【第2話】喫茶ヴァルプルギスへようこそ①

~~~~1 不思議な空間 ~~~~


目が覚めるとそこは僕の家の天井だった。

……なんてそんなことはなく、喫茶ヴァルプルギスのとある一室だった。

…………と思ったら違った。


「……あれ? 違う? また、違う場所?」


僕は今、体が地についている感触がない。下を見ると、フワフワと浮かんでいた。


「うわぁ!?」


このことに気づき、僕は驚いて後ろに倒れそうになってしまう。

しかし、そのまま逆に一回転してしまった。まるで、テレビで見た宇宙空間のように。


「びっくりしたぁ……。というか、ここどうなっているんだ!」


周りを見てみると、薄いピンク色の空間で、わたがしのようにふわふわしたものが浮かんでいる。


「これは……雲?」


不慣れながらもこの無重力空間のような場所を、水をかき分けるような動作をしながら少しずつ、少しずつ進んでいく。そして、わたがし雲に近づいていく。


しばらくして、雲の近くにたどり着くと少し雲が半透明になり、中の様子がうかがえた。見えたものな衛星写真のようなものだった。


山があったり、森があったり、赤い屋根をした家がたくさんあったり……また、どこかで見覚えがあるような光景もあった。


「ここは……いったい……?」


そう思っているうちに、だんだんと視界が狭くなっていく。

まぶたが重くなって、意識を保つのも難しくなっていく……。


結局そのまま意識がなくなってしまい、真っ暗の世界に落ちて行った……。


~~~~2 起床 ~~~~


「はっっ!!」


僕はガバッと飛び上がるように起きた。

そして辺りを首を回しながら確認した。


よかった……。昨日ハルツさんに用意してもらった部屋だった。

……いや、元の世界に帰れてはいないからよくはないか。


ぐっっと上に両手を伸ばし伸びをする。そしてベッドから立つと、部屋の小さなテーブルに紙が置かれてあった。


『気持ちよく眠っていたみたいなので、起こすのはやめておきました。夕食は冷蔵庫の一番上に分かりやすく赤い付箋を付けて置いておきました。わからなかったら師匠を起こしても大丈夫です! ハルツより』


「起こさないでくれたんだ……それに、夕食も用意してくれて……ありがたい、けど……」


「……もう、朝なんだよねぇ……」


窓からやってくる光を浴びながら、僕はボソッとつぶやいた。


~~~~3 モーニング神無さん ~~~~


それから僕は部屋を出て一階のリビングへ向かうと、キッチンにパジャマ姿の神無さんがいた。


フライパンを使って何かを作っているようだが、まぶたを何度もパチパチして、とても眠そうに見える。


「えっと……神無さん。おはようございます」


彼女に近づき挨拶をする。その時にフライパンで何をしていたのかを見ると、スクランブルエッグを作っているようだった。たぶん、朝ごはんだと思う。


「ん……? あぁ、ミドリ君……。おはよー」


挨拶を返すと、神無さんは控えめに口を開けながらあくびをした。


「眠そうですけど……大丈夫ですか?」


「あー……うん。いつもはまだ眠っている時間帯なんだけどね……、今日はしなきゃいけないことがあるから早く起きたんだよねぇ」


「と、言いますと?」


スクランブルエッグをお皿に乗せながら神無さんは言う。


「ほら、ミドリ君ってさ、この世界に来たばかりで服とか歯ブラシとか、日用品がないじゃん? だからさ、それをミドリ君と買いに行けー! ってハルツが言ってて……」


「なるほど……」


そういえば確かに替えの服とかもってないし、買いに行く必要があるか。


「だからねミドリ君。朝ごはん食べたら、買いに行くぞー……」


無気力そうに歩く神無さんを見て、この人(夢魔)本当に大丈夫なのか不安になる。

でも、夢魔だから大丈夫だろうと思いなおし、僕は冷蔵庫を開け一番上を見る。


「あれ……?」


置手紙に書いてあった夕食を朝ごはんとして食べようと思い、書いてあった場所を確認するが、赤い付箋のついたものなどなかった。

どういうことだろう? そう思った僕は、神無さんに聞いてみる。


「あのー、神無さーん! 僕の夕食知りませんかー!?」


「夕食? ……あぁ! ハルツがミドリ君に用意していたやつ……あっ、」


気の抜けた声が聞こえ、テーブルで朝食を食べている神無さんの方を見ると、必死に顔を背けようとしていた。


「……神無さん? まさかとは思うですけど……、食べてませんよね?」


「あー、えっとぉー……。……ま、まさか食べる訳ないじゃんかぁ~! もしかしたら、ハルツがもったいない! って思って食べたんじゃないかなぁ……なんて」


「……じゃあ、ハルツさんに聞いてきますね? 今は喫茶店にいますかね?」


「いやいやいや! ちょっと待った! ……朝ごはんならナシが作ってあげるから、ハルツにチクるのはちょっと……ね?」


先ほどまで眠そうにしていた神無さんは、昨日会った時と同じようなテンションにも戻っていた。

この人、本当にハルツさんに弱いんだなぁ……。

一応、師匠らしいんですけどね?


「で、何作ってくれるんですか?」


再びキッチンに戻ってきた神無さんは、冷蔵庫を開けてあるものを取り出す。


「んなもん、卵料理に決まってんじゃんか」


「いや、どこで決められたんですか!?」


彼女はやれやれとため息をつくと、卵をこちらに突きだすように見せつけてきた。


「卵はね、神様が産み落とした最強の食材なんだよ……。栄養があるし、おいしいし、……おいしいし!」


もう少し考えてから言ってくださいよ……。というか、その言い方だと鶏が神様みたいな言い方になってますし……。


「とにかく! 今からスクランブルエッグ作るから、ミドリ君はテーブルで待っていたまえ! ほら、行った行った!」


「はぁ……」


この人の料理のレパートリーはそれしかないのだろうか?


結局そのあと、大量のスクランブルエッグにゆで卵を添えたものが朝食になった。

さすが神無さんの得意料理と言うべきか、スクランブルエッグはいい感じにとろとろとしており、塩コショウがいい塩梅に一口、また一口と食欲を増強させる。

そのせいかすぐにペロッと食べ終わってしまったが、もう卵は当分ケッコーかな?

……なんてね。



