無限ループでもそれはそれでよい
今日は天気予報では晴れひとつだった。だから張り切って自転車をこいで遠くの公園まで来たというのに、いざ着いてみれば太陽など見当たらぬではないか。薄い雲が空一面を覆いつくし、冷たい風が首筋に吹き付けてくる。私はたまらず着ていた上着のフードを被った。首元の寒さは幾分か和らいだものの、手の凍えは解決しそうにない。
日が出るのを待ちながら、仕方なくベンチに腰かける。目の前には早咲きの桜か、もしくは桃が咲いている。花が好きなくせに、花の種類はろくに識別できない。木々の葉が落ちて寒々しくなった公園で、濃いピンク色の花びらが早くも春の訪れを知らせている。
気温に似つかわしくない穏やかな景色の中で、しばらく本を読んだ。二つ隣のベンチで、見知らぬおじ様も本を読んでいる。私は心の中でそのおじ様に、「どちらの集中力が続くか勝負」をもちかけた。手の凍えに耐えながら、お互いにページをめくり続ける。だが、大体二十分程経った頃、結局私が先に音を上げて、家から持ってきた温かいコーヒーに手を伸ばしてしまった。その間もおじ様は周りの景色などには目もくれずにページをめくり続けている。こんな寒い公園で、恐ろしや、その集中力。
そろそろ動かないと寒さが限界に達しそうなので、少し離れたところにある広場へ移動した。多くの人が犬を連れて、ボール遊びなどをしている。何かの管楽器(学がないので音で何の楽器か分からない)を演奏する人や、とにかく走り回っている子供、ゆっくりお散歩している老婦人など、各々の時間が流れている。
私は階段に腰かけ、例のごとく人間観察を始める。まず目についたのは、自転車から盛大に転げ落ちた子供。ヘルメットもしていたし、そこまでスピードが出ているわけでもなかったので怪我はしていないようだった。父親と思しき男性が男の子に手を差し伸べている。そしてなぜか、アーユーオーケー?と声をかける。英才教育かなにかだろうか。何にせよ、幼い頃から異国の言葉に触れるというのは良いことだ。
次に目にとまったのは、ショートカットの髪に綺麗なピンク色のメッシュを入れたおば様。テンポよくジョギングをしている。服の裾にも髪と同じようなピンクの差し色が入っていて素敵だった。歳をとっても、自分に対する遊び心を忘れない姿勢は素晴らしい。年老いてしわくちゃになっても生き生きとして見える人は、きっとああいう人なのだろうと思う。
そして最後に、一組のカップルが目にとまった。高校生くらいだろうか。彼氏の方がサッカーボールでリフティングの練習をしている。何回できたか数えるのも億劫になるほど、本当にただ永遠とリフティングをしている。彼女の方はというと、そんな彼氏をしゃがんで見つめているだけだ。たまに彼氏が失敗して転がってくるボールを拾い上げて、自分もリフティングにチャレンジして二、三回で失敗し、彼氏にボールを返す、というのをこれまた永遠と繰り返している。
最初は微笑ましいなと思いながら眺めていた私であったが、あまりにも永遠と続くその光景を見ていると、彼らはなぜ飽きないのだろうか、などど考え始めてしまった。恐らく三、四十分は永遠とその光景が流れていたように思う。
そんな二人を眺めているうちに、だんだんと日が傾いてきて本格的に寒くなってきたので、結局彼らがいつリフティングの練習を終えたのかを見届けぬまま公園を出た。
行きとは比べ物にならないほどに冷たい風が首元を通り抜けていく。ハンドルを握る手も、冷たいを通り越して痛かった。できるだけ早く帰ろうと、自転車をこぐ脚に力を込める。川沿いを一直線に帰ればいいだけなので、人気のない道を全速力で進んでいく。
その時、猛スピードで流れていく景色の中に茶色い塊が映りこんだ。その正体は猫だった。私は思わずブレーキをかけると急いで自転車をおり、猫から少し離れたところにしゃがみ込んだ。猫は私を見るやいなや、軽い足取りで私の方に近付いてきた。以前にも同じ道で見たことがある猫だった。以前といっても何ヶ月も前の話なので、私を覚えていたから近付いてきてくれたとは考えにくい。多分この猫は誰にでも懐っこいタイプの猫なのだろう。理由はどうであれ、猫が大好きな私にとって、猫の方から近付いてきてくれるというのは大層嬉しかった。人差し指を近付けると、暫くスンスンと嗅いだあと、頭を手に押し付けてきた。そうくれば私も遠慮なく撫でさせてもらう。その後も猫はどこにも行かずにずっと私のそばにいるので、結局そのまま三十分以上は猫に癒してもらっていた。
そしてふと、さっきのカップルのことを思い出した。そうか、彼氏が永遠とリフティングを練習しているだけの光景をあれだけの時間ただ眺めていられたのは、彼氏に対する愛情があったからなのかもしれないな、と。私も猫がそこにいれば、眠気か空腹が限界になるまではそこにいられるし、ただ眺めていられる。あの二人もそういうことだったんだろうなと、一人で合点がいった。
そして同時に羨ましくもなった。私があれぐらいの年齢だった頃、今もそうだが誰かを本当の意味で好きになることなどなかった。私は大抵の場合、物にしか興味がない。物は私を夢中にさせるが、物が私に夢中になることはない。いや、もし物に意識があったらそれはそれでややこしいのだけれど。猫もそうだ。私は猫に夢中になるが、猫は私に夢中にはならない。私の愛情とはいつも一方的であり、それでいて常にその状態で完結している。相手から返ってくることはないが、それでよい。
だが、あの二人は違う。お互いがお互いに夢中になっているから、あんな淡々とした繰り返しだけの時間の中に二人共いられるのだ。そんな状態が一体どんなものなのか、私は途端に知りたくなった。そして、それがどんなものなのか既に知っている二人のことが、少しだけ羨ましくなった。
サンセットと備忘録 阿久津 幻斎 @AKT_gensai
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