6 迷宮堂書店

「すぐそこに迷宮堂書店っていう大きな本屋さんがあるから。あそこはミステリーが各種取り揃えて会ってそれで迷宮堂って言うらしいわ。ジュピターはそこの4号店にあるんだけど、とりあえず、1号店に行って場所をきくといいわ」

リンちゃんは最後にそう言っていた。4号店なのに1号店に行け?なんだかよく考えてみるとおかしな話だ。だが、歩いてすぐにその意味が分かった。

昔街の小さな本屋から始まったという迷宮堂書店はミステリーの専門店として、愛好家たちの聖地となり発展していった。やがてミステリー系のコミックやDVDなどを扱う2号店、関連グッズやフィギアなどを扱う3号店と次々に隣地に新店舗を広げ、最後にボードゲームのための4号店を建て、そこに作ったのがボードゲームカフェのジュピターだという。だが、少なくとも目の前にあるのは1から3号店までで、4号店は、見事にどこにもなかった。時子は言われたとおりに1号店に入り、店員にジュピターの場所を尋ねた。すると店員は地下階段を指さした。下りていくと明るい地下通路に出て、さらに進むとそこが4号店の地下1階だった。なんと4号店は1号店の真裏にあり、大回りして裏通りに行くのが大変なので、地かと地下をつなげてしまったのだ。そして1階、2階がゲームの販売店、地下1階がゲーム喫茶ジュピターなのだ。

「リンちゃんに教えてもらってよかったわ。1人で来てたらかなり手間取ったかも」

さすが迷宮堂書店である。早速地下にあるボードゲーム喫茶ジュピターに入る。

中にはけっこうマニアたちが集まっている。ワンドリンクを注文すると2時間ゲームをすることができる。やる気満々の時子はとりあえずフリーエントリーで、どこかのテーブルに入れてもらうことにする。受付で名札を作って初心者マークを貼り、有機栽培ココアをもって歩いていると、常連のグループからすぐに声がかかる。

「こんにちは、初めて参加の時子です、よろしくお願いします」

「ちょうどよかった、今日は係員付きでないとプレイできない特別のボードゲームをやる日なんだ、時子さんも一緒にやりませんか」

「はい、喜んで」

常連の上級プレイヤー、年長の食品会社の開発部長だという大塚さんが中心になって、IT企業のエンジニアの森村さん、コスプレ大好きだという看護師のシオリちゃん、そして初心者の時子の4人でいよいよプレイだ。

するとそこにジュピターの店長、プロフェッサーと呼ばれてみんなに尊敬されているゲーム作家の京極さんが、ワゴンに乗せた9冊の分厚い絵本を持ってきたのだ。

出てきたのは9冊の堅い表紙の飛び出す絵本、これがゲーム盤だという。特殊な閉じ方を工夫してあって、左右に開くと、古代の神殿や未来都市がボンと飛び出すのだが、きっちり水平に開けるので、ボードゲームのゲーム盤になるという。

タイトルは魔法惑星メキウス、古代の魔法文化と未来文明が混在する謎の惑星の探検ゲームだ。森とともに生きる妖精族、ロボットやアンドロイドを使う人間族、他にも魔法使いや巨人族竜人族など、たくさんの種族と関りながら、金貨やアイテムを集めながら冒険し、宇宙支配を狙う、皇帝ガレラ・ドウズ3世を倒すというすごろく式のゲームだ。ある日この惑星にやってきた宇宙商人ガレラは、この星に戦闘用アンドロイドや多目的巨人ロボットダロスを持ち込み、最初は惑星の開拓に寄与した。だがそのうち肥沃な農地のある大平原や、流通の中心でもある各地のロボット基地を実質支配するようになり、ある日、皇帝を宣言したのだ。

途中途中でパーティーの仲間を集めたり、ストーリーブックの質問に答えたり、カードを引くことでお金や強力なアイテムが手に入り、皇帝との対戦に有利になる。

飛び出す絵本を開くとドーンと辺境の惑星の見事な大自然、建物や風景画飛び出し、いくつもの世界が広がる。また1つの絵本に5~10の仕掛けがあり、海が割れたり、洞穴から怪物が出てきたり、魔法で炎が噴き出したり黒蜘蛛とともに嵐がきたりするのだ。ここでうまく分岐点を選び、全部のゾーンを回っても、最短コースを回ってもよい。9冊の本を縦、横、斜め、どちらにも進める。

「このゲームは15年以上前から、このゲーム喫茶の常連の少年が手作りしていたものをもとに、絵本作家やゲーム作家である私が手を加え、10年近くかけて完成したものです。このゲーム喫茶のみんなの力で作り上げたと言っても間違いはない。基本は自由にコースを選べるすごろくですし、金貨も1袋2袋でほとんどのものが飼えますので難しい計算もいりません。でもラスボスはとても強く設定してあるので、キャラ選びやどのアイテムを買うのかなど、よく考えて、戦力を高めてください」

ストーリーブックを読んでゲームを進めていくのは京極さん、今日のゲームマスターだ。

まず、各絵本の概要を京極さんから説明してくれる。

1;宇宙都市バース、アンドロイドが案内する武器屋に道具や、ロボット屋、魔法の店。ここで冒険に必要な主人公キャラを決め、色々な買い物をする。高いビル群と魔法の要素が共存する派手な街並みのデザインが凄い。ギャンブルで資金を倍に増やす道もある。

2;森の宮殿リーム。妖精族の都で巨獣狩りに参加し、妖精族のハンターやビースト族の戦士、優秀なアンドロイドを見つけて仲間にしろ。顔のついた大木や樹木と混然一体になった妖精王の宮殿が凄い。魔法指輪や精霊族の薬草が手に入るショップあり。

3;青の谷の魔法神殿と呪われた墓地;優秀な魔法使いを仲間に入れて、パーティー完成だ。魔法神殿の光の魔法使いと呪われた墓地の闇の魔法使いが選べる。最強の灰色の魔法使いもいる。火や水の魔法、砂嵐の魔法などが再現される本の仕掛けが絶妙。

4;砂漠の砦、魔獣や巨人族を迎え撃ち、手なずけろ。罠に強いレンジャーも仲間にできる。巨大な魔法生物が砂から現れたり、不気味な岩山が怪物に変身したり、巨人族の大掛かりな投石機の仕掛けが見事で、飛び出す絵本の仕掛けとはいえ大迫力だ。またここには砂漠の民ゼルマカの金物市があり、最強の武器屋がある。

5;人魚の海、人魚の歌声に気を付けて魔法の海を乗り切れ。島のような大怪魚、大渦や割れる海の仕掛けが凄い、沈没船のお宝ゲットだ。お宝を手に入れたら、港町で買い物もできる。

6;翼の火山島の巨長、宝の地図を解読し、魔法石をゲットせよ。海の神殿の魔神ゴーグや翼を広げるロック鳥やグリフォン、鳥人族やハーピー、噴火する火山の仕掛けもすごい。

7;闘技場、さあ、賞金を狙ってロボット格闘しや怪物と対戦だ。ここも買い物ゾーンあり。コロッセオの地下からせりあがるゲート、そこから飛び出す猛獣や怪物の仕掛けが凄い。

8;地下迷宮ザラゴル、ここを抜けていよいよ皇帝の城だ。最後の宝石も忘れるな。センサーで作動する落とし穴や釣り天井、動く壁に槍の廊下、宝箱の怪物と、罠や仕掛け満載の迷宮で、レンジャーや魔法使いなどの得意技が光る。

9;皇帝の城;魔法石や仲間の力を借りて、皇帝を倒すのだ!ゲートに動く魔神像、庭園にドラゴンライダー、堀に怪魚とあちこちから怪物が飛び出す。そして城内の大階段を守るスフィンクスロボットを倒したら、皇帝の玉座へ。

