7 グリーンノート

「もしもし、オクタゴンダイバーの件でそちらに紹介していただいた芽森時子と申します…実は私、そちらのお隣の外交官の水谷の姪で、今水谷邸で寝起きしていまして」

北辰神社の参道の緑が目に鮮やかだった。途中桂岡さんの家のそばまで来た時子は早速電話を入れてみた。すると病院や大学、スポーツ施設などを傘下に持つ大きなグループの理事長である桂丘さんは、とてもやさしくフレンドリーに接してくれた。

「ああ、イギリスで勤務のご主人の世話で奥さんもイギリスに行ったとは聞いていたけど、そうか君が留守番でお屋敷に来ていたのか…。時子ちゃんかい、君は憶えてないかもしれないけど、昔は水谷さんちのノボル君と一緒にうちの庭によく来たんだよ」

「え、そうなんですか?」

「それも仕方ないかな、もうかれこれ15年くらい経っているからねえ、まあとにかく懐かしい」

「あの、すみません、そちらのお屋敷は大きくて、確か入り口が4つぐらいあったんですが、どこから行けばいいんでしょうか」

そうなのだ、この屋敷は敷地内に大学の施設もあるので、正門、玄関のほか、職員専用口、駐車場口、裏口といくつか入り口がある。

「ははは、君が水谷さんちにいるなら、庭から来てよ。それが抜群に早いよ。くつろいだ格好で気を使わないでいいからね。うん、娘の幸花が迎えに行ってくれるそうだ」

「は、はい。ありがとうございます。じゃあ、あと10分ぐらいで庭に出てます」

なんか思っていたのと違う展開になってきた。しかもなぜだろう、桂岡さんは記憶がはっきりしている、私は憶えてないが、昔の私やノボルのこともちゃんと憶えている。これはどう考えればいいの…。

時子はまず、いつもと同じようにおばさんの家に駆け込むと、急いで着替えて、念のためにいつものタブレット入りのリュックを背負い直し、1度大きく深呼吸をすると、あのレンガのテラスの方に歩いていった。

そして庭用のかわいいサンダルに履き替えると、金属のテーブルセットの横を抜け、薔薇の咲き誇る花壇を越え、畑と農機具小屋を横に見ながらレンガの歩道を進んでいった。

「あ、もう来てる」

こちらの庭とグリーンヒルの境のフェンスのところに髪の長い凛としたお嬢様が立って手を振っていた。

「こんにちは、娘の幸花(さちか)と申します。迎えに来ました」

なんだろうどこか見覚えのある顔だった。

「こんにちは、目森時子です。あれ?あなたと会ったことありましたっけ」

すると幸花お嬢様はにこっと笑った。

「あ、やっぱりそうだ、私がまだ幼稚園の年長さんの時に会ったお姉さんだ。あの時私にカエルの絵をかいてくれたんですよね」

もちろん時子にはまったく記憶がなかった。ないはずだった。でもそういわれると天使のようにかわいい小さな女の子の顔が自然に浮かんでくる。やっぱり会ったことがあるのだろうか。

すると今までは気が付かなかったけどグリーンヒルとの境にある大きなフェンスを幸花さんが何かカチャカチャといじると、フェンスの一部がギィーっと動き、ドアが開いた。

「こちらへどうぞ、グリーンヒルにようこそ」

ドアを抜けてゆるやかな森の小道を登っていくと、すぐに視界がぱっと広くなり右手に桂岡の屋敷が見えてくる。その奥には広い駐車場と大学の研究室や湧き水を利用した養魚錠やワサビの実験栽培上があり、絶滅の危機に瀕している日本の固有の魚やマスの新しい品種などが研究されているらしい。

「ここはすごく昔から外国の研究者たちが出入りしてて、そこでグリーンヒルって呼ばれていたみたいです」

左手にはせせらぎの小道があり、その奥は美しい森が続いていて、奥であの北辰神社とつながっているという。その森へと続く小道を見た瞬間、時子の心に不思議な感覚が湧きあがってきた。

「来たことがある…何回も歩いたことがある。何かを探しにノボルとこの道を歩いたんだ」

涙が出そうになるのを、ぎゅっと拳を握りしめて我慢した。

すぐ目の前の屋敷のガラス戸が、すうっと開いて50才くらいの桂岡さんが出てきて手を振ってくれた。時子は庭から直接、サンダルをスリッパに履き替えてそのまま1階の応接室へと入っていった。

