16 ブラックゾーン

その2日後、時子と編集の佐々岡さんは、昼のトパーズに来ていた。あのマルヤス食堂の安田さんと東進映画の杉原さんも一緒だった。この間のランチが好評だったため、土日に限定でランチをやろうという話になったのだ。サトミが提案を始めた。

「それで昼のランチの目玉の一つとして、和風サラダバーをやろうって思って、無理言って私が新しいサラダバーを提案したんです」

野菜工場や契約農家の安全で新鮮な野菜を使うのはそのままだが、最近流行のたんぱく質やカルシウム、DHAなども取れるように考えたら、和風でさっぱりとしたサラダになったのだそうだ。

「カニカマやおでんの種などの魚のすり身製品をうまく使えば美味しくなると思って、最初はホノカのセレクトショップで1番売れてるカニカマを紹介してもらったんだけど、あとのおでん種はどうしたものかって困っていたの」

そして、おでんが名物の店を思い出して相談したのだそうだ。

すると弁当屋マルヤスの安田のおじちゃんがしゃべりだした。

「うちは昔からおでんをやっていて、黒はんぺんやつみれを使えばたんぱく質やカルシウム、DHAもとれるよって提案したんだよ」

それで、マルヤスが安くおでん種を回してくれることになり、ヘルシーで栄養豊富なサラダができたそうだ。

「沢渡さんには一応オーケーもらったんだけど、ドレッシングを変えたほうがいいよって言われたので工夫してみたの。まあ、みなさんに味見をしてもらおうと思って、どうぞ、食べてください」

「レタスやルッコラ、サラダ菜などの葉物野菜を中心に、煮大根、長芋、ニンジンなどの根菜を刻んで入れ、そこに、黒はんぺん、つみれ、コンニャク、白はんぺん、さつま揚げ、煮卵、カニカマ、チクワチーズ、昆布、キクラゲ、シイタケなど、おでんの具になるようなものをトッピングした。あとアクセントとして星型のきいろいものがいくつかのっている。

「あ、これね、ちくわぶにチーズとコリアンダーをかけて加熱したものなの」

味付けは、オメガ3入りさっぱりした青じそドレッシングで全体に酸味とうま味をなじませ、そこに胡麻ドレッシングをふりかけて食べるのだそうだ」

「すごいねこの食感、ふわふわしたはんぺん、シャキシャキした長芋、コリコリしたキクラゲ、すり身製品と野菜の弾力とシャキシャキもいい対比だし…」

時子がモリモリ食べると、佐々岡さんも「最初にさわやかな酸味のドレッシングを全体になじませ、その上に練りごまの濃厚なドレッシングをかけるダブルドレッシングが、味の奥行きを出しているわ。さすがね。あとこのカニカマもとてもそっくりにできていて絶品ね」と感心していた。

「やったー、よく食べてくれてうれしいわ」

東進映画の杉原さんも、お酒にも合いそうだとニコニコだ。

「今初めて食べたが、若い人や女性にも受けそうだね。いや、こりゃうまい」

あとは食材の大きさを調整するだの、いっそ名前をおでんサラダにすればなどの意見もあったが、サラダは概ね好評で、週末ランチ計画は近々実現しそうだった。たべながら佐々岡さんが言った。

「イラストマップは大人気だったし、タウンニュースも絶好調よ。それで最後にスカルマスク危機一髪インハワイの特集で終了にすることになったの。もうひと頑張りしてもらえるかしら?」

「はい、実は私の仲間を中心にしたチームを作ってスカルマスク危機一髪に挑戦することになったんです。今度のゲームは1人で戦うんじゃなくて、チーム戦なんです。だからみんなで力を合わせようってことになったんです。私もゲームに出れるかもしれないんですよ。取材はお任せください」

「あら、それはすばらしい。よかったわ、じゃあ、ぜひ頼むわね」

「はい」

時子はニコニコして答えた。でもチーム作りを決めたのは、もっと面倒な問題が関わっているからであった。

それは昨日のことだった。

時子は羽鳥さんにテレパシーでお屋敷に呼ばれ、グリーンヒルを通って、あの2階の羽鳥さんの部屋に入っていった。幸花お嬢様が特別なクッキーと、ダージリンの紅茶を用意して迎えてくれた。時子はこの間のコスプレ大会の時のギャラクシアに扮装した幸花お嬢様のイラストを細かく仕上げてプレゼントに持ってきた。