とにかく魔法と科学、古代と未来が一体となった飛び出す絵本の細密なイラストや仕掛けが凄い。芸術作品の域だ。それが3×3の9冊の飛び出す絵本でいっぺんに並ぶのだから見るだけでわくわくする。あっという間にテーブルの上が夢のテーマパークになる。

他に主人公や仲間、怪物の立体のコマ、アイテムカード、宝石や金貨のチップなどを入れたカードブックと、ゲームのイベントやシナリオが詳しく書かれたストーリーブックが付いてくる。宇宙SFものなのでスカルマスクとのコラボ商品もあるそうで、スカルマスクとアンドロイドのブロッケン、ロボットのゴーズ、メーズなどとのパーティーも作れるのだそうだ。

試しに値段を聞くと、特注品なので、かなりの高額だった。

「えーと、では失礼して戦闘態勢に入ります」

看護師のシオリちゃんは立ち上がると紺色の猫耳、肉球のついた指先の出る猫手袋、そしてリボンのついた長い猫のしっぽをつけ、猫ひげシールをちょこんと貼った。

「ニャン、今日はわけあって黒猫でえす」

すると、それを見た大塚さんが、やられたと胸を押さえて見せる。

「うう、かわいい、キュートすぎる、ペースが崩れる」

ちょっとノリの良すぎるジェスチャーだ。

さて、いよいよゲーム開始だ、サイコロ代わりのルーレットを回して、みんなバースの街に繰り出す。1冊目の魔法都市バースで主人公を決め、冒険のための買い物をするのだ。強い主人公キャラにするほど金もかかるので、ここはバランスを考えてうまく買い物をしなければならない。ベテランの大塚さんは主人公に金をかける作戦で、最強と言われている竜人族の戦士ゴルギアを押さえた。攻撃力図能力がトップクラス、しかも姿を消す魔法なども使うことができる万能キャラでもあるのだ。

森村さんは主人公を白のエルフの魔法使いハーケンに決定、。攻撃力は黒の魔法使いには及ばないが、多様な魔法も使える便利なキャラだ。

シオリさんは19歳だがボードゲーム歴は10年以上、このゲームも何度かやったことがあるらしい。彼女は軽装でお金も安め、レンジャーの力と多彩な攻撃が持ち味のマスター忍者ゼロマルに決めたようだ。時子は集中してルールやキャラの設定資料を読み込む。

「ようし、あの手で行ってみるか」

と、まるで初心者にあるまじき言葉をつぶやいたのだった。そして、あらゆる力が並以下なうえ、お金もかかる幸運だけが飛びぬけて高い幸運の王女ビクトリアを主人公にした。そしてキャラが決まったところで、今度はお買い物だ。ベテランの大塚は、最強の竜人族に使ったため、お金が無くなり、必要最低限で上手に買う。森村は冒険用具のほかは金を使わず次の森の大陸でお金を使う作戦だ。

シオリちゃんは、忍者のための鎖帷子や忍者党などの装備を3人分買っていた。どこかで忍者をさらに増やすのだろうか。だがなんと、時子は何も買わずに2ターンの間カジノに行き、ただギャンブルをしていた。どんな作戦なのか、誰もが首をかしげた。

さてここから先はついに冒険の本番だ。小さなミッションをクリアして小金やアイテムをゲットしたり、大きなミッションをクリアすれば大金だけでなく、戦士や魔法使いを向かい入れることもできる。またモンスターとの対決は、それぞれのモンスターの強さの数字とプレイヤーの回すルーレットの数字で勝敗が決まる。でも運の良さや魔法の効果、キャラの特性などで、ルーレットの数にプラスやマイナスが付くのである。

また、特別な贈り物をしないと仲間にならないキャラもいる。最強の魔王を倒すために、どのゾーンのどのミッションに挑むかが戦略になってくるのだ。みんなルーレットを回してどんどんコマを進めだした。

ベテランの大塚さんは、まずは森の宮殿で効率のいいクエストを捜す。止まったコマごとに該当するコマ番号で、京極さんにストーリーブックを読んでもらう。すると、東の村でドラゴンゾンビの被害が出ていることを知る。東の村にコマを進めてさらにストーリーを読んでもらう。黄昏の暗き森にドラゴンゾンビ発見、そこでストーリーブックは罠を仕掛けるか、待ち伏せするかなど作戦を聞いてくる、さらにルーレットを回して戦闘だ。罠では少ししかダメージを与えられず、龍神族ゴルギアとドラゴンゾンビの一騎打ちとなるが、竜神族に伝わるファイアボールの魔法が命中して優位に立ち、そのままドラゴンカッターでとどめを刺して大勝利だ。竜人族の力で、邪悪なドラゴンゾンビを倒して大きなミッションをクリアした。

妖精城では妖精王に感謝され、妖精城のエルフで最強の狩人ザイナスをパーティーに迎えた。そしてそのまま小編成の身軽なパーティーで旅立った。森村さんはまずは巨獣を狩る攻撃力、機動力の高いハンターを捜し、情報を集めた。森の古い大木ジュールワンドに腕のいいハンターが集まっているとゲームブックを京極さんが読んでくれた。そこで早速そこに行くと、忍者と呼ばれたソラ、豪刀をあやつる獣人族のジーク、そして、戦闘ドローンを自在に操る冷徹なアンドロイドギルバが、狩をしていた。姿を隠してまちぶせ斬りをするソラ、豪刀で恐竜を倒すジーク、そしてロックオンして追尾ドローンで正確に相手を打つアンドロイドギルバを見て、自分のパーティーに誰がふさわしいか考えた。そしてギルバをお金で雇うと、そのままゴブリンの砦に攻め込んだ。そして激闘の末に降伏させたゴブリンキングのハリスを手下に加え、さらにゴブリンの金貨を手に入れると、妖精上に乗り込み、高度な薬草の魔法を使って能力を強化するドリアード、飛翔の魔法を使う空気の精シルフィードを加えて多彩なパーティーを組んだのだった。

シオリさんは、残しておいたお金で森の奥に住む、言葉をしゃべる山猫族の長老に贈り物をして、ストーリーブックの質問に答え、山猫族の戦士を3人借り受け、忍びの修業をさせて、主人公の手足となる黒猫忍者軍団を編成した。

そして青い谷の魔法神殿で白の魔法獣、ユニコーン見つける。薬草に詳しい木の精ドリアードにユニコーンの好きな植物を教えてもらい、早速近くのオアシスでそれを発見。魔法獣ユニコーンを森村さんがやすやすと手に入れた。

大塚さんは荒れ野を越えて呪われた墓場に行き、最凶の黒の女魔法使いデスボリカをよみがえらせ仲間にした。

さらに森村さんは、砂漠で大蜘蛛の一族に襲われると、アンドロイドギルバをつかって逆に全滅させた。さらに大蜘蛛の洞窟に乗り込んで財宝を手にすると、そのまま砂漠の民の金物市に行って最強の武器屋を捜す。やっと見つけて中に入れば魔法の指輪とネックレスをジャラジャラさせた怪しい砂漠の民エゾムが近づいてくる。

「最強の武器だって?アンドロイド用のリボルバーキャノンがあるよ。でも、高いぜ」

それは、いつもは背中に背負い、使うときは腕に装着してぶっ放すことのできる大型の拳銃ハイパーリボルバーキャノンだった。

「でも気を付けろよ。弾丸が撃てるのは、巨大なエネルギー弾を4発までだ。威力は凄いが、弾丸はそれで売り切れだ」

森村さんは手持ちの金すべてでそれを買い上げた。ギルバは必殺武器を手に入れた。

シオリちゃんは、なんとここでも魔法が使えるようになる魔法の巻物を手に入れ、黒猫忍者軍団を魔法修行に出し、3匹にそれぞれ火、津波、雷の攻撃魔法をマスターさせたのだった。

