦士などいっぺんに何人も出場できるのですが、相手もいつも3人以上出てくるのです。瞬時にどんな作戦で誰と戦うのかを決定するのがポイントだろうね」
でもその辺の組み合わせは、タイゾウさんにはすでに考えがあるようだ。
「うん、そのあたりは、おれのほうで事前に作戦を考えておくよ」
時子が質問した。
「私たちと争うことになる対戦チームはどこなんですか」
「我々のスカルマスク危機一髪インハワイには、eスポーツ大会のRPG部門の優勝者と準優勝者のチームが出るそうだ。その大会は明日決勝戦だからまだどこのチームかわからないけど、強いチームに間違いはないね」
ただうちのチームはホノカと同世代の女の子中心のチームだから、みんなコンピュータゲームはそこそこできるようだね。今度のヴァーチャルオリンピックは、海に潜ったり空を飛んだりできる体験コーナーがあるんだけど、それがスカルマスク危機一発にも一部取り入れられているらしい。実際に筋力やテクニックが問われるわけじゃないけど、やっぱりそんな経験をしているか、していないかは結果に差が出るだろうね。それでホノカにみんなのスポーツ経験を聞いてもらったんだけど、拳法をやっているリンちゃん、弓道部のキャプテンだったキヌちゃんは即戦力だし、トパーズのサトミちゃんと看護師のシオリちゃんは卓球とバドミントンの経験者らしいね。あと桂岡さんのお嬢様は、スキューバダイビングや登山が得意で岩登りなんかもできるみたいだね。ゲームの詳細は当日発表だけど、事前に誰がどんな競技に出るのか話し合いは必要だね。あと、特にうちのチームの弱点を上げれば、たぶんこのあいだのナオミエリス篠塚みたいなeスポーツチャンピオンのテクニックを持っている人は誰もいない、でもゲーム中には射撃の名人キャラもあるからそのキャラを使うためには、そこを少し補強したいところだね」
時子と猫耳シオリは、ボードゲームの経験値は高いのだけれど、コンピュータゲームでは全くの未知数、少なくともテクニックのようなものはない。
でもそこで、ホノカちゃんが突然凄いことを言い出した。なんと、最近あのヴァーチャルドリームランドで凄い得点を出したテクニックの持ち主がいるというのだ。
サトミちゃんが聞いたって言ってたのよ。トパーズのオーナーの沢渡さんとお客さんが話してたらしいんだけど、なんと射撃のガンコントローラーで参加して、あの難易度の高い「惑星ローリー」でパーフェクトクリアの最高得点を挙げた人がいるんですって、その男の名は通称ティグレ、なんか見た目から普通の人とはまったくちがう危険な感じの人らしいわ。その人、この駅ビルの最上階にあるちょっとお高いワインバーのネオプラハによく顔を出すそうよ。来るのはいつも土曜日と言ってたから、今夜あたり来るかもね。よかったら、今夜私が行って、うちのチームに引っ張ってくるわ」
それを聞いて、タイゾウさんはこれだと思ったようだ。
「でかしたぞホノカ、そいつをメンバーに入れればきっと今度も優勝だ」
だが、そういってからタイゾウさんはへなへなと座り込んだ。
「ああ、でも20才になったばかりの娘を、お酒のおいしいネオプラハに行かせるなんて…。おれも無理だしなあ…」
ここでわかった事実だが、タイゾウさんは酒に弱くて普段は1滴も飲めないのだ。そこでここぞと時子は立ち上がった。
「お任せください。この芽森時子、お二人に代わって今夜ネオプラハに行き、必ずやティグレという男を連れ帰って見せましょう」
そうは言ったものの、時子もアルコールにはそれほど強くなく、おいしく飲めるのは、ワインの1、2杯がいいところだ。でも1滴も飲めない人よりはずっと強いか。
「資金もイラストの仕事が一息ついてお金をもらったばかりだから何とかなるわ」
そして時子は日の沈んだ頃、静かにエレベーターに乗った。このレインボービルのエレベーターは町側の壁が大きなガラスになっていて昇っていくときらめきだした夜の街が見えてくる。6階には屋上ビアガーデンに通じる大きな階段があるので、そちらのお客さんもたくさん乗っている。みんな6階で降りる。時子はそのまま階段へは行かず、まっすぐ進む。大理石の床、天井の高いヨーロッパ調のおしゃれな店が姿を現す。
