多くを語るとは

 もしあなたが過去に沢山苦労をしたとして、それをあたかも栄光のように周りの人間に語るようなことはするだろうか。それを聞いて、ほう、と感心する人間もいれば、だからなんだ、と興味を示さない人間もいるだろうが、あなたがもし他人にそんな話をしたことがあるならば分かるだろう。重要なのはそこではないのだから。過去を一から全部露わにしてひけらかすこと自体に恍惚としているわけであるから。どこかに、誰かに認めてもらいたいという願望があるならば、まずは自分で自分を認める必要があるはずだ。

 私は母から、あなたの父親は暴力を振るうような人だった、だから離婚した、と聞かされたことがある。私は記憶になかったが、その時はどうやら私から両親の離婚の理由を問うたらしい。だが問題はその後である。それからというものの、私が聞きもしないのに父親の過去の悪態を度々話すようになった。小さなことから、聞きたくもない悲惨なものまでだ。

 その頃から私は、実の父親に対する溢れんばかりの憎しみを抱えるようになっていった。自分ではどうしようもできないほどの憎しみを抱えながら、精神の発達に重要とされる思春期を生きた。その憎悪は凄まじいもので、今もどこかで幸せな家庭を築いてのうのうと生き延びている父親を探し出してこの手で殺してやろうかと、ずっと考えていた。

 そんななか、私が成人してから何年後かに母が再婚した。相手の男性はとても優しく、真っ当に育ったというのが雰囲気だけで十分に伝わってくるような人だった。私と私の母のために新築の家を建て、私を我が子のように思ってくれる素晴らしい人だ。

 だが、ようやく手に入れた当たり前の暮らしにも小さな歪みが生じてしまう。というのは、一緒に暮らしている私の祖母が、私の母が再婚して幸せそうにしているのを見て嫉妬し始めたのである。祖母自身も離婚を経験しており、今尚独り身である。そんな劣等感からか、母に対しての態度が徐々に歪なものへと変化していった。

 どうやら母もそれを感じ取っていたらしく、ついには祖母の過去の悪態を私に話すようになった。父親の時と同じく、耳を塞ぎたくなるような話だった。

 私はそこに、愛されてこなかった人間の暗い影を見た。昔から思い描いていた理想を今手にしたとしても、過去の欲求を満たすことはできないのだと感じた。

 それと同時に、母が私に何を求めているのか分からなくなった。同情か、愛情か、そのうちのどちらでもないのか。もしも愛情ならば、今までの私の母に対する愛情は一体何だったのか。届いていると思っていたのは私の思い違いだったのか。ならばどれだけ虚しいことか。

 もし私が母のことを嫌っていたならば、こんなことは思いもしなかっだろう。だが私は母のことが好きだ。それ故に母も、父親や祖母の話を私にすれば私がどのような感情を抱くことになるのか想像するのは容易かったはずだ。

 やはりそこには暗い影がある。心の中の不安定な渦が周りの者を飲み込もうとしているのだ。現に私も飲み込まれかけている。

 言葉とは厄介なもので、たちまち口から出てしまえばそれらは主の意思を離れて一人歩きしてしまう。時には暴走し、時には誰かの心の奥深くに沈み込む。言葉とは良くも悪くも取り返しのつかないもので、大抵の場合、吐かれた方はいつまでもそれを覚えているものだ。

 誠実であることに罪はない。罪はないが時として、その誠実さや全てを語ろうとする姿勢が誰かの人格を尽く捻り潰してしまう可能性があることも忘れてはならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る