飛竜の旅、ホーソンさんとのお話

 飛竜に乗ったのは初めてだったが、とても快適だった。


 ホーソンさんは私の防護マスクに驚いていたが、歩く屍薬の匂いの中でも平気です、と言うと興味津々だった。


 息もしやすいし、目の周りの締め付けもない。絶対ゴーグルよりも良いと思う。



「ホーソンさん、このタイプのゴーグルがあったら欲しいですか?後、ポーション袋を作成中でして、店の警護に付いてくれた方にお渡ししたいのですが。ポーション袋に刺繍を入れる事をキムハン副隊長に話した所、ワンポイントの刺繍は竜が良いと言われました。ホーソンさんはチェリアさんの色の竜の刺繍を入れようかと思うんですが、どうですかね?」


「それは素晴らしい。是非、チェリアの色でお願いします。良かったな、チェリア。そのゴーグルは飛竜に乗っている時は声が出し辛そうですね。命令をしたり、声を聴いたりが大切になるので、目を覆うタイプがやはり良いかと思います」



 私は頷く。



「ホーソンさん、このマスクの欠点を見つけてしまいました」


「どうしました?」


「これ、すっぽり覆ってるから、飲み食いする時が大変です。ちょっと今、飴食べようと思ったんですけど。無理ですね。次の休憩では目を覆うだけに交換しようと思います」



 ホーソンさんはふふふと笑われた。



「ジェーン嬢は可愛らしい方ですね。失礼、この話はご不快に思われるかもしれませんが、今回、第二ではなく我々第五が護衛に付きましたから。先の第二の失態は全軍団で規律を見直す事にもなり、ジェーン嬢や名無しの薬屋の事は軍団、騎士団で今や知らない者はいないのですよ。私はホグマイヤー様にお会いした事は無いのですが噂は聞いて知っておりましたが、大魔女様の事をおとぎ話と思っていた隊員も多かったようです。大魔女様にお会いした事が無い者が多いですからね」


「私、有名になっちゃってるんですか。王都でも有名になっちゃってるんですよ。不名誉な二つ名も頂きそうになってました。今度は使い魔で有名にもなりそうだし。参ったな」



 ホーソンさんと話しながら景色を眺める。


 飛竜の旅は始めの飛び上がる時が一番怖かったがある程度の高さになると、とてもきれいでびっくりした。


 世界は広い。少し高さが変わるだけで、普段見ている世界とは全く違う。


 私は実家の周辺と学園、王都の街しか知らなかった。


 すごい、こんな世界があるんだ。



「ホーソンさん。綺麗ですね」



 ホーソンさんは頷いた。



「はい。飛竜から見る景色はとても美しいです。私もこの景色が大好きです。私は父が飛竜使いで、父に憧れ第五に入隊しました。でも、今はこの景色を守れるように強くありたいと思います」



 私も頷いた。



「とても素敵です。私も良い薬を頑張って作りますね」



 ホーソンさんは、頼りにしています、と言われた。


 私は青い空と緑の大地をじっと見つめた。



「ホーソンさん、ちょっと私の話を聞いて貰ってもいいですか?」



 ホーソンさんは私の後ろにいて、顔は見えないが、はい、と言われ頷かれたのが分かった。



「ホーソンさんもご存じの通り、私は浮気され軍団隊員の恋人と別れました。もう、好きじゃないですし、私から別れ話もしたので別れた事は後悔してません。浮気直後は許せなくて、ダレンのバカ!と仕事を詰め込みました。周りも気を使ってるのが分かってなおさらですね。皆に迷惑掛けたし、頑張らなきゃって、笑ってみたり色々してたんです。ただ、時間が経てば今度は怒りよりも虚しさになっていったんです。そして、男の人が信じられないようにも思っていきました」



 私が話すのをホーソンさんは黙って聞いている。



「でも、最近、誘拐されそうになったり魔女になったりして軍団の方と話す事も増えました。そしたら、キムハン副隊長の様な方もいたり、ウー副隊長も気にして下さってたり、ホーソンさんみたいに軍団で頑張っている女性がいたりと、私、なんだか視野がすごく狭かったな、って思ったんです。ふと、また恋出来るのかなってちょっと思ったんですよ。ただ、私、魔女じゃないですか。魔女の私で恋出来るかな?そもそも恋ってどうするんだっけ?とかモダモダ考えたりしたんですよ」



 ホーソンさんは黙って聞いてくれるが、頷いてくれていた。



「情けないです。私にキムハン副隊長や、ホーソンさんも礼をしてくれて、光栄です、って言ってくれるじゃないですか。でも、中身はコレなんですよ。師匠に礼をするならわかるんです。大魔女ですし。まあ、師匠は礼させそうにもないですけど、最上級の礼ですか?あの、座ってするのなら良いだろうとか言いそうですね。皆、私が魔女になり喜んでくれてる、頑張らなきゃと思う、自分の身は自分で守らなきゃって一杯一杯になったり。少し怖いんです。色んな事が一気にあって」


