12 予期せぬメール

それから数日後、少し傷の言えたクレリア女王は、爆発の跡やノボルのことが気になり、宇宙警察のステルス型高速艇で静かにグリーンヒルに降り立った。森は3分の2以上が吹き飛び、焼け焦げ、見る影もなかった。

警察や消防が丹念に火事の原因や被害について調査していたが結論の出るはずもなかった。だが女王は何人かの調査員の心にテレパシーで忍び込みノボルのことも探ってみた。だが、遺体はおろか、衣服の布きれや持ち物など何一つ発見されていなかった。

また1人の少年が消えてしまったのに、何の事件にもなっていなかった。

被害届も行方不明の操作願いも出ていなかった。そんなばかなと、偵察機に帰ったベルクリス刑事はあちこち調べていたが、突然大きな声をだした

「女王様、大変です。この間盗まれたエリクサーキューブとオクトクリエイター、メモリープリズムにコンピュータ信号を送って場所を特定しようと試みたのですが…」

「3つとも反応がないのですか?」

「いいえ、その逆です」

なんと3つともきちんと反応を返してきた、この街のどこかにあり、今この瞬間もすべてが動いているというのだ。

「場所を細かく調べようとしたら気づかれたのか信号は切られましたが、奴はあの特殊な機械を3つとも動かしているんです。この街で何か企んでいるとしか思えません」

「何をしようとしているのでしょう」

「確実なのは、消防や警察、町全体の記憶が少しずつ入れ替えられている。こんなひどい爆発と山火事があったのに、数日たったところで、もう住民の記憶から消えかけている。そして、ノボル君の存在は初めからなかったことになりそうです」

「記憶を入れ替えるメモリープリズムがもうこの街の記憶を入れ替えているということですか?」

ベルクリス刑事は大きくうなずいた。

「はい。間違いないでしょう。あの機械は半径数十mの範囲の記憶を入れ替えていくのですが、今こうしている間も、この街の人々の記憶を入れ替えているのです。それと色々調べてみてわかったんですが、ホラズマは女王様の惑星から大切なものを盗んでたまたまこの惑星に逃れてきたのではないようです。奴はもともとこの惑星を、この街を狙っていた。そして必要があって、あなたの惑星から3つのものを選んでこの地に持ってきたのです。エリクサーキューブも、オクトクリエイターも、何かに使うためにここに持ってきたのです」

するとクレリア女王はしばらく考えてからこう切り出した。

「…予定を切り替えます。私はしばらくこの惑星にとどまって、ホラズマを探し出し、わが国の重要な3つの宝を取り返し、その陰謀を暴きます。すぐに見つからなければ、ファルミリアとこの星を何度でも行き来して、何年かかってもやり遂げます」

さすがにそれは危険すぎる。宇宙刑事のベックは止めた。

「女王様、それはお勧めできません」

「でもホラズマの計略にかかったのは、もとはと言えば私の判断が甘かったから。そして何よりも、あの男の子は私たちのためにあんなに努力してくれたのに、爆風の中に消え、このままではさらに誰も思い出してくれなくなり、この世から消えるのです。このまま黙って帰るわけにはいきません」

「わかりました。でもこの星のどこにどうやってとどまるのですか」

「相手の記憶を操作する能力は、わが一族の女王にもともと備わった能力、相手と戦わずに共存するための能力です。この能力を使ってこの街の人々に溶け込んでみましょう。この高速艇には長期旅行のための資材がたっぷり積んであります。長期滞在も可能ですし、その中の姿を変える光学迷彩装置を使えば町にとけ込むことも容易です」

「本気のようですね。奴を逮捕したいのは私も同じです。わかりました。こちらも警備や捜査で最大限のサポート体制をとります」

まず先入する場所は、事件現場のグリーンヒルの近くが望ましい。また捜査時間を確保するため、時間がある程度自由になる状況を得なければならない。そんな都合のいい潜入場所があるのかを徹底的に調べた。綿密な下調べの上、無理のない自然なシナリオがやっと出来上がった。女王は、蜜蜂の研究をする大学の研究院に姿を変えた。そしてグリーンヒルの桂岡屋敷にやってきた。桂岡理事長の家は事件現場のすぐ近くで空き部屋も多く、何よりご夫妻も当時5歳の幸花お嬢様もみんな優しかった。