「やあ、時子君、こんなに立派な美人になっちゃって驚いたよ。でもかしこそうなメガネ姿はあの時の面影そのままだな」

そしてそこには時子より少し年上のもう1人の女性がいた。

「大学で蜜蜂の研究をしている羽鳥と申します」

上級研究員である彼女はこの屋敷の2階の広いベランダを借りて、いくつかニホンミツバチの巣箱を置いているという。

「うふ、羽鳥さんは蜜蜂とお話ができるのよ」

幸花の紹介に羽鳥さんは笑っていた。あとこの屋敷には大学の職員や研究生、さらにお手伝いさんなどがいるようだ。有名な同時通訳をやっている幸花の母親の桂岡夫人は今週1週間は国際会議の通訳の仕事にに出ていて不在だそうだ。

時子は、早速いつもの作戦でリュックからタブレットを取りだすと、聡明で優しい桂岡さん、ちょっと高貴な感じの幸花お嬢様、そして蜜蜂おねえさんの白鳥さんの似顔絵を描いてみた。

「え、短時間でそっくりだ、あの当時も絵が得意だったけどさらに腕をあげたね」、

「わあ、すごい、本物のイラストレーターと知り合いに慣れて感激です」

桂岡親子は大感激、でも羽鳥さんを描いた時なぜか、蜜蜂という言葉が導いたのか、背中にマントのような閉じた透明な羽をつけ足してしまった。

「あらおもしろい、ねえ時子さん、昔私もあなたに会っているんだけど、思い出さないかしら?」

「え、ええっと…」

確かに会ったような気はするが、ぼんやりしていてわからない。

「いいのよ、わからなくて。あの時は今と見た目がかなり違っているからね」

そう言って、また羽鳥さんは笑っていた。

それから幸花さんがおいしい紅茶ととびきりのクッキーを出してくれた。

紅茶の世界に浸っていると、桂岡さんが早速説明してくれた。

「ほら、そっちのガラス戸棚に色々並んでいるだろう、あそこは大学関係のいろんな受賞したトロフィーや研究論文の戸棚なんだ。その中心に入れてあるよ、ノボル君の受賞作がね」

見ると「夏休み自由研究コンクール金賞受賞作品」というプレートと共に飾ってあるのがあのボードゲーム、オクタゴンダイバーだった。こんな賞もとっていたのだ。

「本当は、これはノボル君の家に飾っておくものなんだ。でもノボル君は次のコンクールまでここにおいてくれればいろんな人に見てもらえるからと、置いていったんだ。カード8枚だけコピーをとってね。1番最初に作った8枚だけは持ち帰ったってわけさ。でもノボル君がそれから箱を取りに来ることはなくて、ずっとここにあるんだ」

時子はその8枚のカードを自分のリュックから取りだすと箱の中の残りのカードと一緒にした。すると桂岡さんがそっとつぶやいた。

「ぜひ水谷さんのお宅に持ち帰ってそちらに飾ってくれ。それでちょっとお伺いしたいんだが、時子君、ノボルくんとは連絡が取れなくなってもう15年になるけど、どうなったか知ってるかい?前に一度おばさんに聞いたけど悲しそうな目をするだけで」

時子は本当に心配してくれている桂岡さんに知っている限りのことは伝えたいと思った。

「…ご存じの通り、原因不明の山火事事件とかあって、15年前のあの頃のことがよく思い出せないんです。ノボルは高校からアメリカに留学すると、当時から言ってたんですけど…母は向こうで飛行機事故にあったんじゃないかと言ってました…。でもそれも確かめたわけじゃなくて…私はこの間、おばさんの家でノボル君の幻を見て…、彼はまだ生きていると信じているんです…」

桂岡さんはその言葉を聞いて、言った。

「時子さんが生きているというのなら、私も信じよう、彼はきっと生きていると」

するとその時、羽鳥さんが何かを思い出したように近くの本棚を探しはじめ、ほどなくして1冊の緑色のノートを引っ張り出した。

「この緑色のノートはノボル君がこのゲームをなぜ作ることになったのか、どんな苦労をして完成させたかを記録したノートです。山火事事件の前までのことが色々書いてあります。ぜひ、ご参考にしてください」

「え、本当ですか?あ、すごい、これは全部ノボルの字だわ。…ありがとうございます」

桂岡さんは、たまに休日にいるだけだけれど、娘の幸花さんはもう大学の夏休みで家にいることが多いからいつでも連絡してと、SNSや電話番号などくわしい連絡先を教えてくれた。

