9 ハイサピエンス
「あ、時子さん、すいませんお世話かけちゃって」
「いいのよ。最近ゲーム喫茶で知り合いになった大学病院の看護師さんが色々教えてくれたのよ」
やってきたのはトパーズ朝の部の店長のサトミだった。
サトミちゃんは胸にしこりを感じて、乳がんだったらどうしようと思い悩んでいたのだ。それをきいて看護師のシオリさんに聞くと、今大学病院で、きちんとわかる胸部エコー検査を土曜日の午後にやっているから、そこに行くといいとアドバイスしてくれたのだ。
「その日は昼に編集の佐々岡さんと取材があるから場所を教えてもらえばこっちも助かるしね」
2人はのんびりした土曜日の12時ちょっと前、グリーンヒルセンターの西口を歩き出した。何かとごちゃごちゃした東口の商店街と違い、広く整然としたバス乗り場、自転車の立体駐エ輪状などがあり、並木のある緩やかな広い坂道のあちこちにおしゃれなカフェや雑貨のチェーン店などが点在している。
昇っていくとあちこちにおしゃれな住宅が目に付く、坂の上に、高級住宅街が広がって行く。
このゆるやかな坂道の上には小中学校や有名な私立高校、大学の医学部と大学病院などがあり、競泳の試合にも使われる大きなプールやアリーナ、ラグビー場などもある。
「時子さんの言っていたおしゃれなレストランはこっちですよ」
サトミちゃんに誘導されるまま緑に囲まれた広い庭に入っていく。サトミはまたスマホを除き、色々情報を教えてくれる。
「あ、すごい。今日のレストランのイベントには四天王が全員揃いますよ」
四天王って一体何だろう?
「今日行くレストランは、クラモ対応でクラモを登録する必要があります。登録していただけましたか?」
「夕べ登録は終わったけど、住所から電話番号、口座やクレジットカードの情報、アレルギーの有無、SNSから好きな色とか食べ物の好き嫌いまでいろんなことを質問されたわ」
「登録してあれば出入りは自由、お会計もレジに行かなくても食べた料理を自動判別して自動引き落としになるし、あなたのアレルギーや好き嫌いを考慮して今日のお買い得料理屋シェフのおすすめもどんどん教えてくれて便利よ。お金の使い過ぎにならないようにちゃんと注意もしてくれるしね」
「スマホを持っていないご高齢の人たちなんかはどうするの?」
「受付に登録済みのスマホがあり、無料で貸し出ししています」
今日佐々岡さんと取材するというイベントレストランスキャパレリは、天井の高い平屋の大きな建物で、見た目は高原の美術館といった風情か。
大きなホールが1つと小さなホールが3部屋あるのだが、それぞれの部屋に舞台設備や照明、音響機器があり、いすやテーブルも簡単に並べ替えのできるフリー仕様だ。室内を暗くするのもスイッチ1つで自動カーテンオン、全部を舞台や映画館に変えたり、すべてをレストランに変えたりもできる。この日は大ホールにピアノの名機スタインメイを配置し、有名なバイオリニストとピアニストを呼び、極上の音楽を聴きながらフルコースを食べるという私立高校関係のイベントだった。実はその私立高校では野球やサッカーやラグビー、陸上競技など、いくつもの優勝、全国制覇などの祝賀イベントが開かれていたのだ。音楽と料理も祝賀会の1部で、大ホールで音楽と料理を満喫したあと、優勝記録写真店と、遠征費応援グッズ即売会もそれぞれ小ホールで行われるという。
まだ時間までは少しあるらしく、全体にガランとしている。
「ええ、場所はよくわかったわ。じゃあ大学病院まで行きましよ」
「いいんですか?」
「実は情報をくれたシオリちゃんて看護師さんが、今日は午前で上がりだから、うまく会えたら中を案内したいって言ってたのよ」
「ええっ、本当ですか。ありがとうございます」