ある日の午後、桂岡家のドアを訪問者がノックした。

「上級研究員の羽鳥と申します。どうぞよろしく」

「お話は伺っていますよ。私が理事長の桂岡です」

アリの仲間にサムライアリと言うのがいる。ノボルや時子も見た昆虫だ。あごの大きなサムライアリは働き者のクロヤマアリの巣を襲って幼虫や蛹を奪い、自分の巣に連れて行って自分たちの身の回りの世話をする奴隷のようにしてしまう。餌集めから幼虫の世話まで全部クロヤマアリがやるのだ。別の見方をすると、サムライアリはあごを発達させて攻撃力の強い方向に進化したが、あごが大きすぎて細かい仕事に向かなくなり、クロヤマアリと共存するようになったと考える方がよいのかもしれない。だがサムライアリの凄い能力が発揮されるのは、最初にたった1匹でクロヤマアリの巣に乗り込むこれから巣を作ろうとしている新女王である。

女王になったばかりの新しい女王には、まだ手下の兵アリや働きアリが1匹もいない。まったくの孤独の女王なのだ。最初は1匹で乗り込み、襲ってくるクロヤマアリをなんとかかわして、巣全体を乗っ取らなければならない。クロヤマアリの巣に侵入した女王は短い間にその巣のアリたちの化学物質言語である臭いを分析し、自分の中で合成する。そしてクロヤマアリが襲ってくると同じ匂いを出して仲間になってしまうのだ。そうなるともう誰も攻撃してこない。新女王はやすやすと奥に侵入し卵を産み、やがてクロヤマアリを奴隷のように、自分の子どもたちを敵によって育てさせ、巣を乗っ取るのである。

同じような遺伝子がクレリア女王の中にもあるというのだ。高度に進化したファルメリアの昆虫人類は、においや化学物質も自在に使うが、さらに高度なことができる、記憶も書き換えることができるのだ。

羽鳥上級研究員はニホンミツバチの巣箱を設置するという理由で、今の広いベランダ付きの部屋を自分のものとした。でも本当は、これは被害にあったグリーンヒルの全体が見渡せる場所を確保したかったからであった。そして女王はたくさんの花の鉢とニホンミツバチの巣を用意し、この家の住人と良好な関係を築きながら潜入捜査を進めたのであった。

この部屋に落ち着いてまだ日が浅いころ、突然の来客に驚いたこともあった。ある日、部屋に戻って元の女王の姿に変身し、母星ファルメリアと連絡を取っていた時、画面の向こうで話をしていた娘のフィルティシアが突然画面の向こうで目を丸くして驚いた。

「女王様…女王様のすぐ後ろ…」

あせって後ろを見ると、なんと当時5歳の幸花お嬢様がいつの間にか部屋に入り込み、画面をのぞき込んでいたのだ。もちろん自分がほかの星から来た昆虫型宇宙人だとは誰にも言っていない。女王はとっさにつぶやいた。

「あら、幸花ちゃん、ここで見たことは秘密よ」

すると幸花はにこっとして答えた。

「うん、黙ってる、羽鳥さんが本当は妖精の女王だって誰にも言わないから」

「助かるわ、誰にも言わないでね。秘密がばれると私はここにいられなくなるからね。約束よ」

なるほど、透き通った長い羽があり、人間に似たその顔では妖精の女王と言われてもあながち嘘ではない。

「それで、なにか用かしら?」

すると幸花ちゃんは言った。

「お客様よ。今、パパもママもいないからお連れしたの」

「えっ?!」

ちょうどお手伝いさんもいない時間にそのお客さんは偶然やってきて、もう幸花ちゃんに連れられて廊下から部屋をのぞいていた。

それはメガネをかけた中学生の女の子、時子だった。

「しまった…幸花ちゃんならともかく、中学生はごまかせない」

女王は最後に記憶操作をする覚悟で時子を迎え入れた。時子の心は不安定で緊張していた。

「あの…私も秘密は守りますから、教えてください女王様」

時子は震えていた。事件の真相が知りたくてこのお屋敷に押し掛けたら、小さな女の子しかいない、それでも無理やり2階まで来たら…そこの住人は妖精の女王だった…彼女は、もうひどく混乱しているようだった。