喜ぶ幸花お嬢様、本当に良く描けていると羽鳥さんも褒めてくれた。

「あ、ショーンから着信だわ。では重要な作戦会議を始めます」

するとまた空中にスクリーンが現れ、ヒューマン型宇宙人のショーン刑事の上半身が映った。今日はサングラスのような通信用のマルチスコープをかけていてちょっとかっこいい。

「この間の皆さんの活躍で、色々重要なことがわかってきました。ではまず、過去の映像を見てもらいましよ」

そしてここからこの街を裏から支配する宇宙犯罪者の陰謀が明らかになるのだった。

最初は暗闇の中で何か素早いものを追跡する映像が映った。

「これは8年前の映像です。最初ホラズマはあの巨大な大学病院に新しく赴任してきた院長先生の精神を思いのままに操り、10年近く、裏から病院を支配していたのです」

「大学病院?一体何のために?」

するとショーン刑事は思いもしなかったことを打ち明けた。

「女王の星から盗んだエリクサーキューブを使い、新生児から2歳くらいまでの間の地球人類の子どもに、不老長寿の薬であるファルミリア星のローヤルゼリーを与える実験を始めたのです。母親たちには新開発の健康ゼリーと偽って…」

「そんな小さい子供に宇宙人の不老長寿の薬を与えて、何をするつもりだったんですか?」

「健康ゼリーを食べた子供たちはみなより健康になり、身長体重が急激に増え、知能も確実に上がって行きました」

「えっ、それってもしかして?!」

「そう、それこそがハイサピエンスの誕生です」

「そんな、何のためにそんなことを…」

数年経つうちに西岡の大学病院で出産すると大きくて優秀な子が育つと母親たちの間で噂になり、有名スポーツ選手になれるだの、有名大学を目指せるだの、健康ゼリーをもらうと子供は1ランクも2ランクも上の階層に行けるだの、あやしげな噂がまことしやかにささやかれるようになったのだ。

「院長は、我々はお子様の健やかな成長を祈って日夜研究開発を続けているのであり、その結果が健康ゼリーだとマスコミにもいつも言っていました。栄養食品だから副作用も何も起きたこともないとね。一時は問題視されることもありましたが、自分の子が少しでも身体面でも頭脳面でも優秀に育つならそれでいいと、親たちは全面的に協力するようになったのです。そしてほかの地域や健康ゼリーの恩恵を受けていない世代との違いが格差社会のもとを生み出すと指摘されても、親たちは大学病院や院長を支援しました。またそこに大きな金の流れもでき、日本国中の富裕層がこの地区に引っ越してきたり、住民票が高値で取引されるなどのバカげた話が現実となっていったのです。私の前任者のベルクリス刑事は、このままでは大変なことになると病院に潜入し、エリクサーキューブを破壊、不正を暴こうとマスコミに働きかけました。それがこの映像です」

エリクサーキューブの重要な部品をかかえて逃げていくホラズマ。ベルクリスはそれを追い詰め、そしてついに暗闇の中で体が動かなくなるショックガンを使ってホラズマを逮捕するところまでが映っていた。

「これで一見落着かと思われたが、なんとホラズマが持って逃げていたのは、外側だけをそっくりに作ったコピーの機械で、本物は外見を変えてまだ隠してあった。しかも身軽で真っ暗な空間でも高速で動けるホラズマは、計画的に停電を起こし、なんと宇宙警察の基地に送られる直前に逃げ出してしまったのだ」

闇に隠されたエリクサーキューブはそのまま製造を続け、現在も予定された数のハイサピエンスがどこかで計画的に製造されているらしい。

それから8年の月日が流れた。彼らは健康ゼリーの製造を秘密裏に行い、次の段階を行っていた。我々が居場所を突き止めたとき、今度は、彼は西岡高校とその付属中学校の校長を操っていた。