2人はさらに少し坂を上ると、2つの高層ビルからなる巨大な大学病院へと入っていった。
時子の姿を見つけるとシオリは走り寄ってきて、サトミとご対面だ。この間は猫にコスプレしていたシオリだが、今日は私服のバッグにかわいい猫のキーホルダーが揺れていた。同年代のサトミとシオリはすぐに仲良くなったようで、キャッキャ笑いながら奥へと歩き出した。それを見届けると時子は先ほどのイベントレストランスキャパレリに戻っていった。
「時子さん今日は早いじゃない」
病院に行っている間に、佐々岡さんがちゃんと着ていた。今日も早い。いつも入念にアポをとる佐々岡さんだけに、受付で名前を言うと2人はすぐに個室に案内される。しかしここのスタッフはよく訓練されていて、しかもあったかい。入り口や廊下、個室の入り口で、スタッフのみんなが笑顔で迎えてくれる。
時子はここのスタッフの笑顔をまたさっとイラストにした。スタッフの1人がそれを見てほほ笑みながらこう言った。
「すぐに店長が参りますので、それまでお庭でも見ていてください」
ここのレストランには個室側に錦鯉が優雅に泳ぐ池のある和風の庭と、大ホールから眺められる噴水や滝、ローマ風の石像などのあるイタリア式庭園がある。そしてフルコースの料理とともに店長の東条だ。店長はまだ30台前半のいかにもやり手の女性だった。
「この店では和風洋風に偏らず、和風料理、中華料理、フランス、イタリア、スペイン、エスニックなど各ジャンルの壁を越えて、様々な料理をお出ししています」
まず食前酒として、チーズのシュークリームとともに出たのが、ドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼだ、甘くてチーズともよく合う。そのあと細長いグラスで泡がゆっくり上るのを見ながら今度は冷えた発泡日本酒で乾杯だ。
そして出された前菜は、小さな小鉢に旬のおいしい小物を並べた、中華風であった。
中にはチャーシューやクラゲもあったが、薬膳料理風味のローストビーフ、キャビアの長芋細切り和え、マグロの刺身ディル風味などかなり自由な感じであった。
「個室の入り口のセンサーで持ち込まれた各料理が判別され、料理名や食材の産地やカロリー、税込みの料金などが自動にクラモの画面に記録され、スマホでいつでも確認できます」
佐々岡さんがさらに詳しく聞くと、食べたときの会話や食べ具合から様々なデータが記録され、それが次の料理のデータに行かされるのだという。それがAIに処理され、客のあらゆる好みが生かされたメニューをAIが提案までしてくるのだという。
「ですから、この店に来れば来るほどデータが蓄積され、ご満足度が高くなります」
さらにそれから17種類の野菜をじっくり煮込んだ極上のコンソメスープ、農家の顔が見える有機栽培のサラダ、大きな保温ワゴンで運んでくる10種類から選べるブレッドバーと続き、メインはオニオンやニンジンの中に大きなステーキ肉がのっているビーフステーキシチューだ。見た目のインパクトも凄いが、ポルトワインと熟成バルサミコ酢で煮込んだというとろとろの特大ビーフのおいしさと言ったら!…デザートも8種類から選べ、時子は冷凍フルーツを削った梨と白桃のソルベ、佐々岡さんはクリームあんみつを頼んだ。
「そしてうちのAIには、旬のもの、特別に新鮮なもの、お客様の食べたことのない美味なものなどを新しく提案する機能も備えております。さらにそれが新しいデータの蓄積を生むわけで、メニューを進化させるのです」
さらにこの店ではスタッフをなるべく変えず、いつも同じメンバーで迎えられるように給料や待遇、シフトなども工夫していた。
ビーフステーキシチューがかなり気に入ったらしい佐々岡さんは、それからも色々質問し、鬼のようにメモを取っていた。そして質問は今日のイベント、地元の高校にまで及んだ。
