2 新しい出会い

昔よく来た街だったが15年ぶりに来てみれば新しい建物も増え大きく変化を遂げていた。

がらんとした高架の駅だった緑ヶ丘センターの駅には立派なレインボービルと言う駅ビルができていた。ショッピングモールやフードコート、さらには小さなテーマパークやビジネスホテルも入った大きなビルだった。

駅の前は撮影所の土地を1部もらい受け、広い公園やバス乗り場が整備されている。撮影所や特撮テーマパークもすぐ目の前だ。

東側には古くからの観光地、北辰神社や妙顕寺などがあり、参道には七星商店街が続いていて、縁日ともなればたくさんの夜店がにぎわいを見せる。

新しく開発された西側には、病院や高校、大学、大きなスポーツ施設もあるようだ。

北辰神社のすぐ近くにあるおばさんの家を出ると、時子は神社の森の新緑の坂道をとっとこ下りて、あっという間に駅前に到着だ。

改札口のある3回までの通路に広がるのが緑ヶ丘駅フードコートだ。通勤客を狙って、朝早くからモーニングをやっている。

チェーン店のハンバーガーショップや牛丼の店、あとハワイのパンケーキで有名な店ペレペレ、もあったが、目に付いたのは、おしゃれで清潔感のある「サンドイッチバー、リバプール」と世界のカレーが食べられるという「さすらいカレー」だった。リバプールは清隆さんという清潔感あふれるお兄さんの店、さすらいカレーは妙なサングラスとピアスをつけた不思議な魅力があるがどこかチャラい大河(タイガ)さんの店だ。

「ええっと、トパーズ、トパーズって…。あ、あった」

かわいらしいサラダとスープの店トパーズの看板が見つかった。

朝のトパーズは、無農薬で清潔な野菜工場で栽培された、レタス、サラダ菜、ルッコラなどの葉ものと、契約農家から直接届いたトマトやアボカドなどの有機野菜を中心に、季節の野菜を使ったサラダバー、クラムチャウダーとコーンの2種類の本日のスープがセルフで食べ放題なのだ。あとは天然酵母パンや本日のデザート、飲み物などが注文できる。特にトパーズの夜をやっているオーナーの沢渡さんの発明だという、ひまわりオイルやナッツオイル、ワインビネガーなどを使った手作りドレッシングがさっぱりした酸味の一品で、それだけで飲み物として飲む人もいるくらいのおいしさだそうだ。 なんとメニューにもドリンクとして載っている。

「あらごめんなさいね、急に呼び出しちゃって時子さん。」

担当の編集者佐々岡さんはもうすでに到着してサラダとクラムチャウダーをカウンターに並べ、硬いバケットをほおばっていた。

佐々岡さんは時子より3、4才年上の、仕事のできるお姉さんだ。疑問に思うと何でも質問してくるぶっちゃけたところがある。

「いちおう確認しておくけど、時子さんはこの街のことよく知っているのよね…」

「ええ、子供のころはよく遊びに来て、特に夏休みは1週間ぐらい、毎年滞在していたんです」

「よかった、実はね…」

「実はここの撮影所で生まれたスカルマスクが40周年を迎えるにあたって、大掛かりな上映会、アクションショーや記念グッズ特売会、さらにはバーチャルゲームパークでコラボゲームが企画されたり、特撮公園に記念の銅像が設置されたり、ドラマや映画の特別配信が始まるらしいの。それでこの地区の商工会議所や商店街もそれをきっかけに街おこしをしようと動き出したの」

「スカルマスクねえ。私はまだ27才だから40年前に生まれたヒーローは知らないわね。でも、名前だけは聞いたことがあるような…、そうね、男子たちが騒いでたことがあったかも…」

するとモーニングタイムのトパーズを仕切っているサトミという20ぐらいの若い女の子がスマートフォンを見ながら色々教えてくれた。

「この前の廊下を少し行くと、t&hというエコな食品のセレクトショップがあるんだけど、その店先に怪人のソフビ人形がいくつか飾ってあって、それがスカルマスクの怪人だと聞いたことがあるわ。あの店はタイゾウパパとホノカっていう娘さんでやってる店なんだけど、タイゾウパパ、スカルマスク絶対すきそう」