もうそのころはハイサピエンスも成長し、その大部分が西岡高校の付属中学校に入ってきていた。そこでホラズマは、もともと成績がいいハイサピエンスの子どもたちのためにエリートコースと言う特別なコースを作り、瞑想と音楽を組み合わせた不思議な授業を行っていたのだ。音楽の流れる瞑想タイムを学習時間の間にはさみ、その分科目の授業に集中させるという触れ込みで会った。この学習は本当に効果が高いと評判になりマスコミにも取り上げられたが、実はあのオクト波動を発生させる、オクトクリエイターを使っての瞑想だったのだ。オクト波動は雑念を取り去り、集中力を高め、すべてを結び付け、進化を促す波動だ。

「ええ、爆発したりしないの?」

「ボリュームをマックスにするような無茶なことをしなければ発想や集中力を高めるのに本当に高い効果があるのだ」

またしても西岡高校でエリートコースに入れば、さらに高得点を取り、発想も柔軟になって、さらに賢くなると評判になった。

だがこのエリートコースの授業はさらに格差社会を作るものだとして、大きな批判を呼んだのも確かだった。この時点で、病院の院長や高校の校長は、親の間で神のようにあがめられる存在となり、あらゆる批判に耐えて、巨大な金を生み出すシステムとなっていたのだ。そしてホラズマはそのシステムに守られて何の苦労もない生活を送っていた。

次のホラズマの隠れ家は高校の水泳部のプール管理棟、スイミングセンターだった。50mの大きなプールが2つあり、機械管理室から、訓練用の流れるプール、筋力トレーニング室から、水泳部のための男女別合宿所、レストランからコンビニまでが用意されている巨大な施設だった。大きな水泳大会があり、子供たちや職員がすべてで払って珍しく誰も人間がいなくなった夜、ベルクリス刑事は、正面から乗り込んだのだった。

バシャーン!

追い詰められたホラズマは、なぜか水深4mの大プールに逃げ込み、やがて不思議な立ち泳ぎで水面に腰まで浮かび上がってきた。

「ついにここまで追ってきたか。しつこいねえ君も、ベルクマン君」

ベルクマンはプールに銃を構えて近づいた。

「クレリア女王の星から盗んだ秘宝を使い、街の記憶を書き換えてさらにハイサピエンスを生み出して街を分断し、オクトクリエイターでハイサピエンスたちをさらに育て、膨大な資金を動かし、こんな巨大なビルまで作り出してしまったな…。お前は宇宙警報の34か所の法律をすでに破ってしまった。おとなしく逮捕されるんだな」 

だがホラズマは水面に浮かび上がったまま不敵に笑った。

「いやだね。そもそも私は、この星の住民に感謝されることはあれ、訴えられるようなことは何もしていない」

「な、なんだと?!」

「私はこの星の知的生命体を次の段階に進化させたのだ。新生児はあの健康ゼリーで、眠っていた遺伝子をいくつも発現させ、遺伝子レベルでも、もう別の種になっている、ハイサピエンスだ。さらに自分たちでは決してできないオクトクリエイターを使った教育まで施した。あの子供たちは近い未来、優秀な科学者や政治家、世界的なスポーツ選手に育ち、世界に羽ばたく貴重な人材となるだろう。もう、結果は出始めている。あの子たちはすばらしい未来を創る。あの者たちの子孫が生まれれば、ハイサピエンスの遺伝子は受け継がれ、広がって行くのだよ。どうだい、いいことばかりではないか?!そして素晴らしい人材を生み出したからそこに資金も集まる。あの大学病院の高層ビルだって、ここのスイミングセンターだって、他の街にはない、この街の財産だよベルクリス君」

「ホラズマ、お前はあの時グリーンヒルを焼き尽くし、1人の中学生を爆発に巻き込んだ。それでも何もしていないと言い切れるのか?」

「あたりまえだ。あの少年は、自分から現場にやってきただけさ。私はあの少年を呼んだわけじゃない、私は何もしていない」

「貴様、早くプールから上がれ、早くしないと宇宙警報に従って射殺するぞ」

「しかたないな。今すぐ行くよ」

浮き上がっていたホラズマの体に、謎の点滅する光があった。深海のクラゲのように幻想的だが、くっきりと意味ありげな不思議な図形が浮かび上がったり消えたり、動いたりを始めたのだ。