「ええ、そうなんですよ、ここの私立西岡高校は2年前まで全く無名の高校だったんですけど、今年は7つの団体競技と9つの個人競技で日本一になったんです。それに今年は勉強の方も凄くて、9割以上の生徒が有名大学に受かってるんです」
「ええ、本当ですか?そりゃあ、すごい」
「じゃあ、全国の学校から素質のある子供を集めているんですか?」
佐々岡さんが訊くと、店長は笑って答えた。
「それが不思議なんですけど、ほぼ8割の生徒がこの緑ヶ丘センターの地元の出身なんです。ここの大学病院で生まれて、ここの小中学校を出た子供たちばっかりなんです。みんな勉強ができたりスポーツが得意だったりするだけでなく、男子はみんな身長185cm以上、女子も180cm近いスーパーモデル並みの子も多いんです。頭もよくて体格もいい、彼らはハイサピエンス世代と呼ばれています。ほら時間です、四天王を始めとした西岡高校のメンバーが集まってきたころです。ちょっと覗いてみませんか?」
「もちろんです」
佐々岡さんは早速立ち上がり大ホールへと歩き始める。時子もなんとなく嫌な予感がしたがついて行って驚いた
大ホールには舞台とスポーツ大会の記録を映す大画面が設置され、決勝の様子などが数分間に短く編集されて上演されていたが、驚いたのは、そのあとの表彰式だ。
プロのバイオリニストとピアニストの高度な演奏をbgmに、名前を呼ばれた生徒たちが舞台へと集まりだしていた。
「…本当だわ、みんなとんでもなく背が高い…」
バレーボールの優勝メンバーは、もちろん高校生だが全員190cm以上ある。さらに短距離の金メダリストは197cmアリ、ラグビーのキャプテンは背が高いだけでなく、厚い胸板はプロレスラー並みだ。
そしてその中でも飛びぬけて大きな4人組、野球の投手とサッカーのディフェンダー、水泳の自由形選手、2m12cmあるバスケットの選手が顔も二枚目で成績も抜群で四天王と呼ばれているのだ。
時子はその中に、テレビや雑誌でよく見る、トップモデルのマリマリを見つけて驚いた。みんなと同じ制服を着ている。
「ここの現役女子高生だったんだ…」
そのほかにも、まちがいなくファッション雑誌で見たことがある女子高生が何人もいた。みんな頭脳も超一流、西岡高校はモデル界でも、確実に勢力を伸ばしているようだった。
だが時子が舞台に近づいた時、それは起こった。
その周囲にいた高校生たちが、なぜか一斉にスマホを取りだし何かをチェックし、そのまま全員が同時に時子をじろじろと確認するように見つめたのだった。
「な、なんなの?この高校生たちは?」
異常な雰囲気だった。静寂の中、続けて時子の周りから高校生たちが理由もわからず、だんだんと離れていった。時子が何となく高校生たちの手元を見ると、どの高校生たちもあのクラモの画面を開いているようだった。
佐々岡さんも、その異様な雰囲気に気が付き、早めに帰ることを進めたのだった。
「しかしこんな大きくて優秀な高校生たちが、生まれた病院からみんな一緒だなんてどういうことなの?」
すると表彰式の司会者が意外な発表をした。
「さて実は今日の午前中まで開かれていた、全国高校生パズル選手権で、わが西岡高校のパズルクイズクラブが優勝いたしました」
「え、えええっ」
周りがどよめいた。パズルクイズ選手権と言うのは、ただの知識量だけでは絶対に解けないひらめきや柔軟性、創造的な力を必要とされる問題が多いことで有名な選手権だ。西岡高校は、頭の柔らかさでも日本一を勝ち取ったのだ。
だが、次にMVPを表彰することになり、サッカー部のキャプテンが呼ばれたのだが、その読み上げられた誕生日が、気が付くとちょうど15年前ではないか!