お昼に来てくれれば夜の人に引き継いで暇になるから、よかったら紹介してくれるそうだ。

するとそこに今回の依頼主が2人、入ってきた。

「地元の商店街の今年度の会長、安田と申します」

「東進映画の杉原です。今回のスカルマスクのイベントの責任者をやっております」

杉原さんは40年前、東進映画の新進プロデューサーで、会社から新しい時代にあったヒーローものを作ってくれとチャンスをもらい、若い仲間を集めてゼロからスカルマスクを作った実質的なスカルマスクの生みの親でもある。

「ではまず、これをみてくれ」

杉原さんは生誕40周年と書いてあるスカルマスクの簡単なパンフレットを渡してくれた。なるほど、顔の上半分にガイコツのような不気味なマスクをかぶっているヒーローの写真が載っている。

なんでも、この付近のイベント用のイラストマップやタウンガイドを作ってほしいとの依頼が去年から出版社にあったのだが、引き受けてくれる予定の当時からのデザイナーが高齢のため急病で倒れ、みんな頭を抱えていたという。もう時間も迫っているので、この街を知っているという時子に急遽白羽の矢が立ったのだ。でも杉原さんはそこで頭を下げる。

実は、イベントの開始まであと1か月しかないのだそうだ。

「間に合う範囲で、いいですからよろしくお願いします」

安田さんと杉原さんが頭を下げる。

でも担当の佐々岡さんは凄いことを言ってくる。

「地図のもとの資料やデータはそろっているから、時子さんなら1週間ぐらいでイラストマップとか描けるんじゃない?あと、タウンガイドは1、2週間に1回ぐらい出していけばいいから…」

さすがに早描きの時子でも無理だと思われたが、時子は普通にうなずいた。

「わかりました、引き受けましょう。思い出の街ですから、きっと楽しく仕事ができます。それより、もしかして安田さんって、食いしん坊横丁の弁当やマルヤスのおじちゃんですか?15年ぶりですね」

「そうだけど、えっ、えええ、まさか時子って、あのころよく惣菜コーナーに買いに来ていたメガネのトキちゃんかい」

「ピンポーン、ほらあの当時、最初はおでんコーナーで1串おでんをよく買いに行ってたんだけど、途中からは、新発売のフライドハンバーグがおいしくてしょっちゅう買いに行ってて…」

時子がこの街によく来ていたのは本当のようだ。でも担当の佐々岡はどうも気になることを質問せずにはいられなかった。

「よかったわね。でも1つ聞きたいんだけど、フライドハンバーグって、それは言い方を変えればメンチカツのことじゃないの?」

気になったのはそっちだった。すると時子は、にこっと微笑んで言った。

「ブブー、違うんでーす。あらかじめデミグラスソース風に味付けしたハンバーグに衣をつけて揚げるんです。だから安くて食べながら歩けるハンバーグって感じなんです」

「その通り、15年たった今でも大人気販売中だ。買いに来るかい」

「行きます、行きます。あと、ええっとタコ団子もね」

表面をカリッと焼いたたこやきを3つ串に刺して、てっぺんに赤いウィンナーでできたタコとかにかまをつけた、マルヤスのこれも人気惣菜なのだ。

マルヤスは唐揚げ弁当が主力商品だったが、おでん、揚げ物、タコ団子がマルヤスの3大名物で子供に大評判だった。

「ふふ、タコ団子の方は、昔はカツオソースだけだったけど今じゃ、アンチョビガーリック味やカルボナーラ味、オレガノ地図味まで色々出ているよ」

時子とマルヤスのおじちゃんはすっかり打ち解けて、もう、取材にも商店街あげて全面協力みたいなことになっていた。

「思い出すよ、確かお屋敷のノボル君といつもいっしょだったなあ」

「え、ノボルのことおぼえてるんですか?」

時子は急にノボルの話が出たので驚いて聞き返した。

「いやあ、聞かれるとはっきりはわからなくなるな。もう15年も前だからねえ。あの頃は山火事事件とかあって色々ゴタゴタしてたからね…まあ、とにかくイラストマップから急いで頼むよ」