「これは一体…」

なぜかベルクリスの動きが止まると、ホラズマの体が沈み始め、首だけを出してプールサイドにいるベルクリス刑事を見てほほ笑んだようにさえ見えた…。

その瞬間だった。そこから先は突然画面に水しぶきが舞い上がり、画面がはっきり映らなくなる。ベルクリスは何らかの力でプールに引き込まれ、意識不明となる…。

「…ホラズマは、高い木のジャングルに住む樹上生物じゃなかったの?一体どういうことなの?」

「わからない。パイルフェイスという生物は、確かに怪力だが、水中を高速で泳いだり、水中に引きずり込む力は確認されていない。ベルクリスは、その後すぐに助けられたが、左半身にマヒが残り、一線を退いている。そこで私が後任として抜擢されたのだ」

若いショーン刑事は次の画面を説明し始めた。

「…そしてこれが、現在ホラズマが隠れていると思われる駅ビル、バーチャルゲームが行われたレインボービルです。現在ホラズマたちはあのスマホソフトの開発会社クラモ総研の近くにいるらしい反応が出ているのですが、そこの場所、ダークゾーンが見つからないのです。奴らもかなり用心深くなって、簡単には見つからないような場所に隠れるようになったみたいです。そこで私たちは超小型のスパイドローンを潜入させ、その場所を特定しようとしました…。スパイドローンはうまく潜入し、内部の映像がすべてを解明するはずでした」

画面にはこのレインボービルの4階から上のヴァーチャルドリームランドのあの舞台のあるホールや、ヴァーチャルゲームのできる4~5人用の個室が映り、次にスポーツクラブのある5階の様子、テニスに似たスカッシュの競技場や広いバスケットのアリーナ、最新のマシンが並ぶジム、そして50mのプールまでも映った。そして高級宝石店や、あのクラモ総研もある専門店街の5階の様子などが細かく映されていた。

しかしどの部屋も、オフィスや会議室、休憩室などで、部屋の仲も特にあやしいこともなく映像は終わってしまうかと思われた。だが最後にスパイドローンが何の変哲もない廊下の壁のそばに近づいた時に小さな電子音がピピピと鳴ったのである。そしてさらに次のような音声が聞こえてきた。

「ゲートを開けるには、ゲートキーパスワードを音声入力しなさい」

もちろんスパイドローンに応えられるはずもなく、再びの電子音とともに、また廊下は何もなかったように静まり返る。

私たちはクラモ総研のサーバーに侵入し、ゲートキーを何回も探した。するととんでもないことがわかった。

「えっ、どういうことです」

「このヴァーチャルドリームランドで1番最新のゲームをクリアした者だけが重要なファイルを見ることができるようになっている。ところがここのゲームは持ち出してプレイすることは出来ない。自分のパソコンでやることや家で長時間かけてクリアできるわけでもなく、ゲーム好きやマニアでもなかなか攻略できないのだ。それに数か月ごとに最新ゲームの子弟が変わるので、そのたびに新しいゲームをクリアしなければならない。だから実際、ゲートキーを見た人はゼロだろう。もちろん偶然見つけても、どこで入力していいのかさえも分からない」

しかも最近ゲートの位置が変更になったらしく、そこからまた始めなくてはならない。ショーン刑事も女王も頭を抱えたという。

「今年度中は最新ゲームとして指定されているのが、スカルマスク危機一髪インハワイだ。そこでお願いだ時子さん。ゲームをしながら、ダークゾーンへの入り口を捜してほしい。もちろん新開発のセンサーを使ってもらうから、近くまでいってもらうだけで結構です。そしてゲームをクリアしてゲートキーを手に入れてください」

「わかりました。今度こそダークゾーンを見つけて、奴を捕まえましょう」

そして時子はショーン刑事の作戦をくわしく聞き、ダークゾーンを見つけることに奔走することになるのであった。

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