話をしながらまた何かが思い出されてきた。

この羽鳥さんはこの事件の鍵を握る大切な人、そしてなぜかはわからないけど、とても信頼できる人だと体の中から思い出されてきた。思えば今日は朝からいろんなことがありすぎた。遊園地でリンちゃんと再会したり、キヌちゃんとノボルの本のことで話し合ったり、ジュピターでゲーム仲間と出会ったり、本当に目まぐるしかった。そして力を貸してもらって最後にはここに来ることができた。

自分で歩き回ることによって、ただ当時のことを教えてもらうのではなく、自分の中から何かが沸き上がるように思い出されてきた。

時子はお礼を言って、自分の寝泊まりするおばさんの家に帰った。ボードゲームの箱とグリーンノートをしっかり抱きしめて。

時子は家に帰るとじっくりと風呂に入り、長かった1日の疲れや汚れをさっぱりと落とした。そして庭で採れた生バジルたっぷりのパスタと窓辺のプランターで作ったルッコラとトマトのサラダ、和風パンの甲イカの南蛮揚げパン、そしてザ、スパイで買ってきた中スパの良く冷やしたマンゴーを食べてゆっくりくつろいだ。そしてパジャマ姿のままボードゲームの箱とグリーンノートを抱えて自分の寝室に直行、机の上に箱をおいて、まずはカードを眺めてみた

「ちゃんと64枚ある、よかった」

ゲーム盤には8方向8種類のテーマが割り振られたテーマサークルがあり、そのサークルの中にはさらに8方向に8枚のカードが並べられる。だから8×8で64枚である。テーマサークルは次のように並んでいる。

上段;森8枚、動物の生態8枚、ピラミッド8枚

中断;落ち葉8枚、草花8枚

下段;川8枚、中流の流れ8枚、ワンド8枚

「え、これって?」

時子の顔色が変わった。下段のワンドのテーマサークルの1枚目、「河岸段丘の湧き水と川の伏流水」のイラストを見た時だった。

「えっ、このカエルのイラスト、私のマスコットのカエルちゃんと一緒だ」

手が震えた。最初はどうして同じ絵なのか全く分からなかった。パっと開いた大きな丸い目、吸盤のある指先、単純な絵だが、なにもかも同じだった。

「…これって…もしかして」

ある1つの考えに達したとき、時子は64枚のカードをもう一度見つめ直した。

「やっぱりそうかも…」

そして今度はグリーンノートをじっくり読みだしたのだった。

グリーンノート(オクタゴンダイバー政策の過程)水谷ノボル。

うちの横には隣の家の方から流れてくる水路がある。浅くて小さな水路だけど一応危険防止のフェンスがあって、小さいころは、近づいたりのぞき込むことなど一度もなかった。でも、小2のころザリガニ捕りがはやって、ぼくもお父さんの釣りの網を持ち出し近づいてみた。中に色々動いているので網を入れて捕ってみた。ところがザリガニは1匹も捕れず、ひげの生えた魚や透き通ったエビ、オタマジャクシや変な虫が捕れただけだった。すぐに母親にバケツを見せると、母親は図鑑で1匹1匹調べてくれてこう言った。

「ノボルちゃん、うちのまわりは緑が多くて水も湧き水できれいだから、どうも珍しい生き物が多いみたいよ、その蟲はね、今数が減っているタイコウチにミズカマキリ、ミズスマシもいるわ。あと透き通っているのはスジエビ、あと6本のヒゲが生えているのは、どうも絶滅危惧種のホトケドジョウね」

最初はザリガニが捕れなくてがっかりしていたが、そのうちもっと珍しい生き物ばかりだと分かり誇らしかったのをおぼえている。

そして次にその水路を少し下ったところに小さな橋があり、そこを渡ると川に沿った小道があるのを発見する。橋から先は下り坂になっていて、ズンズン下っていくと下の大川に注ぐ合流地点への近道になる。そこにはほとんど人のいない、自然の河原や、ワンドと呼ばれる入り江が広がっていた。あとで気が付いたのだがここは二つの水路にはさまれた場所で釣り人もあまり来ない所だった。