「黒猫忍者軍団だニャン」

どうやら猫のコスプレはこのためだったようだ。

そして時子はと言うと、幸運の王女のラッキーパワーでカジノでしこたま儲け、そのまま何も買わず出発。そして森の宮殿の魔法ショップで1番高額な封印の指輪を購入、そのまま青い谷の魔法神殿に行き、その赤い指輪を贈り物に、最強の灰色の魔法使いアレクシスを仲間に引き入れたのだ。同時に灰色の魔法使いに仕えていた召使ロボのガスパルも一緒についてきた。このロボットは四角い箱を積み上げたような旧型のロボットだが、言葉もしゃべるし、けっこう強く、のちのち大活躍するのだ。

「ええ、灰色の魔法使いを仲間にするのに、封印の指輪を渡すなんて、そんな方法があったの?初心者なんて嘘でしよ」

驚くみんな、しかし時子の快進撃は止まらない。時子は次の砂漠の砦に進むと、攻撃力も防衛力もかなり高い、1つ目巨人キュクロプスと砂漠の巨獣キングスコーピオンを灰色の魔法使いと実は怪力のロボット、ガスパルの力を使って倒し、さらに封印の指輪にいれて、いつでも呼び出せるようにしてしまったのだ。

大塚さんの竜人族の戦士ゴルギア、エルフの狩人ザイナスー、最凶の黒の女魔法使いデスボリカも強そうだが、灰色の魔法使いアレクシス、キュクロプス、巨大サソリキングスコーピオンも破壊力においては、互角以上かもしれない。

時子はその後も、王女の幸運で沈没船の位置を特定、灰色の魔法使いの呪文とともに海が割れ、沈没船から山ほどの宝石や金貨の袋を引き上げたのだった。

そしてそのお金で巨人用の巨大な斧と堅牢な兜と胸や手足のプロテクターを買い、ただの1つ目巨人をアーマーキュクロプスにレベルアップさせた。

森村さんは海の神殿を荒らす半魚人たちを、ユニコーンとギルバの大型拳銃で懲らしめ、人魚の真珠を手に入れた。あの小島のようにでかい大怪魚がハイパーリボルバーキャノンの1発で吹き飛んだのは凄かった。森村さんはそのまま翼の大陸に直行、そこでロック鳥に真珠を捧げ、いざというとき1回だけ呼ぶことのできる魔法の鳥笛を手に入れたのだった。

そしていよいよ闘技場だ。ここでは軽量級、中量級、重量級、チーム戦、その他弓矢槍の大会などがある。的を射貫く球技大会にザイナスが出場、ずば抜けた得点で見事優勝だ。シオリちゃんが参加していた第2闘技場では激しい戦いに決着がつこうとしていた。

忍者マスターの超高速流星斬りが炸裂、さらに闘技場の地面から凄い勢いで大波が起て、グラジエーター軍団をを押し流し、ひるんだところに火の玉がさく裂し、最後に強力な雷の直撃でとどめを刺す、シオリちゃんの黒猫忍者軍団が、主人公の忍者マスターとともにチーム対抗トーナメントで優勝だ。

「やった、優勝だニャン!」

シオリちゃんも強くなった黒猫忍者軍団を使って、必ず優勝してやるとほくそ笑んだ。

森村さんは中量級にギルバを出して、必殺技の弾丸を1つ失うも見事優勝、ゴブリンキングのハリスを軽量級に出し、決勝トーナメントの2回戦まで進出、かなりの賞金を手に入れた。

そして、斧や鎧で大幅にパワーアップした時子の1つ目巨人キュクロプスは、グラジエーターマスターや怪力のトロール、レッドドラゴン、ケルベロスなどの強敵を次々と倒し、重量級で優勝してしまったのだ。さらに決勝で争った3本首のケルベロスを灰色の魔法使いの力で封印の指輪に封印し、さらに仲間にしてしまったのだ。

「ふふ、たんなる思いつきよ。ルールブックを集中してみていたら、ひらめいただけ」

時子はそう言ってほほ笑んだ。だが、時子をこのテーブルに呼んだベテランたちは慌てだした。ここで初心者に負けたら面目丸つぶれだ。特に大塚さんと森村さんはすっかり本気モード、どんな手を使っても勝ちは譲らないと目が燃えてきた。

2人はそのあと賞金を握りしめ、闘技場の道具屋に駆け込む。2人ともいざというときに役立つ強力な魔法のカードをお買い上げだった。

そしてゲームもいよいよ終盤、まずは地下迷宮ザラゴルでまさかの差がついてきた。

ここで意外にもトップをとったのは黒猫忍者軍団だ。そのスピードと見の軽さで迷宮を進んでいく。何せ忍者マスターゼロマルをはじめとして、全員が忍者なのだ。すごろくのコマを進めるサイコロにも最初からプラスが付き、落とし穴や動く壁などはものともせず、察知してジャンプしたり、壁を移動したりして迷宮の怪物も、倒すというよりさっと攻撃している間にすり抜けていく感じ、大きなダメージもなく、時間も使わずたちまち攻略だ。

逆に時子の王女ビクトリアは、罠にかかりやすいのでサイコロにプラスがあるど頃か魔法をかけてから進む場合もあり、マイナスになっていく、灰色の魔法使いアレクシスと旧型ロボットのガスパルに守られ、ゆっくりと慎重に進んでいくのだ。上から針のついた天井が落ちてくる釣り天井では、その怪力でガスパルが天井を支え、落とし穴では自分が橋となって体の上を王女に歩かせ、槍の飛び出す廊下では、王女を四角い自分の頭に座らせ、槍を自分の体に受けて進んでいった。大塚さんの最強のトリオは、しばらく1位を進んでいたが、途中で黒猫軍団にまさか追い越され、しかもシルフィードの飛翔能力とユニコーンの機動力でスピードを上げた森村さんにも追いつかれる。

「大塚さん、早いうちに決着付けておきましょうか?」

まさかの森村さんが攻撃を仕掛けてきたのだ。森村さんは白の魔法使いの時を止める魔法で動きを封じ、アンドロイドギルバのハイパーリボルバーキャノンとユニコーンの弾丸角アタックで猛襲だ!

「さすが森村さん、ワンターン早ければ、仕掛けが間に合わなかったぜ」

そう、大塚さんも森村さんの攻撃を予測して仕掛けをしていた。あの最凶の黒の女魔法使いのデスボリカの秘術、相手の攻撃をそのまま相手に返すカウンター魔法だ。ちょうど1つ前の大塚さんのターンで場に1枚のカードが置かれていた。

森村さんの攻撃が始まったとたん、そのカードが発動する、自分たちの時間が止まり、アンドロイドギルバのリボルバーキャノンとユニコーンの突進エネルギーが逆に自分たちを襲ってきたのだ。

「うう、こんな魔法があるとは!」

森村さんはここで逆にダメージを受け、先に進むどころか遅れてしまった…。白の魔法使いハーケンが傷を治しに走り回る。そして現在皇帝を倒す先頭を突っ走るのは忍者マスターと黒猫忍者軍団。

だが、迷宮の最後にはモンスタードアが待っていたのだ。

「なんだい、この5つのドアは」

5つのドアのうち、通り抜けられるのは1つだけ、あとの4つのドアには罠かモンスターが待っているという。まずは忍者マスターが、黒猫忍者軍団と一緒にドアを開けた。

そこには骨をポキポキ鳴らしながら剣を振り上げるガイコツ兵が待っていた。忍者たちは戦いながら、すばやく出口に進み最後に爆裂玉を使うと、あっと言う間にすり抜けた。スピード勝ちだ。

