第2話 あたりき、車力、車引き
「ええいっ。じれったいね。瑣吉っつぁん、もちっと、ズズ、ズイッとこっちへおいでな」
遠慮がちに手前でためらう馬琴ちゃんを蔦屋重三郎が手招く。
「へえ」
重三郎さんが馬琴ちゃんに向かって、アゴをしゃくった。
「これは、いまはうちで手代をしていますけどね。もとは
京伝てェのは、その当時のベストセラー作家(戯作者)山東京伝のこってェゲスよ。質屋の道楽息子のこいつがまた遊び人でね。吉原の
――へえ、こいつが噂に聞く、京伝の弟子か。にしては変な顔してやがるぜ。
北斎さんは、紹介された馬琴ちゃんの顔をまじまじと見た。
見れば見るほど、変テコリンな顔である。まだ20代の若造のくせに、ちんまい顔にやたらシワが多い。しかもひょろっと
――こんなマジメくさった野郎が、ホントに、あの
という思いが北斎さんの脳裏をかすめた瞬間、重三郎さんの声がした。
「でね。北斎さん。前借りってなワケなら、よござんすよ。あたしゃ、これでも江戸日本橋に蔦重ありとチョイとは知られた男だ。前借り、ああ、いいじゃないの。幾らでも出そうじゃないの。でもね。毎度、毎度の前借りの前に、チクとは仕事もしてもらわないとね」
この重三郎さん。もとは吉原遊郭の引手茶屋の息子で、「吉原の水で
北斎さんは「チクと仕事してもらわないとね」と、重三郎さんから釘をさされ、大きくうなずいた。
「わかってまさァ。こちとら、右や左の旦那さまなんてェ
「黄表紙をね。この瑣吉っつぁんと一緒に手がけてもらいたいんですよ。で、うちの耕書堂から売り出すってェ寸法でさァ」
黄表紙ってェのは、ページをめくるたびにおもしろおかしい絵と文がつづられた娯楽本、いわば今日の漫画本のハシリみたいな本でしてね。ハナクソでもホじりながら読めるってんで、これが、当時、大ウケの本でごぜえやした。
で、絵を北斎さんが、文を馬琴ちゃんが担当するってェワケでござんす。
重三郎さんが北斎さんに紙の束を渡して、ニンマリ笑う。
「へへっ。北斎さんのご同意で、八方丸くおさまりやす。んで、瑣吉っつぁんが書いた本の原稿は、ほれ、もうここに。お題は
これが、馬琴ちゃんと北斎さんのチャンチャンバラバラ、丁々発止、子供のケンカじみた因縁話のスタートでごぜえやす。
――つづく
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