~~~~4 お出かけの準備 ~~~~


朝食を食べ終わったあと、満腹になった充実感を感じながらしばらくはリビングでゆっくりしていた。


すると、先に食べ終わっていた神無さんがパジャマから着替えてリビングにやってくる。両手には、たたまれた服を持っていた。


「ほいミドリ君。君が今日着ていく服だぞい」


そう言うと、手に持っていた服をこちらにポイッと投げてくる。


「ちょ、いきなり投げてくるのはやめてくださいよ!」


僕は投げつけられた服を広げて、どのような服なのかを見た。

……どのような服なのかを理解したうえで、神無さんに一応確認する。


「……あの、これスカートですよね?」


「うん!」


「これって、女性用じゃないんですか?」


「女性用だよ!」


「ふざけているんですか!!?」


声を荒げて言う。


僕が渡された服は、昨日見た魔法使いのローブに似ていた。しかし、デザインが全然違った。おそらく、これが神無さんの言っていた卒業後に自主的に買うことになるローブの一種なのだろう。

服のサイズはほぼぴったりだと思われるが、おそらくハルツさんのおさがりだと思う。……恥ずかしい話、僕はハルツさんよりも背が小さいし……。

たぶん、ハルツさんや神無さんよりも5㎝くらい背が小さい。


「ふざけてないふざけてない。ミドリ君ってさ、って言われても遜色ないくらい可愛いじゃん? ほら――」


「白に近いきれーいな薄緑色でふわっとした印象をもつ髪型!」


「澄み渡る青空のようにきれいな瞳!」


「まるで鳥のさえずりのようにきれいな声!」


「華奢ですぐに倒れてしまいそうなその身体!」


「逆に聞かせてほしいよ、ミドリ君。本当にチ〇チ〇ついてるの?」


……!?!?

こ、この人今なんて言った? なんか今、少女から聞こえてはいけないような言葉が聞こえたような……。

その前もそうだけど! いきなり変なこと言いだして……ちょっと怖いですよ!?

本当に頬が熱くなってくるんでやめてほしいです……。


「……あ、あのー今なんて言ったんですか?」


「ん? ああ、男性器ついてるのかって聞いた。あ、見せなくて結構だよ? ほら、比喩だからね」


「いや言われなくても見せませんから!? というか、女の人がそういうこと言うのはどうかと……」


「まぁ、夢魔ですからね!」


そんな決め顔で言わなくてもいいですから……。

もう、最初になに話していたのか思い出せなくなってくるよ……。


「で、それ着るの? 着ないの? どっちなんだい!」


「……そんなに決まってますよ。着ませ――」


――本当にそれでいいの?


頭の中に、この言葉が響く。

当たり前だ。だって、女の子扱いされるのはもうこりごりだし!


昔からそうだったけれど、女の子っぽい容姿や声のせいで周りからいじられてたし、学校のプールの時間とか同級生の男子からじろじろと見られる気持ちなんて僕以外分からないだろう。


とにかく! 絶対に着ない! 着ないから!


それからしばらく時間が経ち…………

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