「…15年前って一体…ハイサピエンスはみんな15年前から生まれた」
その頃大学病院に検査しに行っていたサトミもおかしなことに遭遇していた。
受付を済ませ、生理機能測定室で胸部エコーの診察を受けすぐに結果を聞きに来たサトミは、シオリちゃんにラインを送った。
「どうも乳がんとは関係なくて、その他の結果もよかったようよ。これから先生にきちんと結果を聞きに行ってくるから、出口でまちあわせしない」
オーケーしたシオリは出口で待っていたが15分たっても出口に来ない。そこで勝手知ったるシオリは、待合室を確認し、結果を教えてくれる検査室のドクターにも確認し検査室の中や近くのトイレまで探し回った。
「ああ、青山サトミさん、異常が見つかったとかで院長先生直々に呼び出されて18階にさっき連れていかれたよ」
通りかかった知り合いのドクターが教えてくれた。
「うそでしょう、18階って言ったら特別手術室の場所じゃない」
一体何が起きているというのだろう。18階と言えば特別な許可がなければ入れないセキュリティの高い階だ。
「どうしよう…私のIDカードで入れるかしら」
シオリはさっと看護師の制服に着替えると、エレベーターに駆け込んだ。シオリはエレベーターのカード装置にIDカードを入れて18階のボタンを押した。小さな電子音がして18階のランプが点灯した。
「…よかった」
エレベーターは高速であっという間に18階に到着、ゆっくりと扉があいた。
やはりセキュリティが高いのか人影がなくがらんとしている。
廊下を少し歩くとロビーに車いすに乗せられた若い女性がちょうど運ばれてきた所だった。頭になぜか包帯を巻いている。
「サトミちゃん!」
駆け付けるシオリ、だがサトミは、ぼーっとして声もなく、視線も合わない。
「何があったんですか、彼女はどうなったんですか?!」
すると車いすを押してきた年配の看護師と若いドクターが焦ったように質問で返してきた。
「君こそ誰だ、許可はもらったのかい」
「私はB棟3階の皮膚科の看護師青島シオリです。乳がん検査の後この患者が帰ってこないので心配して捜しに来たんです」
シオリの必死な様子に、ここはきちんと対応しないと後で大変なことになるという雰囲気がひしひしと伝わってきた。年配の看護師が若いドクターにつぶやいた。
「もうこの患者は引き渡して平気なんですか?」
すると脳外科の前田という名札を付けたドクターがあせってしゃべり始めた。
「…この患者は健診の途中で異常が見つかったので、脳波の検査をしていたんだ…結果は異状なし、今意識がぼうっとしているのは特殊なガス麻酔を使ったからで、マイクロチップの傷も見た目にはまったくわからないし、意識の方もあと3、4分もすれば嘘のように普通に戻るはずだ。包帯もいますぐはずしても大丈夫だ。
…マイクロチップ?今このドクターはマイクロチップと言った?
「…わかりました。じゃあ、包帯をはずしますよ」
年配の看護師が会話を遮るように早速包帯を外す、なるほど大げさに包帯をしていたが、はずしても特に何の痕跡もない。
「がん検診の若松先生の所には、今すぐ脳波に異常がないと診断結果を送っておくよ」
そしてシオリと車いすのサトミは追い出されるようにエレベーターに乗せられ1階へと降りてきた。がん検診の若松先生はがんの疑いはまったくないこと、検診中に急に頭痛を訴えたので脳波を調べてもらっただけだとの一点張りだった。
サトミの意識もあっという間に戻り、連れていかれた後の記憶はほとんどない、今はとても体調がいいと元気に話しだした。
でもあの時の車いすに乗ってぼうっとしていたサトミのことが心配なシオリは、すぐに時子に電話して、今の事件のことを急いで話した。時子はスキャパレリから、佐々岡さんと別れてすぐに駆け込んできた。
「あ、サトミちゃん、よかった、思ったより元気そうで」
