馬琴ちゃんと北斎さん

海石榴

第1話 芸者の羽織で、困り、煎り胡麻

 馬琴ちゃんって、皆さんご存じの『南総里見八犬伝』てェ、日本古典文学最長作の著者ですね。ええ、なんせ、書き上げるのに28年。へへっ、こんな真似、だれもできゃしません。執念というか、妄執の天才ですな。自分の作品がずっと読み継がれる、いや、ぜってェ、未来永劫、読み継がせてやるぜッてェ、気魂のある天才しか、こんなことできゃしませんって。

 

 その点、海石榴みたいな凡人はお気楽でんな(なぜか関西弁)。しょーもない駄文をそこらへんに書き散らせて悦に入っていりゃァいいんですから。

 えっ、バカ丸出しのテメエのことなんか、どうでもいいって?あっ、こりゃまた失礼いたしました。


 さて、このお話のもう一方の主人公、北斎さんもこれまた有名なお人です。ほら、例の「神奈川沖浪裏」ってェ、世界一有名なグレート・ウェーブを描いた絵師ですよ。この北斎さん、なんせ凄いんですから。米ライフ誌が選定した「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」に入ってる、唯一の日本人てェことで、さあ、驚き、桃の木、山椒の木ってワケです。

 そう言えば、神奈川沖浪裏はパスポートの絵柄にも採用されておりまするゥ。


 で、前置きはこれくらいにして、ボチボチ本題にってェことになりますが、この馬琴ちゃんと北斎さんがバッタリ運命の出遭いを果たしたのは、雨のしょぼ降る日のことでござんした。


「チッ、雨が降ってきやがった。まいったね、こりゃ」

 とグチりつつ、北斎さんが飛び込んだのは、日本橋通油とおりあぶら町にある蔦屋つたや耕書堂。

 そこは、なんせ江戸の一流版元ですから、手代や小僧がいっぱいで、客もゾロゾロいてはりますえ(なぜか京都弁)。


 カボチャ頭うごめく店内を見渡し、北斎さんは目ざとく店主の蔦屋重三郎さんをメッケましてな。早速、声をかけました。

「おーい、蔦重さん。画料の前借りさせておくんな。オイラ、ゆんべから、夜鷹蕎麦を手繰たぐっただけで、腹ァ、グーの音が出るほど減ってるんだ」

「えっ、また前借りですかい」

「自慢じゃないけど、芸者の羽織よ」

「ハイハイ、紋なしで、一文もなしってェワケですか。やれやれ困り、り胡麻」

 蔦重さんは、どうしたものかと頭を掻いて、目の前にいる手代を呼んだ。

瑣吉さきちっつぁん。ちょいとおいでな」

「へえ」

 イワシの干物のような顔をぶら下げて、瑣吉ってェ名の手代がヘコリと頭を下げやした。

 これが、のちの馬琴ちゃんでありんす(なぜか花魁言葉)。



――つづく(話が意外と長くなりそうだから、ボチボチやりますね)

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