小学生は大きな川に行ってはいけないという規則があったのだが、池やワンドなら平気だろうと、よくクラスの友達などと遊びに行くようになった。深いところでも30cmぐらいしかなく、実際安全だった。友達の間ではよく捕れるスジエビが人気で、そのうちスジエビ池と呼ばれるようになった。ぼくは母に言われていたので、捕れた生き物は種類を調べたらみんな逃がしてやっていた。

ただ、4年生の時に大雨が降ってしばらく川は危険だからということで行かなくなりそれっきりになってしまった。ところがぼくが5年生の時だった。親友のタイちゃんと庭のテーブルでカードゲームで盛り上がった日、タイちゃんが帰った後にそれは起こった。

大きなアマガエルのような緑色のカエルが、うちの裏庭の藪の中から飛び出し、フェンスの隙間を抜けて、お隣のグリーンヒル、桂岡さんと大学の敷地の中へと入っていったのだ。

アマガエルそっくりだけど、子供の手のひらいっぱいになるほどの大きさだった。アマガエルよりはかなり大きい。

ママに聞くと、毎年お隣の池で産卵しているという珍しいカエルのメスだという。図鑑で調べるとどうやらモリアオガエル、天然記念物だ。メスのほうがかなり大きくなるらしい。

1年に一度、自分が生まれた池に、どんなに遠くても、困難に出会おうとも、還ってくる習性があるのだという。強く興味を持った小学5年生のぼくは、ママに頼んで大学の敷地の見学を申し込んだ。そして翌日1日だけ許可をもらい、タイちゃんと一緒にカメラを持って森の小道を探検しに出かけた。最初はちょっとこわくて、タイちゃんと手をつないで、ドキドキしながら進んでいった。すぐに、森の奥で産卵場所の池を発見、あの大きなメスは水の中にいて、小さめのオスたちが、たくさん水に張り出した枝の上に集まっていた。色々苦労して、珍しい産卵風景の撮影に成功、そして夏休みの自由研究コンテストで入選に輝いたのだ。

次の夏休みは隣の敷地の生物マップにまたもや挑戦。今度は池だけでなく、湧き水の湧き出る口の動植物や水温なども調べ、ほかには小川、養殖池の魚や他の生き物、そしてさらに下って、近くを流れる大きな川の合流地点まで写真を撮りまくり、生き物マップにまとめた。

大学に確認するとどうやら6月ごろには、天然のホタルも出ていたようだ。そしてそれらをすべてまとめてマップにし、その年は優秀賞に輝いた。

そしてその次の夏は本格的に調べようと、今度は友達のタイちゃんと2人で大学に押し掛けた。

「今年は1日だけじゃなくて、5日ぐらい観察の許可が欲しいんですけど」

すると今度はここの場所の持ち主で今は大学の理事長の桂丘さんが出てきて、今までのコンテストの作品を見て喜んでくれた。

そして5日間の観察許可と、そのための条件を言い渡された。自然を守ること、ごみはすべて持ち帰ること。生き物は捕まえてもいいが、観察したら記録をとって、すべて元に戻すこと。許可された友達以外は連れてこないこと。君のやり方でこの森のすばらしさをまわりの人々に伝えること。

そして生物学の若林教授を紹介された。

「お盆の頃だね…、そのころは毎日研究室に出てるから、午後の2時以降なら付き合えるよ。1回か2回ぐらいなら朝から夕方まで観察に出てもいいよ」

そしてぼくの最高の夏休みが始まった…。

そこまで読んで時子はちょっと気になることがあった。

「よく出てくるタイちゃんって誰だろう。桂岡さんのところに一緒に行ったのもタイちゃんっていうけど、記憶が確かでないにしても、私はまったく憶えがないなあ」

…さらに読み進める。

今度はまる2日かけて、専門家の若林先生と友達のタイちゃんとあの生き物マップのポイントをすべて回り、正確な知識に基づき写真を撮り直し、面白くなって、敷地の奥の湧き水や上流のせせらぎ、大きな川との合流地点のスジエビ池のあたりまででかけた。朝早く、タイちゃんと虫取りに行ったりもした。たくさん捕れたカブトやクワガタや蝉も、写真を撮った後、すべてきちんと取れた場所に逃がした。

感動したのは、甲虫の種類の多さとそのメタルな美しさだ。タマムシやハンミョウの虹色の輝きも凄かったが、カナブンやコガネムシの金、銀、メタルグリーンやメタルブラックの体は、森の宝石みたいで本当に美しかった。あと森の池で見つけたミズスマシは、小さいのや大きいのもいて、この森だけで4種類もいた。しかもまっすぐ泳ぐやつ、くるくると方向転換のうまいやつ、さらに螺旋を描いて昇っていくやつまでいた。おしりの管で呼吸するのも驚いた。