ワインバー、ネオプラハだ。まだ時間が速いのでガラガラだ。
「いらっしゃいませ」
「すいません、ティグレっていう人に会いたいんですが」
優しそうな中年のウェイターに直接頼んでみる。ウェイターは時子のことを何度か見てなぜか心配そうに言った。
「そうですね、あと10分もすれば現れると思いますが、ええ、身に危険を感じたら、すぐに私どもに声をかけてくださいませ」
どういうことなのだろう。そんな危険な男なのか。
時子は今日のおすすめグラスワインと、この店自慢のビーフシチューセットを頼み、時間をつぶしながらワインをほんのちょっとずつ飲んでいた。5000円でワイングラスとシチュー皿のセットが運ばれてくる。
「な、何なの、このビーフシチュー、ちゃんとフォンドボーで作った味ね、すごい本格的だわ。肉もトロトロで、このサシカイアっていうイタリアの赤ととても合うわ」
時子は追加でフランスパンのセットを頼み、シチューが終わった後も、すべてパンで拭い去って完全に食べきった。
「ワインもシチューも最高…」
大満足でくつろいでいると、あのウェイターがやってきた。
「お客様、ティグレ様がおこしになりました」
入り口を見ると、考えもしなかった人物が美女二人をひきつれて陽気に入ってきた。
「…なあるほど、今日もあんな美女2人も連れて、危険極まりない男だわ」
それは、時子がここのところ平日は毎日のように会っていた人物、サングラスに派手な片耳ピアス、そう、さすらいカレーの大河さんだ。それどころか、美女2人を席に座らせると、大河さんからこっちにやってきた。
「よう、メモリちゃん、俺を待っててくれたんだって、いやあ、うれしいねえ、ほらこっちに来て一緒に飲もうや」
大河さんと一緒に来ていたのは国際線のキャビンアテンダントマナミさんとクミコさんだ、久しぶりに日本に来たので2人で会いに来たのだという。今日は俺のおごりだと言ってみんなの好きなものをオーダーする。時子はこれ以上飲むとやばいと思っていたのだが、酒に強くないことを大河さんはいつの間にかちゃんと心得ていて、ソフトドリンクのメニューを渡してくれた。助かった。大河さんは最初に時子の用件をざっと聞くと大きくうなずいた。どうやら引き受けてくれそうだ。
「そうなんだよ、俺はいくつか名前を持っているんだけどね、ここではティグレって呼ばれてる。そのわけがさ、色々あってさ」
それから大河さんはその波乱万丈の自らの歴史を紐解きながらあることないこと軽快なテンポで語りだす。時子も2人のキャビンアテンダントも、ずーっと笑いっぱなしだ。
「それでスポーツ選手としてアメリカ大陸に渡ったはずだったのが、頼まれて麻薬密輸団とドンパチやり合ってそっちの方が有名になっちまってね、それから2年間金持ちのおっちゃんにやとわれてシークレットガードって言うと聞こえがいいけど、そんな危険な土地だから、簡単に言うと傭兵だね。体鍛えながらドンパチやってたわけよ。そのころのチームでの呼び名がティグレさ。俺本名が大河だろ、大河は虎、スペイン語でタイガーはティグレって言うわけ。でほらこの店のオーナーもその頃からの知り合いで、俺をティグレって呼ぶわけさ」
そしてここに来た時に、ガンでプレイするゲームをやってみたら傭兵時代に拳銃撃ちまくってたから面白いように得点が稼げたと言っていた。どこまで本当かはわからなかったけど、惑星ローリーで高得点をとったのは間違いないようだった。
そのあとも三角関係でまずいことになって国境を越えた話や、傭兵の仕事で東南アジアに渡ったとき、シンガポールでカレーの修業をした話なんかもしてくれて、大盛り上がりだった。
時子はこの美女二人もイラストに描き、すぐにスマホに送って喜ばれた。
「じゃあ、メモリちゃん、おれこの2人をホテルまで送ってくからね。また明日ね」
ホテルに送っていく?とってもチャラくて危険な男、大河さんは近いうちにタイゾウパパと直接会って正式にチームの一員となる約束をしてくれて、その夜は別れた。
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