次に大塚さんチームがドアを開ける。そこで待っていたのは額に人間の老人の顔が浮かび上がったライオンの怪物、マンティコアであった。実際のライオンより2まわりほど大きく、不気味な翼が生えている。自由に空中に舞い上がり、するどい牙と爪で襲い掛かってくる。そして額に浮き出た老人の顔が、時々呪いの呪文を唱えるのだ。だが、狩人ザイナスが翼をねらって射落とし、黒の女魔法使いデスボリカが金縛りの術を使い、竜人ゴルギアがドラゴントゥースというナイフで胸を貫くと、光の粒となって消えていった。みごとな連携であった。

最凶の怪物を引き当ててしまったのは森村さんのチームだ。ドアを開けると出口の真ん前に2mほどのアメーバ状の丸いボールがあり、そこから太い触手が10本ほど伸び、クネクネと動いていた。これはここの迷宮だけに住むバベラという怪物で、攻撃を受けると分離したり増殖したりして、手に負えなくなる厄介なしろものだ。

「なんだ?このブヨブヨした化け物は?」

だが攻めあぐねてにらみ合っている白の魔法使いハーケンやアンドロイドギルバの前をゴブリンキングのハリスが進み出た。

「ようし、おれが様子を見に行ってくる。奴が暴れるようならやっつけてやるさ」

だが出口へと歩き出したハリスの前で、バベラは触手をゆらゆら動かし始めた。本当はここで何もせず、音もたてず、隙間をぬけてそっと歩いてゆけば何も起こらないのだが、誰も知らなかった。

触手が大きく揺れてついゴブリンダガーを振り回してしまったハリスだが、その瞬間ボールのてっぺんで1つ目が開き、触手の先に人間そっくりの唇が現れ、そのままハリスの後頭部から噛みついた。

「うわあ、た、助けてくれ、飲み込まれる」

もがき、逃げようとするハリスの頭は唇の中に飲み込まれ、そのままぐったりしてきた。アンドロイドギルバが、これは危ないとみて、怪物のど真ん中にリボルバーキャノンをとっさに放った。

どさっと地面に落ちるゴブリンキング。だが意識不明となり、戦闘不能でパーティーから外れることとなった。しかもギルバの必殺の弾丸で飛び散ったアメーバ状の体は数十体のバベラになり、触手を揺らしながらこちらに攻めてくるではないか。一体どうすればいいのだ。

「白魔法、凍れる風!」

白の魔法使いのハーケンがとっさに冷凍の魔法を使うと、見事にバベラは凍り付き、動きが止まった。

「さあ、みんな、今のうちに脱出だ」

出口に走っていく森村さんのチーム。しかしここでゴブリンキングのハリスがリタイアした…。そして少しすると、1番後ろから、灰色の魔法使いアレクシス、そしてビクトリア王女とガスパルの幸運の王女のパーティーがやってきた。

「王女さま、残るドアはあと2つ、どちらを進みましょう」

「そうねえ、じゃあ何となく、右!」

無造作に選んだドア、そこは幸運にも何もない普通のドアだった。王女は仲間とともに地上へと歩を進めた。

だが、1番先に地下迷宮を抜けた忍者軍団だったが、迷宮から地上に出るともうすいすいとは進めなかった。目の前には皇帝の城の高い城壁がそびえていた。皇帝の城のあちこちから飛び出してくる隠れモンスターが、とにかくでかくてパワフルで強すぎるのだ。

9番目の飛び出す絵本、皇帝の城はブルードラゴン、レッドフェニックス、ホワイトタイガー、ブラックミノタウロスの4つの魔神像が守る不気味な城だった。高い塀に囲まれた皇帝の広い城は、塀の外をぐるりとお堀に囲まれ、東西南北に大きな城門があり、そこから橋を渡ってはいるしかない。だが、それぞれの城門には3mほどもある魔神像のレリーフがあり、無理に侵入しようとすれば、不気味な仮面をかぶった警備のアンドロイドが封印を解き、その魔神像が壁から抜け出し、暴れだすのだ。重量級の魔神像は、怪力でとても固く、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしない。お堀に近づきすぎれば、巨大な口の怪魚に水に引き込まれて終わりだ。

さらに城内に入り込めば、恐竜のような怪物にまたがったドラゴンライダーたちが襲い掛かり、さらに皇帝の城の裏庭に近づくなら、庭に置かれた女神像や英雄の像の体から刃物が突き出て襲い掛かってくる。

最初に城にたどり着いたシオリちゃんの黒猫忍者軍団は、忍者ロープでスルスルと壁を登って内部から城門の鍵を開けたまでは順調だったが、北門の魔神牡牛の頭を持つブラックミノタウロスをどうすることもできず先に進めないのだ。手裏剣も忍者刀も、すべて跳ね返す。こうなったらあの魔法しかない。3つの魔法をタイミングよく使えば倒せるかもしれない。だが強力な魔法だけに何度も繰り返し使うことは出来ない。

「よし、勝負!」

シオリちゃんがルーレットを回す。やった、タイミングがあった。

まず強烈な火炎球が命中、体が燃え上がるが、ブラックミノタウロスはまだ動きを止めない。そこに大波が直撃、ものすごい蒸気が上がり、なんと魔神像の表面に細かい日々が走る。そして閃光がひらめき、雷が鳴り響いた時はさすがのブラックミノタウロスも1本の角が砕け散り、体にも大きな亀裂が入り崩れ落ちた。

「やった」

だが喜びもつかの間、門番の仮面のアンドロイドが、他の3つの門の魔神像を解き放したのだ。あと3体も倒せるのか?、さあ、どうする忍者マスターゼロマル?

「うう、ぬかったわ。む、一時退却じゃ」

先に門番を倒しておくべきだった。無念だが、それが賢明な判断だった。

忍者マスターは黒猫忍者軍団をつれて城壁の上へと姿を消した。

その時、大塚さんの最強三人衆が門の外にたどりついた。

門の外のコマで、大塚さんは奇襲攻撃を選び、さらに弓使いと黒の魔法使いがいる場合という分岐点を選択した。終盤に近付くと、こんなミニストーリーがいくつも選べるのだ。京極さんがそこを読み始めた。

「…では計画通りに執り行う。用意はいいか?」

主人公の言葉に、たくましい弓使いと黒の魔法使いは静かにうなずいた。(京極さんはこの主人公を竜神族ゴルギア、弓使いをエルフの狩人ザイナスと読み替えてくれた)

やがて庭のドラゴンライダーが、魔神像が、大騒ぎになる。庭に出ていた3体の魔神像のうち、一番身軽で体から炎を噴き出すレッドフェニックスの背中に突然強力な矢が突き刺さり、全身にひびが入り、砕け散ったのだ。邪悪なるものを貫くという聖なる矢だ。

「誰だ」

ドラゴンライダーのリーダーが叫ぶ。するとその時、開いた1つの門から黒い雲のようなものが流れ込んできた。それは近づいてみるとおぞましい悪霊の集団だった。迎え撃つドラゴンライダーと魔神像、だが空中を自在に飛び回る悪霊たちにはなかなか攻撃も当たらず、だが、悪霊も決定的なダメージを与えられず大混戦状態になった。でも少しすると、皇帝の城の中に入る階段に3人の影が浮かび上がった。竜神族とエルフの狩人、そして黒野女魔法使いだった。

なんと3人は、竜神族の魔法のペンダントで姿を消し、エルフの狩人の弓で周囲を驚かし、さらに黒の女魔法使いの魔法で悪霊が攻めてくる幻を見せ、大混乱になった庭をこっそり通り過ぎてきた。