「心配かけてごめんね、でも、乳がんも脳波も問題なくて、今とても調子がいいのよ。ありがとう」
サトミの元気な様子を確認すると、時子はコスプレ看護師の青島シオリの手を握った。
「シオリちゃん、大変だったわね、色々ありがとう。サトミちゃんは私が責任もって駅の近くのマンションまで送り届けるから、心配しないでね」
一体何が起きたのかシオリにもわからなかったが、あの年配の看護師や若いドクターは何かを隠しているとシオリは直感していた。
「サトミちゃんに何かあったらすぐに連絡してください…」
「まかせて」
あの広い坂をゆっくり歩いて下りていく時子とサトミだった。だがその二人の後姿を物陰からじーっと見つめる、あの怪しい黒い服の男がいた。
「そういえば、時子さんの取材はうまくいったんですか?」
今度はサトミの方から声をかけてくれた。
「ええ、店長さんに色々お話を聞いたわ。でも驚いたわね。西岡高校の子どもたちが来てたんだけど、みんな背は高いし、頭はいいし、かっこいい男の子もたくさんいたけど、女子もファッション雑誌に載るような子もたくさんいて…。ええっとなんだっけ、ハイサピエンス世代って言って…」
すると、サトミが複雑な顔で言った。
「私も地元の西岡高校の卒業生なんです。でも、確実にハイサピエンス世代ではない。同じ町で生まれて、同じように育ったのに、私たちより2、3年下の世代から、突然成績も体格も違って」
どうやらサトミやシオリたちの世代は、いつもハイサピエンス世代と比較されてバカにされてきたらしい。
「学校の成績もスポーツでも全く勝てなくていつも悔しい思いをしてました。もっと大きくなったら勝てるのかなと思っていたらますます差が開いて。あの高校にしても、一定以上の成績がある子供はエリート学級クラスに分けられて別の授業を受けるんです。そこに入るとなぜか益々力がついて差が開いていくんですよ。私だって今のシオリちゃんだって、そんなに頭の悪い方じゃなかったんだけど、ハイサピエンス世代と比べたらカス扱いでしたね。もう、ハイサピエンス世代は私たち卒業生をバカにして見下してるし、でも差がありすぎてけんかにすらならない、どうにもならない溝があるんですよ。どう言ったらいいのかな、ハイサピエンスは差がありすぎて自慢すらしないんです。私たちを別の生き物みたいに無視するんです。それが耐えられなくて…」
そういえば思い出せば、あの拳法少女のリンちゃんや金魚屋の娘で弓道部のキャプテンだったキヌちゃんも、たぶん同じ世代で同じような悩みを持っているのだろう。でも桂岡さんのところの幸花お嬢様はちょっと違う気がする。なぜだろう…。
駅まで下りていくと、駅ビルの前の広場で何か取り付け工事をしていた。何だろう?でも時子とサトミは、そこに良く知っている顔を見つけて早速声をかけてみた。
「こんにちは、キヨタカさん。なんの工事何ですか?」
そう、サトミの店のそば、イケメンサンドイッチの店リバプールのキヨタカさんだ。
「いやあ、スポンサーのあてが見つかってね、しばらく休止になっていたスカルマスクの実物大銅像がやっと取り付けられることになったんだよ。ぼくはこの計画の駅ビル側の実行委員をやっていてね、朝から大忙しだ」
背もすらっとしていつもさわやかなキヨタカさんらしく、工事関係者とも和気あいあいで支持を出している。なんでも身長175cmのスカルマスクの彫像をここに取り付けルのだという。実はスカルマスクだけでなくそれより2まわり大きな馬頭のメーズ、さらにもう1まわり大きな牛頭のゴーズの銅像は、第1次工事で屋上の噴水広場に取り付けられているのだという。クレーン車などの大きな什機も出て、なかなか大掛かりな工事のようだ。
さらに駅ビルの入り口には大きなポスターが貼ってある。スカルマスク40周年記念フェアだ。ここでしか手に入らない、マニア必見の限定フィギアや記念Tシャツ、スタッフジャンパーなどの豊富なグッズが売り出されるのだ。