「今も怖いですか?」



 ホーソンさんが穏やかな声で尋ねる。



「はい。あ、でも、少し冷静になってるかもしれません。飛竜に乗って空を見て、なんだか弱音を吐きたくなりました。ランさんにも言えないし。ランさん、心配性なんですよ。ホーソンさんにもこんな話聞いて貰って申し訳ないんですが。なんだか急に言いたくなりました。チェリアさんも、すみません。強くありたいと思うのに、中々上手くいきません」



 私がそう言うと、チェリアさんはクルルと小さく鳴いた。



「ジェーン嬢。私はジェーン嬢に会うまでは大魔女様のお弟子様で、ポーションを作る偉大な弟子だと思ってました。そして、今でもそれは変わりません。可愛い、が前についただけです。ちょっと、私の昔話をしましょう。私はアドバイスが苦手なんですよ、宜しいですか?」



 私が頷くと、ホーソンさんは、今から八年前の事です、と話し出された。



「私は十八の時に軍団に入りました。その時は女性隊員は今よりも珍しくて、色々言われました、私の父は退役していましたが副隊長でしたし、親の七光り的な事も言われましたね。今でも、女性隊員の割合は一割から二割位ですか。それでも増えたんですよ。私の同期で第五では女性隊員はいませんから。当時は憧れていた軍団に入れて浮かれてました。もちろん努力は怠りませんでした。実力で入ったと証明しようと必死でした。そんな時に軍団隊員の恋人に別れを切り出されました。」



 私は振り向きそうになったが黙って話を聞いた。



「別の軍団でしたが、幼少期から馴染みのある人でした。ただ、私の事で色々言われてたようで、軍団員の彼女が恥ずかしいと言われましたよ。それに、守ってやらなくていいだろう、と。腹が立って殴り飛ばしました。そして、こちらから捨ててやる、と啖呵切って別れました」



 ハハハと笑いながらホーソンさんは話す。



「自分の頑張りや信じてた物を大事な人に貶されると堪えましたね。しばらくは我武者羅に訓練に励み、男に負けるかと、意地になってました。そしたら、体を壊しましたよ。まあ、当然ですね」



 ホーソンさんの声が空に吸い込まれていく。



「で、見舞いに来てくれた班長から叱られて、その時に私は食ってかかったんですよ。もう、自分の居場所や価値が軍団にしかないと思ってたのに、入院して情けなくて、当たり散らしました。子供の様に泣きました。その時班長が持って来た書類の一つに三つの柱が書かれていて、私はそれにも噛みついたんです。ジェーン嬢、軍団隊員には心得や三つの柱があるのですがご存じですか?」



 私は首を振る。



「軍団隊員の心を支える柱です。国への忠誠、墓に刻む名誉、貴婦人への愛です。隊員の書類の上や下によく書かれたりするんですよ。私はその貴婦人への愛で噛みついたんです。貴婦人ってなんだって。女の私はどうしたらいいんだって。なんで軍団は女を入隊させたんだって、班長に噛みついたんですよ。若いですね」



 チェリアさんがクルルと鳴く。



「私が落ち着くと、班長が言いました。よく考えろ、貴婦人ってのは貴い婦人だ、お前にもいるはずだって、分かりますか?母ですよ。尊い命を生み出した女性。誰しも絶対いるんです。愛は恋愛だけじゃないんですよ。私はポカンとなって、笑いましたよ。情けなくて、無理してたのが馬鹿らしくなってですね。それから楽になりました」



 私は黙って聞く。



「今では恋人もいますよ。出会いは私が助けたんですよ。チェリアでのパトロール中に盗賊が商人を襲ってまして、助けたのが出会いです。ハハハ。どこで出会いがあるか分かりませんね。私の強さや、チェリアに惚れたと口説かれました。商人ですから、プレゼント攻撃されましたよ」



 チェリアさんがクルルーっと鳴く。笑ってるようだ。



「ハハハ、チェリアも沢山貢がれましたよ。来年結婚する予定です。結婚しても軍団は辞めませんよ。子供産んでも飛竜に乗りたいですね。ジェーン嬢、今のジェーン嬢の悩みは未来の糧になりますよ。私はジェーン嬢に礼が出来た事はとても光栄です。きっと、魔女とか関係なく良い出会いはありますよ」



 私はサードマスクをしてて良かったと思った。涙は拭けないけど、顔も見られないから。


 私も頑張ったらいつか素敵な出会いがあるかな、と、空を見上げた。


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