「よし、姿を消すペンダントを1度外せ、長くつけすぎるとパワーを吸い取られる。これから城の中へ突入だ」

3人が城に入ると、悪霊たちはかき消すように消えていった。まずは大塚さんのパーティーが城への潜入に成功だ。

だが次の瞬間、大きな黒い影が突風とともに皇帝の城を横切った。恐竜に乗ったドラゴンライダーたちが大空を見上げた。

「うおおお、なんということだ、あれはロック鳥だ、伏せろ!」

獲物を見つけると、空から急降下、像でも空中に持ち去るというロック鳥だ。

だがロック鳥は、恐竜を蹴散らすように庭の上空を飛び回るとゆっくりと去っていった。だがその時、白の魔法使いとアンドロイドギルバ、そして、さらにドリアードが、空気の精の飛翔能力によって、ゆっくり空から舞い降り、また城のゲートへと潜入していったのだ。そう、森村さんのパーティーが、ユニコーンだけ外で待機させ、ロック鳥を魔法の鳥笛で呼び出しまんまとその体につかまって庭を飛び越し城へと直接やってきたのだ。

やがてしばらくして時子のパーティーが城にたどり着いた。灰色の魔法使いが進み出てうやうやしくお辞儀をした。

「それではビクトリア王女様、わたくし目が先に行きまして庭を掃除してまいります。しばらくお待ちください。護衛に魔法ロボットガスパるを付けます。くれぐれもお堀のそばには近づきすぎないようにお願い申し上げます」

「頼みましたよ」

すると灰色の魔法使いはブラックミノタウロスのいなくなった北之門に近づいた。

「さあ、ここでどうする」ゲームマスターが問うて来た。

1;大サソリを呼び出して様子を見る。

2;大サソリに加え、砂地獄の魔法をかける。

3;大サソリと砂の魔法とさらにほかの怪物も呼び出す。

さあどうする?大サソリだけで魔神像やドラゴンライダーをやっつけられるかどうかわからないが、そうかといって魔法やほかの怪物を呼び出すと、魔法の使い過ぎで、あとで困ることになるかもしれない…。時子は決断した。

「2の大サソリと砂地獄の魔法でお願いします」

「かしこまりました。王女様」

そう言うと、灰色の魔法使いは呪文を唱えながらあの怪物を封印した赤い指輪をかざした。

「流れる砂よ、渦巻く砂よ、神秘なる砂漠の王よ、今こそ姿を現すのだ。おおいなる砂漠の支配者よ」

するとその時、北之門の前で、サラサラいう音がはじまった。

「なんだ、なんだ、何が起きたのだ」

ざわめくドラゴンライダーたち、すると地面が盛り上がり、サラサラと砂が流れ、いつの間にかそこに砂の渦巻く砂漠が広がりだしたではないか。

さらにドドドッという振動音とともに黒光りする巨大なハサミや足が、毒針を持った巨大なサソリの尾が砂を巻き上げ出現した。キングスコーピオンだ。

そう、大サソリは砂漠とともに姿を現したのだ。

「で、でかい」

恐竜たちの2倍、いや3倍はある。だが大サソリは時々体を震わせて砂煙を巻き上げるだけですぐ動き出さない。にらみあう両者。

「なぜ?」

まずは、生き残りの2体の魔神像たちが近づいていく。炎を吐くブルードラゴン、高いジャンプ力と鋭い牙と爪を持つホワイトタイガーだ。

迎え撃つ大サソリ、だが、魔神像をハサミで抑え込んで毒針を刺そうとするが、ホワイトタイガーは身軽に跳ね回るし、ブルードラゴンは炎を噴き出すし、例えハサミで抑え込んでも、魔神像は石像なのでもちろん毒は効かない。大サソリは意外な苦戦だ。

魔神像が盾になってくれるなら勝機は十分にあると思ったドラゴンライダーたちはここで近づき始めた。ブルードラゴンとホワイトタイガーと格闘中の大サソリの斜め後ろから近づいていく。その様子を見た灰色の魔法使いは、ほくそ笑んでまた呪文を唱えた。

「流れる砂よ、渦巻く砂よ、今こそお前たちの力を見せるのだ。今こそすべてを地獄の底へと飲み込んでしまえ!」

その時、近づいてくる恐竜舞台に異変が起こった。砂が流れ、足が沈み、体が砂に流されだしたのだ。その時大サソリが全身を大きく震わせた。そのとたん、その振動で砂の動きが活発になってくる。なんと、今まで動かなかったのは敵を近づけるためだったのだ。

「しまった、逃げろー、急いで砂から出るのだ」

ドラゴンライダーの1人が叫んだが、もう間に合いそうにない。まずアンキロサウルスのような鎧竜が沈んでいき、もがいていたトリケラトプスが砂の中に消え、かろうじて逃げ出したのはティラノサウルスのような獣流だった。ドラゴンライダーが総崩れになったとたん大サソリはすばやく動き出し、大きなハサミで2体の魔神像を流れる砂の中に突き落とした。そして逃げようともがいている獣流に足早に近づくと、サソリの尾の毒でとどめを刺したのだった。

「グガガガガ…」

魔神像のタイガーが、ドラゴンがもがきながら砂の中に消えていった…。動き出すとあっという間の出来事だった。魔神像も恐竜舞台ももうどこにもいなかった。

そのとたん魔法が解け、皇帝の庭は元通りの美しい庭園へと戻っていった。すると忍者マスターと黒猫忍者軍団がどこからか姿を現し、さっと城の中へと忍び込んでいった。突入成功だ。

「さすがは灰色の魔法使い、見事に掃除をしてくれましたね。あっぱれです」

王女様は灰色の魔法使いをほめたたえると、門の前の橋を渡って庭へと向かった。だが…!

「キャー!」

お堀の中から自動車ほどもある巨大な魚が大きくジャンプし、鋭い歯の並んだ口をがばっと開き、橋の上の王女に襲い掛かってきた。

「あぶない、王女様!!」

王女をさっと逃がし、代わりに飛び出したのは旧型の召使ロボのガスパルだった。

バシャーン!

大きな水しぶきがあたりに飛び散り、騒然となった。ガスパルが王女の代わりに怪魚にひと飲みにされてしまったのだ!すぐに駆け寄った灰色の魔法使いの横で王女が震えていた。

「ガスパルは、ガスパルはどうなったの??」

驚いて心配する王女、でも灰色の魔法使いは笑っていた。

「ガスパルかい、あいつは見た目以上に頑丈でけっこう強いから心配はいらんよ。今、水から引き揚げてやるかのう」

そう言って灰色の魔法使いがお堀の方に手を向けて何か呪文を唱えると、お堀のあちこちが大きく波打って、なんと今ガスパルを飲み込んだ魚の怪物が暴れながら引き寄せられてバシャっと地上に上がってきた。

ところが地上に上がったとたん、苦しそうにもがいた。すると口の中から何かが牙の並んだ口をこじ開け、何事もなかったように出てきた。

「ガスパル」

狂喜する王女。そしてガスパルは自分より大きなその魚をひょいと持ち上げるとお堀の中にそっと戻してやったのだった。

そして1番遅れていた時子のパーティーも皇帝の城へと入っていった。いよいよゲームも終盤だ、邪悪な皇帝との最終戦だった。ここで短い休憩時間、みんな作戦を練り直したり、体制を整えたりし始めた。するとゲームマスターの京極さんが、そっと時子に話しかけてきた。

「驚いたよ、初心者の時子さん。君は初心者というより、経験者も経験者、かなりの強者だ。本当にやったことないのかい」

時子は急に神妙な顔になった。

「それが…不思議なんです…、一度もやったことないし、この店に来るのも初めてなのに、このゲームをやってみたら、すごく懐かしい気持ちがするんです。やるほどにすごくなじみのあるような気がするんです」