「あの…この間の山火事の時、ノボルって男の子がいなくなっちゃったんですけど、なにか知りませんか?ええっとノボルっていうのは同い年の親戚の子で私の仲のいい友達で…この家にも来たことがあって、ここの家のリビングにもコンテストで1位をとった研究やゲームがあるんですけど…だから桂岡さんたちはよく知っているんですけど」

時子は一生懸命話しているつもりだったが、なんだか支離滅裂になり、どうしようと思っていたが、妖精の女王は大きくうなずいて話を聞いてくれた。時子は、少しずつ落ち着いてきた。

「…そういうわけで中学校の友達に聞いても、ノボルは留学したはずだっていうし、警察に聞いてももともとそんな男の子は現場にはいってないっていうし、ノボルのママはただ悲しそうにして何も言わないし、もうどこに行って何を聞いても何もわからないんです。でもノボルはついこの間まで私と一緒にいたし、さっきリビングをのぞいたら、ノボルの作ったゲームはまだありました」

でもそのうち時子はだんだんノボルのことが思い出されて涙ぐみ、やがて涙があふれ出すのを止められなかった。

「だから、急にこんなことを聞かれても困るとは思うんですけど、知っていることだけでいいんですけど、妖精の女王様は、中学生くらいの男の子が山火事の夜にこっちに歩いてきたのを見ませんでしたか?!何か関係したことでもいいんっですけど…」

すると女王は時子の瞳をじっと見て言った。

「…私は見ました。ノボル君は確かにランタンを持って夜の森を歩いてきました」

「本当ですか、それで、それで、ノボルはどうなったんですか?」

女王は大きく首を振った。

「森や私たちが吹き飛ぶのを止めようとして…爆風の中に消えてしまったの…。森は吹き飛んで焼け焦げちゃったけれど、おかげでこうして私は生きている。ノボルくんのおかげで…」

「じゃあ、ノボルは死んじゃったんですか?」

「死んだかどうかは誰もわからない…」

女王は何も答えられず黙っていた。

時子は女王の手を握って泣き崩れた。

「…ノボル君は頭がよくて、とても勇敢な男の子だったわ…」

「そうなんです、ノボルは本当に頭もよくて、いい奴で、いつもなにか面白いことを考えていて、そのためには努力を惜しまず何でもするし、いつも私をほめてくれて、なんでも一緒にしてくれたんです…」

女王は時子の手をぐっと握ってくれた。

「あなたはノボル君が大好きだったのね…」

時子は大きくうなずき、そのまま泣き崩れて、そのうち何だか眠くなり、テーブルにつっぷしてねむってしまった。

少しして目が覚めたときはなんだかすっきりして気持ちよく目覚めた。心にたまっていた悩みや辛いことが全部吹き飛び、なんだかみんな忘れ去っていた。やがて時子は下に降りて1時間ほど幸花ちゃんとお絵かき遊びをしていると桂岡夫妻が帰ってきた…。

羽鳥さんはさらに昔の話をつづけた。

「最初の3年ほどはほとんど何も手掛かりが得られなかった。ホラズマは、最初はこの街のヒーローランドの中に隠れて作戦を実行していたの」

最初のうちは姿を見られても怪人のロケだととぼけていたのである。だが女王が突き止めると本拠地を大学病院に変え、本格的なハイサピエンス計画を始めたのだった。そしてそこで第1回目の宇宙刑事との本格的な激突が起こった。戦いはベックの宇宙刑事サイドの勝利に終わったが、ホラズマは逃げのび、さらに拠点を移り、この街に残った。女王の捜査は一度振り出しに戻ったが、彼女は追跡をあきらめなかった。

それから数年の間ホラズマはアジトを色々変えて逃げていた。

「そして彼は一度姿を目撃されてマスコミに取り上げられて大騒ぎになった時期もあったんですが、これをご覧ください」

空間にもう1つの映像が現れた。それは当時のテレビドラマの映像だった。

「なにこれ、画面に本物が映ってる」

画面にはスカルマスクと不気味な宇宙人、そして3m以上ありそうな巨人ロボットが映っていた。だがその宇宙人は時子が見たあの黒い宇宙人ではないか。

「これは今から10年ほど前、スカルマスクが30年ぶりに完全復活と銘打って始まったテレビドラマの第3シーズンの映像だ。当時はブームにはならなかったが、敵の基地を捜して南の島に出かけるという斬新なストーリー、青い海、南国の美しい花やフルーツ、島の美少女などの映像や、当時ブームだった妖怪も出てくる。丁寧なドラマ作りが高く評価され、マニアの間では伝説のシリーズと呼ばれている。そしたらその最後の戦いにあの黒いバージョンのホラズマと謎の巨人ロボットが出ていて、なんだ映画の撮影の宇宙人かとなって、マスコミの騒ぎはそれっきり収まった。ちなみにこの巨人ロボットも、ホラズマが惑星ビューマから盗んだ高度なAIを搭載した本物のロボットのようだ。次にホラズマが本拠地にしたのは、なんとこの街の西岡高校の付属中学だった。