「ああ、時子さん、思いもしなかったことやるみたいよ。
ヴァーチャルドリームランド特別コラボ企画、ミナミの楽園のスカルマスク…」
「南の楽園のスカルマスク?どういうことなのぜんぜんピンと来ないわ」
時子とサトミはさらにポスターを読み、ビルのスタッフに説明を聞いたりしてやっと分かってきた。実はこのビルの4階がVR遊園地バーチャルドリームランドになっている。専用のヘルメットを帽子のようにかぶるだけで、視界はVR、自分の周囲360度すべてが別の空間に入れ替わるのだ。音響は動く立体音響、椅子は画面に合わせて傾いたり、揺れたりする。風も吹く。風邪の強弱、方向も変わるのだ。今月のイベントは、
1;ファンタジーメリーゴーランド
2;天空の観覧車
3;突然ハワイ
4;惑星ローリー
ファンタジーメリーゴーランドは、遊園地にあるような木馬にまたがると、風景だけがどんどん回って、やがて木馬が遊園地から飛び出し、妖精が飛び交う七色のお花畑を飛び越え、せせらぎに沿って森の小道を走り、やがて小さな滝をいくつか飛び越え、最後は大きな滝をさかのぼって大空に飛び出し、夕焼けの中をふんわりと飛行、最後に夜空に瞬く幾千万の星のイルミネーションの中を飛び、最後は流れ星とともにキラキラ光る夜の遊園地に着陸する。
天空のゴンドラは、遊園地の観覧車のゴンドラに乗り込むと、数百mの巨大な観覧車が姿を現す。上に上にゆっくり進む、窓の外には大きな雲が広がり、そこを抜けると、自由の女神の巨大な顔がゆっくり動き、やがてエンパイアステートメントビル、東京タワーや、スカイツリーより高く昇っていく。また雲を抜けると、藤さん、アルプス、ヒマラヤとさらに高いところに上り、最後には宇宙空間から青い地球を見下ろしてゆっくりと降りてくるのである。
突然ハワイは、スポンサーのハワイアン料理屋パンケーキのチェーン店のペレペレもある施設で、ハワイ諸島の色々な場所を、好きなドアを選ぶだけで、ドローンで飛ぶ、歩く、食べることをヴァーチャル体験できるのだ。
惑星ローリーは、森とお花畑の惑星ローリーが、機械帝国に襲われた。あなたはかわいい動物たちや妖精の女王を救いに惑星に降り立つ。たくさんのドロイドたちや、悪のロボットたちをハンドガン型コントローラーでやっつけろ。
そして今回のスカルマスクとのコラボ企画では、第1部ではスカルマスクの世界にはいってスカルマスクとともに戦えるのだが、第2部では秘密組織のアジトがハワイ島のマウナケア火山山頂にあり、なんとハワイ観光をしながら秘密組織と戦うという凄いことになるというのだ。
「誰が企画したんだかわからないけど、本物そっくりのハワイに行けてしかもスカルマスクと会えるなんて、ホノカちゃんのお父さんが大喜びしそうだわ」
時子は笑っていたが、後に自分がその世界に深くかかわることになるなんて知るはずもなかった。
サトミちゃんが予約しておいた夕食を取りに行くというのでつきあうと、なんとそれは時子がよくいくあのチャラい大河さんのさすらいカレー弁当だった。
「えーっ、ここでお弁当出してるなんて知らなかった」
サトミの弁当を横目で羨ましそうに見ていると、あのアウトドアダンディーの大河さんがニヤッと笑っていった。
「あれ、もし食べてくれるなら、キャンセルが出たから1つ持ってきなよ。安くしとくよ」
時子はもちろんオーケー、サトミにつきあって得した感じだ。
「じゃあね、サトミちゃん。またトパーズのサラダバーのサラダやスープを食べに行くからよろしくね」
「ありがとうございました。じゃあ、また店で待ってまあす」
サトミは大学病院で自分が何をされたか知るすべもなくマンションに消えていった。時子は駅の西口から歩きなれた東口へと方向を変え、住み慣れたあの屋敷へと歩き出した。
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