「ううむ、私にも心当たりがないわけじゃないんだ。もうすぐゲームも終わる。そうしたら、もう1度話を聞いてもいいかな」

「もちろんです。それから私からも是非みなさんに聞きたいことがあります。そのために来たようなものですから」

そしてついに始まった最終決戦。まずは先頭の黒猫忍者軍団が疾風のように城の奥へと進んでいく。そして王座へと続く大階段を守るスフィンクスと決戦だ。だがここでこのゲームの最終特別ルールが発動する。

ここでは階段の下のスフィンクス、階段の上の警備兵、そしてラスボスの皇帝ガレラ・ドウズ3世がいるのだが、負けそうなときや決着がつかないときは、一時退却や隠れるなどの行動ができるのだ。そこであえて他のプレイヤーにチャンスを与え、自分はその間に回復して次のターンを待つ。

さらにラスボスが傷ついた状態で「チャレンジ」と誰かが宣言すると、誰かのターンになるたびにみんながルーレットを回し、一番大きな数を出したものが優先して攻撃できるのだ。

何人プレイヤーが交代しても、結局最後にとどめを刺したプレイヤーが優勝なのだ。だから他のプレイヤーにわざと戦わせて弱ってきたらチャレンジをかけて出て言ってとどめを刺すのもオーケー、一度負けそうになっても逃げたり隠れたりして体力を回復し、作戦を練り直してチャレンジでラスボスに挑むのもオーケーなのだ。

そしてラスボスの皇帝やその部下に大きなダメージを与えると、たとえ倒せなくとも1~3つのスペシャルポイントが与えられる。もし、ラスボスに全チームがやられてしまった場合は、このスペシャルポイントを多くとったチームが優勝ということになる。

シオリちゃんの黒猫忍者軍団は、今日の皇帝は特に強いと聞いて作戦を変えたらしい。階段のスフィンクスロボに全力を注いだ。レーザー光線を出す神秘的な緑の瞳、強力な電気を流す銀色の牙、高周波カッターの前足の爪を、ポイント攻撃で1つ1つ使えなくしていき、あの炎、大波、雷の魔法を駆使して、全力でスフィンクスを打倒したのだ。忍者たちにはもう、皇帝を倒す力はないようだったが、さらにがんばって階段を上り、12人いる強力な皇帝のアンドロイド警備兵を忍者マスターの忍者刀と忍法で全滅させた。もう、すべて力を使い果たしたが、命を落とす者は1人もいなかった。ここで皇帝の登場となるのだが、忍者たちは、スフィンクスと警備兵全滅の合計4ポイントを手にしてそのままどこかに隠れてしまった。

こうなるともう誰からも攻撃されない。合計4のスペシャルポイントは高得点だ。このまま誰も皇帝を倒せなければ、シオリちゃんの忍者軍団の優勝も十分あり得る、どうもこれが作戦らしい。

「ほほう、雑魚キャラがいなくなって皇帝と直接対決か。あの猫たちに感謝せんとな」

そしてやってきたのは優勝候補の大本命、大塚さんの最強3人組だ。竜人族ゴルギア、エルフの狩人ザイナス、最凶の女魔法使いデスボリカは、大階段の下まで歩くと、さっと三峰に分かれて進んでいった。まず主人公の竜神族はまっすぐ階段を上り、狩人は階段の下で聖なる弓矢を射る用意を始めた。そして黒野女魔法使いはその中間地点に陣取った。まずは皇帝に向かって竜神が叫んだ。

「われは古来よりこの惑星に住む竜神族の戦士ゴルギア、他の星からやってきて、魔法と大自然のこの星をお前はロボットと高層ビルで踏みにじった。そしてあらゆる富を自分のところにかき集め皇帝を名乗った。今すぐ皇帝の名を返上し、この星から出ゆくのだ」

だが皇帝も黙ってはいない。

「何をほざく。私はこの星に科学と秩序を持ち込んだ。便利な暮らしも反映も持ち込んだのだ。この星を豊かにしたこの私が、なぜ責められなくてはいけないのだ?!、お前たち役立たずの古くからの支配層が入れ替わっただけのことではないのか」

「お前を許すことは出来ない、出ていかないというなら倒すだけだ」

「できるものならやってみよ」

「竜神族、戦闘形態!」

その言葉とともに角や牙、爪などがさらに強力に長く伸び、その上、尾の先端からナイフのような刃が新たに突き出たのだ。

「ほう、竜神族の戦闘形態か、久しぶりに見る。だがこのダークロッドの前に力を発揮できるかのう」

皇帝の隠し機ある衣装を着こんだガレラ・ドウズ3世は階段の上の玉座から立ち上がると、大きな翡翠をはめ込み、邪悪な魔法をかけたダークロッドを取りだした。

「この翡翠の玉から発する光線をまともに浴びれば、お前の体から力は奪われ、すぐに私にひれ伏すことになるだろう」

「ま、どうかな…、無音消形の術…」

竜神族はただでさえ強いのになんと姿を消した上に、あらゆる音まで消してしまったのだ。とまどう皇帝。ロッドを高く掲げ、反撃しようと構えていた。

「うぐっ!」

だが、勝負がつくのに時間はかからなかった。突然皇帝の衣装に大きな切り口が現れ、血がにじんだ。皇帝はめちゃくちゃに四方八方にダークロッドの光を発射したが、どれも命中せず、さらに切り口は増えていき、皇帝の衣装は八つ裂きにされ、ダークロッドは一瞬にして真っ二つにへし折られた。

見えないし、音も消してあるから、まるで魔術ショーでも見ているかのようだ。これが戦闘形態の竜神族の真の力だ。

だが皇帝は大きく笑い声をあげると、先ほどのダークロッドについていた大きな翡翠を拾い上げ、それを自分の胸に押し当てた。するとなんということ、皇帝と翡翠の宝玉は不気味な深緑色の光を発しながら溶けるように一体化し、みるみる体が一回りも2回りも大きくなり、七つの巨大な角を持つ魔人へと変身したではないか。

「お前の姿が消えていても関係ない、デビルソニックウェーブ!」

その時魔人皇帝が何かを唱えた。すると呪文がエネルギーの波となり広がって行った。360度、すべての方向に広がったのだ。

「グオオオオオ!」

これではよけようがない。さらに無音の術も使えない。波の直撃をくったゴルギアは思い切り音を立てて吹っ飛び倒れこんだ。すると魔人皇帝がさっと近づき音がした辺りを手探りして魔法のペンダントを見つけて引きちぎった。竜神族の姿が浮かび上がった。そこからはド迫力の格闘戦だ。

そしてそのころ、ロック鳥に乗って潜入した森村さんのパーティーがついに大階段の下に姿を現した。白の魔術師ハーケンが、アンドロイドギルバ、ドリアードたちを集めて早速打ち合わせだ。

「ふむ、間に合った。こっちも作戦を実行だ」

流れるようなスピードでドラゴン流の拳法を繰り出すゴルギア、並外れたパワーでパンチや蹴りを繰り返す魔人皇帝。互角の戦いが繰り広げられた。だが竜神族が二段蹴りを決めようが、突き、蹴り、尾の回し切りの連続技を決めようが、タフな魔人皇帝は平気な顔で向かってくる。だがゴルギアがなぜか劣勢に回り、魔人がとどめとばかりに大ぶりのパンチを繰り出すと、竜神族はさっと離れた。

そう、これは作戦だった。その時階段の下から、一勝負に一回しか使えないあの聖なる矢が魔人皇帝めがけて放たれた。

「?!」

思い切りパンチを打とうと飛び出した魔人皇帝はよけきれず、聖なる矢が胸に突き刺さった。

「ば、ばかな?!」

だが聖なる青く透き通った光が魔人皇帝の胸の中かあちこちに漏れ出した瞬間、体がバラバラになってあたりに吹き飛び、竜神族の足元には、7つの大きな角の魔人の頭がゴロンと転がった。

