第5話 嘘
さほど騒がしくは無いはず院内には、数名の真っ白な制服を着た女性が何人か。異質な音が響いたのはお昼のチャイムが鳴った頃だった。
「はい、これでいいかしら?」
「次は遅れないように……」
「こっちはあれに時間かける暇なんてないの」
真っ黒なファーのついたジャケットにギラついた時計、無駄に大きいアクセサリーを身につけ不満そうに空気を割る女。
「ですが、必要な書類は……」
「はいはいわかりましたよ、ったくこれだから面倒なのよ。お金払ってるんだからこのくらいは……」
あの人は僕を産んだ人、だそうだ。ちゃんと見えていたとしても覚えていないだろうから、どんな姿だってどうでもいいのだけれど。
いつも優しくて、温かいご飯をくれて、頭を撫でてくれて、眠れない時はそばにいてくれる。それが僕の知っている“お母さん”だ。
だから、少し前、ご飯をくれるいつもの優しいお姉さんを、そう、困らせたことがあった。
「君のお母さんは…」
「お母さん?」
「えぇ、さっきお話してね、それで、」
「ほんとうに僕の“お母さん”?」
「…… そうよ、とても心配してたわ。早く良くなるように頑張ろうね。」
嘘だ。1度も会いに来てくれたことだってないくせに。子どもだから、傷つけないようにと。優しさなんだろうけど、傷つくことなんてもうないよ。
お母さんってなんだろうな。血が繋がっていれば、それでいいものなのだろうか。
僕の知っている話にはひとつもそんなこと描かれてなかったと思う。彼女の声だからなのかもしれないけれど、いつだってあたたかくて優しい「お母さん」ばかりだった。だから、僕はあの人を「お母さん」と呼びたくはない。
真夜中の彗星 藍錆 薫衣 @hakoniwa_oboroduki
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