「わかりました、じゃあ、時間もないので今日から早速取材してイラストを急ぎます」

時子はそう言ってさっきもらったパンフレットの写真を見て描いたタブレットのイラストを見せた。杉原さんが感心した。

「え、今話してる間に描いたの?いやあさすがだね、絵はうまいし、本当に早いね」

タブレットには、マルヤスのおじちゃんと杉原さんとスカルマスクの3人が肩を組んでいる楽しそうなイラストが笑っていた。

時子は、それから2時間ほどタウンガイドの取材の日程やイラストマップの出来上がりの打ち合わせなどの話を詰めた。最初にこの東口商店街、それから北辰神社と妙顕寺の周辺、

そして東進映画の撮影所と特撮パーク周辺、そしてそのころちょうど高校生たちのイベントがあるという西口の高級住宅街周辺、そして最後にこのレインボービルで行うコラボ企画の順で回ることとなった。そして笑顔でマルヤスの安田さんと東進映画の杉原さんと別れた。お昼近くになるとトパーズのサトミちゃんにもう1度お願いだ。

「じゃあサトミさん、t&hのタイゾウお父さんの件お願いできますか」

「オッケー、ここのロビーのソファで待っていてね。着替えてすぐ行くわ」

やがてまたスマホを見ながらやってきたサトミに案内されて時子と佐々岡はでかけた。

「すいません、タイゾウさん、この店先に飾ってある人形はスカルマスクの関係ですか?」

すると中から、ちょっと小太りの優しそうなおじさんが出てきた。

「あれ、トパーズのサトミちゃんだね。そう、これがスカルマスクの初期型のソフビ人形だ。そして、隣の牛の頭のロボットが部下の怪力マシンゴーズ、こっちの馬の頭のロボットが、反重力バイクに変形するメーズだ。この2体は、第5話から出てきて大活躍する。

するとぽかんと口を開けて見ているサトミを見て、娘のホノカが言った。

「ほらほらお父さん、そんな専門的なこと言ったって、一般の人はわからないわよ。いらっしゃいませ、何の御用ですか」

サトミと同じくらいの娘のホノカが進み出た。そこで時子は名刺を2人に渡して自己紹介。そして、今回の40周年記念イベントのイラストマップやタウンガイドを作ることになって、スカルマスクのことを色々教えてもらいたいと、訪問の趣旨を話した。するとタイゾウ父さんの目の色があきらかに変わりだした。

「わかった、スカルマスクの40周年記念ともなったら、最善の資料を用意しなければ、じゃあ、ホノカ、お父さんちょっと行ってくるから店番を頼む」

そう言ってタイゾウさんは凄い勢いで走り出した。

「ごめんなさいね、うちの父、スカルマスクが大好きで、スカルマスクのコレクションで1部屋埋まってるんです。その中からつかえそうな本を探してくるみたい。ちょっとお待ちくださいね」

「すみません、でも、それにしても、このお店体によさそうなものばかり売っているんですね」

契約農家の無農薬畑からきたばかりの新鮮な野菜だとか、名人の茜おばあさんが作った3年物の赤味噌とか、奄美の黒酢、能登半島のふぐのらんそうと珍味ナマコのくちことか、茨城のミルクたっぷりの岩ガキとか、ほかにも雑穀やジューシーな去年流通が始まったばかりの柑橘類だとか、ソフトイカと乾しアワビの松前漬けなど、無農薬、手作り、熟成などにこだわった食材が並んでいる。

「あれ、この街の特産品もあるんだ」

中瓶と小瓶が1つずつだけ売れ残っていた蜂蜜の瓶を時子は手に取った。

「それ、この店の超人気商品なんです。ニホンミツバチの100%純粋蜂蜜なんです」

「へえー、すごいわ。小瓶を1ついただこうかしら」

時子が買っている間に、もう1つの中瓶は主婦のグループが、今日は入荷してたと奪い合うように手に取り、あっという間に完売だ。

「うちは母が若いころにガンで亡くなって、父も苦労したんですが、よく旅行に連れてってくれて、その土地のおいしいものを食べ歩き、お土産に買ってきたんです。そのうちそれがまさかの本業になっちゃって、数年前に会社をやめて父と私でこの店を始めたんです。意外と評判で、ここで味見してからお取り寄せするなんて人も多いんですよ。まあ、でもお客さんの半分近くは、こだわりの強そうなスカルマスクのファンの関係なんですけどね…」