「やったか?」

大塚さんのパーティーの完全勝利かと誰もが思った。だが今日の魔人皇帝はさらに強かった。

「これで終わったと思うな!!」

魔人皇帝の生首が叫んだと思った次の瞬間、頭の7つの角がぐんぐん伸びてうねりながら巨大化し、7つ首の巨大な大蛇へと変化したではないか。鎌首をもたげると、5mほどにもなる丸太のような大蛇であった。目が金色で、鋭い瞳の上に恐ろしい角がある。その瞳でにらまれると、さすがのゴルギアも言葉を失った。

「ははは、お前たちの攻撃はそこで終わりか?」

その7つ首の大蛇が7つの声で叫んだ。

魔人を倒すどころか、ずっと強くなって再登場だ。これは想定外だった。だがゴルギアは少しもひるまず答えた。

「勝負だ」

そして仲間に合図を送りながら7つ首の大蛇に向かって走り出した。7つの鎌首をのばし、7対の牙をきらめかせて大蛇も襲い掛かった。ゴルギアは、2つの頭を殴り飛ばし、3つ目の頭を蹴り上げ、4つ目の首を尾尾で振り払ったが、5つ目の頭にかまれそうになり、6つ目の頭の鋭い角で吹っ飛ばされた。

「うぐぐ、なんてパワーだ」

「はは、動けまい。こんなに弱かったのか、話にならん。これでとどめだ」

再び襲い掛かる7つ首の大蛇、だが、このパーティーにはまだ最凶のあの女がいた。クロの魔法使いデスボリカが叫んだ。

「デスエンブレム!」

黒の女が呪文をかけると、それは空中で魔法陣のような巨大な紋章を描き、ゆっくり回りながら、7つの首の大蛇に向かっていった。

「ウガアアアアアオオオオオ」

死の紋章は7つの首に絡みつきながらその巨大な体を黒い灰に変えていった。

「やった」

勝利を確信して攻撃を終了した大塚さんのパーティーだったが、なぜかゲームマスターの京極さんは首を横に振った。なんと大蛇は、最後の一瞬で7つあった首のうち1本を自分から切り離し、復活するために生き残ったのだ。

すぐに不気味な手足が生え、大蛇の頭を持つ魔人がそこにいた。

「ふふ、おれは不死身だ。簡単にはやられないぜ」

森村さんがここで宣言した。

「チャレンジを宣言します」

やはりここで宣言したか。全員がルーレットを回し、1番大きな数を出した人が次の攻撃だ。パーティー代表1人が、1回ずつ攻撃できる。ここで1番遅く大階段の下に到着した時子にもチャンスが回ってきた。大きな数を出せば、とどめをさして優勝だ。

「灰色のアレクシスよ、最後に必ずとどめを刺せる強いものを用意しなさい」

すると灰色の魔法使いはこう答えた。

「それなら、とっておきのものがおります」

大階段の下で赤井封印の指輪を取りだし、あいつを呼び出した。

「アーマーキュクロプスよ、お前の巨大な斧でとどめを刺すのだ」

普通の建物なら5階ほどの高い天井のこの大広間に1つ目巨人が立ち上がって、斧をつかんで雄叫びを上げた。すごい迫力に周りが震え上がった。選ばれさえすればまず優勝は間違いないだろう。しかもすぐ後ろにはあの獰猛なケルベロスが今にも飛びかかりそうに控えている。忍者軍団も、黒猫忍者軍団に贈られてゼロマルが出るようだ。最後のチャンスにかけた。そして、大塚さん、森村さん、シオリちゃん、時子と全員でルーレットを回した。

この時のルーレットは、幸運のビクトリア王女が+2がついていて断然有利だった。だが…。

一瞬の静けさの中、ルーレットが回っていく。

「よっしゃあ!」

森村さんの執念が、王女の幸運に1歩勝ったか…、挑戦権を引き当てた。

ここは、アンドロイドギルバを出す所だが、ゴブリンキングのハリスがやられたときにとっておいた最後の弾丸を使ってしまった。さあ、どうする。だが森村さんは考えて意外な答えを出した。

「最後の手段だ、行け、ユニコーン」

森村さんの言葉にみんな驚いた。シオリちゃんが確認した。

「え、お城の中には連れてこなかったのでは?」

そう、ユニコーンはロック鳥の体につかまれなかったので城の外に置いてきたはずだった。

けれども白の魔術師ハーケンが、招喚の呪文を唱えた。するとすぐそばに光が輝き、なんとあのユニコーンが、光の中に呼び出されて姿を現したではないか。

「ユニコーンは魔法生物だから、もちろん招喚ができるのさ、これなら文句あるまい。ユニコーン、コメっとアタックだ」

するとユニコーンの体は白く輝き、急発進して、白い光のように加速していった。そしてユニコーンの白い角があの蛇頭の魔人の心臓を貫き、ついに消滅した。ユニコーンの強さが、森村さんに優勝をもたらしたのだった。

試合後、すぐに京極さんと4人は迷宮堂書店の隣にある和風パン屋「望月堂」に押し掛けた。ここにはおしゃれな喫茶部と個室があり、ちょうどゲームが終わるころに個室に予約が入れてあるのだ。京極さんは甘党で大塚さんはパンが大好き、森村さんは思考力がマヒするというのでゲームの前後は、お酒は飲まずやはり甘いものだ、猫耳娘のシオリちゃんはお酒も飲めるが、やっぱり甘いものには目がないタイプだ。あとこの店にはいやな苦さのないおいしいコーヒーもあった。まずはパン売り場でパンを選びそれから個室に行く。

「和風パンってどんなのかと思ってたら、予想通りめちゃくちゃおいしそうな北海道産小豆百%のアンパンもあるけど、なんかずいぶん変わったのもあるのね。ふうん、でもおいしそう」

するとパンにはうるさい大塚さんがしゃべりだした。

「まず、このパンを見て。いまから10年前にこのパン屋は始まったんだが、そのころは普通のパン屋だった。でも数年後に発売されたもち米80%で作ったこのパンが大ヒット、すべてはここから始まったのさ」

それはどうみても普通の食パンだ。でもパンの耳がとても柔らかく、きめ細かいのに適度な弾力もあり、ひっぱると結構伸びる。

「もち米で作った望月のもちもちパンというキャッチコピーで、飛ぶように売れたが、ここの店長はさらに工夫したわけだ」

最初に見せてもらったのは、青じその明太子パンだった。この餅のようなパンで何か工夫しようと考えた店長は、自分が餅を食べるとき、明太子ソースで食べるのが大好きだと思い出したわけだ。

そこで和風サンド第1弾として青じそ明太子サンドをつくったら、これが大人気。

本物の餅とよく合う和風料理として次に出たのが、ネギ納豆黒海苔味と切り干し大根挽肉味だ。もちもちのパンと具が混ざり、本当に餅と食べたようでおいしい。そして次々とこのシリーズが販売されてヒットしていく。なるほど、なすと鳥そぼろのみそ炒めや、鳥のつくねの梅あんかけ、明太子のはんぺん和え、松前漬けなど色々な和風餅パンサンドが並んでいる。トンカツを甘く煮たカツ煮サンドも人気だが、海苔の佃煮サンドやなめこの佃煮サンドなんかもシンプルでおいしい。

また新製品売り場には、月をかたどった手のひらサイズの丸いパンが並べてある。大きさも形も似ているが、具や食感が全く違う。

「あ、新製品、甘い満ち欠けですって。黒蜜パンの新月、メイプルクロワッサンの三日月、チョコとクリームの2食パンの半月、きな粉パンのおぼろ月、すごい、よくできている!ええっと満月は…」

