3 怪人対超人
それから1週間、時子はハードなスケジュールで仕事をこなしていった。朝7時に起きて掃除や洗濯、さらにシャワーを浴びて、身支度を整え、家を出る。駅ビルに行って、トパーズかイケメンのいるサンドイッチ屋リバプールでさっと朝ごはんを済ませる。トパーズは本日のスープがポルチーニ茸やシイタケ、マイタケのスープの時はかかさず行っている。そう、時子はキノコ好きなのだ。そしてサトミのおしゃべりを聞きながら、あの特別なドレッシングをたっぷりふりかけてサラダバーの無農薬野菜をモリモリ食べるのだ。
そうじゃない日はサンドイッチのリバプールだ。淡路島産の玉ねぎを使ったあぶりコンビーフと2種類のチーズのサンドイッチも絶品だし、フォアグラと粗挽きミートソースのトーストサンドは、カリッという外側とどこまでも柔らかなフォアグラのコントラストがたまらない、そして濃厚なミートソースが合わさってボリュームも満点だ。あと熟成したサラミとオレガノとチーズを合わせたサラミチーズもとまらないおいしさだ。
もちろん淡路島の新玉ねぎのみじん切りを空気にさらしてひと手間加えた定番のツナサンド、瀬戸内海のレモンをしぼったタルタルソースのタマゴサンドも捨てがたい。
それらの絶品サンドイッチを二枚目のキヨタカが心を込めて一生懸命作ってくれるのを、ゆっくり眺めるのも時子は好きだった。
そして昼は取材しながらあちこちのおいしい店で食べて、5時に一度帰宅して着替え、夕方にはあのちょっとチャラいがダンディーな大河さんのさすらいカレーでがっつり食べるのが最近の日課だった。さすらいカレーは中華風豚の角煮カレー、インド風チキンカレー、中東風子羊のカレー、フランス風オックステールのカレー、アルゼンチン風若牛のカレー、マレーシア風豚肉カレー、など全部で17種類ほどあるのだが、どのカレーもトッピングに大きな肉の塊がドーンと載っている迫力のカレーばかりだ。しかもチキンにしてもマトン、ビーフにしても、低温調理されたとろとろやわらかな肉なのだ。そこに若いころ世界中をさすらって料理の腕を磨いたという大河さんのスパイシーなカレーソースが香りを立てているわけだ。特にカルダモンとクミンの使い方にこだわっているという。
大河さんは料理の腕もいいし聞き上手でもあり、話術が巧みでもある。
「ちょっと時子さん、大河さんは、女の人に手が速いって評判だから、気を付けたほうがいいわよ」
サトミがそう忠告してくれたが、今のところ危ないこともなく、さすらいカレーには通い続けている。
そして自宅に帰ってお風呂に入ったあと、5時間から長いときは7時間集中してイラストを描くわけだ。だが、ある日の朝、駅ビルに行く前、時子はとんでもない出来事に出くわす。それは人影もほとんどない日曜日の朝のことだった。駅に向かう途中、商店街の隅にある中古の雑居ビルの屋上にありえない人影を見たのだった。それはあきらかに人間ではなかった。
全身が黒い、ほっそりした不気味な怪人だった。さらに黒い影に気付いて時子が立ち止まると、そいつの前に立ちふさがるように青く輝く不思議な光が現れたのである。その光の中にメタリックな超人の姿が浮かび上がっていた。
「ほんの数分私のシャドウを送り込んだだけで姿を現すとは、さすがだな」
黒い影の怪人がつぶやくと青い光の超人も答えた。
「何を企んで動き出した」
「ハハハ、もちろん、我々の計画のためさ。フフフ、また忙しくなりそうだな」
「お前の好きにはさせぬ」
今日は何を食べようかと迷っていた時子は驚いた。デザインは違うが、スカルマスクの世界が、突然目の前で実際に起こったのだ。
「えっ?!」
黒い影が突然3階から飛び降りて逃げ始めた。ありえない、普通の人間なら死んでいる。しかもそれを追う、青い光もさっと飛びおり、さらに5m以上ジャンプし、先まわりをする。
「逃すか」
だが黒い影の方は、大きくジャンプしたかと思うとそのまま空中で消えていた…。
「うぬう、奴め、また空間を飛びやがったか…」
そして青い影も消えていったのだった。
まるで夢のような出来事だった…。だが時子は、すぐにタブレットのペン入力ソフトを立ち上げると、記憶にあるうちに黒い怪人と青井光の超人の形を描きとめたのだった。そしてそれをホノカに添付ファイルにしてすぐに送ったのだった。
ホノカは早速タイゾウ父さんに見せたのだが、お父さんは、昭和のスカルマスク人気が終わって、しばらく別の特撮シリーズが作られていたのだが、平成になって第2次スカルマスクシリーズが巻き起こる。その第2シリーズのピーク時にドラマの第3シーズンが作られるんだ。その時の怪人やメタル刑事によく似ているが、違う点もいくつもある。けっこうヒットしたんだぜ。今はそれ以上のことは言えないなあ」
そういう答えだった。
「また、15年前か…」
試しにリバプールのキヨタカさんにも聞いてみた。キヨタカさんはきちんと話を聞いてくれた後、こう言った。
「もしかしたら、特撮所のシークレットロケが行われていたのかもしれない。怪人や超人は着ぐるみで、物陰にクッションやトランポリンをおいて、撮影すると聞いたことがあるよ」
時子の記憶ではクッションもトランポリンもぜったいなかった。撮影スタッフも誰もいなかったはずだ。でもその可能性も完全にないとは言えない。時子はキヨタカさんにお礼を言って帰っていった。
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