やがてふうふう息を切りながら走ってきたタイゾウさんの手には3冊の本があった。

「ええっと、これが全話の話のストーリーのダイジェストが載っている公式マニュアル。そしてこっちが、写真が豊富な全怪人、全魔法生物図鑑。そしてこれが1番詳しい設定資料集&名場面集です。それからこの街でスカルマスクのことをやるなら、絶対妙顕寺に行くといい。あそこも意外と知られていない観光スポットだからね」

どれも保存用の書籍は別にあるとかで、持ってきたのは丁寧に読み込まれた本であった。

時子は早速ロビーのソファに佐々岡さんと腰かけてパラパラと3冊に目を通したが、なん十冊もの関連本の中から厳選されただけあって充実の内容だった。

「大したものね、公式マニュアルの方は説明がシンプルで、ストーリーもダイジェストだから、スカルマスク初心者の私でも話がすうーっと入ってくる」

全怪人全魔法生物図鑑は、写真や図解のイラストが実に巧みでデザインがよくわかるし、もっと詳しく知りたいときは、設定資料集で詳しく調べればよいのだ。タイゾウお父さん恐るべしである。

時子が感心してみんなにお礼を言うと、またスマホを見ながらサトミが言った。

「お役に立ててうれしいわ」

するとまた編集者の佐々岡が気になってサトミにきいた。

「サトミさん、あなた何かするたびにスマホで確認しているけど、なんの画面を見ているの?」

するとサトミは照れ笑いをしながら、スマホを見せてくれた。

「ごめんなさい、いつものくせで…今はやっているクラモなんです」

「クラモ?」

見せてくれた画面には、今日のラッキー、ヘルス、メンタル、マネー、などのいくつかの項目が出ていた。

「さっき見てたのはね、今日のラッキーカラーと時子さんの服の色が一致したなと思って」

若いホノカのほかはみんなクラモをわからなかった。

「ええっと、簡単に言うと、ちょっとおしゃれな行動アドバイスアプリね」

クラモ?それは暮らしをもっとよくするという、行動アドバイスソフトだった。

時子も名前だけは聞いていたが、なんと開発元はこの街のこのビルにあるクラモ総研だという。サトミとたまに使うというホノカが説明してくれた。最初にたくさんの質問に答えて個人データを登録し、基本的には体温や脈拍、声のトーンやしゃべり方から、体や心の調子を測定し、GPSデータやクレジットカードデータから、街のどこで何をしていたかを補足するのだという。そしてそれらをもとに、1:よく当たると評判の占いソフト。2:無駄遣いをなくしたり、お買い得を教えてくれる買い物管理ソフト。3:その日の交通状態などから、安全なルートや早いルートを教えてくれる移動管理ソフト。4:新幹線からホテル、航空券までの予約手配ソフト。

5:健康やメンタルの状態から規則正しい生活や、健康、学習をサポートする生活管理ソフト。6:悩み事や心の健康を守るメンタル管理ソフト。それらを統合し、今避けるべき危険や何をしたらいいのかAIが教えてくれるのがクラモだ。

「クラモの指示通りにしてればお金もスケジュールも心配ないし、体や心の健康もばっちりなのよ。クラモのおかげで無駄にお菓子や小物など、無駄遣いをしなくなり、お金もたまったし、ダイエットもできたわ。ゲームのやりすぎを注意され指示通りにしていたら、生活のリズムが良くなったとか、成績が上がったなんて友達もいるわ。だからつい、何でもなくてもクラモを見る癖がついちゃって」

時子は生活を管理されるようで特に使いたいとも思わなかったが、この街では大流行しているらしい。

そして、みんなにこにこして帰っていったが、その時近くの柱の影から怪しい男が時子を見ていた。

「あの女、このまま放っておいたら、まずいことになりそうだ。我々が長年かけて作り出した、書き換え計画がぶち壊しになるかもしれない…早いうちに手を打たねば…」

そして男は顔をかくすように下を向いて、静かにどこかに消えていった。

「よし、がんばればなんとかなりそうだわ」

もともと編集部で集めていた基本的な資料、そしてタイゾウさんの貴重なスカルマスクの資料、そして今安田さんと打ち合わせした取材が成功すれば、現在の街の姿をイラストにしてマップやタウンガイドをつくることができるだろう。時子の中で大きな見通しがついたのだった。

「さあてと、明日から町内を取材で回るのが楽しみだわ…」

だが実際は、それから数日後に起きた不思議な事件のおかげで、町内歩きはまったく別の目的を持ってくるのであった。

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