また大学の施設の近くでは、サムライアリがクロヤマアリの巣を襲い、幼虫や蛹を強奪するのをわくわくしながら観察した。また若林先生に教えられて、狸が通るという獣道をたどったり、夜、ママと一緒にうちの庭からムササビが飛ぶのを見たこともあった。夜よく聞こえる鳴き声を調べたらフクロウの仲間だった。

1番長く時間を使ったのは、あのエビのたくさんとれた池のあたりかもしれない。教授と何回か川にも入ったが、カーブの早瀬のあたりでは釣り人がよくアユをつっていた。平瀬では実際に川に入って胸に吸盤があり水に流されないように石にくっつくハゼの仲間のヨシノボリや、結婚の季節になると美しい赤いすじの入るウグイやオイカワを観察した。カーブの内側にできる流れの遅い砂地では目だけ出しているカマツカなんかを見つけた。

そしてそれだけでなく、もっと遠くまで友達のタイちゃんと一緒に自転車で出かけていった。若林教授の指導を受け、下流や河口付近まで下りて行って多様な自然をカメラに収め、その時の写真を先生に開設を加えてもらった。潜るのが上手なカイツブリ、チームで小魚を追い詰めて食べるカワウ、カワウから逃げた魚が浅瀬に来るのを狙って集まってくるダイサギやチュウサギ。下流に自転車で行ったときは干潟に若林先生が来てくれて、海の潮の満ち干で大きな干潟が現れ、渡り鳥たちの重要なえさ場になっていることや、たくさんのカニやエビ、怪の仲間がいることを教えてくれた。それをそれぞれの場所で8枚ずつ8か所でゲームカードに作り、全部で64枚にまとめ上げた。ゲームのルールや文章はぼく、ノボルが責任をもって書き上げ、タイちゃんはイラスト上手だったので、図やイラストをたくさん描いてもらった。これならみんなが遊びながらここのことが学習できる。写真もイラストも満載、すべてがつながっているときっとわかってくれる。