満月は大人気のソフトメロンパンだった。みんなで好きなパンを買いまくり、個室に持ち込んで反省会だ。

京極さんはアンパン、黒蜜パン、メロンパンなど、甘いパンを食べまくり、大塚さんは色々なパンのうんちくを言いながらいくつも食べていた。森村さんは和風サンドを食べながら、コーヒーの世界にはまっていた。ここのコーヒーは焙煎の煙を豆に当てないようにして、苦みのないまろやかな味を目指しているのだ。

シオリちゃんと時子は新発売の甘い満ち欠けを全種類たべようと挑戦、2人とも成功だ。そしてみんな今日のゲームについて色々語りだしたが、話は結局どうも初心者ではない時子のことにシフトしていった。みんな時子を称賛、最後に1番強かったのはアーマーキュクロプスの時子だとか、また一緒にプレイしたいなどと盛り上がった。大塚さんが訊いた。

「今のゲームは君ノ活躍でとても盛り上がったよ。昔どこかでこのゲームをやったことがあるんじゃないのかね」

時子はいざとなるとどきどきして、なんと言ったらいいのかわからなかった…。

「…実は私、15年前までこの街に親戚の子がいて、よく遊びに来てたんです」

京極さんが首をひねった。

「15年前って、そりゃあ、かなり前だなあ。でも、あれ、その頃、どんなことがあったのか、なんだか思い出せないなあ…」

シオリちゃんもつぶやいた。

「15年前だとまだ私は小学校に入るか入らないかくらいかしら。さすがにあまりわからないわ」

「私もたぶん中学生ぐらいだったんですけど、そのころもしかしたらゲームとかやったことがあったみたいなんです…、怪物トランプとか、冒険すごろくとか…」

すると京極さんがすかさず言った。

「それだ、冒険すごろくだ。多分その頃店に出入りしていた小学生たちの作ったゲームを本格的なボードゲームにしようと、そのゲームをもとに私が今のこのゲームを作ったんだ」

「でも山火事事件とかあって、記憶が定かではないんです。私の周りにいる街の人とか、先日は北辰神社の宮司さんに聞いてもよく覚えていないって、みんな言うんです」

するとこの街の出身だという大塚さんも言った。

「山火事事件?あれ…そういえばそんなことがあったぞ。でもおかしいな…その頃のことは思い出そうとしてもぼんやりしてよく思い出せない…。俺はもう、就職もしていたはずだが…」

ここでもそうだ、記憶がおかしい。完全に何かがおかしい。でもその時、今まで黙っていた森村さんがしゃべりだした。

「時子さんがあれだけゲームを盛り上げておいてやったことのないはずがない…、15年前に何かが抜け落ちている…。京極さんや大塚さんのような優秀な頭脳まで記憶が確かじゃない?!さらに街のみんなの記憶も定かではないとすると、これはおかしい、これはただならぬ事態かもしれない。今日の魔法惑星メキウスの最終的な謎は町全体の記憶の断裂そのものじゃないのか?」

街の記憶の断裂?今まで時子だけが翻弄されたとんでもない出来事を森村さんが、客観的な場に引きずり出した。京極さんが時子に言った。

「時子さん、君は何かみんなに聞きたいことがあると言っていたね」

「あ、そうだ、これなんです」

時子はあの8枚のオクタゴンダイバーのカードを取りだした。

「私もずーっと忘れていたんだけど、この間親戚の家の本棚からこの手書きのカードが出てきて…。親戚のノボル君っていう男の子がたぶん15年前に作ったんですけど、今その子とはなかなか連絡が取れなくて。でもこのカードは全部で64枚あったはずなんですけど今はこの8枚しかなくて、どなたか残りの56枚がどこにあるのかご存じではないかと…」

テーブルの上に置かれた8枚のカード、みんな水を打ったように静かになってそれを見つめた。大塚さんがおもむろに言い出した。

「…京極さん、このゲーム、かなり昔に私と京極さんの2人でやったことがなかったですかね。いや2人じゃない、もう1人中学生ぐらいの男の子がいたような気もする…」

すると京極さんは急に立ち上がった。

「このジュピターの奥の地下倉庫に、関連の写真があったかもしれない…」

「写真ですか?誰の?」

「たぶん、そのノボル君がこの店に来たとき野田。」

京極の言葉に時子の胸は急にドキドキしてきた。

さほど時間がかからずに戻ってきた京極さんの手にあったのは、アナログ時代のアルバムだった。この4号店にジュピターが誕生したころの記録写真だった。建物の建築途中や、内装工事の済む前のがらんとした店内、そしていよいよ店の開業当時の写真や、若いころの京極さんやスタッフの写真まである。みんな京極さんたちが丁寧に記録として残したものだ。1枚1枚の写真には日付と簡単な説明が貼られている。

「おお、あったぞ、これだ、これだ。若い大塚さんが映っている」

早速覗き込んだ時子は、胸が締め付けられる思いだった。まだ新しいジュピターの店内でテーブルの上に64枚のカード前部を並べて中学生の男の子がニコニコしていた。

メモには日付の後、次のように書いてあった。

「2年越しの対策オクタゴンダイバーついに完成、作者の水谷のぼる君来店」

ノボルの後ろにはすらっとした若き大塚さんやスタッフが並んでいる。

「京極さん、残りのカードはここにはないんですか?」

京極さんはちょっとつらそうな顔をしてうつむいた。

「…残念ながらない。彼はお世話になった人にこれを見せるって言ってたかな」

メモには続きがあり、こう書いてあった。

「のぼる君はこのカードを作るにあたり、すばらしい自然の庭を見せてくれた桂岡さんにこれからカードを見せに行くと言っていた」

桂岡さんて一体誰だろう。誰か知らないかとみんなを見回した時子だった。

すると看護師のシオリちゃんがすっと手を上げた。

「私、緑が丘センターの西口にある大学病院に勤めてるんですけど、大学の理事長さんが桂岡さんですよね、確か広くて自然いっぱいのお庭を持ってるって聞いていたんですけど」

「それだ」

京極さんがそうつぶやくと、森村さんが急に手帳やスマホをいじりだした。

「ちょっと待ってくれよ、今あの大学の工学部とうちの会社が協力事業をしていて…連絡が取れるかもしれない。おっとと、あった、ちょっと待ってくれ…」

森村さんはさっと部屋の隅に行って形態でしゃべり始めた。ほんの2、3分ほど話した後、冷静な森村さんが急に大きな声をだし、にこやかな顔でなめらかに話し出した。そして何かメモを取ると、電話を切らないままみんなのところに歩いてきた。

「偶然桂岡理事長につながったんだが、ゲームのことを話すと、今もリビングにカードはもちろん、ゲームの箱ごと飾ってあるそうだ」

「えええ、まさか、本当ですか?」

すると森村さんは早口でまくし立てた。

「でもそこからが問題だ、今日は日曜で偶然家にいるのだが、平日は忙しくて時間がとれないそうだ。もしよろしければまだ2時台だからうちに来てくれればぜひお話をうかがいたい、カードを渡したいというのだが…」

「もちろんオッケーです。今すぐお伺いしますとお伝えください」

森村さんはその旨を述べると静かに電話を切った。

「すごい、すごい。みなさんのおかげで思いがかなったわ。それで、桂岡さんのお宅はどこなんですか、遠いんですか?」

すると森村さんは今とったメモを見ながら答えた。

「ええっと、そんなに遠くないはずだ。ほら北辰神社のそばのグリーンヒルと呼ばれている場所の中のお屋敷だよ」

「ええ、はい。そこは私が今寝泊まりしている親戚の家のお隣です」

そういえば白猫堂の葉月さんが、探し物はごくごく近くにあると言っていた…。とりあえずは時子が1人で桂岡さんのお屋敷のあるグリーンヒルに向かい、結果が出たらジュピターに連絡を入れるということになった。時子は森村さんから電話番号などを書いたメモをもらい、足音も軽やかに、店を後にしたのだった。

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