喫茶ヴァルプルギスへようこそ②

~~~~6 今日の喫茶ヴァルプルギス ~~~~


「あっ、おはようございます! ミドリさん! 昨日はゆっくり眠れましたか? 用意してた夕食は口に合いました?」


「あ……えっと……、お、おいしかったですよ……!」


神無さんに食べられたから分からないです。

というか、そんなこと気にしている場合じゃない!

はやく……、早くここから逃げ出したい!!


「あれぇ……? ミドリ君……その恰好なにぃw?」


今日もカウンターに座りながらコーヒーを飲む葉月さんは、こちらの格好をあざ笑うように言った。


「えーっと……これは……ですね……」


「ミドリしゃんは、やっぱりおんにゃのこだったんでしゅねぇ~w」


頬を真っ赤にし、明らかに酔っていますと言わんばかりに呂律が回っていないコインさんも、こちらを見て笑っている。

朝っぱらからお酒なんか飲んでる人に言われたくないです……。


「(……師匠! あの格好って……)」


ハルツさんは、僕の後ろにいた神無さんに近づき、耳元でなにかを言っている。

明らかにこちらの衣服を見て言っているようだった。


「あ、あの! 勘違いしないでほしいんですけど、神無さんに無理やり着せられただけですから!! 皆さん勘違いしないでください!!」


大声でそう言うと、葉月さんとコインさんは「ふーん……」とにやにやし、ハルツさんは両手を横に振って、「そういうことじゃなくて……」と言っていた。


「その服は、私の妹の服なんです。だから、ちょっと驚いちゃって……」


続けてハルツさんは言う。


「とっても、お似合いだと思いますよ! 言われてうれしいかはわかりませんけど……」


似合っていると言われて、少し悔しいけれどうれしいと思ってしまった。

僕、男なのに……。


この気持ちをそらすためにも、ハルツさんから目を離すと、葉月さんとコインさん以外にもお客さんがいるのを知ってしまう。


そのお客さんはなぜかこちらにカメラのレンズを向けており、僕がそちらを向くのを待っていたかのように、パシャっとシャッター音がした。


「よし! 写真げっと!!」


華奢な体でグットポーズをするとカメラをカバンにしまった。


「あ、あの……神無さん。あの女の子は?」


「ん? ああ。あの子はね……」


僕が小さな彼女のことを聞くと、神無さんが言う前に少女がこちらに近づいてきた。


「初めまして! 外の世界から来た人間さん!」


「私は、世界と世界を笑顔でつなぐ、七夕社たなばたしゃの記者兼配達員、アイリス・グラバータです! よろしくお願いしまーす!!」


右手で作ったピースを目の付近に近づけて、可愛くポーズとる。


彼女の髪色は白に近い紫色で、髪飾りとして紫色の花をつけていた。

背丈は僕より小さく、僕の顔を見るためには顔を上に向けなくてはならないほどだった。だいたい……小学生くらいの身長かな?

こんな小さな子が七夕社? というところで働いているなんて……、夢の世界のことはまだまだ知らないが、これが普通なのだろうか?

いや、もしかしたら……


「神無さん。……この子も夢魔なんですか?」


「そうだよー! 私は夢魔だから! ちゃんと大人だからね!」


小さな胸をポンッ! と叩きながら、高らかに言った。


やっぱり夢魔だったし、それに大人なのか……。

外見で判断するのはよくないね。うん。


「ところで、お兄さんに質問があるんですけど……いいですか?」


「うん。大丈夫だけど……なにかな?」


彼女との応答をしやすくするために、腰を下ろして聞きやすい体勢にした。


いったいどんなことを聞いてくるのだろう?

やっぱり、僕の住んでいた世界のことだろうか?

うーん……どうやって話せばいいんだろうか? 意外にこういうのって話すのが難しかったりするんだよね……。

まぁ、なんとなくで大丈夫か……。


「お兄さんって、男性の方であってますよね?」


あっ……。


「ハルツさんから聞いた話では、お兄さん、もとい茶山 翠さんはあくまで可愛らしい男性だとおっしゃっていました。ですが、今の翠さんはどうみても女性です」

「夢悔空にも、男性で女性用の服を着る方はいらっしゃいますが、翠さんは外見も女性そっくりでしたので、少し気になってしまいました。差し支えなければ、翠さんの口から、性別をお聞きになってもよろしいですか?」


先ほどまでの元気な女の子とは違って、言葉遣いが大きく変わったので、僕は戸惑って少し言葉を発することが出来なかった。

容姿は子供だが、中身はちゃんとした大人……。それを感じさせられた出来事だった。


「……男ですよ? 男性で合っています……」


「じゃあ、お兄さんで合ってるんだ! 分かった!」


「ハルツちゃん! 私もう帰るから、お代お願いするねー!」


「あっ、はーい!」


もとの調子に戻ったアイリスちゃんは、そのままオレンジジュース代を払った後、喫茶店から出て行こうとした直前に、振り返った。


「お兄さん! 最後にもう一つだけ質問! 一番好きなケーキは?」


「え? えっと……抹茶ケーキ、ですかね?」


「抹茶ケーキかぁ……食べたことないけど、美味しそう! 帰りに買ってこーっと。それじゃあねー!」


こんどこそ、喫茶店の外へとスキップしながら出て行ってしまった。


「なんだかすごい疲れました……」


「今疲れてどうするんだか……。 ほれ、早く行こう? ここにいると、葉月とコインに馬鹿にされるぞー」


「……ですね。早くいきましょう」


「じゃ、行ってくるねー! ハルツー!」


その後、神無さんと共に喫茶店から出て街を歩き始めたのだった……。


……。


…。



「で、ハルツちゃん。本当にやるの~?」


「はい! やっぱり、は重要なことですから!」


「……じゃあ、私が店員変わるよ~。その間にハルツちゃんは、がんばってねぇ」


「なんかすみません……。それじゃあ、よろしくお願いしますね!」


「ん、任せて~。……バイト代はもらうから」


「……あ、でも変わる前に~……コレ、どうにかしないとねぇ……」


「グゥー……スヤァァア……グゥグゥ……」


「コインさんは、リビングで寝かせておきましょうか……」


「だねぇ……」

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喫茶ヴァルプルギスへようこそ 鳩羽 八十八 @HTByatoha

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