第11話 泡沫の時間


プンスカと効果音がついているのではないかと思えるほど、分かりやすくお怒りになっているお嬢様。原因は私の部屋に入ったアクア様のメイド。彼女が私の替えの燕尾服の香りを嗅いでいた事を知り、「私だってした事ないのに!」と叫んでいた。それが原因となりアクア様はメイドを連れ邸からお帰りになられたのは良いとしよう



「お嬢様」


「ちょっとだけよ」



然し、この状況は頂けない。ソファに座れと言われ従えば私の上にお嬢様が乗っかって来た。小さい頃も抱っこしてくれたでしょ、と彼女は言うが…昔と今とでは状況が違う



「…嫁入り前の娘が、いい歳した男の上で寝るのはおやめ下さい」


「執事がお嫁にもらってくれるからいいのよ」


「……よくありませんよ」



此方の気も知らずに、彼女は胸元に顔を埋めてくる。その姿はまるで小さな子供のようだった


「だいたいメイドの分際で、私の執事に惚れるなんて100年早いわっ!…でも私の執事に惚れないのはそれはそれで腹が立つわね」


「仰っている事がめちゃくちゃでは?……それから恋というものは自由にするものです」


「なによっ、執事は私の味方をしてくれないの?」


「味方も何も…」



一番の被害者は己だと喉まで出かかった言葉を飲み込む。これ以上機嫌を損ねて苦労するのは私なのだ…


「…メイド様からのご好意はお断り致しました。ですからお嬢様が心配する必要はございません」


「…本当に?」


「えぇ…私はお嬢様の執事であり、お嬢様を第一に考えておりますから。他の方にかける時間など一秒たりとてございません」


「じゃあこの書類にサインして!」


「それは出来かねます」


「ちょっとぉ!!今の流れはサインしてくれる流れじゃないのっ!」



どこからか取り出したか分からない婚姻届を握りしめ、お嬢様は私をポカポカと叩き付ける。痛みなどありはしない、この身体ではソレを感じる事は無い




「どうしたらサインしてくれるのよぉお!!」


「まずは私の上から退いて下さいお嬢様」





人とは違うこの身体では、常人の感性を享受する事など叶いはしない。だがそれでも、人と違う事に対して恨みなどありはしない





「…絶対に執事にサインさせてやるんだから…」


「それはそれは…その日が来る事を楽しみにしておりますね」


「ちょっと今バカにしたでしょ!!」







私は…執事である限り、貴女の傍にお仕えし続ける。旦那様が下した最期の命令が果たせるその時まで




「もういいわ…執事、紅茶をいれてちょうだい」


「かしこまりました。お嬢様」




私は誰よりも貴女の幸せを願っております

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執事に恋したお嬢様と愛の重たい執事 アオツキ @dearjfan

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