第5話 天才同士のてやんでえ

 ともあれ、馬琴ちゃんと北斎さんは、片や駆け出しの戯作者、片や売れない絵描きとして知り合ったんでゲスよ。でね、仕事を何本か組んでするうちに、天才同士ってのは、お互いの才能が敏感にわかるんですね。

 ほら、剣豪同士が刀を抜き合わせた途端、互いに「むっ、やるな」「こやつ、できるな」って、敏感に察知するってェじゃないですか。アレですよ。


 でもね。馬琴ちゃんは人間嫌い世間嫌い。ちょっとやそっとで人と仲良しこよしになったりなんかしまへん。一方の北斎さんも、これがエラく強情ときたもんだ。一匹のデカい天邪鬼を腹ん中に飼っておりやす。


 しかも馬琴ちゃんは子供の頃から本の虫の頭デッカチ。カビの生えたような和漢の古典文学に精通し、現代なら間違いなく東大文学部のセンセになれるインテリゲンチャ。北斎さんもかなりの物知りだったようですけど、そんなものフンてなもんで目じゃござんせん。


 中国に水滸伝すいこでんってェ読み物があるじゃないですか。アレの翻訳書を下駄甚げたじんってェ店主の版元から、二人で出すことになったんですけどね。

 挿絵を担当した北斎さんに、早速、馬琴ちゃんが噛みつきました。

「なんでえ、なんでえ。この登場人物の衣装が、間違ってるぜ。いいかい、宋の時代の服ってのは、こんなもんじゃァねえんだ」

 なんて、グチャグチャ、ねちねちとワケのわからないケチをつけはじめました。


 これに北斎さん、むかっとアタマにきて絵描きの立場から大反論。互いに負けず嫌いなもんですから、一歩どころか半歩たりとも後へ引きません。訳者と挿絵画家が、フンといがみ合ったままでは、仕事になりません。

 みかねた下駄甚さんが割って入って、

「まあまあ、センセ方、ガキじゃねェんですから、いい加減にほこをおさめてですね、今夜あたり手打ちの一杯といきやしょう。えっ、もちろん、アッシのおごりでゲスよ」


 すると、馬琴ちゃんが下駄甚さんにもキャンキャン噛みつきました。

「ほう、一杯、やろうって。へえーっ、左様でござんかすか。でもね、下駄甚さん。そんな金があるなら、この前の原稿料、払ってくだせえよ。ふんっ、金も払わず、版元づらしやがって」

 下駄甚も「なにをっ!言いやがったな」ってんで、ますます話がこじれる始末。


 結局、馬琴ちゃんはこの仕事から手を引くというか、降板というカタチになり、下駄甚さんはほかの作家さんに翻訳をまかせて落着。モー散々な結末と相なりました。


 けどもですよ。馬琴ちゃんは根っこでは、北斎さんを「こやつ、やるな」って認めていますからね。またもや性懲しょうこりもなく北斎さんと手を組むワケです。

 その当時、馬琴ちゃんはこう考えていました。

「こいつは天才だあな。オイラも天才だあな。天才同士がガッツリ四つに組めば、すげえ傑作ができるってェもんだ。お江戸中の評判を呼ぶ本を出して、オイラ、こいつと一緒に世に出るんだ。ぜってェ、ゼッタイ出世するんだ」


 そこで、馬琴ちゃんは、人間嫌いのくせに、とんでもないことを考えます。長屋暮らしの北斎さんを自宅に招いて、お互いねじりハチマキで共作に励むってんですからね。さて、天才同士の合宿生活、どうなりますことやら。


 ――つづく(次回も、モー大変なことになります)

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