第6話 馬琴ちゃんのキ印生活

 馬琴ちゃんって、この頃、結婚してましてね。金なんか稼がず、戯作だけのゲージュツに専念したいってェ腹で、ちゃっかり伊勢屋ってェ、下駄屋の婿におさまっていたんでゲスよ。つまりヒモでんな。


 この飯田町の下駄屋の二階が、馬琴ちゃんが戯作に取り組む部屋。その部屋を「著作堂」なんて名づけちゃたりして、いかにも気どり屋の馬琴ちゃんらしいと思いまへんか。


 で、ここに長屋暮らしの北斎さんを招いて合宿し、読み本の大作『椿説弓張月ちんせつゆみはりづき』など7本の仕事をやっつけるために、ねじりハチマキで取りかかったってェこと。ほら、一緒にいれば、打ち合わせもスムーズにできるじゃァねえですか。時間の節約ってェことですよ。


 で、北斎さんは下駄屋の二階で馬琴ちゃんと一緒に寝起きすることになったんですけどね。初日からびっくり、桃ノ木、山椒の木。

 馬琴ちゃんって、布団にくるまって寝ないんですよ。どうするかってェと、夜四ツ(十時頃)まで一心不乱に執筆して、それから丑三つ過ぎまで唐土もろこし渡りのカビ臭い本をむさぼり読む。眠くなったら、そのまま机に突っ伏して、明けのカラスがカァと鳴いたら、また机に向かって書く、書きつづける、ひたすら書く。ヒモのくせに女房に「お茶」だの「飯だ」のなんてアゴでこき使い、ほぼ女中扱いですよ。


 北斎さんも絵を描く以外、まったく興味のないお人でしたけど、これには「ふーむ」と考えさせられましたね。

「やはり、こいつ狂ってる。オイラなんかより、ずんと狂った野郎だ。並みの人間じゃァねェ」


 でもね。人間、狂わなければ、いい仕事ってか、後世に残るような大作はつくれないんですよ。金や俗事はポンと横にほったらかして、女なんか「おや、そこにいたのか。ふーん」なんて顔をして、ひたすら一途に狂うこと、狂えることこそが天才の天才たる所以ゆえん。そう北斎さんは実感しましてね。オイラも狂うぞ、狂って狂ってどんだけ~と、自分の画号を「画狂人」なんてちゃたりしたのは、このときの影響が大きいんでしょうね。


 あっ、言い忘れましたけど、『椿説弓張月』って、ほら、あの有名な鎮西八郎こと源為朝ためともの奇想天外、波乱万丈の物語で、保元の乱ってェ合戦に敗れた為朝が琉球に亙って大活躍ってェストーリーなんですけど、今でも沖縄の今帰仁なきじんには「源為朝上陸記念碑」ってのが、おっ立ってますよ。


 で、この為朝の嘘っぱち冒険奇譚がバツグンに面白い。北斎さんの挿絵のムチャクチャな躍動感が凄い!ってんで、本が発売されるや否や、江戸八百八町は大騒ぎってなんの。「こりゃァ、たまげたもんだ」と、長屋の熊さん八っつぁん、およねさん、お富バアまでが競って買い求め、ベストセラーになっちゃったんでござすんすよ。


 天下に馬琴、北斎ありィ~なんて、二人はすっかり有名人。と、ここまではトントン拍子だったんですけどね。好事、魔多し。一寸先は闇。またも、二人の間には下らないことで風雲の兆しが……ってことで、この先、どうなりますことやら。さて、お立ち合い!


 ――つづく(次回。いやはやの感じの喧嘩と相成ります)

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