迷宮堂書店のゲームコーナーでボードゲームとしてルールやセットをまとめ上げ、やっと出来上がった瞬間、涙が出た。

「オクタゴンダイバー」

8つのオクタゴンを組み立てていく森と川の多様性ゲーム。◎オクタゴンをとる。

ボード上に順番にカードを並べていく。それぞれのオクタゴンの8枚の最後の1枚のカードを並べるとそこのテーマサークルを自分のものにできる。

そこで1ポイント獲得だが、さらに環境破壊カードを引き、クイズに正解すると、もう1ポイントを得るルールもある。

「環境破壊カード」

1;住宅開発が進み、森林が大幅に減少する。緑が減り、緑のダムが崩壊。希少生物が減るうえ、湧き水も枯渇。

解決例;緑化を進め、住宅地にも雨水浸透桝を整備する。

2;建築資材用の杉だけ植える。杉の人工林を作る。生物の多様性が低下し、生物の種類が激減する。

解決例;その土地にもともとあった樹木や落ち葉の多い落葉広葉樹を植林する。

3;強い農薬を田畑で多用する。→小魚、昆虫やカエルなどの小動物が死滅する。

解決例;有機農法自然農法を広める。

4;植林後、山の世話がおろそかになる。川が濁る→山が荒れ、土砂崩れなどが起きやすくなる。

解決例;下草や間伐材を切り、ヤマを整備する。

5;人口が増え、汚水が増加する。→水質が悪化しきれいな水を好む魚や小動物が死滅する。

解決例;下水道、下水処理場や関連設備を整備する。

6;農業・工業用水のために、川をせき止め堰を作る→魚の訴状や産卵ができない。

解決例;ハーフコーン式魚道など、魚道を整備する。

7;ブラックバスやカミツキガメなどの外来生。物が増える。日本の固有種が減少する。

解決例;外来生物の実態を調査し、駆除する。

8;護岸がコンクリで固められ、魚の隠れ家や巣穴がなくなる。

解決例;蛇篭や自然の岩石などを使い多自然型の川づくりをする。

テーマサークルの配置

上段;森、動物の生態、ピラミッド

中断;落ち葉、草花

下段;川、中流の流れ、ワンド

「1;森のオクタゴン」

森1;木の実、ドングリ、クルミ→リス、アカネズミ、イノシシ、ツキノワクマ。

森2;花と蜜、花粉、蝶、蜜蜂、甲虫、それを狙う蜘蛛。

森3;色々な果実、樹上性の動物や野鳥などが食べる。その糞から植物が育つ。

森4;キツツキが木に穴をあける、木の洞になる、小鳥の巣→フクロウ、ムササビの巣。

森5;棲み分け、樹上は雨風をしのぎ外敵が少ない、鳥の巣やサルの寝床、接続動物の生態。

森6→樹木の葉→幼虫、虫こぶ、→ムササビ、鹿→落葉、接続落ち葉のオクタゴン。

森7;幹→木の皮を食べるシカ、巣の材料にするスズメバチ。

森8;クヌギなどの樹液に集まる昆虫→コガネムシ、カブト、クワガタ。

「2;動物の生態系のオクタゴン」

動物1;食物連鎖、植物→草食動物→肉食動物、接続ピラミッド。

動物2;縄張り。適切な縄張りを勝ち取ったものだけがエサを確保し、繁殖ができる。

動物3;時間的棲み分け、夜間、昼間、早朝、夕暮れなど、違う時間に活動する。

動物4;棲み分け、同じ場所でも、地面と樹上、水辺、地中などにすみ分ける。例鹿とサル。

動物5;食べ分け、同じ木でも、葉、若芽、果実や木の実、樹液、木の皮や根を食べ分ける。

動物6;単独で行動、家族や親子で行動、群れで行動して、エサの確保や縄張りを守る。

動物7;大移動や渡り。季節の温度変化や雨量の差などによって広範囲を移動する→渡り鳥。

動物8;冬眠;エサの少ない寒い時期に、活動せずに寝て過ごす。ヤマネ、ツキノワグマ。

「3;森の食物連鎖のピラミッド」

ピラミッド1;強力な肉食動物;日本狼(絶滅)。

ピラミッド2;猛禽類;オオタカ、フクロウ、ハヤブサ。

ピラミッド3;大型の雑食動物、ツキノワグマ、イノシシ。

ピラミッド4;大型の草食動物、ニホンザル、ニホンジカ。

ピラミッド5;肉食性哺乳類、イタチ、キツネ、アナグマ、タヌキ。

ピラミッド6;草食動物、野鳥、ムササビ、野ウサギ、キジ、リス、アカネズミ、ヤマネ。

ピラミッド7;アリ、ハチ、バッタ、蝶や蛾、甲虫やその幼虫、ミミズ、カタツムリ。

ピラミッド8;植物、花粉、蜜、果実、木の実、ドングリ、葉、落ち葉、木の皮、木の根。

「4;落ち葉のオクタゴン」

落ち葉1;落葉した葉の分解1、落ち葉、ダニ、ダンゴムシ、ミミズ。

落ち葉2;倒木の分解、甲虫の幼虫、クワガタ、コガネムシ、カブト、→アナグマ。

落ち葉3;シロアリ、ゴキブリに近い、女王を中心とした社会的昆虫。木材の細胞壁を分解。

落ち葉4;植物による分解、種々のキノコやカビ、菌類→肥沃な土壌を作る。

落ち葉5;落葉や倒木によって日光が地面までよく届く。→接続草花のオクタゴン。