女王がそれに気づき、今度は宇宙警察もあのヘビメカを倒す昆虫メカを開発、チームでホラズマを追い詰め、スポーツセンターのプールでついにベックが1対1の最後の戦いに挑んだ。だがどういう方法を使ったのか、「奴をしとめた」とのベックの報告で駆け付けたチームのメンバーが発見したのは、勝ったはずのベックが意識不明で倒れている姿だった。ベックも勝ったはずが気が付くとやられていたというのだ。謎だった。ホラズマも姿を消していたという。

「奴はやられてもやられてもこの街を離れようとはしません。深い理由があるようです」

ベックはその時のけがが原因で戦列を離れ、現在は後任の若い刑事がこの街に潜入しているらしい。

「姿を隠すのがうまいあいつを捜して探して、やっと突き止めて命がけで戦い、勝って負けて、それを繰り返し、もう15年がたってしまいました。奴の新しい隠れ家も、エリクサーキューブやオクトクリエイターの使い道もわかりました。でも今度こそ奴を逮捕するためすべては秘密のうちに進められています。若い刑事の先入場所もそういうわけで教えられません。でもたぶん近いうちに時子さんにも話す時が来るでしょう。時子さんがこの街に現れてから、街の記憶が掘り起こされ、奴らはかなり焦っているようですから」

話が終わると、羽鳥さんは、今度はおばさんの屋敷まで時子を送ってくれた。

別れ際に羽鳥さんは銀の指輪とルビーのペンダントを時子にそっと手渡した。

「これは…」

「宇宙警察に用意してもらった高性能の発信機付きアクセサリーよ。あなたに何かあればすぐに宇宙刑事ショーンが駆け付けるわ。指輪の方はお風呂に入っている時も肌身離さないでね」

時子はなんだか心が軽やかになり、お風呂でも久しぶりの鼻歌が出た。

湯船につかりながら銀の指輪をじっくり眺めたが、高性能の発信機には見えなかった。

そしてお風呂から出ると、髪や体をバスタオルで拭くのもそこそこに、バスローブをひょいとひっかけ冷蔵庫を開けた。冷えた飲むヨーグルトで作ったラッシーをグビッと飲み、レンジで温めたさすらいカレーの弁当を開けた。

「うおっ、すごいボリューム、こりゃうまそう!」

中にはサフランライスの上にタンドリーチキンとトロトロのビーフステーキがドーンとのっている。そこに別についてくるカレーソースやサラダを盛り付けるのだ。

「いやあ、やっぱ、ここのカレーは、1日1回は食べないとね」

ステーキにかぶりつく。今日のいろんなことが思い出される。

いくつか疑問が解けてきた。桂岡家の人たちだけが記憶を失ってなかったのは、そこに女王がいたからだったんだ。

きっと私だけ昔のことを少し憶えていたのは、この街に住んでいなかったから…。メモリープリズムの影響を受けにくかったんだ。

「あれ、誰だろう、佐々岡さんじゃないわよね…」

その時、すっかりくつろいでいた時子のスマホにメールが着信した。最近使ってなかった昔のメールアドレスだ。

ぱっと目を通して時子は驚く。2年前に勤め先が遠くに変わり、そのまま連絡もしなくなった昔のカレダ。今度こっちに帰ってきたから、また会わないかと言うのだ。メールの最後に待ち合わせ場所と日付時間、そして会費が書いてあった。

「え、ちょっと待って、この日付、明日じゃないの、昔のまんまだわ。こっちの都合なんてお構いなしね、誘っておいて、まだ会費制だし…」

去年あたりなら大喜びしていたはずだが、今はなぜだろう気が進まない。

なぜか気が進まない自分を置き去りにして、寝室の机で今日の分のイラストの仕事を終わらせると、時子はそのまま眠りについたのだった。

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