落ち葉6;緑のダム、葉や根、そして落ち葉などが水を保持する、接続川のオクタゴン。

落ち葉7;湿潤な林床、ヤスデ、ムカデ、ナメクジ、カタツムリ、ヤマビル、ヘビ、粘菌。

落ち葉8;紅葉、落葉する前に葉の色素が変わり、赤や黄色になる。

「5;草花のオクタゴン」

草花1;風媒花、風邪で受粉、イネ、エノコログサ。

草花2;虫媒花、蟲が受粉、レンゲとミツバチ、蝶や蛾、ハナムグリ、ハナカミキリ。

草花3;虫媒花に、くさい臭いで蟲を呼ぶ、マムシグサとハエ。

草花4;動物が受粉、ハチドリ、コウモリ、ネズミ。

草花5;種を風が運ぶ、タンポポの綿毛、ススキ。

草花6;種を蟲が運ぶ、すみれの閉鎖花とアリ。

草花7;種を動物が運ぶ、オナモミと野生動物。

草花8;果実を食べた鳥の糞で運ぶ、宿り木のねばねばの種と野鳥、ヤマブドウとカラス。

「6;川の流れと魚のオクタゴン」

川1;森の栄養を含んだ水。鉄分、窒素、リンなど、川や海のプランクトンを増やす。

川2;湧き水とせせらぎ、沢蟹、スナヤツメ、サンショウウオ、ヌカエビ。

川3;瀬と渕、カーブの内側と外側の流速の違いで、削れたり堆積して、瀬や渕ができる。

川4;上流は、早瀬、渕の繰り返し、河川残留型のマス、イワナ・アマゴ、毒のあるギバチ。

川5;中流、早瀬、平瀬、渕の繰り返し→接続→流れと魚たち。

川6;下流の流れ、平瀬、渕の繰り返し、芦原、テナガエビ、モクズガニ。

川7;潮の満ち引きと汽水域、スズキ、ボラ、マハゼ、イシガレイ、マコガレイ、シジミ。

川8、干潟→ゴカイ、トビハゼ、シオマネキ→渡り鳥。

「7;中流の魚のオクタゴン」

流1;早瀬、流れが速く泡立つ。アユと石のコケ。

流2;平瀬、川虫のいる餌場、ヨシノボリ、オイカワ、魚採り、浅瀬のサギ、潜るカワウ。

流3;渕、流れが穏やかな深いよどみ。コイ、ニゴイ、ナマズ。

流4;砂地、カーブの内側、流れが遅く、砂が堆積、シマドジョウ、カマツカ。

流5;おだやかな入り江、ワンド、魚のゆりかご、接続ワンド。

流6;堰と湖、流れが止められ、水がたまる。カイツブリ、カルガモ、冬の渡り鳥など。

流7;中洲、野生動物が移り住む。ネズミ、キツネ、タヌキ。

流8;魚道、魚が堰をこえる。ハーフコーン型、マルタウグイの産卵、エビも登れる魚道。

「8;中流のワンドと河原のオクタゴン」

ワンド1;河岸段丘の湧き水や川の伏流水→ホトケドジョウ、モリアオガエル。

ワンド2;川岸の植物;水の中から茎を伸ばす葦、ガマ、クサヨシ。

ワンド3;水草、水中のフサモ、エビモ、バイカモ。

ワンド4;根ごと水面に浮く、水面のウキクサ、ホテイアオイ。

ワンド5;洪水に強い木、サワヤナギ、水につかっても枯れない、流れ着いた先で根をのばす。

ワンド6;魚のゆりかご、中流の魚の稚魚、養魚。

ワンド7;ゆるやかな流れを好む生物、ミジンコ類、スジエビ、カメ、ウシガエル、イモリ。

ワンド8;ヤゴの池、イトトンボ、ハグロトンボ、オニヤンマなど各種トンボのヤゴ。

だがゲームがまだ世間に出ることもない、その年の暮れ、流れ星事件は起きたのだった。…グリーンノートはそこで終わりとなっていた。

流れ星事件の時何が起きたのか、どうして街の記憶の断絶が起きたのかはわからなかった。でも今の時子にはそこまでで十分にインパクトがあった。

このゲームのカードのイラストを描いたのはまちがいなく自分だった。心の奥深くに眠っていた15年前のグリーンヒルに出かけてノボルと探検して研究してゲームを作った事実と自分の描いたカードのイラストがまちがいなくきちんとつながった。あの時、はじめて手をつないで森を探検したこと、森の中で見たこともない美しい生き物たちと出会い、それを描き、あの時イラストレーターになろうと決心したこともみずみずしく思い出された。

それで、その時にサインを考え、モリアオガエルをマスコットにしたんだ。そしてタイちゃんが誰だったかも…。ボードゲームの箱に、文、水谷ノボル、写真、イラスト芽森時子とちゃんと書いてあったのを見て、思い出した。

「…そうだこんな大事なことも忘れていた。ノボルは小さいときから私が時子だから、タイムちゃんって呼んでいたんだ。タイムちゃんが短くなってタイちゃん…になったんだ」

そう、ノボルがモリアオガエルを見つけた日だって、手をつないでドキドキしながら森の奥に行ったときだって、いろんな生き物を見つけたときだって、下流の干潟まで自転車を飛ばしたときだって、いつも一緒だったんだ…。

でも何でこんな大事な記憶を忘れていたんだろう。あの山火事事件で何があったというのだろう。だがそれから数日後、ついにそれがわかる日が来る。

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